二人がローガンの家に戻ると、家の中はなにやら家探しの真っ最中のようだった。階段下の物置に仕舞われていた物が廊下に積み重ねられている。
「どうしたの? お祖父ちゃん」
「おお、ルナか。戻ったんじゃな」
ローガンは手にした箱を大事そうに持ち、廊下に積み上げられた物を避けるようにして来る二人を迎える。
「おまえ達が出て行った後、我が家にあの祠について記された石板があったのを思い出してな」
「じゃあ、その箱にそれが入ってるの?」
「いやぁ、これはじゃな……」
興味深そうに孫に尋ねられ、ローガンは口籠ってそっと目を逸らした。
一応石板を探してはいたのだが、物置を探していたら色々と懐かしい物が出てきて、ついついそれを手に取って見てしまっていたのだ。サボっていたともいう。
「お祖父ちゃん?」
孫に
「さっき見つけたんじゃが、おまえに手を貸してくれているレオン君に丁度良いと思ってな」
と、二人に持っていた箱の蓋を開いて中を見せる。
そこには随分と年季が入っている様に見えるが、まだ十分使えそうな技マシンの数々が入っていた。
これを使えば、ポケモンが自力で覚えられない技や、経験不足でまだ使えない技などを即座に覚えさせる事が出来る。
「昔ピカチュウと各地を回っていた時に手に入れたものじゃ。中にはもう使えないモノもあるかもしれんが、おまえ達はこれからもそのダークポケモンをスナッチするつもりじゃろ? それならこれは役に立つはずじゃ」
まるでその為に探しておいのだと言わんばかりに、ローガンはそれをレオンに差し出す。
「いいのか?」
自分も幾らか持っているが、これからの事を考えると、ポケモンが使える技が増えるのは確かに助かる。
だが、決して安くはないし、入手困難なものまである技マシンをあっさり自分に渡すなど、レオンには何か裏があるように思えてならなかった。
「うむ、わしはもう使わないモノじゃからな」
疑わしげな視線を向ける少年に、ローガンは殊更鷹揚に頷いてみせた。
これで何とか誤魔化されてくれと、技マシンの入った箱を押し付ける。
警戒しながらもそれをレオンが受け取った処へ、セツマが何か持って階段を降りて来た。
「あらまぁ、ルナにレオン君。丁度良かったわ」
おっとりと二人に声を掛け、セツマは階段下にいた夫に手に持っていた古ぼけた木箱を渡す。
「おじいさん。これに探していた石板が入っていましたよ」
「おお、そうか」
受け取ったローガンはそれを持って居間に行き、皆がソファに座るのを待って木箱を開けた。そして、中のモノを取り出すとそっとテーブルの上に置く。
「これが我が家に代々伝わる石板じゃ。見てみるがいい」
それは掌より少し大きめの薄い小さな石板だった。表面の縁沿いに蔦に絡まる草や花のレリーフが施され、その中央には何か文字が刻まれていた。
アゲトの聖なる祠
セレビィの力宿る
暗く閉ざされし心
宿りし力によって開かれん
その文字はそう読めた。
「ふむ、あの祠には心を閉ざしたダークポケモンに対して、何らかの作用があるらしいのう」
「ええ、さっきあそこで見つけたファイルにもそう書いてあったわ」
ルナは聖なる祠の所に落ちていたファイルをローガンに見せる。
これでダークポケモンをリライブする為には、あの祠が必要なのだと確信できたものの、この石板もどうすれば閉ざされた心を完全に開放できるのかは書いてない。
後ろの方も見てみるが、そっちは何も書かれてなかった。
「どうしよう。これじゃあ、あの子達を元に戻してあげられないわ」
折角リライブできると判ったのに、その方法が分らないのでは意味がない。
「そうじゃな。それを知るには、あの祠に宿るセレビィの力についても、詳しく調べた方がよいじゃろう」
しょんぼりする孫を慰めるように、ローガンは一つ案を出す。
「ここに来る途中にフレンドリィショップがあったじゃろう。その近くにビルボーという爺さんが住んでおる。セレビィの事ならビルボーが一番詳しいんじゃ。憶えていれば……じゃが」
「判ったわ、お祖父ちゃん」
祖父の勧めに、ルナは気を取り直して立ち上がった。
「おぉそうじゃ、ついでにこれも持って行くとよい」
ローガンは居間を出て行こうとする二人に石板を差し出す。
「え、いいの?」
「うむ、これをビルボーに見せれば、喜んでセレビィの話してくれるじゃろう。……多分」
微妙に引っかかる言い方をするローガンから石板を受け取ると、二人は坂を下ってまずフレンドリィショップに行ってみた。
最初ここを通った時は気付かなかったが、広い広場の向こうに一軒の家があった。
「こんにちは」
