未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―アゲトビレッジ Ⅱ―(3)

 イーブイ達の入ったバスケットを抱え、施設(ホーム)の職員の男の手から逃れたレオンは、当てもなく夜の街の中を彷徨(さまよ)い歩いた。

 もう両親が永眠(ねむ)る病院には戻れない。ホームの職員に見つかったら、今度こそイーブイ達を取り上げられてしまうだろう。

「そうだ、モンスターボール」

 何処かの建物の裏口のドアの前にしゃがみ込み、レオンは外灯の(わず)かな光りの中でバスケットのフタを開けた。

 激しく揺れて座っていられず、折り重なるようになっていた二匹のイーブイが、ぱっと飛び起きてバスケットの縁に前足を掛け、舌を出してレオンを嬉しそうに見る。

 その足許にあるモンスターボールを二個取り出すと、レオンはそれにイーブイ達を取り込んだ後、再び外に出した。

 そして、貰ったばかりのP★DAを取り出し、ポケモンのステータスを見る画面に切り換える。

 そこにたった今ボールに入れた二匹の詳しいステータスデータが表示される。

 正式にこの二匹は、トレーナーの自分のパートナーポケモンとして登録されたのだ。

 これでもうこの二匹は誰にも奪われる事はなくなった筈だが、ホームのルールだからとイーブイ達を取り上げようとした眼鏡の男の事を考えると安心はできない。

 取り敢えずレオンは、二匹のステータスをじっくりと見てみた。

 最初に生まれた方はオスで、後から生まれたのはメスだった。

 そして、親から遺伝したのか、最初から四つの技を覚えていた。オスのイーブイは『尻尾をふる』『電光石火』『かみつく』『秘密の力』で、メスの方は『体当たり』『手助け』『砂かけ』『恩返し』である。

