警察署に入ると、署長のヘッジは喜んで二人を迎えた。
「すごいなキミ達っ。昨日ギンザルの使いの者から話は聞いたよ。あのミラーボ達を退治してくれたそうじゃないか。町の皆に代わってお礼を言わせてもらうよ」
「そんな、あたし達もミラーボが許せなかっただけだから」
「それでもだ。今まであいつらには誰も手出しできなかったのだからな」
謙遜する少女に感心して言った後に、ヘッジは二人を窺うように言葉を継いだ。
「それに、ミラーボが出て行く少し前辺りから、町のゴロツキ達が人を襲うポケモンを使わなくなったようなのだ」
正確にはこの二人がパイラに姿を現した辺り、決闘広場で何時になくゴロツキ達がバトルで大いに盛り上がっていた時を境にしてだ。あの時広場の出入り口が例のポケモン達によって塞がれ、自分達は近づく事も出来なかった。後で何があったのかゴロツキどもに訊いても、皆はぐらかして相手にならない。
そこでヘッジは、二人が何か知っていないかと思ったのだが、レオンは話を聞いてもそんな事はどうでもよさそうな態度で沈黙している。
一方ルナは目を瞬かせると、思わずチラリと隣の様子を見やった。
口を開かない処を見ると、レオンは話すつもりはないみたいだった。
確かに幾らポケモン達を救う為とはいえ、その手段はとても真っ当とは言えない代物なのだ。それをわざわざ自分からバラす気などないに違いない。
この署長の口振りからも、彼がダークポケモンをスナッチしまくっていた事は、まだ警察は把握してないらしい。もっとも、ゴロツキにしてもボロ負けした上にポケモンを奪われたと、警察に泣きつくなんてみっともない真似は出来ないだろう。
それにダークポケモンを持っている事を警察に知られたら、ポケモンが人を襲う証拠として没収されるかもしれない。それではダークポケモン達をリライブして元に戻してやれなくなる。
となれば、署長には悪いが、ルナとしてもレオンに
「へ、へぇ~、そうなんだ」
今初めて知ったような声を上げて誤魔化す。
我関せずの少年と、いかにも
この様子では、仮に知っていたとしても教える気はないという事だろう。とはいえ、あのミラーボ達を町から追い出してくれた手前、無理には聞き出しにくい。それに人を襲うポケモンの被害が無くなったのだから、これ以上追及する理由もなかった。
この件に付いて二人に話を聞くのを諦めたヘッジは、少し真顔になって再び口を開いた。
「ところで話は変わるが、先程本部から連絡があってね。なんでも世界征服を企んでいる謎の組織があるとか」
「謎の組織?」
小首を傾げるルナの横で、レオンは微かに表情を硬くした。
——と、そこへ、
猛然と署内に突っ込んで来た奴がいた。
あの若い警官である。
ヘッジの向かいに立っていたレオンに頭から突っ込んでくる。
今度は避け損ね、レオンはまともに若い警官の体当たりを喰らった。
「う……くっ……」
署長の机に倒れ込むように胸を押さえ、顔を歪めてレオンが呻き声を漏らす。
「レオン、大丈夫?」
「あ、ああ…、大…丈夫だ」
「でも……」
ただ体当たりを喰らっただけにしては、酷い痛がりようである。
だが、心配してルナが手を貸そうとすると、レオンはそれを振り払い、一息ついて何事も無かったようにゆっくりと身を起こした。
一方レオンに体当たりした若い警官は、その事に全く気付いていない。
「あいたたたた……。す、すいません、署長。でも、大変なんスよっ!」
と、慌てふためいて早口でまくし立てる。
「何でも、ミラーボ達が町を出て行ったらしい……って。あ、あれ? 署長…じゃない…ッスね………。し、失礼したッス!」
「わたしはここだ。ユイト……」
気がかりそうにチラリと少年を見やりながら、ヘッジは毎度のことながらの部下のおっちょこちょいぶりに嘆息して応える。
「それに、その話は既にわたしも聞いてるよ」
「あ、な~んだ、署長。そこでしたか。人が悪いな~、あはは」
