未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―アゲトビレッジ Ⅱ―(6)

 緑の梢が頭上を覆い尽くし、その間から漏れ落ちる光の筋が、白い石畳の上に葉の形の陰影をつけて揺れている。

 洞穴を抜けて静寂が支配する聖なる森の入り口から、ずっと奥に行った所にある祠に背中を預け、レオンは独り片膝を立てて座っていた。

 その脇にはスナッチマシンの入ったザックと、レオンに寄り添うようにブラッキーとエーフィがくつろいでいる。

 夢見が悪かった所為か、独りベッドに横たわっていると、思い出したくもない事ばかりが脳裡に思い浮かび、遣り切れなさにレオンはまだ満足に動かない体に鞭打ち、ポケモンセンターを抜け出してここに来ていた。

 何もかも温かく包み込んでくれる優しさに満ちた聖なる森は、足を踏み入れる度に何となく心が安らいだ。だからこのささくれ立った気持ちをここで(なだ)めようと思ったのだ。

 けれど、一つだけ、脳裡にこびりついて消えない光景があった。

 ——あいつ、泣いてたな……

 病室から飛び出して行ったルナの瞳から、キラリと光るものが零れ落ちるのを、レオンははっきりと見ていた。

 問われて本当の事を言っただけなのに、馬鹿呼ばわりされた挙げ句に泣かれるとは思わなかった。

 とはいえ、それはレオンにとってはどうでもいい事だった。

 ——はずなのに、何故かその横顔が頭から離れず、別に怪我が(うず)くわけでもないのに、胸に鈍い痛みが走るのだ。

 今までこんな事は一度もなかった。だから余計気になる。去って行ってしまった奴の事など、何時までも考えていても仕方ないというのに。

 不意に、最後にスナッチしたポケモンのトレーナーとバトルした時の事が脳裡に蘇る。

 あの時奪ったポケモンのボールを手にするレオンに、そのトレーナーの妹らしき幼い少女が涙ながらに訴えてきたのだ。

『お願いっ、お兄ちゃんにパッチールを返して! その色違いのパッチールはお兄ちゃんが初めてゲットした、家族同然の大切なポケモンなんだからっ!』——と。

 レオンはそれを振り切り、少女の泣き声を背にその場を後にした。

 想い出したくもないのに、ルナの涙を見て記憶が呼び覚まされたらしい。

 もっともあの時は泣かれた原因が分っていたから、今の様に理由(わけ)が分らないまま何時までも思い煩う事も無かった。

 どちらにしろ、もはや終わった事だ。

 頭を振って無理矢理それらを意識の外に追いやり、レオンはこれからの事を考えた。

 もうルナのあの能力(ちから)はアテには出来ない。これからは独りでダークポケモンをスナッチしていかなければならないのだ。相棒達の負担が増す事になるが、自分には黒いオーラが見えない以上、最初に決めていた通り疑わしいポケモンは、片っ端からスナッチしていくしかないだろう。

 それにはまず、今度こそこの怪我を完全に治さなくては。

 青いロングコートを肩に引っ掛けただけで何も着ていない上半身は、胸から腹にかけて真っ白な包帯が幾重にも巻かれてあった。

 眠っている間に治療してもらったらしく、激しく痛むことはなくなったが完治したわけじゃない。今後の事を考えると、体調は万全にしておきたかった。

 ロングコートのポケットからエンテイの入ったハイパーボールを取り出し、レオンはあのバトル山でのバトルを想い出して切実にそう思った。

 もう二度と倒れるような無様な真似は出来ないのだと。

 突然、ピクンっとエーフィとブラッキーが耳を動かし、立ち上がって一斉に緩やかなカーブを描いて森の入り口に続く石畳の先に目を向けた。

 何か音を聞きつけたらしい。

 ——誰か来るのか……?

 だが、ここはポケモンの聖地と言われている聖なる森である。自分はダークポケモンをリライブしに来る為咎められる事はないが、今は入り口の番人のアイクの他にギンザルが寄越した腕の立つ男のトレーナーが目を光らせ、この間の様に不審な者は簡単に入れなくなっていた。村人でさえ理由もなく来る事は出来ないこの場所に、一体誰が来るというのか。

 思わず身構え、レオンはカーブを描く石畳の先の方を凝視した。

 やがて、石畳の上に足音が響き、立木の後ろから人影が飛び出して来る。

「おまえ……」

 肩で激しく息をつき、目の前に仁王立ちになって自分を見下ろす少女を見上げ、レオンは呆然と呟いた。

「やっ…と……、見つ…けた……」

 村の中には段々になった土地を流れる清水が、長い年月を掛けて(けず)ってできた洞穴があちこちに無数にあった。レオンの姿が見えないと聞いて、村を出ていないなら身を隠すならそこだろうと、ルナは村中駆けずり回って一つ一つ捜したのだ。

