未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―アゲトビレッジ Ⅱ―(2)

 ポケモンセンターを後にしたルナは、そのまま一気に坂を登って祖父母の家に駆け込んだ。

「どうしたんじゃ、ルナ」

 レオンの様子を見にポケモンセンターに行った筈の孫が、いきなり居間に飛び込んで来てローガンは驚きの声を上げた。

「もしや、レオン君に何かあったのかね?」

「お祖父ちゃん、あたし——」

 気遣わしげな祖父の顔を見た途端、ルナの涙に滲む瞳から新たな涙が(こぼ)れ出る。

「もう、どうしていいか分かんないっ」

「一体どうしたんじゃ?」

 自分にしがみついて泣きじゃくる孫を宥めてソファに座らせ、ローガンは訊いた。

「レオン君は、目を醒ましたのかね?」

「ええ、さっき……」

 祖母に()れてもらったホットミルクを飲んで、一息ついたルナはポツリと答えた。

 そして、祖父に問われるまま、さっきレオンに言われた事を話す。

「あたしはレオンの事を、ダークポケモンを助ける為にずっと一緒に戦って来た仲間だと思っていたのに、レオンは、あたしをダークポケモンを見分ける便利なアイテムくらいにしか思ってなかったのよ」

 今まで身を(てい)して護ってくれたのも、自分がその能力(ちから)を持っていたから。それがなかったら、きっとレオンは自分の事なんて平気で見捨てただろう。ポケモン以外はどうでもいいと思っているような人だから。

 そう思うと、また涙が零れてくる。

「なるほどのう。じゃが、果たしてそうじゃろうか?」

 片手で長い顎鬚を撫でながら、ローガンは涙ぐむ孫を見る。

「レオン君自身、自分の気持ちに気付いておらんのかも知れんぞ」

「お祖父ちゃん。それって、どういう意味?」

 祖父の謎掛けのような言葉に、ルナは小首を傾げた。

 それに答えず、反対にローガンは訊き返した。

「その前に、一つおまえに聞きたいと思っておったんじゃが、あの少年は一体何者なんじゃ?」

「何者って……」

「おまえは、彼を優秀なトレーナーだと言っておったが、ただのトレーナーに、野生ポケモンでもないトレーナー持ちのポケモンをゲットするなどできん」

 何の躊躇(ためら)いもなくあれほど鮮やかに他人のポケモンを奪うなど、やり馴れていなければできない芸当だ。

 自分の問いにギクリとした孫を、ローガンは鋭く見据える。

「そうねぇ、この村にはお爺さんのような引退したトレーナーに教えを乞う為に、時々若いトレーナー達が来るけど、あの子はその子達と何処か違うように見えるわねえ」

 と、セツマも相槌を打つ。

 伝説のトレーナーと()われたローガンの妻だけあって、おっとりとしている様に見えて結構鋭い。

 祖母にまでそんな事を言われては、誤魔化してもきっと無駄だろう。

 そう思ったルナは肩を落として溜息をつくと、躊躇いがちに口を開いた。

「あたしも良くは知らないんだけど、レオンは……以前スナッチ団と何か関係があったみたいなの」

「スナッチ団というと、ちょっと前にニュースで言っておった、あのポケモン窃盗団の事か?」

「ええ。でもレオンはスナッチ団とはきっぱり縁を切って、今では裏切り者としてそいつらに追われているの。小型のスナッチマシンを盗ったって」

 と言った後で、ルナは慌てて言葉を継いだ。

「で、でも、それはダークポケモンを悪いやつらから救う為に、それが必要だったからやった事で。それにレオンは元々それは自分の物だって言ってたから、別に盗ったわけじゃないというか……、とにかくレオンはいい人なのっ」

 レオンにあんな風に思われていたと判った今でも、ルナは今まで一緒に頑張って来た彼が悪く思われるのは嫌だった。

「判っておるよ」

 必死に少年を弁護する孫に優しい目を向け、ローガンは微笑んだ。

「あの祠は、レオン君を介して石板と反応したんじゃろ? 確かに以前はスナッチ団と関係があったのかもしれんが、本当に平気で人のポケモンを奪えるような性根の腐った者に、そんな真似はできんよ」

