未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―バ ト ル 山―(3)

 エリアリーダーのブースでは、二人がやって来た通路と反対にある休憩所——ブレイクルームに通じる通路前で、筋肉を極限まで鍛え上げた(いわお)のような体躯(からだ)に、噴火したような逆立つ赤いざんばらな髪をした魁偉(かいい)な男が、立ち塞がる様に二人に背を向けて仁王立ちしていた。

 そして、その巨漢の向こうには誰かいるらしかった。ごつい巨大な体躯に隠れ、その姿は見えないが、どうやら男のようである。

「そうか、これだけ言っても渡すつもりはないんだな?」

 蛮声を上げ、蓬髪(ほうはつ)の男はその誰かに念を押す。

「ああ、何度言われようとも、答えは同じだ」

「ふんっ、オレ様の言う事を聞かないやつは、こうしてくれるっ!」

 巨漢は丸太のような腕を振り上げ、昂然と応えた男を殴り飛ばした。

「ぐふっ……。バ、バトルで勝負しないとは、卑怯な……」

「だーっはっはっ! 卑怯だと?」

 殴られた腹を押さえて通路に倒れる男を見下ろし、大男は傲然と笑い飛ばす。

「おまえなんかが、オレ様に勝てるとでも思っていたのか。素直に『時の笛』を差し出せば、痛い目見ないで済んだものを。仕方ない。面倒だが、ボルグの研究所に連れて行くとするか」

 そう言いながら、殴られた痛みで立ち上がれずにいる男に手を伸ばした時だった。

 背後に人の気配を感じ、蓬髪の巨漢は振り返った。

 そこに十代後半の、青いロングコートに変わった肩当てと手甲を左腕に付けた少年と、長い耳と手足の先が赤いポケモンを抱きかかえている少女が、険しい顔をして巨漢の男を見ていた。

「なんだ、おまえらは? オレの手下どもは、一体何をしていたんだ?」

 どうやってここまで来たのか。こんな小僧などが入り込める筈がないのだが。

 侵入してきた二人に近づき、刺青(いれずみ)のように赤い塗料で(くま)取りした顔を(しか)めてじろじろと無遠慮に見やった巨漢は、ハッと目を見開いた。

「その恰好はそうか、おまえらだな。セレビィの祠でコワップの邪魔をしたというやつらはっ」

 鼻息も荒く、憤然と蓬髪の巨漢はダンっと裸足で床を蹴る。

「今度はこのダキム様の邪魔をしに来たというワケかっ。そんなふざけた真似、二度とできないように、そのひ弱な身体(からだ)に教えてやるぜっ!!」

 そう蛮声を轟かせ、ダキムはポケモンを呼び出した。

 すかさずレオンもポケモンを出し、対峙する蓬髪の巨漢から目を離さずにルナに言う。

「あの男を頼む」

「ええ、判ったわ」

 レオンを残し、ルナはブースを横切って反対の通路に倒れている三十代半ばの男に走り寄る。

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ、キミは?」

「あたしはルナ」

 助け起こした男に答えてルナは訊いた。

「貴方がセネティさん?」

「そうだが、どうやってここへ? ここまでのブースには、あの男の部下がいた筈だが……」

「そいつらなら、レオンが皆やっつけてしまったわ」

 ブースに立つ蓬髪の巨漢を前に一歩も引かない少年に目を向けて、ルナは得意げに言う。

「あの少年が……」

 つられてセネティもそちらに目を向けた。

 少年は自分より遥かに大きい体躯のざんばら髪の大男を前に、怯むことなく昂然と自分のポケモン達と共に対峙していた。

 ダキムが繰り出したポケモンは、黒光りする硬い岩を丸く全身に(まと)わせた体長一メートル半ほどのゴツイ体をしている、岩と地面タイプを併せ持ったイシツブテの最終進化形のゴローニャと、地上でも生活できるように青い体の表面が薄い粘膜で包まれた、水タイプのミズゴロウが進化して新たに地面タイプを兼ね備えた、体長がゴローニャの半分程のヌマクローだった。進化した事で後ろ足で立ち上がれるようになり、頭と後ろ足に付いているヒレが黒く、頬とぽってりした腹がオレンジ色になっている。