 それなのに、人の苦労も知らず、当の本人はこんな所でのんびりとしているなんて。

 ゼイゼイと肩で息をつきながら安堵の表情を見せたルナは、無理矢理息を整えると、一転して(まなじり)を吊り上げてレオンを睨み付ける。

「こんな所でなにやってんのよっ。まだ治ってないのに、急にいなくなってっ。心配して散々捜し回ったんだからっ!」

「捜した……って、俺を?」

「あったり前でしょ。貴方は気を失ってたから判らなかったんだろうけど、本当に怪我が酷くて、昨日まで集中治療室で、ずっと女医さんが寝ずに貴方を治療してたのよっ」

 不思議そうに自分を見上げる少年に腹を立て、ルナは憤然と言い返す。

「ホントならまだ絶対安静なんだからっ。それなのに黙って勝手に病室を抜け出して、どれだけ皆が心配したと思っているのっ!」

「………」

 相棒以外の全てを拒絶したあの日から、たった独りで生きてきたレオンである。自分を心配してくれる人がいるなど考えた事もなかった。その上、自分に愛想を尽かしたと思っていたルナが、必死になって自分を捜していたとは。

 レオンには、どうしても理解できなかった。

「…——おまえは、あの時怒って行ってしまった筈だ」

「あったり前じゃない。ずっと一緒にお互い助け合って戦ってきた仲間に、あの能力(ちから)以外必要ないって言われれば、誰だって怒るわよ」

「助け合ってきた……仲間?」

「そうよ、あたしはダークポケモンの黒いオーラが見える。貴方はそれをスナッチできる。そうやってお互い協力して、助け合う人のことを『仲間』って言うんじゃない。少なくとも、あたしは今までずっとそう思ってきたんだから」

 ルナは呆然と呟いたレオンに、きっぱりと言い切った。

 だからこそ、彼に仲間ではなく、ただの道具(アイテム)としか思われていなかったのがショックだったのだ。

 そして、レオンも今、少なからず衝撃を受けていた。

 レオンの知る仲間とは、ルナの言うように助け合うのではなく、利用し合うものだった。

 社会からはみ出て生きている者達は、余程強くない限り一人では生きていけない。弱い奴は群れて少しでも力があるように見せかけるか、又は強い者にすり寄って媚びへつらい、そいつの威を借りて自分の居場所を確保するのだ。でなければ、力が全ての弱肉強食の世界で生き残ることは難しい。

 それまで両親の愛情に護られてきたレオンが、その世間の厳しさを嫌という程思い知ったのはイートンに負けた時だった。

 掌を返したように冷淡に蔑みの目を向けるマーカス達の態度に、レオンは彼等がよく口にしていた「俺達は仲間だからな」の言葉の意味をはっきりと悟ったのだ。

 あの言葉は「おまえは俺達の役に立ちそうだからな」という意味だったのである。色々と世話を焼いて優しくしてくれたのも、信用させて自分とイーブイ達の力を利用する為だったのだ。

 はみだし者の世界で「仲間」とは、弱い者が生きていく上でお互い利用できそうな奴の事を言い、利用できなくなれば捨て去り、また利用できそうな奴を見つけて仲間になる。利用価値がないと見限られたからといって、裏切られたと恨むのは筋違いだった。弱くて捨てられる方が悪いのだ。

 だからルナのあの能力(ちから)が必要だったレオンが、彼女に怪我の事を隠していたのは自分の弱みを知られたくなかったからだ。スラムでは弱みを見せたら最後、その弱みに付け込まれて相手に利用し尽くされるだけだ。

 そして、全て奪われ、捨てられる。たとえそれが仲間であっても。

 そのレオンの「仲間」というものに対する認識を、ルナは反論を許さない迫力で、思いっ切りきっぱりと否定してのけたのである。

 利用し合うのではなく、協力し助け合うのが「仲間」なのだと。だから、怪我をした仲間を心配するのは当然なんだと。

 確か前にパートナーのポケモンに対してそんな事を言っていたが、まさかそこに自分まで含まれていたとは思わなかった。

「そうだ、レオン。これ返すわね」

 言いたい事を言って気が済んだのか、ルナは呆然と自分を見返す彼の隣に座り、ジャケットのポケットから出した物を差し出す。

 レオンのP★DAである。

「ポケモンセンターだと電源を切らないといけないでしょ。でもみんな貴方を心配してメールを送って来るから、電源切るわけにもいかないし。だから預かってたの。一杯来てるみたいだから、見てみるといいわ」

「あ、ああ……」

 自分の事など、誰が心配してメールを送るというのだろう。

 怪訝に思いながらも、レオンは手にしていたハイパーボールをパソコンに転送してそれを受け取り、メールの画面に切り換えてみた。

 確かにここ数日、ほぼ連日のように来ている未開封のメールが幾つもあった。ギンザルからアドレスを聞いたのだろうか、殆どがパイラのレイラとレンからだったが、ギンザルや警察署長のヘッジからのメールもあった。