 レオンがステータスデータを見ている間に、二匹は無邪気に何かおねだりするように、しゃがみ込んだレオンの膝に前足を乗せて尻尾を振っていた。

 少し考え込み、レオンはポケットからポケモンフーズの袋を取り出した。生まれたらすぐ自分の手でやろうと用意していたものだ。

 それを見た二匹は舌を出し、尻尾を千切れんばかりに振る。

 掌にポケモンフーズを乗せて二匹の前に差し出すと、凄い勢いで食べ始めた。

 やっぱり相当腹が空いていたのだろう。

 そう思った途端、自分の腹の虫が鳴る。

 レオン自身も、昼に病院が用意してくれたサンドイッチを少し食べただけで、その後は何も食べていなかった。

 イーブイ達の食事が終わると、レオンは二匹を抱いてとぼとぼと歩き出した。

 ボールに戻してしまうと、また独りぼっちになるから心細かったのだ。

「ここ、何処だろう……」

 ポツリと呟き、レオンは辺りを見回した。

 土地勘のない初めての街で闇雲に逃げ回った所為で、ここが何処なのかも分からない。

 今歩いている所は薄暗くて人通りも殆どなかった。どうやら裏通りのような所に迷い込んでしまったらしい。

 こんな所では店も見当たらないし、とにかく表通りの人通りの多い方へ行こうと足を進める。

 その前に、不意に路地の陰からふらりと人影が出て来た。

 自分よりも年上の十代(なか)ば以上の、頭に赤いニット帽を被った体格のいい少年だ。

 その後ろにも似たような年恰好の少年が二人程いる。

 レオンはぎゅっとイーブイ達を抱き締め、思わず後退(あとずさ)った。

「へえ、イーブイかぁ。珍しいポケモン持ってるな、おまえ」

 物珍しそうに赤いニット帽の少年は、無遠慮にレオン達を見回してニヤリと笑う。

「どうだ、オレとバトルしようぜ」

「バ、バトル?」

 レオンは目を瞬いて赤いニット帽の少年を見る。

「ああ。ストリートではな、トレーナー同士目が合えば、それがバトル開始の合図だ。おまえポケモン持ってるってことはトレーナーなんだろ?」

「う、うん……」

「だったらバトルだ」

「で、でも、イーブイ達はさっき生まれたばかりで、バトルなんか——」

「そんなの関係ねぇ。申し込まれた以上、途中キャンセルは無しだからな」

 いい服着て金持っていそうなひ弱なガキな上、手持ちのポケモンが生まれたてと聞いたら尚更バトルを止めるなんで馬鹿のする事だ。軽く捻って有り金たんまり頂いてやる。

 レオンの言葉を遮り、赤いニット帽の少年はモンスターボールを取り出して中のポケモンを呼び出した。

 出して来たのは、イーブイ達と同じくらいの大きさのノーマルタイプのコラッタが二匹だった。白い腹に薄青紫の体をした奴で、頭には大きな丸い耳があり、尻の細長い尻尾の先はくるりと丸まり、口の上部中央には長く鋭い歯を持っている。

 バトルなどやった事のないレオンは、今にも跳び掛かってきそうなコラッタに怯え、イーブイ達を抱えたまま辺りを見回した。

 何時の間にか、十代半ば位の少年少女が周りを取り囲み、とても逃げられそうにない。

「ほら、さっさと抱いてるイーブイを降ろせよ」

 赤いニット帽の少年が、ぐずぐずするレオンを()かす。

「う、うん……」

 促されるまま、躊躇(ためら)いがちにレオンはイーブイ達を足許に降ろした。

「じゃあ、始めるぜ」

 そう一方的に宣言すると、赤いニット帽の少年はいきなり指示を出す。

「コラッタ・ワン、ツー、イーブイどもにそれぞれ『必殺前歯』だ」

「か、躱してイーブイっ」

 レオンが叫ぶ。

 コラッタが勢いよくイーブイ達に肉迫し、口を大きく開けて鋭い前歯を二匹の体に突き立てようとする。

 その刹那、ひらりとイーブイ達は身を翻した。

「イーブイ、『秘密の力』と『体当たり』!」

 そこへレオンは、さっき見たイーブイ達のステータスデータに載っていた技名を叫ぶ。

 すかさずオスのイーブイが、躱されて前歯を地面に突き立てたコラッタに技を繰り出す。

 メスのイーブイも目に留まらぬ速さで、もう一方のコラッタを弾き飛ばす。

「ちっ、コラッタ・ワン、ツー、もう一度『必殺前歯』!」

 赤いニット帽の少年が叫ぶが、コラッタ・ワンはイーブイの技を喰らった直後、体に無数の電気が走り、動けなくなっていた。『秘密の力』の追加効果だ。

「躱して、動けるコラッタに『手助け』と『秘密の力』!」

 レオンも負けじと指示を出す。

 素早く迫るコラッタ・ツーの前歯を躱し、メスのイーブイが相棒に力を送る。

 それを受けたオスのイーブイは、コラッタ・ツーを先程以上の力で攻撃する。

 同時にコラッタ・ツーも体が痺れて動けなくなる。

「くっ、動けっ、コラッタ・ワン、ツー! こっちも『電光石火』だ」

「右のコラッタに『手助け』した『かみつく』」

 痺れ状態は時たま動けるようになる。生まれたばかりのイーブイは体力が少ないのだ。一撃でも喰らったら終わりだ。

 レオンはバトルに慣れるにつれ、慎重にコラッタ達の動きを見極め、相手の動きに合わせて指示を出していく。

 動ける兆しを見せたコラッタに的確に威力の増した怯み技を出し、二匹のコラッタが同時に動いたら、相手の攻撃を躱す事に専念する。

 焦った赤いニット帽の少年が、喚いて指示を出すが、イーブイ達にかすりもしない。

 両親がレオンに(のこ)したイーブイ達は、生まれたばかりとはいえ、恐ろしく基礎能力が高かった。そして、それを遺憾無く発揮できているのは、レオンとの揺るぎない絆にあった。

