未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―アゲトビレッジ Ⅱ―(5)

 街が大きくなればなる程、人は溢れ、新しい建物も増えていく。そしてその反面、古くなったものは打ち捨てられ、忘れ去られる。

 一年半程前までは裏通りとして、多少の人通りがあったこの辺りも、都市開発でメイン通りが新たに造られた東側に移動し、それに合わせて主な建物も移ってしまった今となっては、古ぼけ朽ちた建物が立ち並ぶこの辺りは、食うに困った者達が勝手に空き家に住むようになり、落ちぶれた者達の吹き溜まりと化していた。

 二年前からこの辺りを牛耳り出したイートンは、得意のポケモンバトルで金を稼ぐ事はせず、もっぱら自分の配下に下った浮浪児やゴロツキ達から金を巻き上げて贅沢三昧していた。

 その所為で、ここら辺に暮らす彼等は、働いて僅かな日銭を稼いでいてはとても暮らして行けず、スリやかっぱらい、恐喝などの犯罪に走り、スラムと呼ばれるようになったこの地帯の治安は次第に悪くなっていった。

 そんなある日、ふらりと一人の少年がこの街にやって来た。

 この世界では、十歳になるとポケモントレーナーを目指す少年少女は、最寄りのポケモン研究所よりパートナーポケモンを一匹貰い、親が許可すれば修行の旅に行く事もできる。この少年もその一人で、まだ十代(なか)ばにもならない駆け出しのトレーナーのように見えた。

「おい、その先はスラムだぞ」

「スラム?」

 街の(さび)れた方へ行こうとしていた少年は、付近を歩いていた男に呼び止められ、聞きなれない言葉に訝しげな顔になった。

「ああ、街の中心が東側に移って、ここいらは建物も古くなって打ち捨てられているんだ」

 事情を知らない少年に、男は説明する。

「そこに行き場を失ったやつらが勝手に住み込むようになって、今じゃ浮浪児やゴロツキなんかの、犯罪にも手を染めている連中の溜まり場だ。うっかり足を踏み入れたら、身包(みぐる)み全部(はが)されてしまうぞ」

「そうか……」

 目の前の朽ち果てた建物群を見回し、少年は納得したように頷いた。

 そして、また歩き出す。

「おい、どうなっても知らないぞっ」

 人の忠告を無視して先に進む少年の背に、男は苛立ち混じりの声を飛ばす。

 それに構わず、少年はスラムの中に入って行った。

 

 

 伸びた茶色い前髪に青いメッシュの入った少年、というよりもう若者といった方がいいような歳の男が、廃工場の敷地に積み上げられた廃材の上に座り、じっと掌を見て深く息を吐いた。

 そこには、ほんの数枚の小銭が乗っているのみだ。

『オレ様は優しいからな。全部巻き上げるなんてこたぁしねぇよ』

『ほら、さっさと今日稼いだ金を出しやがれ』

 赤紫の髪を伸ばした大柄な男と、神経質な細面(ほそおもて)の男のニヤケた顔を思い出し、ぎゅっと手の中の金を握り締める。

「なぁ、マーカス。あいつらがいる限り、オレ達このままなんかなぁ」

 青いメッシュの髪の若者の脇に座っているくたびれた黒帽子を被った男が、溜息混じりに言う。

 いくら頑張っても稼ぎの殆どを取られては、とてもやっていけない。とはいえ、稼がなければ、どんな制裁を受けるか分からないのだ。それも連帯責任として仲間全員がその対象になる。サボる事すら許されなかった。

 前はこんなじゃなかった。犯罪紛いの事をやらなくても、普通にメシが食べられて自由気ままに暮らしていけた。

「あの時、レオンさえ勝っていればなぁ……」

「言うな。もう終わった事だ」

 鋭くマーカスは黒帽子の男を(たしな)める。

 あの時、咄嗟に保身に走り、レオンに全てを押し付けて切り捨てた。あいつが負けた以上、ここで生きていく為にはそれがベストの選択だった。今更うだうだ言ったところで現状は変わらない。余計みじめになるだけだ。

