未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―アゲトビレッジ Ⅰ―(5)

 ずっと家で心配していたセツマは、ローガンの無事な姿を見て、ホッと安堵の息をついた。

「本当に心配しましたよ。もう無茶な真似はしないでくださいね」

「わたしゃ、ローガンさんなら大丈夫だって言ったんだけどねえ」

 一緒にいたサイラは、茶飲み友達の心配ぶりに、呆れたように肩を竦める。

「いやいや、すまん。だが、あのまま放ってはおけなかったのでな」

 ローガンは頭の後ろに手を当て、心配してくれた妻に謝った。

「まぁ、何はともあれ、悪いやつらは皆追っ払ったんじゃろ。ローガンさんも戻った事だし、私はそろそろ失礼しようかの」

 そう言ってサイラはルナに近寄り、こそっと耳元で囁いた。

「ルナちゃんも、早く彼氏さんとゆっくりしたいじゃろうからね」

「ちょ、ちょっとやだ、サイラお婆ちゃんっ。何言ってんのよっ」

 ルナは顔を真っ赤にして言い返したが、サイラは相手にしない。

「まあまあ、おジャマ虫は退散するから、しっかりやりなさいよ」

 少女を軽くあしらい、鼻歌でも歌いそうな軽い足取りで、グラエナと共に出て行く。

「もうっ、サイラお婆ちゃんったらっ」

「どうしたんじゃ、ルナ」

「う、ううんっ。何でもない」

 怪訝そうにする祖父に慌てて応え、ルナはチラリと傍らに立つレオンの表情を窺う。

 さっきのサイラの言葉が聞こえてなかったのか、それともパイラの時のように人にどう思われようと全然気にならないのか、顔色一つ変えずに平然としている。

 ——もうっ、レオンったら……

 なんだか一人で焦っている自分が馬鹿みたいだ。

「さてと、おまえ達には色々と聞きたい事があるのじゃ」

 セツマがソファに座った皆の分のお茶を用意して、自分の隣に座るのを待ってローガンは話を切り出した。

「まずは、ダークポケモンとやらについてじゃが……」

「これを読めば判る」

 レオンは三冊のファイルをテーブルの上に置いた。例のボルグファイル全部である。

 ルナの能力はもう彼女が自分でバラしてしまっているので、パイラの時の様にルナに関するレポートを隠しても意味がない。

 ローガンはそれを受け取り、読み進めるにつれ表情を険しくしていった。

「う~む……。こんな恐ろしい研究を、さっきの連中が……」

 しかも、ダークポケモンの黒いオーラが見える所為で、可愛い孫がこんな奴等に狙われているとは。

「さっきテレビで言っていた、謎の組織とやらの人達でしょうかねぇ」

 顔を曇らせ、セツマは向かいに座る孫を心配そうに見る。

「うん、まだよく判らないんだけど、パイラの署長さんはそうじゃないかって言ってたわ」

「パイラの署長が……」

 組んだ片方の手を白髭を長く伸ばした顎に添え、ローガンは眉間に(しわ)を寄せる。

 暫し考え込み、それから向かいの一人用のソファに座るアッシュブロンドの少年に鋭い視線を向けた。

「さっき君は、ダークポケモン——他のトレーナーのポケモンをゲットしたが——」

「それは、あたしが頼んだのっ」

 レオンを追及しようとする祖父に、慌ててルナが口を挟む。

「ポケモンに酷いことするトレーナーから、あの子達を救いたかったから。たまたまレオンがそれをできるのを知って、それであたしがレオンに無理言って、ダークポケモン達をスナッチしてもらっているの」

 本来人のポケモンを奪うなど許される行為ではない。それでも可哀想なポケモン達を救いたかったのは自分で、彼はそれに付き合ってくれているだけだと。

「ルナ……」

 孫の必死の弁明に目を瞬かせたローガンは、隣に座る妻がそっと自分の膝に手を置いて小さく首を横に振るのを見て、大きく息を吐いた。

「ならば、最後に一つ、聞かせて欲しいのじゃが」

 スナッチの件を取り敢えず不問にし、ローガンは真っ直ぐに少年を見据えた。

「手に入れたダークポケモンを、君はどうするつもりなんじゃ?」

「完全にリライブさせて、元に戻す」

 淡々とレオンが答える。

 その言葉に、ルナはハッとなった。

「そうよ、リライブっ」

 バンっとテーブルの上に手を付き、向かいの祖父母に身を乗り出す。

「パイラの占い師のおばあさんが言ってたの。黒いオーラを解き放つ鍵は北にあるって。それってここの事でしょ。ねぇ、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん。ダークポケモンを完全にリライブする方法何かない?」

