相棒の声にさえ反応せず、薄氷を被った彫像と化した少年に、興味を無くしたミラーボはくるりと背を向けて、すっと片手を挙げる。
「ミュージック、スト——」
と、指を鳴らして言い掛けた声を、ミシリと軋んだ音が遮った。
そして、擦れながらもはっきりとした声がバトルフィールドに響く。
「後から出て来たルンパッパに『空を飛ぶ』と『ダークラッシュ』だ」
聞こえてきた思わぬ声に驚いてミラーボが振り返る。
同時に雨が止んだ。
『雨乞い』の効果が切れたのだ。
頭上から甲高い鳴き声と共に、黒い影が舞い落ちる。
影は目にも止まらぬ速さで一気に『冷凍ビーム』を放ったルンパッパに襲い掛かった。
急降下の勢いそのままに全体重を乗せたヨルノズクの痛烈な攻撃と、傷の痛みで興奮して目を吊り上げたポポッコの苛烈な一撃が。
避ける事も出来ずにそれらをモロに喰らったルンパッパは、ヨロヨロとよろけひっくり返りそうになるが、何とが踏みとどまる。
だが、雨が止み「雨受け皿」で回復できない。
「ヨルノズク、ポポッコ、同じ奴に『ダークラッシュ』」
ミシミシと音を立てながら、レオンが畳みかけるように指示を飛ばす。
降り立った二匹は即座に反応し、まだステップを踏めないルンパッパに左右から次々と激烈な技をぶち当てる。
攻撃を受ける度に左に右にとくるりと体が回転し、そのままルンパッパはバッタリとものの見事にひっくり返る。
唖然として両目を見開いたままのミラーボの眼前で、パキパキと乾いた音を響かせ、レオンの全身を覆っていた薄氷がバラバラと破片となって足許に落ちて行く。
「ちょっとォ、凍ったフリしちゃって、ダマしたねェ~っ」
「確認しない貴様の方が悪いんだろ」
前髪を掻き揚げて髪に付いた氷を払い、レオンはハイパー状態のポポッコを捕まえた。
「落ち着け、ポポッコ」
目を吊り上げて腕の中で暴れるポポッコを抱き締める。
レオンの冷えた体の抱擁に、ブルブルッと体を震わせてポポッコは一瞬で我に返った。
「く~っ、口の減らないチビッ子ねェ~」
悔しげな声を上げ、ミラーボは新たなポケモンを呼び出す。
またもルンパッパだ。
レオンは思いっ切り顔を
やっと二匹倒したと思ったら、また同じ奴が出て来るとは。
ルンパッパは新たな仲間のルンパッパを迎え、お互い手を叩き合って踊り出す。
見事にシンクロした一糸乱れぬ動きである。
「オマエ達、『雨乞い』したら、あの鳥っコに『メガドレイン』をおみまいしなさいよォ~」
「左のルンパッパにヨルノズクは『ダークラッシュ』 ポポッコは『メガドレイン』だ」
ルンパッパの『雨乞い』にまたもぽつぽつと雨が降り出す。
途端にルンパッパ達の動きが素早くなった。
どうやらこいつ等は、ルンパッパのもう一方の特性「すいすい」らしい。雨に濡れたバトルフィールドの上を滑るように移動し、さっきとは素早さがまるで別物だ。
ヨルノズクの攻撃が決まらず、反対に緑の光に覆われて体力を奪われ、更に植え付けられた種が追い打ちをかける。草タイプ技は飛行タイプにはそれ程効果は無いが、徐々に体力を削られるのは流石にきつい。
お返しにポポッコも相手の体力を奪うが、何時もより効果は薄く、あまり体力も回復しなかった。
「ふほほっ~、鳥っコにたぁっぷり『水鉄砲』をおみまいしておやり~」
「ポポッコ、『綿胞子』 それを浴びた奴にヨルノズクは『空を飛ぶ』だ」
バトルフィールドの中をくるくると立ち位置を変え、縦横無尽にルンパッパは踊り回る。狙いを定めようにも、もはやどっちがどっちだか判らない。
その上、体力を奪われ続けるヨルノズクも何時まで持つか判らないのだ。
こうなったらどちらでもいい。綿の胞子で少しでも動きの鈍った方を潰す。
ヨルノズクがバサリと羽根を広げる。
そこへ軽快なステップを踏みながら、素早い動きでルンパッパが同時に圧縮した水を浴びせた。
放出された二倍の量の激流に、飛び立つ間もなくヨルノズクが吹っ飛ぶ。
その先に、レオンがいた。
咄嗟にヨルノズクの体を受け止めたレオンは、共にそのまま後ろの岩壁に激突する。
「——っ!」
背中と胸に激しい痛みが走る。
そして、今の攻撃で、とうとうヨルノズクは力尽きた。
「あらァ、残念だねェ~。折角受け止めたのにねェ」
横目で鳥ポケモンを抱きかかえて岩壁に体を預ける少年を見やり、ミラーボは腰を小刻みに振りながら回転する。
ルンパッパ達も互いの手を打ち鳴らし、くるりとその場でターンした。
「ほらァ、次はその花っコよォ。『乱れひっかき』と『葉っぱカッター』」
一番の脅威がなくなり、ミラーボは手を当てた腰をくねらせ、指示を出す。