 それに対し、レオンが出したポケモンは草と飛行タイプを併せ持ったワタッコと、ヌマクローと同じタイプのヌオーだ。

 ボールから出て来て元気にレオンの頭に跳び乗ったワタッコは、すぐさまぬぼっと立つヌオーの頭に跳び乗った。草タイプのワタッコはやはり湿り気がある方がいいらしい。

「ヌオーは『なみのり』 ワタッコはヌマクローに『メガドレイン』だ」

「ヌマクローは『守る』だ。ゴローニャは『大爆発』しろっ」

「っ!?」

 ダキムの指示に、レオンは顔色を変えた。

 『大爆発』は自滅技だ。敵も味方も関係なく周りの連中に大ダメージを与えるのである。その威力は(おのれ)の全体力を賭けた技だけあって絶大だった。

 ヌマクローのように、それから身を守る技を持っていれば問題ないが、マズい事にレオンのポケモンは二匹とも、そんな技は覚えていなかった。万事休すである。

 いや、まだ他にそれを防ぐ()があった。

 今指示を出した効果抜群の技であるヌオーの『なみのり』でゴローニャを倒し、『大爆発』させなければいいのだ。もしくは、ワタッコに標的の変更の指示を出してもいい。

 しかし、肝心のヌオーはベロンと舌を出し、その上に「先制のツメ」があるのを確認して嬉しそうに小さな目を細めると、口の中に舌を引っ込めてそれをしゃぶり、またベロンと舌を出して目の前にツメを掲げ見る。今のヌオーにはそれ以外眼中になく、技を出す気配すらない。

 ワタッコもレオンが指示変更する間もなく、素早い動きで『メガドレイン』をヌマクローに放ってしまう。

 だが、すかさず自分の周りにあらゆる技を受け付けない『守り』の障壁を張ったヌマクローには届かなかった。

 そして、ヌオーは相変わらず「先制のツメ」で遊ぶのに忙しい。

 ゴローニャが『大爆発』する為に両足を踏ん張って極限まで圧縮した満身の力を、一気に放出するように高々と両手を広げた。

 ——が、

 何も起こらない。

「何故だっ、何故『大爆発』しないっ!?」

 目を()いてダキムが()える。

 技を放つ体勢もタイミングも完璧だった。失敗する要素は何一つなかった筈なのに、何故大爆発しないのか。

「おそらく、そのヌオーの特性が『しめりけ』なんだろう」

 一同が疑問に思う中、セネティがその原因を口にする。

 特性の一つである「しめりけ」を持つポケモンがいるバトルフィールド内では、敵味方に関係なく『自爆』や『大爆発』が出来なくなってしまうのだ。

「そう言えば……」

 そうだった。たださっきステータスデータを見た時、性格の方ばかり気を取られて、特性の方は気にも留めていなかった。それにその後も色々とヌオーがやらかしてその対応に忙しく、今指摘されるまでレオンはそれを思い出しもしなかったのだ。

 何にせよ、ヌオーの特性のお陰で助かった。

 ほっとレオンが安堵の息をつく。

 一方、意外な事実にダキムは唖然とし、思わずヌオーを見返した。

 だが、『大爆発』を防いだ立役者は、我関せずに呑気に「先制のツメ」を舌の上で転がして遊んでいる。

「くーっ、このおジャマ虫め~っ!」

 ただぬぼーっと立っているだけの、こんなすっとぼけた奴にゴローニャ最強の技を封じられようとは。

 ダキムは腹立たしさに、ブースの床を蹴り抜かんばかりに足を叩き付けた。

 その時である。

 くるりんと舌を巻いて「先制のツメ」を口の中にしまい込んだヌオーが、唐突に大きく伸び上がるように体を仰け反らせて『なみのり』を繰り出した。

 まだ守りの壁が有効だったヌマクローはそれを受けずに済んだが、『大爆発』が不発に終わり、全くの無防備だったゴローニャは一溜りもなかった。

 全身に高波を被り、ずぶ濡れになってゴローニャがひっくり返る。

 一匹の敵ポケモンも道連れにできずに、全くの犬死にだ。

「ぐぬぅ……」

 血管が浮き上がるほど拳を握り締め、ダキムはぎりぎりと奥歯を軋らせて次のポケモンを出した。

 背中に火山のような形をした二つの穴の開いたコブを持ち、赤い体の側面に三つの青い輪の模様がある、ドンメルの進化形のバクーダだ。二メートル近い体の中にマグマを蓄えていると言われる地面と炎タイプを併せ持っている。

