未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―バ ト ル 山―(4)

 ダキムは怒りに全身を震わせ、気を抜いて自分に背を向ける少年を()め付けた。

 バトルはまだ終わっていないものを、終わった気になって自分を無視し、あまつさえ三匹もポケモンを出しているとは。

 この自分を馬鹿にするなど、絶対に許せるものではない。

「出て来いっ、オレ様の最強のポケモンっ!」

 ダキムは最後のポケモンを呼び出した。

 そして、傲然と命じる。

「あの小僧と、足許の白いヤツを『踏みつけ』ろ。あいつらに身の程を教えてやれっ」

 その指示に、ダキム最強のポケモンは床を蹴り、一足飛びにレオンとエーフィに襲い掛かった。

「レオン、危ないっ」

 無事に通路に戻って来られて、ハーっと息をついてレオンを見返したルナは、彼の背後から飛び掛かって来る巨大な黒い影に、顔色を変えて叫んだ。

 ハッと、後ろを振り返ったレオンとエーフィの頭上に、覆い被さるように巨大な影が両前足を踏み下ろしてくる。

 避ける間もない。

「がはっ」

 丸太のような足に胸を踏み潰され、レオンは血反吐(ちへど)を吐いた。

 パイラを出る時、ルナに内緒で体の怪我を保護する為のプロテクターを買って服の下に着込んでいたのだが、今の一撃はその上からでも激烈だった。今度こそ(あばら)をやられたに違いない。激しい痛みで息が詰る。

 そして、プロテクターなどしていないエーフィはもっと酷かった。特殊攻撃には幾らか耐性のあるエーフィだが打たれ強い方ではなく、不意を()かれて急所に当った今の一撃はとても堪えられなかった。

「レオンっ、エーフィっ!!」

 ルナとセネティは倒れるレオン達に駆け寄った。

 激痛に胸を押さえてうずくまるレオンを助け起こす。

「だーっはっはっ! どうだ、オレ様を無視するとこうなるのだ」

 痛みに顔を歪める少年を愉快げに見やり、ダキムは高らかに嘲笑(わら)う。

 その脇には、ダキムが最強と言わしめるポケモンが、辛うじて残ったライトの光を浴びて控えていた。

 それは体長が二メートルを超す威風堂々とした体躯のポケモンだった。全身が長い茶色の毛で覆われ、顔には黄色い三股の額飾りと両頬には赤い頬当てを思わせるものがあり、背中には両脇に二対の鋭い岩の刃のような物があって、その間をたなびく白煙のような毛が尻の方まで流れ落ちていた。そして、丸太のような力強い四肢には黒い環が嵌まっている。

「馬鹿な……」

 セネティは驚愕に目を見開いて呻いた。

「何故こんなやつが、エンテイを持っているんだっ!?」

「エンテイ? あの大きなポケモン、エンテイって言うの?」

 なんて大きいのか、傍に立つダキムの巨体が普通の大きさに見える。

「ああ、私も実際に見るのは初めてだが、エンテイはここよりずっと東に行った、ジョウト地方にいると()われている伝説のポケモンの一匹だ。炎タイプで、とてつもなく強い」

「伝説のポケモンですってっ!?」

 ルナは息を呑んだ。

 まさか、こんなポケモンまでゲットしているなんて……

「……放せ」

 自分を抱き支えるセネティの体を押し退け、レオンは痛みに堪えながらゆっくりと立ち上がる。

「無理だ。そんな体でバトルを続けるのは」

「そうよ、レオン。相手は伝説のポケモンと謂われているのよ。それに——」

 ルナは一瞬言い淀み、そして、躊躇(ためら)いながらもレオンに告げる。

「あのポケモンは、ダークポケモンなのよ」

「ダークポケモン?」

 聞きなれない言葉に、セネティは眉を(ひそ)める。

「ええ、人工的に心を閉ざして、攻撃力を極端に高めたポケモンをそう呼ぶの」

 伝説のポケモンと謂われ、ただでさえ強いのだ。それが人を平気で襲うダークポケモンにされて、更に攻撃力を上げられているのに、この大怪我でバトルを続けたら、レオンは死んでしまうかもしれない。