 ギギギィーっと耳障りな音を立て、廃工場の門にある赤錆だらけの扉が開く。

 ハッとして、二人は門の方に顔を向けた。

 そこに、一人の少年がいた。

 十二、三歳くらいだろうか、射貫くような鋭い目付きの少年だ。

 少年は真っ直ぐにマーカス達の所に足を進めた。

「イートンは何処にいる?」

 歳に似合わず、低く冷ややかな口調で訊いてくる。

「イートン? やつに何の用だ?」

「バトルを申し込む」

「ハァ? 正気かおまえ」

 端的に告げた少年の要件に、マーカス達は目を見開いた。

 今は面倒臭がってポケモンバトルは殆どやってないが、一年程前まで、受けたバトルでは相手を完膚無きまでに叩き潰し、再起不能者まで出していた。パートナーのポケモンが毒タイプな事から「毒使いのイートン」と呼ばれ、ジム巡りの経験者という事もあって、今ではこの界隈でイートンに逆らう者は一人もいなかった。

 それを知らないのか、目の前の少年は淡々と同じ要求を繰り返す。

「イートンを出せ。バトルを申し込む」

「はっ、どうなったって知らないぜ」

 わざわざ忠告する義理もない。マーカスは仲間の黒帽子の男を知らせに走らせ、自分は少年を見張った。

 だが、黙然と自分を見返す少年のアッシュブロンドの髪と琥珀色の瞳に誰かを連想し、マーカスは自然と後ろめたさを感じて視線を逸らす。

 程なくしてイートンと腰巾着のゼイビルを連れて黒帽子の男が戻って来た。

「誰だよ。このオレ様に楯突く馬鹿は」

「ホント、身の程知らずもいいトコだよな、イートンの兄貴」

 ぶつくさ文句を言う赤紫の髪の男に、すかさずゼイビルがよいしょする。

「あの小僧ですぜ」

 黒帽子の男が、仲間の傍に佇む少年を指し示す。

「むっ……」

 冷ややかに自分を見据える少年を、目を(すが)めてジロジロと見やったイートンは、次の瞬間目を丸めて爆笑した。

「なんだおまえ。あの時のガキか。イーブイ抱いてビービー泣いてた」

「えぇ!?」

 ——これが、あのレオン!?

 イートンの言葉に、マーカスと黒帽子の男は目を剥いた。

 全然気付かなかった。というより、以前とはまるで別人だ。(まと)う雰囲気も、体つきや顔つきも。

 人懐っこくて人を疑う事を知らない、少しひ弱な印象の少年だったのに、今目の前にいるレオンにはそれが一切ない。

 あどけない笑みの消えた表情は何処までも冷たく凍てつき、柔らかさを削ぎ落した面差しは鋭利なものに変わっていた。そこにニコリともしない冷ややかな琥珀色の瞳が、余計人に近寄りがたい凄味を見せている。

 体つきも、何処で何をしていたのか、鍛えられた体躯(からだ)に以前のひ弱さは微塵も感じられなかった。

 愕然とする二人を余所に、レオンは赤紫の髪の男に手に持つモンスターボールを突き付け、冷然と言い放つ。

「イートン、バトルの続きだ」

 あの時の勝負はまだ付いていない。だから、今日決着をつけに来た。

「へっ、何度やろうと、結果は同じだ」

 鼻を鳴らし、イートンもモンスターボールを手に取った。

 同時にボールから(まばゆ)い光が(ほとばし)る。

 イートンが出して来たポケモンは以前と同じ、ハブネークとクサイハナだった。

 対するレオンのポケモンは、イーブイではなかった。

 どちらも体長一メートル程の躍動感あふれる、すらりとした体躯のポケモンである。

 一方は夜の闇で染め上げたような漆黒の体に、額とふっくらとした尻尾の中央部分、そして四本の足に黄色味を帯びて明滅するように発光する輪がある、悪タイプのブラッキーだ。

 そしてもう一方の毛並みは、太陽の光を浴びたようにほんのりと桃色がかった純白で、額の中央にルビーの様に輝く珠と、幅広の長い耳に先端が二股に分かれた細長い尻尾を持っていた。エスパータイプのエーフィである。

