未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―アゲトビレッジ Ⅰ―(1)

 不毛な砂漠と荒れ地が広がるこのオーレ地方も、全く緑の地がないわけではない。

 パイラタウンから更にやや西寄りに北に向かうと、左手に赤茶けた大地の中にぽっかりと緑に彩られた山が見えて来る。

 何故その山だけが豊かな緑に(あふ)れているのか。おそらくは高い山のない荒れ地の中でひと際そびえ立っている所為で、西の地方から吹き込んでくる湿った風がその山を乗り越える際、そこに多くの雨を降らしていくからだろう。

 その為山頂付近は常に雲海が垂れ込め、山全体がしっとりとして緑の濃い場所となっていた。

 もっともその所為で、オーレに吹く西風は乾いた熱風となるのだが。

 そして、その山の中腹よりやや下、豊富な水と豊かな緑に囲まれた場所に、何時の頃からかは知らないが「聖なる森」と()われるポケモンの聖域があった。

 そこには遥か昔、伝説のポケモンが姿を現したと言い伝えられ、森の中には誰が造ったのか定かでない不思議な(ほこら)があるのだ。

 その言い伝えを信じる人々は、再び伝説のポケモンが現れるその時を夢見て、今も森を護り続けている。

 その守り人達が住まう小さな村がアゲトビレッジだった。

 

 

 占い師の老婆の言葉に、このオーレにやって来た本来の目的を思い出したルナに誘われ、レオンは彼女の祖父母が住むというアゲトビレッジに行くことにした。

 あの時は仕方なかったとはいえ、ミラーボを逃がした事により、ダークポケモンの手掛かりが途絶えてしまったからだ。

 パイラの署長達が、何か情報を掴んだら知らせると言ってくれたが、何時になるか分からない。

 それなら僅かでも手掛かりになりそうなものがあるなら、行ってみるのもいいかもしれないと、レオンは思ったのである。

 ただ、あの時刻にパイラタウンを出発すると、着くのはどんなに急いでも夜遅くになる。麓まではまだいいのだが、村まではそこから更に真っ暗で険しく細い蛇行した山道を行かねばならず、慣れない者には危険すぎた。

 そこで二人はパイラタウンでもう一泊して翌朝早くに出発する事にし、その日はフェナスシティに向かったのだ。市長のバックレーにパイラであった事を伝え、何か新しい情報はないか尋ねる為に。

 二人の話を聞いたバックレーは酷く驚きながらも、あまり無理をしないようにと二人を気遣い、また何かあったら連絡するようにと念を押したのだった。情報については、思うようにいってないらしく、まだ調査中という事であった。

 その後レオン達は、少なくなったモンスターボールの補充をする為に、例の町外れのスタンドに行った。

 そして今日、朝早くにパイラを出たレオン達が、そこに着いたのは昼時を少し過ぎた頃だった。

「ああ、やっと着いた。ここよ、あたしのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんが住んでる村は」

 サイドカーから飛び降り、ルナは両手を伸ばして思いっ切り空気を吸った。

「はぁ~。やっぱり空気が違うなぁ。すっごく久しぶり!」

 パサパサに乾燥した不毛の荒れ地と違い、ここは緑の醸し出す清浄な大気に水分がたっぷりと含まれ、何処となく体をしっとりと包み込んでくれるような優しさがあった。

 村の入り口付近にある空き地にサイドカーを停めて来たレオンは、人工的に作られたフェナスシティのそれとは違う、大自然によって与えられた水と緑の豊かな村を興味深そうに見回した。

 そこは切り立った断崖下の段々に開けた僅かな土地に、寄り添うように家々が立ち並んでいた。

 その中でレオンの目をもっとも引いたのが、村の一番上にある家に覆い被さるように生えている巨大な樹の根だった。

 何時の頃からそこにあったのか、既に上部は失われているが、村全体に太い根を張り巡らし、悠久の時を代弁するかのようなそれが、村のシンボルのように静かに佇んでいたのだ。

 そして、右手にある切り立った崖からは、瀑布となって降り注ぐ豊かな水が、更に幾つもの小さな滝となって流れ落ち、長きに渡って大地を削り、あの切り株の太い根の下を縫うように、あちこちに洞窟のような穴を作って清水を(たた)えて流れていた。