 バトル山の顛末をルナから聞いたギンザルが、他の連中にも教えたらしい。そして、レオンが目覚めたらすぐに自分達の言葉が伝わるように、メールを出したのだろう。

 一つ一つ古い順に開いて見ると、ギンザルのメールには、自分が頼んだ所為でレオンが怪我をしてしまったと思ったのか、最初に詫びの言葉があり、それから今回の件の礼とその後のバトル山の様子が書かれてあった。

 レイラとレンからはそれぞれ「早く良くなってね」との言葉の他に日々の近況が添えてあり、ヘッジからは今の処捜査はあまり進んでいないので、今はゆっくりと養生するようにとの事だった。

「皆、レオンのこと心配してたのよ」

 横から画面を覗き込んで一緒に見ていたルナが言う。

「バックレーさんも、そうなんだから」

「フェナスの市長にも知らせたのか?」

「前に何かあったら、必ず連絡して欲しいって言ってたでしょ」

 眉根を寄せて訊き返してきたレオンに、ルナは応えた。

「だから、こことバトル山であった事を教えたのよ」

「それで、市長は何と言ったんだ? その後の調査に何か進展でもあったのか?」

 立て続けに訊いてきたレオンに、ルナは肩を落として小さく首を横に振る。

「それがね、市長の仕事が忙しいらしくて、なかなか進んでいないみたい」

「そうか……」

 レオンは顎に手を添えて、何やら考え込むような表情(かお)になる。

「どうかしたの?」

「いや別に」

 素っ気なく応え、レオンはP★DAのフタを閉じてロングコートのポケットにしまう。

 ルナはまた拒絶されたように感じたが、祖父の言葉を思い出して気を取り直した。まだ自分に心を開いてくれていないのだから、話せないのも仕方ないと。

「それからね、これと、セネティさんからの伝言」

 ルナはジャケットのポケットから、ハンカチに包んだ物を取り出してレオンに渡し、伝言の内容を伝える。

「怪我が治ったら、バトル山に修行に来ないかって。レオンならもっと強くなれる筈だから、これからもあいつらと戦っていくなら、その方がいいって」

「そうだな……」

 ダキムはエンテイより更に凄いダークポケモンが、次々と生まれてきているような事を言っていた。伝説のポケモンが相手だったとはいえ、ああも手こずるとは。この先今のまま戦い続けるのはブラッキー達にとって、負担が大き過ぎるかもしれない。

 レオンがセネティの伝言に耳を傾けながら開いたハンカチの中からは、小さな草色の笛のような物が出てきた。

「『時の笛』よ、レオン。貴方が受け取る前に倒れちゃったから、あたしが貰っておいたの」

「これが、『時の笛』——」

 あの時は倒れる寸前で、意識が朦朧(もうろう)としていたレオンは殆ど憶えていなかった。

 植物の茎の様にも見えるが、硬質で材質のよく分からない物で作られたそれは、木漏れ陽に当てて見ると、光を弾いて淡いエメラルドグリーンに輝いて見えた。

「お祖父ちゃんに見せたら、すっごく興奮してね。レオンが目を醒ましたら、すぐに使ってみなさいって。その時は自分も呼んで欲しいような事を言ってたわ」

 要はローガンは自分が伝説のポケモンであるセレビィに会ってみたいだけなのだ。

「でも、セネティさんはこの笛でセレビィを呼べるのは一度きりだから、よく考えて使った方がいいって言ってたの。どうする? 使ってみる?」

「いや、今はいい」

 あのレポートを読む限り、ダークポケモンの改良は今も進んでいる筈だ。いずれこの祠でリライブ出来ないポケモンが出てくるかもしれない。これはその時の為に取っておいた方がいい。

 再び「時の笛」をハンカチに包み、レオンはルナに差し出す。

「え? あたしが持ってていいの?」

「ああ、おまえが貰ったんだ」

「違うわ。あたし達(・・・・)が貰ったの」

 即座にルナは語気を強めてレオンの言葉を訂正する。

「そこんとこ、間違えないでね。セネティさんは、レオンとその仲間であるあたし(・・・・・・・・・・)にこれをくれたの。だから、これはあたし達二人の物よ」

 と、自分が仲間だと強調してくどいように念を押す。レオンに心を開いてもらう為の第一歩である。まずは仲間と認識してもらわなければ。

 もっとも、そんな意気込みが通じたかどうか。誰が貰ったかなんて些細な事にムキになる少女を見返すレオンの顔に訝しげな色が浮かぶ。

 それを見て、急にルナは恥ずかしくなった。

「で、でもまぁ、一応あたしが預かっておくけど」

 取り繕うようにそう言うと、そそくさと「時の笛」の包みをジャケットのポケットにしまい込んだ。

 

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