「よ……けろ」
痛みで声の出ないレオンは、それだけ言うのが精一杯だった。
何とか力尽きたヨルノズクをボールに戻し、岩壁を支えにやっとの事で立ち上がりながら別のボールを手に取る。
「おやまあ、そのまま大人しくしてた方が楽ちんできるよォ~」
再びバトルフィールド前に立つ少年に、ミラーボは嘲るように声を掛ける。
レオンはそれには応えず、手にしたボールから次のポケモンを呼び出した。
体長が約一メートルの、ピンクの体の首と頭にふわふわな体毛を持つ電気タイプのモココだ。頭の脇に付いている角と尻尾には黒い横縞模様があり、尻尾の先端には電球のような球が付いている。
鋭利な葉っぱに切り刻まれたポポッコに、すいーっと一匹のルンパッパが近づいていく。
「モココ、あいつに『電磁波』だ」
それを受け、モココが体毛に蓄電していた電気を放出する。
電気が床を濡らす水を伝い、ポポッコに近づくルンパッパを絡め取る。
だが、その寸前にルンパッパの鋭い爪がポポッコの体を刻んでいた。
声にならない悲鳴を上げ、ポポッコは頭の黄色い花を萎れさせて床に転がった。
同時に全身に電気が走ったルンパッパは、体が痺れてステップが踏めなくなる。
レオンはポポッコの代わりのポケモンを出した。格闘タイプのマクノシタである。
「マクノシタは痺れたヤツに『クロスチョップ』 モココはもう一匹にも『電磁波』だ」
「オマエ達ィ~、そいつらにも『宿り木の種』をプレゼントしておやりなさい」
「躱せっ」
慌ててレオンが叫ぶが、遅かった。
体が痺れていても、技が出せない事も無い。
雨の中、素早い動きで軽やかにステップを踏む仲間共々、麻痺したルンパッパはすぼめた口からレオンのポケモンに向かって種を吐き出していた。
狙い違わずそれは、ドタドタと両腕をクロスさせて突っ込んで来たマクノシタと、床に座り込んで電気を放電するモココの体にへばり付く。
たちまちそれは根を張った宿主から体力を吸い出しては、親であるルンパッパに供給する。
これではヨルノズクの二の舞だ。
——だったら、こちらの体力が尽きる前に倒す!
琥珀色の瞳に揺るぎない意志を込め、レオンは決然と二匹に命じた。
「マクノシタ、もう一度同じ奴に『クロスチョップ』 モココは『ダークラッシュ』だ」
「オマエ達、『葉っぱカッター』と『メガドレイン』だよォ~」
最初に麻痺したルンパッパにマクノシタが、宙に舞う鋭利な葉っぱに刻まれながらも交差した手刀を叩き付け、モココも傷を負いながらも攻撃をぶち当てる。
それと共に発芽した種から体力を吸い取られ、モココは技の反動でも体力を消耗した挙句『メガドレイン』によって更に体力を削られる。その上ハイパー状態になってしまう。
一方立て続けに攻撃を受けたルンパッパは、失った体力の半分以上も回復していた。
「もう一度、同じ奴に同じ技だ」
モココのハイパー状態を解除せずに、レオンは指示を飛ばす。
「オマエ達ぃ~、こっちも同じで付き合っておやりィ~」
余裕を持ってミラーボは、麻痺して満足に踊れないルンパッパの代わりにリズムを刻んで声を掛ける。
マクノシタとモココが乱れ飛ぶ葉の中を、ただ一匹にそれぞれの技を炸裂させる。
さっきは堪えたルンパッパは、今度は何故か堪えることが出来なかった。
くるりと体を回転させたとおもったら、そのまま地面に転がった。
『クロスチョップ』もハイパー状態で放つ『ダークラッシュ』も急所に当りやすい。レオンがモココの興奮を鎮めずに指示を出したのは、急所に当てる為だった。
一か八かの賭けだったが、どちらも急所に決まってうまくいったようだ。
だが、それでモココも力を使い果たし、その場に倒れ伏す。
「モココ、よくやった」
長年の相棒の片割れ、ブラッキーである。
一方ミラーボは、またも自慢のポケモンを倒され、軽快に踏んでいたステップが少し乱れて不機嫌そうに次のポケモンを出してきた。
それは意外な事に、ルンパッパではなかった。
頭に二股に分かれた枝と、二本の緑の葉の付いた枝のような手を持ち、幹のような胴長の体に短い足がある、木そっくりな体をした体長一メートル程のポケモン——ウソッキーだった。
この原作ゲームはルビー・サファイア時代のもので、この小説はその時代の技仕様で書いています。
なので同じ技名でも、今とその時代では技の仕様が違う場合があります。例えば、今は草タイプに効かない『綿胞子』も、この時代では効果があるという風に。
他の技でも色々今と違う場合がありますので、そこは気にせずに読んでもらえると助かります。