 バトルをさせただけではダメなのだ。一応ある程度まで心を開いてはくれるものの、そこから先はどうしても進めない。体から噴き出す黒いオーラも消える事はなかった。

「う~む、そう言われてものぉ……」

 腕を組んでローガンは考え込んだが、そもそもダークポケモンなど今まで聞いた事がないし、会ったのもあのバトルが初めてなのだ。

「……そう言えば、あの時やつはセレビィを捕まえ、(ほこら)を壊す。とか言っておったな……」

 ローガンはふと思い出し、ぽつりと呟いて訝しげな表情(かお)になった。

「う~む、何故じゃ? セレビィとダークポケモンは何か関係があるのじゃろうか?」

「えぇ~、お祖父ちゃんに訊けば、何か判ると思ってたのに」

「すまんのう……」

 孫に拗ねたように文句を言われ、ローガンは困り果てた顔になった。

 レオンがすっとソファから立ち上がる。

「レオン?」

「聖なる森にもう一度行ってみる」

 奴等が用もないのにあんな所に来るわけがない。祠を壊すと言ったのも気になる。さっきは大怪我を負ったピカチュウの治療の方が大事だったから、そのままその場を後にしたが、他に手掛かりがない以上、一度じっくり調べてみる必要がある。

「うむ、わしの方でも何かないか探してみる事にしよう」

 そう請け合ったローガンの家を出て、レオンとルナは再び聖なる森に向かった。

 ポケモンセンター脇の坂を降りて小川沿いの道に出ると、さっきの青いサロペットの男が二人を見つけ、洞穴の入り口手前で手を振って迎えてくれた。

「ああ、キミ達。さっきは本当にありがとう。おかげで聖なる森を荒らされずに済んだよ」

「そんな、お礼なんて。あたし達もあいつらの事、許せなかっただけだから」

「森の祠に用がある。通ってもいいか?」

 感謝されてテレるルナの横合いから、レオンが言葉短く用件を告げる。

「あ、ああ。本当は村人以外通しちゃいけないんだけど、キミ達なら構わないよ」

 快くアイクは道を開けて二人を通した。

 ひんやりとした洞穴を抜けて聖なる森へと出る。

 先程と同じ、目の前に荘厳とした緑の世界が開け、濃密な大気が押し寄せるように全身を覆い尽くす。

 だが、それはここに立ち入るのを拒むものではなく、心身を優しく包み込むような何処か懐かしい温かさに満ちていた。

「レオン? どうかしたの?」

 森に入るなり立ち止まってしまったレオンに、ルナは不思議そうに声を掛ける。

「いや、何でもない」

 ハッと我に返り、レオンは先へと進んだ。

 先程バトルした所へ出る。円形になった石畳の中央に祠はあった。

 セレビィを(まつ)ったと()われるそれは普通の祠と違い、何かのオブジェの様にも見え、何処か神秘的な雰囲気がある。

 そこに近寄り、ふと二人は足を止める。

 祠の傍らにファイルが落ちていたのだ。表紙に「ボルグファイルC」と書かれた物が。

「あのファイルと同じものだわ」

 きっとあのツノ付きフルフェイスの男が落としていったのだろう。

 二人は早速読んでみた。

 

 ——セレビィについて——様々な要因があるリライブ。セレビィはこのリライブを強力に進める力があるようだ。ダークポケモンがセレビィに会うと、閉ざす前の心を思い出し、元のポケモンに戻ってしまうのだ。アゲトビレッジの聖なる祠にも、リライブを完了させる力が秘められているようだ。これらの存在を取り除かねば、ダークポケモンの成功はありえないだろう。——ダークポケモン研究所所長ボルグ

 

「やっぱり、この祠はダークポケモンを元に戻す力があるんだわ」

 読み終えて、ルナは弾んだ声を上げた。

 これでやっと、ダークポケモンにされたポケモン達を元に戻して上げられる。

「ああ。だが、どうすれば元に戻るんだ?」

「それは……」

 ルナは言葉に詰まった。

 ファイルにはこの祠にはリライブを完了させる力が秘められているようだと書かれていたが、具体的にどうすればいいかまでは書いてない。

「とにかく、何かないか調べて見ましょ」

 そうすれば、手掛かりくらい見つかるかもしれない。

 二人はダークポケモンを元に戻す手掛かりを探して周囲を調べた。ルナは祠を、レオンはその周辺を見て回る。

 一体何時誰がこれを造ったのだろうか、祠を中心に円を描くように様々な大きさの石を敷き詰めた石畳の周りから先は、見渡す限り樹々の間にびっしりと下生えの草が()い繁り、一度も人が立ち入らぬまま長い悠久の年月を()たかのようだ。

 こうやって見ていると、思わず吸い込まれてしまうような感じすらする。

「はぁ~、ダメだわ。レオンそっちは何かない?」

「いや、何も」

 石畳の(ふち)から(きびす)を返し、レオンは祠の許に戻った。

「取り敢えず、戻ってこのファイルをお祖父ちゃんに見せてみましょ。もしかしたら、何か思い出すかもしれないし」

「そうだな」

 リライブにはセレビィとこの祠が関係していると判っただけでも収穫はあった。

 二人はファイルを持って聖なる森を後にした。

 

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