「ヌオー、ワタッコ、もう一度同じ攻撃だ」

「バクーダ、『守る』 ヌマクローは『地震』攻撃だっ」

 両者から同時に指示が飛ぶ。

 『地震』も『大爆発』と同じ、敵味方関係なくダメージを与える技だ。

 バクーダが逸早く技を繰り出し、守りの体勢に入る。

 ワタッコが『地震』を阻止しようと『メガドレイン』でヌマクローの体力を吸い取るが、全てを奪い切れなかった。

 半分以上体力を失いながらも、ヌマクローは全体重を乗せた一撃を床に叩き付ける。

 大揺れに揺れる床を伝った『地震』の衝撃が、バトルフィールド内にいるポケモン全員に襲い掛かる。

 だが『守る』を使ったバグーダと、咄嗟にヌオーの頭から飛び降りた飛行タイプでもあるワタッコには届かず、効果は無かった。

 ただ一匹、まともにそれを喰らったヌオーは、床からの衝撃に短い足をすくわれ、両手をばたつかせて素っ転んだ。とはいえ、体力の有り余り過ぎているヌオーは、普通にしか効かない『地震』の一撃で力尽きはしなかった。

 だが、胴長の所為か、短い手足をじたばたとさせるが、うまく起き上がることができない。

「だーっはっはっ! 無様なその姿が、バトルを終わった時のおまえの姿だ」

 ダキムは、横倒しになってじたばたもがいているヌオーと共に、レオンをも嘲笑する。

 ビタンっと床を叩き付ける大きな音が鳴り響く。

 なかなか起き上がれずにいたヌオーが、尻尾を床に叩き付けたのだ。

 そして、その反動を利用して器用に起き上がると、ぴょんと跳びついて来たワタッコを頭に乗せたまま技を繰り出した。

 バトルフィールド一杯に押し寄せる高波が、『守る』を使ったバクーダを避けて、勢いよくヌマクローに覆い被さる。

 その波の勢いに押されて仰け反ったものの、水タイプでもあるヌマクローにはそれほど効いていない。

 軽く頭を振って、バクーダの隣に戻る。

 そこへすかさず、レオンがワタッコに指示を出した。

「ヌマクローにもう一度『メガドレイン』」

 技を受けた直後の一瞬の隙を()かれた効果抜群の攻撃に、ヌマクローは抗する事ができずに力尽きる。

「おのれっ。バクーダっ、そのボンボン頭に『火炎放射』だ」

「ヌオー、『なみのり』だ」

 さっきの様に素早く動いてこれを先に決めれば、ワタッコは助かる。

 だが、ヌオーは舌の上で「先制のツメ」を転がすのに夢中で、聞いてない。

「ヌオーっ、『なみのり』だっ!」

 もう一度、強い口調で指示を出すが遅かった。

 バクーダの口から紅蓮の炎が噴き出す。

 それを見て、ワタッコがヌオーの頭上から跳び上がった。

 それに合わせてバグーダが首を振り、火炎を横薙ぎに放射する。

 逃げきれずにワタッコの白いふんわりとした真綿のような毛が、すっかり真っ黒焦げになってしまった。

「くっ……」

 唇を噛み締めてワタッコをボールに戻し、レオンは次のポケモンを呼び出した。

 ゴーストタイプのムウマである。

 今までのバトルで、ダキムは相手が逃げられないようバトルフィールド全体に攻撃を加え、大ダメージを与える大技を好んで使ってきている。

 ムウマは地面タイプに効果のある技は持っていないが、「浮遊」の特性を持っていた。少なくとも敵が得意とする『地震』攻撃は受けないで済む。

 ムウマは出てくると、ヌオーが舌の上で転がす「先制のツメ」に興味を持ち、その周囲をふよふよと漂う。

 対してダキムがヌマクローの代わりに出して来たのは、青黒く輝く鋼鉄の体を持った鋼とエスパータイプを併せ持つダンバルが、二匹合体して進化したメタングだった。体長一メートル程の磨き上げられた光沢のある円盤型の体の両脇に、腕がついた変わった体をしている。

