未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―パイラタウン―(26)

 通路はため池の上を横切り、そそり立つ岩壁にぽっかりと空いた洞窟の奥へと続いていた。

 そして、その突き当りは、重厚な鉄製の扉で閉じられている。

 二人がその扉の前まで来ると、分厚い鉄製の扉の中から、微かに何処か聞き覚えのある軽快なリズムの音楽が漏れ聞こえてくる。

 ミラーボがよく掛けているあのサンバである。

 やはりここにいるのだ。あの巨大モンスターボールのようなアフロヘアの、奇抜なファッションセンスをしたオネエ言葉のダンス男が。

 身構えて扉を開けると、百人は楽に入りそうな洞窟の中央にあるお立ち台の上で、四方からライトを浴びた奇っ怪な巨大モンスターボール頭の男が、サンバのリズムに合わせて奇妙なステップを踏み、細い腰をくねらせて四匹のポケモンと共に踊り狂っていた。

「やっほォ~、キミ達~。や~っと来たねェ。待ちかねたよォ~」

 踊るモンスターボール頭が、二人に気付いて声を掛けてくる。

「ミュージック、ストップ~!!」

 声を上げながら指を鳴らすと、洞窟一杯に響いていたサンバの曲がふっと途切れる。

「なかなか来ないから、いい汗かいちゃったよォ~。ふほほほ~」

 相変わらずの気色の悪いオネエ言葉で高笑いし、ミラーボはお立ち台から二人を見下ろした。

「それにしてもキミ達。よくもまぁ、ここまで引っ掻き回してくれちゃったわねェ~。後は踊って待ってても、全てうまく行くところだったのになァ」

 拗ねたような口振りで文句を言い、ミラーボはアッシュブロンドの少年を睨んだが、次の瞬間、ニンマリと余裕の笑みを浮かべる。

「でもまぁ、キミを倒しちゃえば、それも問題ないってことでェ。最後の仕上げに、激しくもうひと踊りしちゃうとするかなァ。レッツ、ミュージック、スタート!!」

 片手を腰に当て、もう一方の手を高々と振り上げて指を鳴らす。

 また何処からともなく、あの軽快なサンバのリズムが流れ、お立ち台が床の中に収納される。何時の間にかミラーボの周りで踊っていたポケモン達もいない。

「そうそう、その()の他にィ、不甲斐ないゴロツキどもから巻き上げたダークポケモンも返してもらおうかなァ~」

 思い出したようにそう付け加えると、ミラーボは何処からかモンスターボールを取り出す。

 洞窟の中で踊り三昧しているだけかと思ったら、意外と外の情報もしっかり把握しているらしい。

「さぁ、行くよォ~」

 妙に気の抜けた声と共に、ミラーボは二匹のポケモンを繰り出した。

 さっき一緒に踊っていた、頭にツバの広い帽子のような葉っぱが生え、ずんぐりとした全身を黄色い体毛でおおわれた人に近い姿をしたポケモン——ハスボーの最終進化形態のルンパッパである。

 体長は一メートル半程で、ひょうきんな顔とは裏腹に水と草タイプを併せ持ち、それぞれの効果抜群の技を相殺しあっているので、有効に効くタイプ技が極端に少ない厄介なポケモンだ。おまけに音楽好きで陽気なリズムを聞くと、体の細胞が活性化し始め、バトルでも物凄いパワーを発揮すると()われている。まさにミラーボにお似合いのポケモンと言える。

 ——やっぱり……

 予想通りである。

 レオンはミラーボがあの屋上の部屋に通信を送ってきた時、スクリーンの端にリズムに合わせて揺れるルンパッパの、あの頭の帽子の様な葉っぱの一部が映っていたのを目聡く見つけていたのだ。そして、その為の対策も一応考えていた。