 イーブイ達は卵の中で微睡(まどろ)みながらも何時も感じていたのだ。世話をしてくれるレオン達親子の温かな愛情を。だから今日少年の悲痛な泣き声を耳にした二匹は、必死になって殻を破り卵から出てきたのである。独りぼっちになってしまったレオンに直に会って教える為に。これからは自分達がずっと傍に居るよと。

 イーブイ達との確かな絆の手応えを武器に、レオンは綱渡りにも見えるバトルで手堅く確実に技を決めていく。

 そして——

 目を回したコラッタ・ワンの脇で、オスのイーブイの威力の増した技が炸裂した。

 残ったコラッタ・ツーも、それに堪えることはできなかった。

 後には、目を回して地べたに転がるコラッタ達を前に、誇らしげに胸を張る二匹のイーブイの姿があった。

「嘘だろ……」

 赤いニット帽の少年とその仲間は呆然となった。

 ぼろい小遣い稼ぎの楽勝バトルの筈が、終わってみれば相手に一撃も喰らわせられずにボロ負けである。信じられないのも無理はない。

 レオンは勝てた喜びを、戦ってくれたイーブイ達と分かち合っている。

 チラリとそれを見やり、赤いニット帽の少年は決まり悪そうにその場を後にしようとした。

 その前に数人の少年が立ち塞がる。

「あんた、自分でバトル仕掛けておいて、負ければ相手に金も払わずにとんずらってのは、ちょっと虫が良すぎるんじゃねぇ?」

 少年達の一人、茶色い前髪に青いメッシュの入った少年が皮肉げに言う。

「あんたの始めたストリートバトルだ。ルールはちゃんと守らないと、あんた達これからここでは生きていけないぜ」

 顎で、赤いニット帽の少年達に周りを見るように促す。

 同年代の少年少女が自分達を見定めるように、じっと静かにその動向を視ている。

 レオンもそのただならぬ雰囲気に、イーブイ達を抱きかかえて赤いニット帽の少年達を見た。

「ちっ、判ったよ」

 舌打ちし、赤いニット帽の少年はズボンのポケットに手を突っ込むと、鷲掴みにした金を青いメッシュの髪の少年に押し付ける。

「これでいいんだろっ」

 忌々しげに吐き捨て、赤いニット帽の少年とその仲間は、肩を(いか)らせて去って行く。

 それを見送ると青いメッシュの髪の少年は、手にした金を持って仲間と共に唖然とするレオンの許に足を向けた。

「ほら、バトルの報酬」

「え?」

 差し出されたお金と少年の顔を交互に見ながら、レオンは途惑った。

 どういう意味なのか、さっぱり分からない。

「やっぱりおまえ、何にも知らないんだな」

 青いメッシュの髪の少年は軽く肩を竦めた。

「おまえ、親や家は?」

 ここらでは見掛けない顔だし、随分と上等な服を着ている。

「………」

 レオンは大きく目を見開き、そして、答える事が出来ずに(うつむ)いた。

 少年の言葉に今までの事が脳裡に蘇り、レオンの琥珀色の瞳から見る見るうちに涙が溢れ出る。

 両親も、家も、もう何もない。自分にはもうこの腕の中にいるイーブイ達しかいなかった。

「そうか……」

 大体の事情を察したのか、ぽつりと呟いて青いメッシュの髪の少年は、チラッと仲間達と視線を交わす。

 そして、バンっとレオンの背中を叩いた。

「だったら、俺達が色々と教えてやるよ」

「え?」

「まずはストリートバトルのルールだ」

 と、青いメッシュの髪の少年は、レオンの困惑などお構いなしにレクチャーし出す。

 それがレオンにとっての初めてのストリートでのポケモンバトルと、仲間との出会いだった。

 

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