頭を掻いて誤魔化し笑いをし、ユイトは改めて勢い込んで机に身を乗り出す。
「じゃあ、これならどうッスか。世界征服を企む謎の組織があるって話はっ」
「ユイト……」
疲れたように溜息をつき、ヘッジは顔に掛かった部下の唾をポケットから取り出したハンカチで拭く。
「お前の話は何時も賞味期限切れだ」
「ええ~、これもッスか」
折角の取って置きの情報までも古いと言われ、がっくりとユイトは肩を落とす。
それを放って、ヘッジは二人に視線を戻し、先程の話の続きをする。
「まだ確証はないが、おそらくミラーボはその謎の組織から派遣されて来たのではないかと、わたしは考えているのだ。もしそうだとすれば、他にもまだやつの仲間がいるかもしれない。それについてわたしの方でも調べてみるが、何か情報が入ったら、念の為キミ達にも知らせよう」
もしミラーボが自分の思った通りその組織の一員だったとしたら、その気がなかったとしても、二人は既にその謎の組織に敵対者と見做されている可能性がある。情報の共有はしておいた方がいいだろう。
「そこでだ。レオン君だったね。キミのP★DAのメールアドレスを教えてくれたまえ」
それがないと、連絡のしようがない。
少し顔を曇らせながらもレオンは頷き、署長にP★DAのメールアドレスを教える。
「よし判った。この先、くれぐれも気を付けて。あまり無茶しないようにな」
「はい、判りました」
気遣うヘッジに素直に頷いたルナは、留置所のゴロツキ達に会う許可を貰い、隣室へ向かう。
「なんだおまえら、まだ無事だったのかい」
二人の姿を見るなり、ヘボイが憎まれ口を叩く。
「今頃は、とっくにミラーボ様にやられてるかと思ってたのによ」
「お生憎様、ミラーボなんて、反対にやっつけてやったわよ」
「やっつけただって!?」
得意そうに言う少女を、ヘボイは疑わしげに見る。
「そんなの、ウソに決まってんだろ」
転がっていたベッドから身を起こしたトロイが、決めつけたように言う。
「本当よ。レオンにやっつけられて、この町から逃げてったのよ」
「ミラーボ様を負かしたのが、こいつだっていうのか?」
ムキになって言い返してくる少女の後ろに立つ少年を、牢の中のゴロツキ二人は胡散臭げに見やる。
「い~や、そんな話信じられねぇ」
「見え透いたウソついたって、オレ達ちゃここから絶対出やしねぇぜっ!」
それ程ミラーボが恐ろしいのだろう。幾らルナが言っても、二人は最後まで信じようとはしなかった。
警察署を出てからも、ルナは不満たらたらにぶつぶつ文句を言い続けた。
「本当なのに、あの二人ったら、失礼しちゃうわっ」
ミラーボが町を出て行った事より、レオンがミラーボをやっつけた事を信じて貰えなかったのが気に入らないのだ。
「本当に、本当なのにっ」
「もういいだろ。信じようと信じまいと、あいつらの勝手だ」
「でも、レオン。それでいいの。貴方がミラーボをやっつけたのは本当なのに、信じて貰えないなんて、悔しくないのっ!?」
「別に」
憤然と自分に詰め寄るルナに、レオンはどうでもよさそうに素っ気なく応える。
「もう、レオンったらっ」
自分の事なのに、どうしてこんなに冷めているのか。
憤懣やる方無く、更に言い返そうとしたルナの視界に、ふらりとこの間のオーバーオールを着た鉱山夫の姿が入って来た。
今日は仕事がないのか、暇そうにぶらぶらと通りを歩いている。
「待ってて、レオン。今度こそあの
と、ルナは通りの向こうを歩いている鉱山夫に向かって駆けて行く。
レオンが止める間もない。
——
鉱山夫と言い合う少女を、レオンは訝しげに見やった。
自分がルナを護るのは、自分の目的の為に彼女のあの能力がどうしても必要だからだ。そして、ルナもだ。自分以外にダークポケモンをスナッチできる者がいないから一緒にいる。お互い利用し合っているだけの間柄に過ぎない。それなのに、そんな事にまるで関係ない、本人がどうでもいいと思っている事の為に、何故ここまで一生懸命になれるのか。レオンには全く理解できなかった。