「ああっと、キミは確かローガンさんのお孫さんのルナちゃんだったよね?」
出て来た紺色の服を着た壮年の男は、尋ねて来た二人の内、明るい栗色の髪をした少女を見て訊いた。
「はい、そうです」
ルナが答えると、男は感心したようにレオンの方にも目を向けて言葉を継ぐ。
「聞いたよ、聖なる森の侵入者の話。大変だったみたいだけど、ローガンさんと君の彼氏が何とかしたんだって。しかし、ローガンさんあの歳になってもあんな悪者とバトルするとは、流石伝説のトレーナーだね」
「え、ええ……」
——サイラお婆ちゃんったら、もしかして村中に言いふらしたんじゃ……
壮年の男が誰に聞いたか訊かなくても、その発信源に思い至ったルナは、グラエナを連れて誰彼構わず噂を振り撒く老婆の姿が目に浮かび、思わず拳を握り締めた。
「ところで、ビルボーって名前のお爺さんはいますか?」
サイラへの怒りは一先ず抑え、ルナは用件を切り出す。
「セレビィについて知りたいんですけど、お祖父ちゃんからビルボーお爺さんが一番詳しい人だって聞いたんです」
「ああ、成程。だけど、最近物忘れが激しいみたいだから、どうかな。まぁ、とにかく会ってみるといいよ」
男はちょっと難しい表情をして、ルナ達を家の中に招き入れた。
「ほら、そこに座っているのが、うちのお爺さんさ」
そう男が示した先に、ソファに座ってのんびりとお茶をすすりながらテレビを見ているヨボヨボの老人がいた。
「あの、ビルボーお爺ちゃん?」
「おおっ」
ルナの声に振り返った老人は、旧知の者にでも会ったように嬉しそうな声を張り上げ、そして、じーっとルナの顔を見上げてぼそりと訊いてきた。
「どちらさんでしたかな?」
「え、えーと、ローガンの孫のルナっていいます」
「おおっ、ローガンさんちのルナちゃんっ!」
ポンと手を打ち鳴らし、ビルボーは合点がいったような声を上げた後で小首を傾げた。
「いや……、ルナちゃんちのローガンさんだったか…、はてどちらさんでしたかな?」
訝しげな表情をして、再び訊き返してくる。
「大丈夫なのか?」
疑わしげな顔をして、レオンはルナを見た。
「さ、さあ……」
ルナも今一自信がない。
——そう言えば、お祖父ちゃんも言ってたっけ。憶えていれば…って。
とにかく、聞いてみない事には埒が明かない。
「あの、だから——」
「おおっ、ローガンさんちのアチャモちゃんっ! ……じゃなくて、どちらさんでしたかな?」
「だから、祠の、セレビィについて、教えて、欲しいんですっ」
ボケまくって何度も名前を訊き返してくる老人に痺れを切らし、ルナはビルボーの目の前に祖父から預かった石板を突き付けて声を張り上げた。
その途端、しょぼついて生気のなかった老人の目がギラリと光り、しゃんと背筋まで伸ばして目の前の石板をじっと見る。
「おお、これはまさしく聖なる森の祠の石板。という事は、このわしにセレビィの事を聞きたいのじゃな」
すかさずそれを持っているルナ達を鋭く見据える。
「え、ええ。憶えていればですけど……」
「心配無用じゃ。そんな大事な事を、わしが忘れる筈がなかろうがっ」
余りにも急激な老人の変貌ぶりに付いて行けずに面食らう二人に、ビルボーは俄然張り切って喋り出した。
「よしっ! まずは聖なる森にある祠の話じゃ。古き言い伝えによると、あの祠にはセレビィの時渡りの力が宿ると
と、一気にまくし立てた挙句、軽口まで叩いて笑うと、ビルボーはずずっとお茶を
「もっと話を聞くかね?」
「え、ええ……」
呆然と
「直接セレビィに会うには『時の笛』という道具が必要じゃ。それさえあれば、セレビィはあの聖なる森にやって来るぞ。どんなポケモンにも、必ずやセレビィは光を与えてくれるはずじゃ」
「『時の笛』……」
それがあれば、セレビィをあの森に呼び出す事が出来る。
あのツノ付きフルフェイスの男は、あそこでセレビィを捕まえると言っていた。もしや、既に「時の笛」を手に入れているのでは。だとしたら、あの男を逃がしてしまったのはマズかったのかもしれない。
しかし、今更そう思ったところで詮もない事だ。取り敢えずあの祠に宿るセレビィの力がどんなものか判っただけでもよしとしよう。
「どうも、ありがとうございました」
「おおそうか……、また何時でも来なされ、ケムッソちゃん」
礼を言うルナに、セレビィの事を語り尽くしたビルボーは、生気の抜けた声で応えた。
また元に戻ってしまったようだ。どうもこの老人、セレビィの事以外はとことんボケまくっている。
とうとうケムッソにされてしまったルナとレオンは疲れたように嘆息すると、先程の男にも礼を言ってその家を後にした。