 お互い新たにポケモンを出して二匹ずつ揃ったところで、両者が再び指示を出そうとした時だった。

 突如ヌオーが大きく体を伸び上がらせ、技を繰り出した。

 漸くさっきのレオンの指示を実行したのだ。忘れた頃にやって来る天災のような奴である。

 この不意打ちに虚を()かれたバグーダとメタングは、押し寄せる高波をモロに喰らった。

 全身に水を浴びたバクーダは、力の源である体内のマグマが急激に冷えて力尽きたが、鋼鉄の体を持つメタングは無事だった。

「おのれっ、よくもやったなっ!」

 ぎっとヌオーとレオンを()め付け、怒りのあまり次のポケモンを出すのも忘れてダキムは()えた。

「メタングっ、あのすっとぼけた奴に『地震』をぶちかませっ!」

「ヌオー、こっちも『地震』だ。ムウマは『シャドーボール』」

 レオンの指示に素早く反応したムウマの頭上に現れた漆黒の球が、メタングに直撃してその体を覆い尽くす。

 エスパータイプでもあるメタングに、効果抜群のこの攻撃は流石に効いた。

 が、苦悶の表情をしながらも、なんとか堪えたメタングは、体に廻る磁力の力で宙に浮き上がり、重い体を思いっ切り床にぶち当てた。

 それと同時に、ヌオーも大きく伸び上がり、全体重を乗せた一撃を床に叩き付ける。

 『地震』の同時攻撃に、どんな攻撃でも耐えるように設計されている筈のブースが、激しく鳴動した。

 その激震に、ブースの縁に設置されていたライトの半分近くが次々と弾け割れ、左右に大きく上下する床にまともに立っていられない。

 このままではブースから谷底に投げだされてしまう。

 咄嗟にレオンは足許にあったトレーナーの立ち位置を示す出っ張りに手を掛けた。

 ダキムは腰を低くして構え、両の裸足に力を込めてしっかりと床を踏み締め、それに堪える姿勢を取った。

 互いに『地震』を喰らったヌオーとメタングは、足許から突き上がってきた衝撃に吹っ飛ばされ、そのまま床に叩き付けられる。

 ムウマの攻撃で残った体力の大半を削られたメタングに、この効果抜群の一撃は致命的だった。

 一方ヌオーはメタング程のダメージは受けずに力尽きはしなかったが、やっぱりすぐには起き上がれず、まだ揺れの収まらない床の上を転がりながらじたばたともがいていた。

 そして、その前代未聞の激震は、ブースだけでなく、それに繋がっている通路の方まで影響を及ぼしていた。

 その時ルナは、激しい大技の応酬に身の危険を感じ、念の為セネティの傍でプラスルに『守る』の指示を出していた。

 だが、攻撃から完全に身を守る障壁も、それ以外は全くの無力である。

 ダブル『地震』の衝撃によって通路が激しく波打ち、ルナとセネティは足許を(すく)われ、手摺りを乗り越えて通路から身を投げ出してしまった。

「きゃーっ」

「うわっ」

 悲鳴を上げて、真っ逆さまに谷底へと落ちて行く。

 その声を聞き付け、咄嗟にレオンは宙を漂うムウマに指示を飛ばした。

「ムウマ、二人を『サイケ光線』で絡め取るんだっ」

 レオンと共に通路まですいっと移動したムウマは、くるりと宙で一回転して虹色に輝く思念の力で、谷底に落ちて行くルナとセネティの体を包み込む。

 落下が止まり、二人はぷっかりと谷間に浮かんだ。

 だが、エスパータイプではないムウマには、それが精一杯だった。

 とても通路まで二人を持ち上げられない。

「プラスル、ムウマに『手助け』よ」

 ルナが抱きかかえているプラスルに頼む。

 元気よく一声鳴いて応え、プラスルはムウマに『手助け』を送った。

 ムウマの体に力が漲り、少しずつルナとセネティの体が上昇していく。

 しかし、それも束の間、またすぐに止まってしまう。

 ムウマの表情に苦悶の色が見え始める。

 二人を支えるのも限界なのだ。このままでは長くは持たない。

 レオンはベルトのモンスターボールを取ると、中からエーフィを出した。

「エーフィ、『サイコキネシス』でルナ達を通路まで持ち上げるんだ」

 ローガンから貰った技マシンの中にあったエスパー技だ。エーフィならもっと経験を積めば自力でも覚えるが、『サイケ光線』より威力があるので戦力として今すぐ欲しく、マシンで覚えさせたのだ。

 エーフィはレオンが示す谷間に浮かぶ二人を双眸に捉え、額の紅玉を輝かせた。

 また徐々に降下し始めた二人の体が、すうっと浮き上がる。

 エーフィの首の動きに合わせ、そのまま滑るように上昇してふんわりと、通路の上に二人は降りた。

 覚えさせておいた技が早速役に立ち、ホッとレオンは安堵の息を吐いた。

 

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