ズキリと、また怪我した辺りが
——あの野郎、俺に何か恨みでもあるのか……
一度ならず二度までも人に突っ込んで来て。
あのそそっかしい若い警官の顔を思い出し、レオンは不快げに眉間に
あの男に体当たりされた所為で、折角薬で抑えていた痛みがぶり返してしまったのだ。あの時咄嗟に誤魔化したが、署長には気付かれたようだし、ルナも不審に思っただろう。もっとも、その後あのゴロツキどもとの言い合いで、すっかり忘れてしまったようだが。
いずれにしても、こう何度も同じ所をやられては、流石に身が持たない。早々に何か対策を考える必要があった。
さてどうするかとレオンが思案していると、話が付いたのか、ルナが満面に笑みを浮かべて戻ってきた。
どうやら鉱山夫を説き伏せる事に成功したようだ。すっかり機嫌が直っている。
「レオン、あの
「そうか」
得意げに言われても、彼にとってはどうでもいい事だ。一言言葉を返すと、レオンは取り敢えず宿に向かって歩き出す。
「あ、待ってレオン。これからどうするの?」
「さあな」
ミラーボが町から出て行った以上、ここにはもう用はない。
そして、当てもなかった。
あの時ミラーボを逃がさなければ——と、思った処で今更である。
「じゃあ、フェナスに行って市長さんに会ってみましょ。何か新しい情報を掴んでいるかもしれないし」
と、ルナが提案する。
確かに今はそれ以外にやれる事はなさそうだ。
体を返して町の入り口に向かうと、見覚えのある若者が声を掛けてきた。
「よお、てめぇら、聞いたぜ」
あのマサとかいうゴロツキである。
「なんでも、てめぇらがミラーボをこの町から追い出したって話じゃねぇか」
「そうよ、何か文句でもあるの?」
「別に、あんなやつ居ても居なくても関係ねぇよ」
身構えるルナに、マサは軽く肩を竦める。
「だが、いい気になってると痛い目見るぜ。あのミラーボの後ろには、もっともっと恐ろしい影の存在がいるって話だ。あんまり深入りしねぇ方が身の為だぜ」
そう忠告して去って行く。親切というより、脅しを兼ねた嫌がらせである。
ルナはその背中に思いっ切り舌を出した。
——と、
「おや、そこのお二人さん。そんな所で何をしてるんだい?」
店から出て来た占い師のビーディが、二人を見掛けて声を掛けてきた。
何時も薄暗い店の中に籠っているのに珍しい事である。
「ふう~う。気の所為か、町の空気が少しキレイになったようだね。お二人さんが何かしたのかねぇ。でも、残念ながら、まだ黒いオーラは消えちゃいないようだよ」
ミラーボは去ったが、それでダークポケモンの件が完全に解決したわけではないと言いたいらしい。
「すごいわっ。ビーディさんて何でも判るのね」
「あたしの占いで判らんことなどないさ。ふぉっふぉっふぉっ」
感嘆する少女にビーディは自慢げに応え、そして、言葉を継いだ。
「黒いオーラを解き放つその答えは、北にあるようじゃよ」
「北かぁ……。そう言えば、お祖父ちゃん達の住んでいる所も……」
と言い掛けて、ルナはいきなり声を張り上げた。
「あーっ!! 忘れてたっ。あたし、お祖父ちゃんに会いに行く途中だったんだーっ」
間抜けた事に、色んなことがあり過ぎて、今の今まで綺麗さっぱり忘れ去っていた。
「あ、あのね。あたしのお祖父ちゃんは、ここから北にあるアゲトビレッジっていう所に住んでいるのよ」
ルナは自分の突然の大声に面食らっていたレオンに慌てて説明する。
「ふぉっふぉっふぉっ。同じ北なら求める答えもそこにあるのかもしれんの」
「そっか、若い頃うちのお祖父ちゃんは優秀なトレーナーだったから、お祖父ちゃんに聞けば、何か知ってるかもしれないわ」
ビーディの言葉に納得して独りごち、ルナはレオンの手を取った。
「行きましょ、レオン。アゲトビレッジへ」
——やっっっと、先に進める。パイラはもういいや。
でも、また後でちょくちょく立ち寄る事になるけどね。