吹き抜ける乾いた西風と共に、一点の曇りもない空に
そんな遮蔽物のない砂漠近くの荒れ地で砂に埋もれることなく、動く事のない黒い機関車が今日も己の存在を自己主張していた。
そして、店に改造された機関車の中では、相も変わらず閑古鳥が鳴いている。
常時つけっぱなしの壁に掛かったテレビ画面が、速報を知らせるチャイムの音と共に切り替わった。
『当局の発表によりますと、先日バトル山を襲った謎の組織の一味と思われる集団は、何処からともなく現れた二人の若者の活躍により撃退された後、砂漠の方に逃げたもようですが、その行方は未だ判っていないとの事です。
また、最近になって、廃墟となったスナッチ団アジトのあるエクロ峡谷を、不審な人影がうろつく姿が目撃され、当局はスナッチ団復活の兆しではないかと、警戒を強めています。
それでは、また情報が入り次第お伝えしてまいります』
お馴染みの女性キャスターが何時ものように話を締め括ると、また先程まで放映されていた画面に戻る。
今回の発表は途中経過といった処か、先日のバトル山襲撃事件と、スナッチ団のその後についての二本立てになっていた。
「謎の組織かぁ……」
ぽつりと、カウンター席に座る男が独り言ちる。
「砂漠なんて隠れる所などないだろうに、何処に行ったんだろうな?」
「まぁ、ここの砂漠は結構広いですからね。捜すとなると大変なんでしょうね」
応じるように、テレビ前に陣取った優男が口を開く。
「それより、そいつらを撃退した二人の若者ってのが気になりますね。一体何処の誰なんでしょうか?」
「詳しい事が伏せられてるって事は、人に知られちゃマズいやつらなのか、それとも当局も本当に把握していないのか。気になる処ではあるな」
「そんなことより、スナッチ団ってまだ全滅してなかったのかいっ」
男二人の話をぶった切り、壮年の女性客がトゲトゲしい声を上げる。
アジトが壊滅したと聞いて清々していたのに、性懲りも無くなんてしぶとい連中なんだろう。
「スナッチ団の
話の腰を折られても特に気にすることなく、すかさずカウンター席の男が応じる。
「という事は、まだまだトレーナーは安心できないってコトですかね」
と言いながら、ふとある事に気付き、テレビ前の優男は店の奥の席に目を向けた。
そこに何時も座っているライダーの若者の姿がない。
「またトイレに籠ってるって事はないですよね?」
「そういや、今日は姿を見ないねぇ」
「マスター?」
「今日はまだ来てないな」
常連客全員の視線を受け、厳つい顔のマスターが洗った皿を拭きながら答える。
何時もならとっくに来ている筈なのだが。
「何かあったんでしょうかね?」
少し不審そうに優男が呟いた処へ、店の外から爆音が聞こえてきた。
噂をすればなんとやら、漸くライダーの若者が来たのかと、全員が一斉に入り口を見る。
だが、入り口の金属製の階段を上がる足音は二人分だった。
案の定、開いた扉の向こうに居たのは、常連の最後の一人ではなく、もはやお馴染みとなった少年少女の二人組であった。
扉が開いたら、何故か店内の全員の視線が自分に向けられていた事に、レオンは一瞬眉を
が、特に気にすることもなく、そのまま商品棚の方に向かう。
「今日もモンスターボールを買いに来たのかい?」
「ええ、そうよ」
傍らを通り過ぎる少年を横目で追い、気安く訊いてきたカウンター席の男に、ルナが気軽に応える。
何度も来ているので、すっかり顔見知りである。近所のおじさんと話しているような感覚だ。ある意味、ルナ達もここの常連客になりつつあった。
「モンスターボールは、ここにあるので全部なのか?」
商品棚をざっと見て、レオンがマスターに尋ねる。
バトル山ではエンテイをスナッチするのに、モンスターボールは殆ど使い切ってしまっていた。これから向かうスナッチ団アジトでも、あの団員募集のチラシから複数のダークポケモンがいると予想できる。
あのダキムの言葉が事実ならば、今後ダークポケモンは今まで以上にスナッチしにくくなるだろう。その為にも各種モンスターボールはある程度の量は揃えておきたい。
パイラでのミラーボの一件で、ギンザルと署長のヘッジからお礼として幾らか金を貰っていた。ルナの祖父からも、道中レオンが宿代など彼女に立替えた金を全額払って貰っている。そしてバトル山でもルナが謝礼の金を貰っていたので、今ならモンスターボールを買うのにかなりの余裕があった。
なのに今見た処、以前より少ない感じだ。自分以外買う奴などいない筈なのに。もしかして、もうここでは売らないつもりなのかと少々不安になる。
「ああ、今はそれだけだ」
チラリと少年を見やり、ぞんざいにマスターが応じる。
「今日の夕方頃、頼んだ荷が届けば別だがな。——ああ、そうだ」
そこで何か思い出したのか、マスターはカウンターの下を覗き込んで何やら取り出した。
「もし数が足りないんなら、こいつなんかはどうだ?」
と、変わったカラーリングのモンスターボールをカウンターの上に出す。
一つは上半分がマリンブルーの地に黒い網目模様が付いたヤツで、もう一つは白地の上の一部が黒で丸く塗られ、その上に赤い針のような飾りが付いている。そしてその黒丸の横から赤い帯が伸び、丁度ボールに腕時計を巻き付けた感じに見える。
どちらも初めて見る。というより、形は確かにそうなのだが、本当にモンスターボールなのか?