 出来るなら、可哀想なエンテイをスナッチして欲しいと思うが、今はそんな事よりもレオンの体の方が大事だった。

 だが、構わずレオンは倒れてボールに戻ったエーフィのモンスターボールをベルトに付けると、傷付いた胸を押さえてふらつきながらもトレーナーの立ち位置に立った。

 血を吐くほどの怪我をしているのだ。その痛みはかなりのものに違いない。それでもレオンのバトルにかける気迫は少しも衰えてはいなかった。

「来い、ヌオー、ムウマ」

 その呼びかけに、やっと立ち上がったヌオーと、ふわふわとレオン達の周りを飛び回るムウマも大人しく位置に着く。

「レオン——」

「通路の先にある、あの部屋まで下がってろ」

「でもっ」

「邪魔だ、早く行け」

 有無言わせない口調で、レオンはルナの反駁を遮った。

「行こう。彼の邪魔をしてはいけない」

 何を言っても無駄だ。この少年は己の信念を掛けてこのバトルに挑んでいる。たとえ死んでもこのバトルを放棄する気はないだろう。

 セネティは同じトレーナーとして、その気持ちが痛いほど解るだけに、これ以上彼を止めることはできなかった。

 少年を心配してその場を離れたがらない少女を(なだ)め、通路の先にあるブレイクルームへと避難する。ここならいくら揺れても、さっきのように谷底に落ちる心配はない。

 二人が安全な場所に避難したのを確認すると、レオンは昂然と赤い蓬髪(ほうはつ)の巨漢を見据えた。

 ダキムは鼻を鳴らし、腕を組んで満身創痍の少年を睥睨する。

「その体でまだやる気とは、よほど死にたいらしいな」

「俺は死ぬ気はない」

 伝説のポケモンだろうと何だろうと関係ない。エンテイをスナッチし、そして、勝つ。

 口許の血を拭い、レオンはきっぱりと言い放つ。

 強い意志を秘めてダキムとエンテイを睨み据える琥珀色の双眸が鋭さを増す。

 それは、まさに一度狙った獲物は絶対に逃さない猛禽のそれだった。

「ヌオーは『あくび』 ムウマは『あやしい光』だ」

「エンテイ、あの胴長を『踏みつけ』ろ」

 同時に指示が飛ぶ。

 ムウマのつぶらな瞳が怪しく光り輝き、足を振り上げるエンテイを混乱に(おとしい)れる。

 それでもエンテイは止まらず、そのままの勢いで全体重を乗せ、パカリと口を開けたヌオーを思いっ切り踏み付けた。

 何度もダメージを受けても、ぬぼっとして全く平気そうに見えたヌオーだったが、流石にこれが限界だった。

 踏まれた拍子に、『あくび』をしようと開けた口から「先制のツメ」が飛び出す。

 それを最後の力を振り絞り、ペロリと舌で絡め取る。

 力尽きても「先制のツメ」を放さないとは、見上げた根性というべきだろう。

「ヌオー、よくやった」

 色々と問題が多かったが、それでも一番活躍してくれた。

 レオンは倒れたヌオーに(ねぎら)いの言葉を掛けると、ボールに戻して次のポケモンを出す。

 エンテイと同じ炎タイプのマグマラシである。

 これならエンテイの最も威力の高い炎タイプの技にも耐性があり、ある程度ダメージも軽減される。

「マグマラシは『煙幕』 ムウマは『シャドーボール』だ」

「エンテイ、あのふらふら飛んでるヤツに『大文字』だ」

 (わずら)わしそうに混乱する頭を振っていたエンテイは、腰を低くして口を大きく開けた。

 マグマラシが口を膨らませ、黒煙の塊を噴き出す。

 黒い煙が顔を覆い、エンテイは技を出す態勢を崩して不快げに吠える。

 そこへ、ムウマが生んだ闇色のボールが直撃する。

 更に不快そうに唸り、エンテイは全身を大きく振ってそれらを払い除けた。

 流石に伝説のポケモンだけあって、この程度ではビクともしない。

「マグマラシは『スピードスター』 ムウマはもう一度『シャドーボール』」

 畳みかけるように、すかさずレオンが指示を出す。

 ダキムも傲然と指示を飛ばした。

「エンテイ、あの地べたの黒いヤツを『踏みつけ』ろ」

 先に大技の一撃で、あのふわふわ飛んでいるうっとおしい奴を倒してからと思ったが、黒煙の塊を出すあれを放置しておくのはマズい。ふわふわを叩くのは、そいつを始末してからだ。

