未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―アゲトビレッジ Ⅱ―(7)

 さやさやと梢を揺らし、しっとりとした森の大気の中に清涼とした風が吹き抜ける。

 会話が途絶え、森の静寂(しじま)が二人を優しく包み込んだ。

 そんな中、ルナは一人もの凄く気まずい思いをしていた。

 チラッとレオンを見ると、もうルナの事など気に留めず、丁度自分にすり寄って来たエーフィの体を優しく撫でてやっていた。そして、同じようにねだって来たブラッキーも撫でてやる。

 そんな時のレオンの表情(かお)はとても穏やかで、たとえようもなく優しい。ブラッキー達に心から気を許しているのがよく分かる。

 さっきまでルナに見せていた不愛想な表情とは大違いである。

 ——あ~あ、前途多難だわ、こりゃ……

 ハーっと、ルナは盛大に溜息をつく。

 その音が耳に届いたのか、レオンは怪訝そうにルナを見た。

「どうかしたのか?」

「ううん、何でも——」

 ないと言い掛け、ふと思い直したようにルナは口を(つぐ)む。

 本当は一つだけ、話したい事があった。レオンに自分の事を話して貰いたかったら、まずは自分の方から話さなければと祖父に言われ、思い付いた事。それは今回一匹のポケモンも持たずに祖父に会いに来た理由(わけ)でもあった。祖父に相談する前にレオンに聞いてもらいたいと思ったのだ。そして、彼に謝りたい事もあった。

 ——どうしよう……

 話をするなら、周りに誰も居ない今がチャンスだ。それに、後回しにしてしまったら、きっと話しづらくなって、結局何も言えなくなってしまう。

 一息ついて気合いを入れると、ルナは何気なさを装って口を開いた。

「ねぇ、レオン。以前パイラで、何であたしがポケモンを持つのを嫌がるか、訊いたでしょ」

「……ああ」

 確かにそんな事を訊いたような気がするが、別にどうでもいいと思っていたレオンは、何故ルナが急にその話を持ち出したのか分からず、(いぶか)しむような顔をする。

 それに構わず、ルナは言葉を継いだ。

「あたしのパパは、ここの南隣の地方でジムリーダーをやっているの」

 という事は、ルナはジムリーダーの娘という事になる。

 思わずブラッキー達を撫でる手を止め、レオンはまじまじとルナを見た。

「驚いた? ジムリーダーの娘が、一匹も自分のポケモン持ってないなんて」

「ああ……」

「もちろん、家に帰ればちゃんといるわよ、あたしのポケモン。こう見えても結構強かったんだから」

 ちょっと自慢げにルナは言う。

「パパがジムリーダーだったから、小さい頃からバトルのやり方を教えてもらったり、ジムに通うトレーナー達のバトルを見たりして、自分のポケモンが持てるような歳になった頃には、近所で同じ年頃どころか、結構年上の人でもあたしに勝てる人はいなかったのよ。

 だから、何時かパパやお祖父ちゃんみたいに、ポケモンリーグに出て優勝するんだって思ってたの。実際あちこちのジムを回ってみたりしてね」

 そう言って、ルナはふっと表情を(かげ)らせた。

「でも、強い人って何処にでもいるのよね。今年のポケモンリーグに挑戦しようと三個目のバッチを取って、次のジムに行く途中でそんな人にばったり会っちゃって、ボコボコにやられたの。その時まで負けず知らずだったから、すっごくショックだったわ」

「それで、トレーナーをやめたのか」

「ううん、そうじゃないわ」

 慌ててルナは(かぶり)を振った。

「負けたのは自分の力が足りなかった所為だし、そのバトルで学んだ事も一杯あったもの。ただ……」

 と、言い淀み、辛そうな表情(かお)をしてルナは声を絞り出した。

「ただ、傷付いて倒れているポケモン達(みんな)の姿を見て、怖くなったの。バトルをする事が」

 一方のポケモンが全て戦闘不能になるまで戦い続ける真剣勝負だ。倒れなくとも無傷でいる事は滅多にない。ポケモンバトルとはそういうものだ。

 ルナもその時まで、たとえ戦闘中に相棒達が倒れたとしても、頑張ったねと(ねぎら)いはしても恐怖を感じる事は無かった。

 だが、出すたびになす(すべ)もなく一方的にやられて地に倒れ伏し、名を呼んでもピクリとも動かない相棒達の姿を()の当たりにして、初めてルナはゾッとした。

 体力が尽きて気絶しているだけだと頭で判っていても、ポケモンセンターに連れて行って、ちゃんと回復した姿を見るまで生きた心地がしなかった。

 自分の指示の(まず)さが皆をこんな目に合わせてしまったのだと、酷い自責の念に囚われたのだ。そして同時に、今まで負かして来たトレーナー達も、こんな気持ちを味わっていたのかと今更ながらに思い知ったのだった。