 ベルトに付けているボールを二つ手に取り、ポケモンを呼び出す。

 現れたのはノーマルと飛行を併せ持つヨルノズクと、草タイプでありながら飛行タイプでもあるポポッコだ。

 レオンは、あのルンパッパの数少ない有効技の一つ、飛行タイプ技に賭けるつもりだった。あの手のポケモンは調子付かせると厄介だ。できれば速攻で倒してしまいたい。

 だが、生憎飛行タイプ技を覚えていたのはこのヨルノズクしかいなかった。他にもいるにはいたが、スナッチした所為でまたも『ダークラッシュ』以外覚えていなかったのだ。

 そしてもう一匹をポポッコにしたのは、飛行タイプ技を持ってないものの、相手の技が余り効かない草タイプだからだ。

「ヨルノズク、ポポッコ、目の前のルンパッパにそれぞれ『催眠術』に『眠り粉』だ」

 まずは確実に飛行タイプ技を当てる為に奴等の足を止める。

 だが、軽快なサンバのリズムに乗って踊るルンパッパは、ひょいひょいっとそれを躱す。

「ふっほほほ~。やっぱり、リズムは大切よねェ~。ほらァ、オマエ達『雨乞い』よォ」

 ミラーボの指示に、洞窟内にも関わらず、突如バトルフィールド一杯に雨が降り出す。

 それも土砂降りだ。二匹が同時に『雨乞い』した所為である。

 水タイプでもあるルンパッパは、全身に雨を受けて余計活気づいた。

「くっ……」

 これ以上調子に乗らせては駄目だ。眠らせるなど悠長なことはやっていられない。

「ヨルノズク、目の前のルンパッパに『空を飛ぶ』 ポポッコもそいつに『綿胞子』だ」

 それを受けてヨルノズクが宙高く舞い上がり、ポポッコはルンパッパの周りをピョンピョン飛び跳ねて、頭の黄色い花から白い綿のような胞子を飛ばし、右の濡れたルンパッパの体に(まと)わりつかせる。

 調子付いて活発になったルンパッパの動きを少しでも鈍らせ、ヨルノズクの技が当たり易くするために。

 だが、ミラーボは口に手の甲を当てて高笑いした。

「ふっほほほっ~、それくらいで、このコ達のリズムは崩せないわよォ~」

 棒のような細い体をくねらせながら、ルンパッパ達に命じる。

「さぁ、オマエ達。次は『水鉄砲』だよォ~。このコ達にオマエ達の華麗な技を見せてやりなさいよォ~」

 ミラーボの指を鳴らす音にルンパッパ達は、サンバのリズムに合わせて振っていた両手を口に当てた。

「避けろ、ポポッコ」

 雨乞いの土砂降りの中での水タイプ技は威力が増す。たとえ大したことがない技でも喰らったらただでは済まない。

 ポポッコがその場でポンポン跳ね、何時でも避けられるように身構える。

 片方のルンパッパが両手を広げ、口一杯に溜めた水を勢い良く吐き出す。

 それはポポッコが避けるまでも無く、明後日の方に向かって放たれた。

 ——外した!?

 前方に水を吐き出すだけの単純な技を。

 ゴロツキ達にあれ程怖れられ、ギンザルにもああ見えて強いと言わしめたヤツのポケモンが、こんな初歩的な技を仕損じるとは。

 だが、その直後——

「きゃああっ」

 少女の悲鳴が洞窟内に響き渡り、ドサリと何かが倒れる音がする。

「っ!?」

 慌てて振り返ると、そこにずぶ濡れになって床に倒れ伏すルナが居た。

 さっきの水鉄砲を喰らったのだ。

 調子づいたルンパッパの雨乞いによって、更に威力の増した水鉄砲を。

 自分に攻撃が来ると思っていなかったルナは、それをまともに受け、激しい勢いで背中から洞窟の壁に叩きつけられて、そのまま気を失って倒れたのだ。

 ——バカなっ。ルナは何も言わなかった。このルンパッパはダークポケモンじゃない筈なのに、何故人を襲うんだ!?

