未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―アゲトビレッジ Ⅰ―(3)

 何時もは洞穴手前の小川沿いの小道でアイクが入り口を守っているのだが、今はローガンと共に聖なる森へ行ったらしく、そこに姿はない。

「ここを抜けた先が聖なる森よ」

 ルナはレオンを連れて、洞穴の中を流れる小川沿いの小道を通って中に駆け込んだ。

 そこに、一人の女がいた。フルフェイスを被った女である。パイラであの廃ビルで会った奴等と同じ格好の。

 ——この女、まさかミラーボの……

 二人の間に緊張が走る。

「あれれ? また邪魔者が来たよ」

 身構える二人に、女はうんざりしたように言う。

「さっきは爺さんだと思って油断したけど、今度はそうはいかないよっ」

 と、問答無用でバトルを仕掛けてくる。

 出して来たのは共に体長一メートル弱の、腹が白く水色の背中の白い水玉模様が愛らしい真ん丸な体をしたタマザラシと、紺の背中と赤い腹に黄色いヒレと派手な色合いのキバニアである。どちらも水タイプだが、前者は氷、後者は悪タイプを併せ持っている。

 レオンは手持ちの中で、格闘タイプのマクノシタと電気タイプのモココを繰り出した。

 のしかかって来るタマザラシにカウンター気味にマクノシタのクロスチョップを決め、大きく口を開けて突っ込んで来たキバニアにはモココの電気を浴びせる。

 効果抜群の技を浴び、タマザラシは猛烈な勢いでコロコロと地に転がり、洞穴の壁に激突し、目を回してひっくり返った。

 一方キバニアが鋭い牙で噛み付いた痛みで、怯んだモココは電気を放出できなかった。

 更に自分のサメ肌でモココの体を傷付け、キバニアはダメージを追加する。

 が、それが仇となった。

 モココの体に触れた途端、ビリっと体が痺れて動けなくなったのだ。

 モココが帯電している静電気にやられたのである。

 すかさずレオンはマクノシタに指示を出し、効果抜群の格闘技をおみまいする。

 避けることも出来ず、まともにそれを喰らったキバニアは吹っ飛んだ。

「この村のやつら、なんでこんなに強いのよっ」

 一度ならず二度もやられ、ヒステリックに叫んだ女は洞穴の外に逃げて行く。

 それを放って二人は先に進んだ。

 洞窟内を蛇行して流れる清流に掛かる橋を幾つか渡り、途中邪魔をするフルフェイスの女の仲間らしい連中を、レオンが煩わしそうに容赦なくバトルで叩き潰し、漸く二人は洞穴を抜けて聖なる森に足を踏み入れる。

 途端に視界が緑一杯に開け、思わず息を呑んでレオンは足を止めた。

 遥か頭上では、深緑の葉をたわわに繫らせた枝が、天蓋の様に四方に伸びて空を覆い、足許には敷き詰められた細い石畳の道を囲むように、生い茂った柔らかな苔や下生えの草が周囲に林立する樹々の間を埋め尽くしている。それが梢の間から零れ落ちる木洩れ陽を浴びて翡翠色に輝いていた。

 何もかもが静寂の中に密やかに息づき、ここだけが悠久の時の狭間の中に忘れ去られたかのように、侵し難い荘厳な雰囲気を醸し出している。その森の芳醇な緑の匂いを一杯に含んだ大気は、一瞬息が詰まる程に濃密だった。

 緑豊かなアゲトビレッジの風景にも驚かされたが、ここはまるで別世界である。流石にポケモンの聖地と()われるだけの事はあった。

 だが今は、その聖地の静けさを破る険しい声が、森の奥の方から聞こえて来る。

 森に入って石畳の小道を更に奥に進むと、オロオロとしている森の入り口の番人を見つけ、ルナは彼を呼んだ。

「アイクさんっ!」

「ああ、ルナちゃん。ど、どうしよう。ローガンさんが大変なんだ!」

 アイクが狼狽(うろた)えまくって二人に駆け寄る。

 その彼がいた所から更に森の奥、敷き詰めた石畳の小道の突き当たりの中央にある、綺麗に磨かれた扇形の石を幾つも重ねた円形のオブジェクトのようなものの前で、ローガンが先程の連中の仲間と思われる男に詰め寄っていた。

「誰じゃ、貴様は。ここに何の用じゃ?」

「ちょっとセレビィを捕まえて、この(ほこら)を壊そうと思っているだけですよ。それまで大人しくしててもらえると有難いのですがね」

 丁寧な口調で、全身白銀一色で統一した服装のフルフェイスの男が応える。

 今までの奴等と違い、フルフェイスの額にツノが付いている。おそらくこの男がさっきの連中を引き連れてきたのだろう。

「なんじゃとっ」

 この聖なる森の神聖な祠を壊すなどと、聞き捨てならぬ言葉にローガンは憤然となった。

「そのような真似、このわしが許すと思っておるのかっ!」

「おやおや、いくらご老人でも、我々の邪魔をするなら容赦しませんよ」

 困った人を見るように、ツノ付きフルフェイスの男は悠然と老人をいなす。

 それにローガンは唾を飛ばして言い返した。

「邪魔なのはそっちじゃ。おまえのような怪しいやつは、わしが追い払ってやるわい!」

「あっはっは。ご老人が無理をしちゃあいけませんね」

「ええいっ、バカにするでないっ!」

 笑い飛ばされて、ローガンはいきり立った。

「かつては最強のトレーナーと呼ばれたこのわしじゃ。それに、わしには頼もしい相棒がいるんじゃ。わしが初めてゲットしてずーっと一緒のこいつがなっ!」

 と、モンスターボールから長年の相棒を呼び出す。

 体長四十センチ程で、黄色い体の中でギザギザの尻尾の付け根と背中の二本の縞模様が茶色く色づいている。頭の長い耳の先端が黒く、両頬の赤い電気袋が愛らしい電気タイプのピカチュウである。

