廃鉱から出ると、宿に戻ったレオンとルナは早速軽い食事を取った後に、シャワーを浴びて体を休めた。
シルバが色々と聞きたがったが、まずは二人が十分休んでからだと、ギンザルが言ったからだ。
確かに気付かなかったとはいえ、昨日の昼間から今朝に掛けて夜通し戦い続けていたのである。二人とも何もせずにぐっすりと休みたかった。
レオンも何時もの部屋の安全確認だけはしたものの、それが限界だった。ルナが寝付くまで起きていられず、ベッドに横になるとそのまま泥のように相棒共々眠ってしまっていた。
二人がたっぷりと睡眠を取って目が覚めたのは、翌日の昼だった。
やはり、相当疲れが溜まっていたのである。
「これを見てくれ」
食事も十分取ってギンザルの事務所に集まると、レオンは昨日ミラーボのアジトから持って来たあのファイルを机の上に置いた。
見つけたのは三冊だったが、レオンはルナに関するファイルを除いた二冊を出した。彼女の能力は余り人に知られたくない。
ギンザルとシルバはそれらを手に取り、順々に読んでいく。
二冊目のファイル——ルナが閉じ込められていたオリからプラスルを出している時、レオンが傍に落ちていたそれを拾っていたのだ。その表紙には、「ボルグファイルR」と書かれてあった。
その内容はこうである。
——ポケモンの心を閉ざし、ダークポケモンとして戦闘マシンに造り変えたが、これが元のポケモンに戻る事を「リライブ」と呼ぶ。はっきりとした原因はまだ判っていないが、様々な要因があるようだ。計画を進める上でも、これらの要因を全て突き止めて取り去り、二度と元に戻る事のない完璧なダークポケモンを造り出さなければならぬ。
——ダークポケモン研究所所長ボルグ
「なんという事だ……」
「こんなヒドイことを……」
ファイルを読み終え、ギンザルとシルバは表情を険しくして呻いた。
「あのミラーボの背後で、このような恐ろしい計画が進められていたとは……」
首を振り、ギンザルは溜息をつくと、気を取り直してレオンとルナを見て深々と頭を下げる。
「それにしても、おまえ達には色々と世話になった。本当にありがとう」
「ボクもキミ達がいなかったら、今頃どうなっていたか……」
「そんな、当然の事をしたまでだから」
「いや」
慌てて言う少女に、ギンザルは
「もう少し遅ければ、プラスルもダークポケモンとやらにされていたかもしれないのだ」
「本当に良かったね、パパっ。プラスルっ!」
ギンザルの横に座るレイラがにっこりと笑い、傍で元気に飛び跳ねる仲良しのポケモンに声を掛ける。
それに応えるように一声鳴くと、プラスルはギンザルの許に跳ねて行き、しきりに身振り手振りで訴えるように声を上げた。
それを見たギンザルが大きく頷いて、向かいのソファに座る少年に顔を向ける。
「レオン君、すまんがこのプラスルを一緒に連れてってはくれまいか。プラスルも二人の力になりたいらしいのだ」
そうだと言わんばかりにプラスルが飛び跳ねて声を上げる。
「すごいわ。可愛くって頼もしい仲間が増えちゃったね」
弾んだ声を上げ、ルナはレオンを見る。
「ああ」
レオンはギンザルからプラスルのモンスターボールを受け取ると、ルナにそれを差し出した。
「だが、これはおまえが持っていてくれ」
「え………?」
「もしもの時の為だ」
驚くルナを見据え、レオンは静かに言った。
今回は大丈夫だったが、既にルナは何時襲われるか分からない身だ。次も大丈夫と言う保証は何処にもない。それが元でもしあの能力が使えなくなったら、困るのはレオンだった。
それに、ずぶ濡れになって床に倒れたルナの姿を見た時、昔のある光景が脳裡に蘇り、レオンは全身から血の気が引いたのだ。
——もうあんな想いをするのはゴメンだ。
だがそれには、ルナにも身を守る為のポケモンを持たせておく必要がある。とはいえ、ダークポケモンは何時ハイパー状態になって暴走するか判らないし、ブラッキーやエーフィを貸すと今度は自分が困る。その点プラスルならルナにも懐いているようだから丁度いい。
しかし、何故かルナは気が進まないようだった。
「で、でも……」
「嫌なら、プラスルは連れて行かない」
「ルナ君、わしからも頼む。どうかプラスルを連れて行ってくれんか」
「だけど、あたし……」
困惑して足許を見ると、プラスルが不安そうな
こういう表情をされると弱いルナである。
ハーっと諦めたように大きく息をつき、ルナはふっとプラスルに笑い掛けた。
「プラスル、よろしくね」
「おお、ルナ君。よろしく頼みましたぞ!」
「え、ええ……」
破顔して礼を言うギンザルに曖昧に応え、ルナはレオンからモンスターボールを貰うとプラスルを中に戻し、小さく溜息をついた。
それに気付かずギンザルは、レオンに視線を移して今後の事を口にする。
「これからわしは、ミラーボの背後の存在について調べてみようかと思う。ミラーボが去ったとはいえ、やつらのダークポケモン計画はまだ終わっていない筈。少しでもやつらの情報を集めなくてはな。
何かあったら連絡を……と、そうか、それには君のP★DA(ポケモン・デジタル・アシスタント)のメールアドレスが判らないと。すまんが教えて貰えるかね」
「それは——」
言い淀んだレオンは、チラリとルナを見る。
自分の代わりに彼女のメールアドレスを登録してもらおうと思ったらしいが、それを察したルナはバツが悪そうに首を横に振った。
「ゴメンね。あたしのは今修理に出してて持ってないの」
「そうか……」