 レオンは血相を変え、ルナの許に駆け寄ろうとした。

 そこにミラーボがワザとらしく声を上げる。

「おやァ? そこを離れるって事は、バトル放棄ってコトかなァ~」

 ハッとしてレオンは足を止めた。

 確かにバトル中にバトルフィールドを離れるのは、負けを認める事になる。今ここを離れる訳にはいかなかった。

「くっ……」

 レオンは拳を握り締め、ミラーボに向き直った。

「貴様——」

「あ~ら、そんな怖い顔で睨まないでよォ~。今のは不可抗力よォ、不可抗力」

 両手を当てた腰でリズムを取りながら、ミラーボはおどけた口調で言葉を返す。

「なにしろ、このコ達は踊りながらバトってるからねェ。時々手元が狂っちゃうんだよねェ~。ふっほほほ~」

 だが、そんな取って付けたような言い訳に、レオンが頷けるわけがなかった。

 今のは明らかにルナを狙っての一撃だ。でなければ、ああも見事に当たる筈がない。

 ——迂闊だった。あのファイルを読んでいたのに……

 ルナは既にこいつ等に邪魔者と思われているのだ。何時こうやって狙われてもおかしくなかったのに、無防備のままにしておくなんて。

 しかも、襲ってきたのはダークポケモンでもないルンパッパなのだ。これでは何時誰が彼女を狙ってくるか、まるで予測がつかない。

 ——もし、またルナが狙われたら……

 レオンはベルトに付けたモンスターボールを一つ取ると、大きくして開閉ボタンを押した。

 中から(まばゆ)い光が(ほとばし)り、倒れたルナの傍らに最も信頼する長年の相棒が姿を現す。

「エーフィ、ルナを護れ」

「おやァ、い~のかな? 大事な戦力をそんな()の為に()いちゃってェ。それでボクに勝てるのかなァ~」

「ああ」

 応えながら、レオンはチラリとルナを見る。

 自分の指示に忠実に従い、エーフィは護るようにルナの前に立ちながら、二股に分かれた尻尾で少女の頬をピタピタと軽く叩いているが、余程強く全身を打ち付けたのか、全く気付く気配がない。