 やる気満々で頬の赤い電気袋から電気を放電し、臨戦態勢を取る相棒に、ローガンは気合いを入れて声を掛けた。

「それ、ピカチュウ。もう一戦じゃっ。しまっていくぞっ!」

「仕方ないですね」

 聞き分けのない老人に軽く肩を竦め、白銀の戦闘服の怪しい男は自分のポケモンを繰り出した。

「あぁっ、ここに来るまで三戦もしてるのに、幾らローガンさんが伝説のトレーナーだといっても、あの歳でこれ以上のバトルは無茶だよっ!」

 アイクが頭を抱える。

 しかし、既にバトルは始まっている。

「ピカチュウ、『かみなり』じゃっ」

「カポエラー、『高速スピン』で躱して、そのまま攻撃」

「あっ、あのポケモンは……」

 ピカチュウの放った雷を、カポエラーが逆さになった体長一メートル半の体を独楽の様に回転させて避けながら、その勢いを殺さずに突っ込んでいく姿を見て、ルナは目を見開いた。

 バトルをする祖父の許へと急ぐ。

 頭の天辺にある角を軸に、高速回転するカポエラーに体当たりされたピカチュウは、悲鳴を上げて吹っ飛んだ。

「ピカチュウっ、大丈夫かっ!?」

 弱々しくそれに応えながらも、ピカチュウはダメージを振り払うかのように首を振って立ち上がる。

「まだ戦えるんじゃな、ピカチュウ」

「まだやる気ですか?」

「うるさいっ、バトルはこれからじゃっ!」

 うんざりしたように言う男に怒鳴り返し、ローガンは指示を出す。

「ピカチュウ、もう一度『かみなり』じゃっ」

 しかし、老齢の上、既に三戦もしてきたピカチュウの頬の赤い電気袋には、もう電気は残っていなかった。さっきのが最後だったのだ。

「ならば、『電光石火』じゃ」

 放電できずにいる相棒に、ローガンは別の指示を出す。

 一声鳴いてそれに応え、ピカチュウはカポエラーに素早い動きで攻撃を仕掛ける。

 だが、カポエラーにダメージは殆どない。

「カポエラー、『ダークラッシュ』」

 怪しいツノ付きフルフェイスの男は、退屈そうに指示を出す。

 逆さまになったまま体を回転させているカポエラーが、ピカチュウの黄色い体に痛烈な一撃を喰らわせた。

 堪え切れずにピカチュウは、勢いよく吹っ飛んで石畳に叩き付けられ、ぐってりとその場に倒れ伏す。

「おおっ、ピカチュウっ」

「ふっ……。だから言ったでしょう。無理をしてはいけませんと」

 慌てて相棒に駆け寄り抱き上げる長い白髭の老人を、ツノ付きフルフェイスの男は嘲笑った。

「ローガンさんっ」

「お祖父ちゃんっ、ピカチュウっ!」

 ルナ達ガローガンに駆け寄る。

「大丈夫!?」

「わしは平気じゃが、ピカチュウが……」

 ローガンの腕の中で、弱々しそうにピカチュウが鳴く。

 酷い怪我だ。

 その姿を見たルナは、ぎっと怪しい男を睨み付けた。

「よくもピカチュウを。あんたなんか許さないんだからっ!」

「おやおや、元気なお嬢さん。もうお着きですか」

 少女の顔を見て、男は意外そうな声を上げる。

 先にセレビィを捕まえ、この祠を壊してから、ゆっくりとこの少女を待つつもりだったのだが、予定より早く来てしまったようだ。まぁ、それならそれで、少女の方を先にしても然したる問題はない。

「折角そちらの方から来てくれたのですから、歓迎しますよ」

 と、白銀の戦闘服の男はルナを捕まえようと手を伸ばす。

 それを払い除け、レオンはルナを庇うように男の前に立ちはだかった。

「こいつに手を出すな」

「ほう、騎士(ナイト)君のお出ましですか……」

 ここまでの道中、邪魔者が来ないように部下を配しておいたのだが、あの元気な老人といい、こんなに簡単に通してしまうとは。

 今回の件が済んだら、もう一度みっちりと(しご)く必要がありそうだ。

 そんな事を考えながら、ツノ付きフルフェイスの男は昂然と自分を見据える少年を値踏むように見る。

「ふむ、少しは楽しませて貰えそうですね。いいでしょう、掛かってきなさい」

 白銀の戦闘服を着た男は、今度は二個のモンスターボールを手に取って放った。

 




 明けましておめでとうございます。
 今年も読んでもらえて嬉しいです。
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