「お祖父ちゃん……」

 祖父にレオンの事を(わか)ってもらえて、ルナはホッと表情(かお)を綻ばせた。

 嬉しそうな顔をする孫に頷き返したローガンは、長い顎髭に手を添えたまま難しい表情になる。

「じゃが、そうなると、彼は最初からダークポケモンの事を知っておった事になるが……」

「ええ、そうみたい。だけど、レオンは何も話してくれないの。おまえには関係ないって」

 しょんぼりとルナは肩を落とした。

 でも、それも無理ないのかもしれない。レオンにとって自分は所詮便利アイテムに過ぎなかったのだから。

 落ち込む孫に、ローガンは今までレオンに感じていた事を口にした。

「そうか……。やはりあの少年は、ダークポケモンと同じなのかもしれんのう」

「え? レオンがダークポケモンと同じ?」

 どういう事か分らず、ルナは目を瞬いて祖父を見返す。

 それに頷いてローガンは応えた。

「そうじゃ、心を閉ざしておるんじゃよ」

「でも、レオンはブラッキー達にはすっごく優しい表情(かお)をするのよ。バトルだって、ポケモンと心が通い合っていなければ、あんな風に戦えないわ」

 心を閉ざしている者に、そんな真似ができるわけがない。

 だが、信じられない思いの孫に、ローガンは静かに言った。

「彼が心を閉ざしているのは、人に対してじゃよ」

 最初ルナにレオンを紹介された時、ローガンは然程孫と変わらぬ歳にも関わらず、なんと冷めた目をした少年だと思ったものだ。言動にしても、バトルの時はポケモンと心を一つにしてあれほど見事に戦っていたのに、それ以外では一応こちらが話しかければ答えるが、それも必要最小限の事しか言わず、常に人と距離を取っていた。

 まるで警戒心を(あら)わにして決して人に心を許そうとしない、手負いの野生ポケモンのように。

「あ……」

 祖父の説明に、ルナはハッとなった。

 確かにそうかもしれない。言われてみれば、思い当たる節があり過ぎるルナだった。

「何があったのかは分からんが、わしらに対する態度は彼本来のものではないじゃろう。ポケモンに見せるものこそが、彼の本当の姿なのじゃろうよ」

 ローガンは孫に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を継ぐ。

「おまえのその能力(ちから)は多少怪我したところで、衰えたり消えたりするものではあるまい?」

「多分……」

 ミラーボの攻撃を受けて気絶した後も、ちゃんとダークポケモンの黒いオーラは見えたし、大体自分でさえなんでそれが見えるか全く分からないのだから。

 自信なさげに呟く孫に頷き、ローガンは話を続ける。

「もし本当に彼が、おまえをただのアイテムと思っておったなら、あそこまで自分の身を犠牲にして、おまえを護ったりしなかったじゃろう」

「でも、レオンはあんなにきっぱりと——」

「心を閉ざしている所為で、彼自身そう思い込んでおるのじゃよ」

 反駁する孫の言葉を制し、ローガンは確信を持って言う。

「じゃが、そうそう性格までは変わらぬものじゃ。レオン君の持っておるポケモン達を見れば分かるじゃろ? 彼が本当は心優しい少年だということが」

「……ええ、そうよね」

 懐き具合によってその威力が変わるエーフィの『恩返し』の威力は、今まで見た中でも断トツだった。それにダークポケモン達もただバトルを一緒にしているだけなら、きっとレオンに心を開きはしなかっただろう。ポケモンの事を本当に想う彼の心が、バトルを通じて彼らに伝わったからこそリライブできたし、元に戻ったポケモン達があんなにもレオンに懐いていたのだ。