 だが、混乱がなかなか治まらないエンテイは、その煩わしさから自分自身を攻撃してしまった。

 そこへ、マグマラシとムウマが生み出した、無数の星型の(つぶて)と漆黒の闇を集めた球が叩き付けられる。

 大きく仰け反り、エンテイは一瞬苦悶の表情を見せた。

 今度は効いているようだ。

 だが、まだだ。

 レオンはもう一度、同じ指示す。

 ところが、自分を攻撃したことで混乱が解けたのか、エンテイが正気を取り戻した。

「よし行けっ、エンテイ。あの地べたの黒いヤツを『踏みつけ』ろっ」

 そのダキムの指示を受け、混乱していた時とはまるで違う動きで、襲い掛かってきた漆黒の球と無数の星型に輝く礫を蹴散らし、猛然とマグマラシに前足を振り上げ、全体重を乗せて踏み付ける。

「マグマラシっ!?」

 不意を()かれたとはいえ、この一撃であのエーフィを倒した程の威力だ。マグマラシとて一溜りもない。

 だが、よろけながらもマグマラシは立ち上がった。

 おそらく先に仕掛けた攻撃が、エンテイの勢いを多少なりとも削いで威力がその分抑えられた所為だろう。

 一撃で倒せると思っていたダキムは、盛大に舌打ちする。

「エンテイ、そのくたばり損ないを『踏みつけ』ろ。とどめを刺せっ」

「避けろ、マグマラシっ」

 しかし、立っているのもやっとのマグマラシは、避けたくとも動けなかった。

 すかさずレオンは指示を飛ばした。

「ムウマ、『あやしい光』だっ」

 エンテイが混乱している隙に、マグマラシを逃がすつもりなのだ。

「小賢しいっ。惑わされるな、エンテイっ。『あやしい光』ごと蹴散らせっ!」

 ()えるダキムに応え、エンテイはムウマの発する怪しげな光を振り払い、もう一度マグマラシを踏み付ける。

「くっ」

 力尽きたマグマラシをボールに戻し、レオンは最後のポケモンを出した。

 長年の相棒の片割れ、ブラッキーである。

「ムウマ、もう一度『あやしい光』 ブラッキーは『秘密の力』だ」

「エンテイ、浮いてるヤツに『大文字』をぶちかませ」

 ほぼ同時に出た指示に、一番早く反応したのはエンテイだった。

 姿勢を低くして構え、大きく開けた口の中が灼熱の色を帯びる。

 そして、吐き出され炎の塊はムウマのすぐ脇を抜け、闇に包まれた空虚を「大」の字に焦がして消えていった。

 先に喰らった『煙幕』の所為で、上手く狙いがつかないのだ。

 決まれば威力絶大の技も、これでは役に立たない。

 反対にムウマの『あやしい光』とブラッキーの『秘密の力』を浴び、エンテイは混乱した挙げ句に体が痺れ、苦しげに唸り声を上げてぐらりとよろけた。

 ——今だっ。

 レオンは左手でコートのポケットからモンスターボールを取り出した。

 赤い光が肩当てから腕に巻き付くコードを走り、手甲から放たれたそれに包まれ、手にしたボールをスナッチ可能なモノへと造り変える。

 すかさずレオンはそれをエンテイに投げ付けた。

 ボールの中から(まばゆ)い光が(ほとばし)り、エンテイを絡め取ってボールに戻る。

 が、閉じた筈のボールのフタが開き、再び光が迸る。

 光が消えた後には、威風堂々としたエンテイの姿があった。

 スナッチに失敗したのだ。

 微かに眉間に(しわ)を寄せ、すかさずレオンはポケットに左手を突っ込んだ。

 ——流石に伝説のポケモン、モンスターボールでスナッチは無理か……

 今度はさっきのボールより性能の高いスーパーボールを取り出し、スナッチボールに変えて投げる。

 だが、結果は同じだった。すぐに出てきてしまう。

 もう一度、今度は更に高性能のハイパーボールで試すが、やはりエンテイは出てきてしまった。

 体力も十分削り、麻痺をして混乱までしている状態で、これ程抵抗されるとは思ってみなかった。こんな事は初めてである。

 ——それとも、体力を削るのがまだ不十分だったか……?