「さあ、行きましょ。あたしがなかなか来ないから、きっと心配させちゃってるわ」

 そう言いながら、ルナは村の景色に目を奪われているレオンの腕を引っ張った。

 入り口にある川を渡り、短い坂道を上がって村に入ると、杖をついて散歩していた黒い服の老人が二人を見つけ、ルナの方に声を掛けてきた。

「おや、おまえさんはローガンさんちのお孫さんじゃないかな?」

「ええ」

「やっぱりそうか。この間から孫が遊びに来るんだと、嬉しそうに話しておったが、なかなか来ないので心配しとったぞ」

「あっ、やっぱり」

 ルナはバツが悪そうにぺろりと舌を出す。

「早く顔を見せてやった方が良いぞ」

「ええ、そうします」

 ルナはぺこりと老人に頭を下げ、レオンを連れて更にその先にある坂を登って行く。

 その上はちょっと開けた広場の様になっていて、その脇にフレンドリィショップがあった。

 その広場を自分のポケモンと共に散歩していた老婆が、坂を駆け上がって来る少女を見て、大きな声を出して呼んだ。

「ルナちゃんじゃないかっ」

「サイラお婆ちゃんっ」

 突然の大声に驚いて振り返ったルナは、嬉しそうに老婆に駆け寄った。

 サイラは祖母の茶飲み仲間で、ルナも良く知っていた。

 老婆の方も、懐かしそうに少女を迎える。

「久しぶりだねえ。おや、後ろに居るのは、彼氏さんかい?」

 少女の後に付いて来た少年を見やり、サイラは得心がいったようにニンマリと笑う。

「ははぁ、判ったよ。ローガンさんに彼氏さんを会わせに来たんだね?」

「え? ち、違うわよ。レオンは——」

「ああ、判ってるよ。じゃあ、私の彼氏をルナちゃんに紹介しようかのう」

 サイラは慌てるルナを軽くあしらい、一緒にいるポケモンを少女に示す。

「ほれ、私の彼氏はこのグラエナじゃ」

 それに応え、精悍な顔付きをした黒と灰色の引き締まった体躯のグラエナが、一声吠える。

「もうっ、サイラお婆ちゃんったらっ」

 揶揄(からか)われと気付いて、ルナが頬を膨らます。

「よいじゃないか。さてと、おジャマ虫は退散しようかの」

「ちょっ、ちょっと、サイラお婆ちゃんっ」

「セツマとローガンさんが、首を長くして待ってたよ。早く行っておやり」

 呼び止める少女に軽く手を振って、サイラは自分のポケモンと散歩に戻っていく。レオンをルナの彼氏と誤解したまま。

 ルナは追いかけて誤解を解こうと思ったものの、照れていると勘違いして、こっちの言う事など全然聞いてくれない上に、更に揶揄われそうだった。

「えっとね、サイラお婆ちゃんって、ちょっと思い込みが激しくって……」

「そのようだな」

 決まりが悪そうにチラリと自分を見るルナに、レオンは気にしてなさそうに応える。

 ホッとしたものの、自分の事などどうでもいいと思われているようで、ルナはちょっと複雑な気分になりながら、祖父母の待つ家に足を向けた。

 ショップ脇にある坂を登り、村の入り口からも見えたあの巨大な切り株の根本にある家の前まで行くと、反対の方からサーモント眼鏡を掛けた男がやってくる。

「おや? キミはもしかして……ルナちゃんかい?」

 少女を見て眉根を寄せて訊いてきた男を、ルナも思わず訊き返した。

「ひょっとして、ダグ小父(おじ)さん?」

「ああ、やっぱりそうだ」

 自分の記憶の正しさに安堵し、男は更に言い募る。

「この前見た時は、まだまだこ~んなに小っちゃかったのに、すっかり美人になったなぁ」

「やだぁ、小父さんったら、そんなこと言ってぇ~」

 テレて緩む頬に手を当てるルナは、満更でもなさそうだ。

「と、まぁ、冗談はさておき」

「冗談?」

「いやまぁ、とにかく。ローガンさんが心配していたぞ。ささ、早く行ってあげなさい」

 自分の軽口にジト目になったルナを慌てて誤魔化し、ダグは彼女を促すと同時にそそくさと退散していく。

「あいつは?」

「向こうの坂の下に住んでいるんだけど、え~と、何してるって言ったかな……」

 昔初めてここに遊びに来た時本人から色々聞いたけど、何時も村の中をぶらぶらと歩いている姿しか思い浮かばない。

「とにかく、ヒマ人なのは確かだわ」

 そうきっぱりとレオンに断言したルナは、さっきの事をダグに問い詰めたい気持ちをぐっと押さえて巨大な切り株の下にある家の扉に向き直った。

 まずは心配させている祖父母を安心させなくては。

 勢いよく扉を開け、ルナは祖父母が待つ家の中に駆け込んだ。

 




 今後主人公達はここを拠点として、あちこち飛び回ります。
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