ダークポケモン計画の情報は、自分も喉から手が出る程欲しい。自分のP★DAのメールアドレスは人に教えたくないが、背に腹は替えられなかった。
諦めてレオンは自分のP★DAのメールアドレスをギンザルに伝える。
「これでよし。調べて何か判ったら、すぐに君にも連絡をいれよう」
メールアドレスを確認すると、早速ギンザルは心当たりをあたりに部屋を出て行く。
それを見送り、シルバは二人に向き直った。
「ボクは、これからアンダーについて調べようと思ってるんだ」
「アンダー?」
シルバは怪訝そうな表情をするレオン達に説明する。
「この町の地下には、通称『アンダー』と呼ばれる町があるんだ。ほら、コロシアム前に大きな裂け目があるだろう。その下にあるんだよ。今は殆ど行き来がないんだけどね」
時折真っ暗な裂け目の底に光がチラつくのが見えたのは、気の所為ではなく、その町の
「ひょっとするとやつらは、そこからダークポケモンを運び込んでいたのかもしれない。調べる価値は十分にあると思うんだ。それじゃあ」
善は急げとばかり、シルバも出て行ってしまう。
取り残された二人はする事も無いので、取り敢えず宿に戻ろうとした。
それをギンザルの娘のレイラが呼び止める。
「待って、お兄ちゃん、お姉ちゃん。あのね、お兄ちゃん達に会いたいって子がいるの」
「あたし達に?」
「そう、こっちよ」
レイラは二人を部屋の隅にある本棚の前に連れて行った。
その脇にあるボタンを押す。
カチリと小さな音がして本棚が横に動き出し、その後ろから大きな穴が現れた。
覗いて見ると中は薄暗く、岩を削った階段が地下に続いている。
レイラは二人をその中に案内した。
階段を降り切ると、そこは結構広めの洞穴になっていた。
奥には地下水が流れ込む小さな池があり、隅に木箱やドラム缶などが置いてある。おそらく元々ここにあった洞穴に階段を付けて、物置代わりに使っていたのだろう。
今は子供達がテーブルやイスなど運び込み、秘密基地として使っているようで、数人の子供がそこで何やらやっていた。
皆は三人に気付いて挨拶をしてくるが、一人だけ小型のパソコンを使って何かやっている男の子は、それに夢中で気付いていない。
「え~と、セッティングはこれでよしと……」
「ねえ、レン」
「うわっ!」
急に声を掛けられてイスから飛び上がった少年は、声の主が幼馴染の少女と知って文句を言った。
「なんだレイラか。急に声を掛けるから、びっくりしたじゃないか」
「だって、レンったら、折角お兄ちゃん達連れて来たのに、全然気付かないんだもの」
ちょっと拗ねたようにレイラが言い返すと、レンはハッとなった。
「えっ、ホントっ!?」
ぱっと目を輝かせ、テーブルの向こうにある階段の方を見る。
自分よりずっと年上の十代も後半の青いロングコートを着たアッシュブロンドの少年と、明るい栗色の髪の少女がそこに居た。
「あの、お兄ちゃんがレオンさん?」
テーブルに乗り上がってレンが訊くと、中を窺うように視線を巡らせていたレオンは無言で頷いた。
途端に感激したようにレンが話し出す。
「ボク、レイラから話を聞いたんだ。ボク達もレイラが泣くから、プラスルを助けようって考えて頑張ってみたんだけど、全然ダメだったから……本当に凄いや」
「あら、でも何とかしてあげようとしたんでしょ?」
レオンに感動しながらも、自分の力の無さを嘆く少年に、ルナは優しく声を掛ける。
「それが一番大切なんじゃないかしら」
「そ、そうかな?」
「そうよ。ところで、さっきから何をやっていたの?」
ちょっと照れる少年の傍らに寄り、ルナは机のパソコンの画面を覗き込んだ。
「ああ、これ。他の町の子供達と連絡を取り合って、情報を集めようと思うんだ。今は何といってもネットワークの時代だからね」
「へえ、すごいわね」
ルナは感心した。自分より小さいのに、考えがしっかりしている。
「うん。でも、なかなかうまく行かなくて、今色々とセッティングを変えてやってる処なんだ」
「そう、うまくできるといいわね」
「うんっ」
元気に頷き、レンはまたパソコンに向かった。
今度こそ、成功させようと奮戦しだす。
それに励ましの声を掛け、ルナはレオンと一緒に外に出た。
「お姉ちゃん、プラスルよろしくね~」
戸口まで出て来たレイラが、手を振って二人を見送る。
手を振り返して笑顔でそれに応えたルナだったが、レイラに背を向けると同時に力なく溜息をついた。
「何故ポケモンを持つのを嫌がるんだ? 嫌いじゃないんだろ」
いや、どちらかというと大好きの部類だろう。なにしろ自分に何の縁も
それなのに、何故ルナはこうも自分でポケモンを持つことを嫌がるのか。大体トレーナーなのに、一匹のポケモンも持たずに一人で旅していること事態、おかしな話である。
「え、ええ、まぁ。ちょっと色々とあって……」
ルナは言いにくそうに言葉を濁し、そして、思い出したようにポンと手を叩いた。
「あっ、そうだわ。もうミラーボはここには居ないって、あのゴロツキ達に教えてあげましょ。一応手掛かりを教えてくれたのは、あの人達なんだし。ね、そうしましょ」
ワザとらしく話題を変え、レオンの返事も待たずに、さっさと警察署に向かって歩き出す。
どうやらルナは、その話題には触れて欲しくないらしい。
一応疑問に思って訊いてみたが、人の事情など何の関心もないレオンである。言いたくないなら、それでも別に構わなかった。
早足で先を行くルナを見やり、レオンはゆっくりと歩き出した。