 とはいえ、これ以上弱らせて万が一倒れてしまったら、今度は別の意味でスナッチできなくなる。麻痺をして混乱している今がチャンスなのだ。

「馬鹿めっ、このエンテイをスナッチするなど、百万年早いわっ」

 歯痒い思いをする生意気な小僧をせせら笑い、ダキムは麻痺して動けないエンテイに罵声を浴びせる。

「これしきの麻痺で動けないなど、それでも伝説のポケモンかっ、この木偶(でく)の坊がっ」

 混乱が解けたのか、その声に反応してエンテイは唸って前足を踏み鳴らした。

 それは自分を侮辱する者に対する怒りを表しているように見えたが、人工的に心を閉ざされてダークポケモンとなった今のエンテイに、そのような感情があるわけがない。

「よし、動けるなら、とっとあいつを始末しろ。『ダークラッシュ』だっ」

 ふわふわと浮かんでいるムウマを指し、ダキムが傲然と命じる。

「躱せ、ムウマっ」

 慌ててレオンが叫んだが、間に合わない。

 身をかがめたエンテイは、一足跳びでムウマの許に跳んで『ダークラッシュ』をぶち当てる。

 その凄まじいまでの威力に、ムウマの体は吹っ飛んで力尽きた。

 一方、エンテイも技の反動で自らの体力を削り、ガクリと前足の膝を折る。

 それを見て、レオンは再度ハイパーのスナッチボールを投げ付ける。

 エンテイを絡め取って収めたハイパーボールは、激しく揺れて止まらない。

 そして、ボールから眩い光が迸る。

「くっ……」

 ——どうしてスナッチできない……

 フィールドに立つエンテイの姿を、レオンは苦々しく見やる。

「勝負あったな、小僧」

 小馬鹿にするように鼻を鳴らし、ダキムは自分の勝利を確信して余裕を持ってエンテイに命じる。

「あいつにも『ダークラッシュ』をぶちかませ」

「ブラッキー、『あやしい光』だっ」

 動けても、完全に麻痺が取れていないエンテイの動きはそれほど早くない。

 ブラッキーは素早く体の随所にある光の輪を怪しく明滅させ、再び『ダークラッシュ』を仕掛ける為に身をかがめたエンテイに浴びせる。

 攻撃の態勢を取っていたエンテイは、それをまともに喰らって混乱した。

 攻撃目標が分からなくなり、自分自身を攻撃する。

 ぐらりと上体を泳がせ、そのままどうっと倒れ込む。

 ——しまったっ。

 今の一撃で、とうとう力尽きたのだ。

「ブラッキー『黒いまなざし』でエンテイをこの場に(とど)めろっ」

 力尽きて自分のモンスターボールに戻ろうとするエンテイを、ブラッキーはじっと見据えて強引にこの場に留め、レオンはスナッチボールを投げる。

 これが最後のチャンスである。これを逃せば、ここではもうエンテイをスナッチできない。

 二つのボールから迸る光が、エンテイを取り合って激しく火花を散らす。

「一瞬でいい、何でもいいからあの光を断ち切るんだ」

 レオンの命に、ブラッキーはエンテイを見据えたまま移動し、ダキムのモンスターボールから迸る光を自分の体で遮った。

 一方の引っ張る力が消え、エンテイがスナッチボールの中に吸い込まれる。

 だが、ボールは激しく揺れ、何時再びエンテイが出て来てもおかしくない状態だ。

「出て来いっ、エンテイっ! 貴様のボールはこれだっ!!」

 ダキムが()え、エンテイのモンスターボールを投げ付ける。

 それから迸る光がスナッチボールを包み込み、それに反応して更に激しくボールが揺れた。

 このままではエンテイが出てきてしまう。そうなったらお(しま)いだ。

「ブラッキー、スナッチボールに『黒いまなざし』だ。絶対エンテイを中から出すな」

 その絶対の命に、ブラッキーは応えた。

 じっと黒い瞳でスナッチボールを見据え、一瞬たりとも()らさない。

 それからどれくらい時間が過ぎただろうか。いや多分、殆ど()っていないだろう。とはいえ、当人達にしてみれば、悠久にも等しい時だったに違いない。

 両者が手に汗握る中、唐突にボールの揺れが止まった。

「おのれ~っ」

 ダキムは中身を奪い取られた自分のモンスターボールを踏み潰し、エンテイの入ったボールを拾い上げるアッシュブロンドの少年を()め付ける。