 実に対照的な二匹だが、どちらもあのイーブイ達が進化したものだ。入手しにくい高価な進化の石を使わなくとも、ある条件下でイーブイを進化させるとこの二匹になる。

 レオンはあの後、イーブイ達を進化させていたのだ。

「へぇ、おまえの強気はイーブイを進化させたからか」

 だが、それなら以前の戦法は使えない。あれは姿が同じでなければ通用しないからだ。別のタイプに進化させて自ら有利性を捨てるとは愚かな事だ。

「クサイハナ、『甘い香り』 ハブネークは黒いヤツに『ヘビ睨み』だ」

「ブラッキー、ハブネークに『電光石火』 エーフィはクサイハナに『念力』だ」

 同時に飛び交うトレーナーの指示に、最初に応えたのはエーフィだった。

 額の紅玉にサイコパワーを集め、甘い香りのする粉を撒き散らそうと構えたクサイハナの顔面に一気に叩き付ける。

 効果抜群のエスパータイプ技の直撃を受け、クサイハナは仰け反ったまま、パタリと仰向けにひっくり返った。そのままくたりと頭のつぼみを(しお)れさせて力尽きる。

「なっ!?」

 いくら効果抜群だったとはいえ、一撃でクサイハナの体力全てを削り切った威力に、そこにいた一同は唖然となった。

 その隙に、ブラッキーが素早い動きでジグザクに駆け、ハブネークに狙いを定めさせないまま長くうねる体に一撃を入れる。

 そこへ間髪を容れずにレオンの指示が飛ぶ。

「ブラッキー、『かみつく』 エーフィは『念力』だ」

「くっ、ハブネーク、躱せっ」

 慌ててイートンが指示を飛ばす。

 だが、遅い。

 回避行動を起こそうとしたハブネークに、傍にいたブラッキーがすかさず噛み付く。

 痛みにハブネークが怯んで動きを止めた処へ、エーフィのサイコパワーが顔面に炸裂した。

 大きく頭を仰け反らせ、そのままハブネークは長い体を一回転させてドウと地面に倒れ込む。

 そして二度と起き上がる事は無かった。

「馬鹿な……」

 確かにエスパータイプ技は毒タイプにとって苦手ではあるが、それでも『念力』程度の攻撃にここまでの威力はない筈だ。

 驚愕に目を見開き、イートンは呻いた。

 誰もが予想外の成り行きに声もなかった。

「ズルだっ、こいつまたズルしたんだっ」

 不意に狂ったようにゼイビルが喚き立てる。

 ここで負けを認めてしまったら、折角手に入れた贅沢三昧の生活が全てパアだ。

 ——と、

 その細面の顔の横をジュっと不可視の力が通過した。

 ゼイビルの髪が数本宙を舞い、同時にすぐ後ろにあった瓦礫の山が粉々に打ち砕かれ、その破片が彼を襲う。

「ひいっ」

 頭を抱え、悲鳴を上げてゼイビルはその場にしゃがみ込む。

「これがエーフィの『念力』の威力だ。これでもズルだと言うなら、今度はあんたの体でその威力を試してみようか?」

「ひいいぃっ」

 じっと自分を見据えるエーフィの瞳に恐怖し、大柄の兄貴分の体の陰に隠れようと、ゼイビルは抜けた腰を必死に動かす。

「まだ、バトルを続けるか?」

 冷ややかにレオンは赤紫の髪をした男に問う。

 ギリっと唇を噛み締めながらイートンは首を左右に振った。

 手持ちのポケモンが全てやられた以上、バトルは続けられない。

「オレ様の……負けだ」

 悔しげに声を絞り出す。

「だったら、有り金全部置いて、この街より出て行け」

 レオンが冷酷に告げる。

 二年前自分は同じ事をやられたのだ。だから今度はお前の番だと。

「——これで、済んだと思うなよ」

「ああ、その度に叩き潰してやるよ」

 憎々しげに自分を睨む赤紫の髪の男に淡々と言葉を返し、レオンは上着のポケットから掌より少し大きめな薄いケースを男の足許に放った。

 怪訝そうな顔をしてそのケースを見ていたイートンは、次の瞬間ハッとしたようにそれを拾い上げ、もどかしげにケースのフタを開けて中を確認する。

 そこには色も形もバラバラな八個のバッチが綺麗に並べられていた。この地方にある全ジムのバッチが。