 ミラーボとのバトルの時だって、自分が無事と判って安堵し、ルンパッパの『水鉄砲』を防げなかった事を詫びた時や、バトル山で谷底に落ちずに済んだ自分を見てホッとした表情は、確かにポケモン達に向けるものと同じだった。アイテムを見るようなものなんかじゃなく。

 そう思えた事で気持ちが楽になったルナだったが、今度は別の事が気になった。

「それじゃあ、どうしてレオンは心を閉ざしてしまったのかしら?」

 ダークポケモンのように無理矢理心を閉ざされたのとは違う。おそらくは自ら心を閉ざしたのだろう。

「それは、彼が心を開けばおのずと教えてくれるじゃろう。そして、それをするのはおまえの役目じゃよ」

「あたしの?」

「そうじゃ。ダークポケモンは一緒にバトルすることで、心を開いて行くのじゃろ? ならば、彼の心の扉を開けるのは、ダークポケモンを救おうと一緒に戦っているおまえしかおるまい」

「それは、そうかもしれないけど……」

 だけど、あんな(かたく)ななレオンの心を、どうやって開けばいいのか……

「心を開いて欲しかったら、まずは自分から心を開いて見せることじゃ」

 困惑する孫に、ローガンはアドバイスする。

「自分をよく知ってもらう為には、何でもよいから自分の事を話して聞かせてやるがよいじゃろう」

「自分の事を……」

 そう言えば、スナッチ団とか色々と訳ありっぽかったから、少しでも彼の事が知りたくて訊くばかりで、自分の事は何一つレオンに話してなかった。

「そうじゃ、例えば家族の事とか、おまえのポケモンの事とか……」

 そう言って言葉を切り、ローガンは思わせぶりにルナを見やって言葉を継ぐ。

「ふむ、そうじゃな。自分のポケモンを一匹も持たずに、急にここに来た理由(わけ)でもよいぞ」

「あっ……」

 忘れていた。ダークポケモンを見た所為で、色んな事が次々起こって。

「あのね、お祖父ちゃん。あたし、お祖父ちゃんに相談したい事があったの」

「なんじゃ?」

「それは——……」

 と言い掛けて、ルナは(かぶり)を振った。

「ううん、やっぱりいいわ」

 そうルナが言った時だった。

 さっき電話の呼び出し音を聞きつけ、席を立ったセツマが慌てて戻って来た。

「大変だよ、ルナっ」

「どうしたの、お祖母ちゃん」

「今ポケモンセンターから電話があって、レオン君が居なくなったと言ってきたんだよ」

「レオンがっ?」

 思わずソファから立ち上がり、ルナは祖母に訊き返す。

「居なくなったって、どういうこと!?」

「今し方、女医さんがレオン君の様子を見に病室に行ったら、ベッドが空っぽになっていたらしいんだよ」

 ポケモンセンター内を捜しても何処にもいないし、ポケモン達も置いてあった荷物も無くなっているので、もしやと思い、ここにレオンが来ていないか、電話をしてきたのだそうだ。

「そんな、レオンはさっき目醒めたばかりなのよ」

 怪我にしても、昨日まで入っていた集中治療室で、折れた(あばら)は何とか繋がったようだが、まだ完全に癒えたわけじゃない。それにずっと眠っていた所為で、体力的にもかなり弱っている筈なのに、そんな身体(からだ)で一体何処に行ってしまったのか。

「まさか、ここを出て行ったんじゃ……」

 さっき、レオンに思いっ切り馬鹿って言っちゃったから……

 血相を変え、慌ててルナは外に飛び出した。

 二つの坂を転びそうになりながらも下り、村の入り口の坂の先にある橋を渡って村外れの小さな広場に出る。

 そこにレオンのサイドカーが停めてあるのだ。村の中の坂や道は狭すぎて、あの大型のサイドカーでは通れないからだ。

 ルナはそこにサイドカーがあるのを見て、一先ずホッとする。

 まだレオンは村の中にいるのだ。

 急いで身を(ひるがえ)し、ルナは片っ端から村の中を捜し回った。

 

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