「そおォ、じゃあバトル再開ってコトで、まだボクの攻撃が残ってたよねェ」

 そう言いながら、ミラーボはすっと片手を挙げると、軽快に指を鳴らした。

 もう一匹のルンパッパの口から、水飛沫を撒き散らして一気に水が激しく噴出する。

 それはポポッコを掠め、ルナに気を取られていたレオンの体を直撃した。

 激流の勢いに押され、後ろの岩壁に思いっ切り叩き付けられる。

「ぐっ……」

 ずるりとその場に崩れ落ち、胸を押さえてレオンは呻いた。

 フェナスシティでマクノシタにやられた所にモロに入った。

 激痛で胸が焼けるようだ。

「あらァ、また手元がくるっちゃったァ。よそ見してると危ないよォ~」

 音楽に合わせてくるりとターンし、ミラーボは嘲った。

 ルンパッパもくるりと回り、お互いの手を打ち鳴らして踊りに興じる。

 余裕綽々のノリノリ、ルンルン気分である。

「降参するなら、今のうちだよォ~」

「誰が——」

 レオンは片手で胸を押さえ、岩壁を支えにもう一方の手に力を込める。

「——するかっ」

 渾身の力を振り絞って立ち上がる。

 よろりとよろけながらもフィールド前に戻り、怒りに燃える琥珀色の瞳でルンパッパを睨み据え、レオンは鋭く命じた。

「ポポッコ、もう一度同じ奴に『綿胞子』だ。ヨルノズク、絶対狙いを外すな」

 軽快に飛び跳ねていたポポッコの頭に咲く、黄色い花から真綿のような胞子が、再びルンパッパの体を包み込むように(まと)わり付き、その動きを鈍らせる。

 そこへ、雨雲を突き破って急降下したヨルノズクの鋭い一撃が襲い来る。

 脳天に直撃を受け、ルンパッパは大きく仰け反り、よろけて倒れそうになるが、何とか持ち直し、次の瞬間リズムを取り戻してステップを踏む。

 かなりのダメージがあった筈なのに、意外と元気である。ルンパッパの特性の一つである「雨受け皿」の所為だ。それによって雨を受け、自分で体力を回復しているのだ。

 それが判っても、レオンのポケモンは誰も天気を変える技は持っていない。雨を止められない以上、体力が完全に回復する前に倒すしかない。

「ヨルノズク、もう一度同じ奴に『空を飛ぶ』 ポポッコは『眠り粉』だ」

「オマエ達、『葉っぱカッター』と『宿り木の種』をくれてやりなさい。ほら、ワンツー」

 同時に飛んだ指示に、すかさずヨルノズクが空に舞い上がり、間一髪で無数に飛び散る刃の様に鋭い葉を避けるが、ポポッコは避けきれずに浴びてしまう。それも急所にだ。

 草タイプの技だから、それほど効いてはいないが、それでもダメージは大きい。

 そして、当たり損ねた鋭い葉っぱが四方に飛び散り、バトルフィールドの外に出て行く。

 それらをエーフィは星形の礫で全て粉砕し、一枚もルナに寄せ付けない。

 切り刻まれた痛みに堪えながら放ったポポッコの『眠り粉』が、綿胞子によって動きの鈍った右のルンパッパを、技を使う前に今度こそ眠りに落とす。

 そしてまた「雨受け皿」で、少しルンパッパの体力が回復していく。

 ヨルノズクが再び雨雲を切り裂き、頭の上の雨受け皿の葉っぱごと右のルンパッパに痛烈な一撃をみまった。

 ぱらりと頭の葉っぱが裂け、ルンパッパはドスンと尻もちをついてパタリと倒れる。

 まずは一匹。

「やってくれたわねェ~」

 キッと少年を睨み、ミラーボは次のポケモンを出した。

 やっぱりルンパッパである。

「オマエは鳥っコに『宿り木の種』を植えてあげなさい。そして、オマエは花っコに挨拶代わりの『冷凍ビーム』よ」

「なにっ!?」

 レオンは顔色を変えた。

 草タイプのポケモンが氷タイプ技である『冷凍ビーム』が使えるなど聞いた事がない。

 とはいえ、ルンパッパは水タイプも兼ね備えている。水タイプならば似た系統の氷タイプ技を覚えても不思議じゃなかった。

 意表を突かれて一瞬指示を出し損ねた隙に、左のルンパッパが口をすぼめてヨルノズクに種を飛ばす。

 それはヨルノズクの体に付くとすぐに根を張り、体力を奪い取ってルンパッパに送り込む。

 一度宿り木の種を植え付けられると、バトル相手を全員倒さない限り、力尽きるまでじわじわと体力を相手に吸い取られていくのである。たとえ回復の薬を与えた処で、相手の体力を回復するのに使われるだけだ。

「くっ、ヨルノズク、ポポッコを背に乗せて『空を飛ぶ』っ」

 自分の迂闊さを呪い、すかさずレオンは指示を飛ばした。

 右のルンパッパが口に当てた両手を開く。

 その刹那、ヨルノズクはピョンと背中に跳び乗ったポポッコと共に、上空に舞い上がった。

 手を広げたルンパッパの口から冷気を帯びた息が、ビームの様に収斂されて勢いよく吐き出される。

 標的を失ったそれは、バトルフィールドを突き抜け、レオンに直撃した。

 咄嗟にレオンは顔を庇って眼前で両腕を交差させる。

 激しく吹き付ける冷気が、水に濡れたレオンの体から体温を奪っていく。

 ルナの傍にいたエーフィが、たまらずレオンの許に行こうと身を乗り出す。

 その気配に、レオンはチラリと視線を向けて制した。

 自分は大丈夫だから、ルナを護れ——と。

 ピクっと幅広の長い耳を揺らし、エーフィは不安そうにその場に留まった。

 冷気が白い霧のようにレオンを中心に辺りを覆い尽くす。

 そして、ルンパッパが冷気を吐くのを止め、漂う白い霧が晴れたそこには、凍えて動けなくなった少年がいた。

「あらァ、ポケモン逃がして自分が喰らっちゃうなんてェ、なんておバカさんなのォ」

 ミラーボが腰をくねらせながら、呆れ返ってつまらなさそうに少年を見る。

 濡れた髪やロングコートが全て凍り付き、全身霜と氷に覆われてピクリともしない。

 モロに冷凍ビームを浴びたのだ。体の芯まで凍え切ってしまっているのだろう。動く処か、意識が有るかどうかも怪しいものだ。

 いくらポケモンが無事でも、トレーナーがこんな状態では、もうバトルは続けられない。久しぶりに歯ごたえのあるバトルで楽しめるかと思ったら、なんとも拍子抜けした呆っ気ない幕切れだ。

 レオンを呼ぶ、エーフィの上げた悲痛な鳴き声が、虚しく洞窟の中に木霊した。

 

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