 レオンはこの二年の間にジムを巡り、全部のジムバッチを集めていたのだ。イートンが途中で断念したポケモンリーグに挑戦する為のバッチを。

 ——たった二年で、しかもこの歳でバッチを全部だとっ。

 実力が違い過ぎる……

 それを物語るジムバッチを目にしたイートンは、冷然と自分を見やる少年から逃げるように、腰の抜けた弟分を引きずって廃工場から出て行く。

 途端に、わあっと周囲から歓声が沸き起こった。

 何時の間に集まったのか、周りはイートンが暴力で支配していた連中が、ずっと事の成り行きを固唾を呑んで見ていたのだ。

 レオンが勝った事で、彼等はイートン達から解放されたのである。

 そして、これで漸く二年越しのバトルの決着がついたのだった。

 レオンが相棒達を(ねぎら)い、ボールに戻してベルトにつけると、イートンが置いて行った金を持って前髪に青いメッシュの入った若者が、黒帽子を被った男と共に近づいて来た。

「ほら、おまえの金だ。しっかし、本当にイートンに勝つなんて。凄いな、おまえ。何時の間にこんなに逞しくなったんだ? 最初全然分からなかったぜ」

 レオンの手に金を握らせ、まるで以前の仕打ちを忘れたかのように、興奮してマーカスが言葉を連ねる。

 それを聞き流し、レオンは手にした金を上着のポケットにねじ込むと、イートンが落として行った自分のバッチケースを拾い上げた。中には八個のジムバッチが誇らしげに並んで入っている。

 だが、今のレオンにはポケモンリーグなど興味はなかった。あの男がジム巡りを自慢していたから、当てつけで集めたに過ぎない。一応役には立ったようだが、もう自分には必要ないものだった。

「それ、ジムバッチって言うんだろ。スゲェな、全部のバッチ集めるなんて大変だったろう」

「………」

 レオンは覗き込んできたマーカスの目の前でパタンとフタを閉め、取り敢えず上着のポケットにそれをしまう。

「レオン……」

 さっきから話しかけても全然反応しない少年に、とうとうマーカスは掛ける言葉を失った。

 チラリと自分の許に集まって来た仲間に視線を向けるが、誰も気まずくてアッシュブロンドの少年に話しかけるのを躊躇(ためら)い、一斉にマーカスを見返す。

 お前が何とかしてくれ——と。

 そんな連中に構わず、レオンは廃工場へ足を向けた。

 イートンのことだから、根城にしている廃工場に色々と貯め込んでいるだろう。それをレオンは確認するつもりだった。

「待てよ、レオン」

 自分を無視して行こうとする少年の肩を掴み、マーカスは無理矢理自分の方に体を向けさせた。

「あの時の事は悪かったと思っている。おまえ一人に全てを押し付けて」

 冷ややかな琥珀色の瞳に一瞬気後れしながらも、マーカスは言葉を継ぐ。

「けど、仕方なかったんだ。ああしなければ、皆どうなっていたか……」

「………」

「でもおまえ一人なら、イーブイ達がいるから何があっても大丈夫だと思ったんだ」

「……そうだな」

 他の仲間達はここを追い出されたら、ストリートのポケモンバトルで稼ける自分と違って、路頭に迷うだけだ。そして、勝ったイートンに楯突いた連中として、このスラム処か街にもいられなくなる。そうなれば後はどうなるかは言わずもがなだ。

「あの時はそうするしかなかったんだと、今では分かっている」

「そうか……」

 理解を示した少年に、マーカスは安堵の息をついた。

 周りの連中もホッと胸を撫で下ろす。

「じゃあ、また一緒に——」

 と、マーカスが笑みを浮かべて言い掛ける。

 それをレオンは最後まで言わせなかった。

「——だから、あんた達はこれからも利用できそうなやつを見つけて、仲間ごっこするがいい。二度と俺の前に姿を見せるな。見せたら次は容赦しない」

 ゾッとする様な冷たい声音(こわね)で、レオンはかつての仲間に言い放った。

 彼等に向けられた嫌悪も(あら)わな琥珀色の瞳は、そこに映る全ての者を拒絶していた。

 

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