「これ程のポケモンを使いこなし、エンテイまでスナッチするとは……。おまえ、一体何者だっ!?」

 ただの小僧であるわけがない。憎々しげにダキムが問い詰める。

 そこへ、白銀のツノ付きフルフェイスをした男がやって来て、レオンを見てギョッとした様に一瞬立ち止まった。

 そこから蓬髪の巨漢に声を飛ばす。

「ダキム様っ!!」

「おお、コワップか。オレは一旦引く。おまえはボルグの研究所に行って、手伝いをしろっ!」

「了解しましたっ」

 敬礼すると、コワップはレオンをチラリと一瞥し、急いで今来た通路を引っ返していく。

「これで終わったと思うなよ。今この瞬間にも、どんどん凄いポケモンが生み出されているのだからな」

 何も答えないアッシュブロンドの少年を見据えてそう言うと、ダキムはブースの中央から手下の去った通路まで一足飛びに跳び退(すさ)った。恐るべき跳躍力である。

「次に会う時までには、ポケモンももっと鍛えておけよ。だっはっはっ!」

 まるで自分が勝ったように高笑いし、とんでもない跳躍をみせて逃げて行く。

 怪我をした身では、とても追い付けるような速度ではなかった。取り敢えず伝説のポケモンであるエンテイをスナッチし、連中の企みを阻止できたのだ。今回はそれだけで満足すべきだろう。

 ——終わった……

 ホッとし、ブラッキーをボールに戻す。

 その途端全身に激痛が走り、思わず前屈み気味に一歩前に出て小さく呻いた。

 やっとエンテイをスナッチし、あの巨漢が去った事で張り詰めていた気が緩み、バトルに集中して忘れ去っていた痛みが、再び全身を(さいな)み始めたのだ。

 焼けるような激痛に気が遠くなる。

 意識が朦朧とし、立っていられない。

 このまま倒れてしまいたかった。

「やったね、レオンっ」

 完全に男達が見えなくなって、ハラハラしてブレイクルームからバトルの成り行きを見守っていたルナが、喜び勇んでレオンに駆け寄った。

「——ああ」

 その声に、薄れかけたレオンの意識が呼び戻される。

 ——駄目だ。ここで倒れるわけにはいかない。

 グッと足を踏ん張り、レオンはよろけて倒れそうになった体を、無理矢理立て直した。

 気力を振り絞り、平然とした顔をして向き直る。

 とはいえ、薄暗がりの中でもそれと判る程の顔色の悪さは流石に誤魔化せない。

 ハッとしてルナは気づかわしげにレオンを窺った。

「体の方は? 大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ」

 心配するルナに、レオンは平静を装い言い返す。

「君達のお陰で助かった。ありがとう」

 痛む胸を押さえながらやって来たセネティが、二人に礼を言う。

 自分だけでは、あの巨漢の男を退ける事も出来なかった。それに谷底に投げ出された時は、もう駄目だと思ったのだ。

「いえ、あたし達は頼まれて来ただけだから」

 そう言って、ルナは今までの出来事をセネティに掻い摘んで話して聞かせた。

「なるほど、君の話を聞いて、何故やつらが『時の笛』を欲しがっていたのか判ったよ」

 漸く納得がいったセネティは、懐から一本の小さな笛を取り出して二人に見せた。

「これがその『時の笛』だ。私がまだ修行の旅をしている時に偶然見つけたものだ。これを使えば、一度だけセレビィを呼ぶことができるらしい」

 そう言って、セネティはレオンにそれを差し出した。

「これは君達にやろう。受け取ってくれたまえ」

「え? こんな大事な物を、貰っちゃっていいんですか!?」

「ああ、もちろんだとも」

 驚いて自分を見返す少女に、セネティが頷く。

「やつらに取られるくらいなら、君達に使って貰いたい。ダークポケモンをやつらの魔の手から、救ってやってくれたまえ」

「はいっ。良かったね、レオン」

「あ、ああ……」

 虚ろに応え、レオンは差し出された「時の笛」を取ろうとする。

 だが、それが限界だった。

 ふっと意識が遠退き、レオンはそのままその場に(くずお)れた。

 夜の帳を引き裂き、ルナの叫び声が闇に沈む谷間に木霊した。

 

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