「パパ達は、そう思うならもっと修行して、負けないようにすればいいって言ったけど………。

 でもそれじゃあ、自分がそんな思いをしたくないから、相手にそれを押し付ける為に勝つみたいで。そう考えたら今までの様に、バトルをやっても全然楽しくないし、段々バトルをやるのが怖くなって、とうとうバトル中、指示が出せなくなってしまったの」

 本当にどうしていいか分からなくなり、ルナは思い余って電話ではなく直接祖父に会って相談したくて、家を飛び出してこのオーレに来たのだ。自分のポケモン達を全て家に置いて。持っていると、バトルを申し込まれてしまうから。

 ポケモン達の事だけでなく、相手にも自分のように辛い思いをさせたくなくて、バトルが出来なくなってしまうとは。いかにもルナらしかった。

 似たような経験をしているレオンは、偶然とはいえ何とも不思議な気分だった。

 ただ、レオンはルナとは逆に誰よりも強くなることを選んだ。スラムで一人生きていくには(あなど)られない為にも、ポケモンバトルで常に周囲に強さを見せ付けなければならないからだ。

 レオンが立てた膝の下を(くぐ)って顔を出したブラッキーを、ひょいっと抱き上げてルナは話を続けた。

「それなのに、ダークポケモン達を助けたいからって、レオンやブラッキー達にバトルを押し付けて、酷い怪我までさせて……」

 と、心苦しそうに言う。

「ごめんね。本当は怪我の事、言われなくたって気付かなきゃいけなかったのに、責めるようなこと言って……」

「ダークポケモンのスナッチは、別におまえに言われてやってる訳じゃない」

 唇を噛み締めて俯くルナに、レオンは素っ気なく言った。

「それに、おまえにはスナッチマシンは扱えない。俺がダークポケモンの黒いオーラが見えないようにな」

 また「おまえには関係ない」と突っ撥ねられたみたいで、謝る事もさせてもらえない悲しさに、ルナは思わずギュッとブラッキーを抱き締める。

 驚いたブラッキーは、慌てて身を(よじ)ってルナの手から逃れ、ひらりと相棒の許へと飛び降りた。

 ブラッキーに逃げられ、ルナは更に傷付いた表情(かお)になった。また、瞳から涙が(あふ)れてくる。

 それを見たレオンは、言いにくそうにぼそぼそと言葉を継いだ。

「——だから、お互い協力し合うんだろ。………仲間…なんだから……」

「っ!?」

 弾かれるように顔を上げ、ルナはレオンを見た。

 彼の口からそんな言葉が出るなんて、聞き違いかと思ったのだ。

 レオンはらしくない事を言った気恥ずかしさから、ふいっとルナから顔を(そむ)ける。

 そんな彼に、ルナは嬉しくなって抱きついた。

「ありがとうっ、レオンっ!」

「うっ……」

 思いっ切り抱きつかれた拍子に胸に痛みが走ったのか、レオンは顔を(しか)めて呻いた。

 慌ててバッとレオンから離れ、ルナは心配そうに胸を押さえる彼を窺う。

「ご、ごめん。大丈夫?」

「ああ、今のはいきなりだったから、痛みを堪え損ねただけだ」

 そんなレオンの言葉にルナはムッとなった。

 ——やっぱり全然分かってない。

「そうじゃなくて、痛かったら我慢しなくてちゃんと言って。お願いだから」

 本当に仲間と思ってくれるなら、もう隠し事などして欲しくなかった。何でも一人で抱え込むのではなく、自分にもっと頼って欲しかった。

「……分かった」

 真剣な眼差(まなざ)しでじっと見据えられ、逆らい難い雰囲気にレオンは思わず頷く。

 肩に掛けたロングコートのポケットから軽やかな電子音が鳴った。メールの受信音である。誰かからメールが届いたのだ。

 ポケットからP★DAを取り出し、メールの画面を見ると差出人はパイラのレンとなっていた。

 そういえば、さっき見たメールに、レンが(つく)ったコドモネットワークに参加してくれる者が大分増え、最近ではパイラタウンの地下にあるというアンダーの子供達ともメールのやり取りをしていると書いてあった。何か新しい情報でも入ったのかもしれない。

 そう思い、レンからのメールを開いて目を通したレオンは、その興奮して慌てて書いたような内容に眉を(ひそ)めた。

 




 このシナリオモードで、主人公の行動と同じく謎に思っていたのが、ヒロインの言動です。自分に縁も所縁(ゆかり)もないダークポケモンを救う為に、主人公を巻き込んでスナッチさせまくるという、目的の為なら手段を選ばないとんでも少女です。
 一体何者と思っていたら、後で伝説のトレーナーと()われるローガンの孫と判明します。ですが、それなら尚更自分のポケモンの一匹くらい持っていてもいいのでは? と更なる疑問が浮上し、彼女がポケモンを持っていない理由や、祖父に会いに来た理由(わけ)など、ヒロインの性格や主人公の設定との兼ね合いからこうなりました。
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