「これは?」
「最近発売されたばかりの新機能付きモンスターボールだ」
眉根を寄せてボールを見る少年に、厳つい顔のマスターは何故か自慢げに説明する。
「こっちのマリンブルーのヤツが『ネットボール』で、腕時計の様な飾りが付いてるヤツが『タイマーボール』だ。
『ネットボール』ってのは、虫と水タイプのポケモンがゲットしやすくなるボールでな。『タイマーボール』は、捕獲に時間が掛かれば掛かるほど、ゲットする確率が高くなるってヤツだ」
「………」
——胡散臭すぎる。
ネットボールはまだしも、タイマーボールは機能する条件が曖昧過ぎて、本当に効くがどうか怪しい。それに結構いい値段だ。
「どうだ? これは他じゃなかなか手に入りにくいボールだ。試しに一つ買ってみてはどうだ?」
「いや——」
「わぁ、このマリンブルーのモンスターボール、とっても綺麗」
いらないと言おうとしたレオンの言葉を遮り、ルナが感嘆の声を上げる。
「それにこっちの時計の針の飾り、オシャレでいいかも」
「おお、流石よく分かってるじゃないか」
厳つい顔のマスターは相好を崩し、更に少女と変わり種モンスターボールの話に花を咲かせる。
馬が合ったのか、なかなか話が終わらない。
「いやぁ、マスターの趣味について行ける子がいるなんて驚きだな」
感心したようにカウンター席に座る男がしみじみと言う。
「趣味?」
「ああ、この店を見れば判るだろ」
初めて自分の話に乗ってきた少年に、男は嬉しそうに応える。
「わざわざ機関車改造して店にしたのも、こんな誰も来ないような町外れにスタンド造ったのも、みんなマスターの趣味だよ」
確かに儲けるつもりなら、こんな所に店なんて構えないだろう。それに機関車の店なんて一般受けしない、いかにも趣味に走った感じだ。
そもそもショップでもないのにモンスターボールを売っていたのも、マスターの趣味によるものだった。
「ねぇねぇ、この二つも買っていきましょ」
マスターと
「………」
「数が心許無いなら、これだって一応モンスターボールなんだから、あっても別に困らないでしょ」
ルナが気に入ったのは、機能よりも外見だった。
「………」
「ねぇ、いいでしょ」
「…——分かった」
諦めたようにレオンは深く溜息をついた。
ルナが欲しがった時点で、どんなに
レオンは二種類の新機能付きモンスターボールを含めた、店にある各種モンスターボールを購入し、またボールが入荷した頃来ると言い残して店を後にした。
二人が去ると、カウンター席の男は感動に打ち震え、他の常連客に顔を向けた。
「聞いたか、俺はついにあの少年と話をしたぞ」
「ええ、少年の方はたった一言でしたが」
テレビ前の席に座る優男が大きく頷く。
一言でも言葉を交わせただけでも大した進歩である。
レオンがこれを聞いたら更に仏頂面になる事請け合いの
「あの
彼女の我儘に抵抗できずに折れるあたり、尻に敷かれ度が更に酷くなっているように見える。
そこへ、また店の外で爆音が轟いた。
一瞬さっきの二人がまた戻って来たのかと思ったが、音が幾分小さい。
慌ただしく入口の階段を上がって来る足音も一つだけだ。
「マスターっ、モンスターボールくれっ!」
入口の扉が開くと同時に飛び込んで来たライダーの若者が、開口一番そう叫んだ。
「おう、先にツケを払ったらな」
打てば響くようにマスターが返す。
「い、いやぁ、今日はそんなに手持ちがなくて……」
「まあ、それはともかく。何故にモンスターボール?」
マスターの切り返しに
さっきのアッシュブロンドの少年ならまだしも、この常連客の若者がモンスターボールを欲しがる理由が判らない。
「あ、ああ、そうだっ。サンドだよ。俺はついにサンドを見つけたんだ!」
興奮してライダーの若者は、その時の事を
今日ここに来る時、ちょっと気紛れを起こし、何時もの道を外れて遠回り気味に砂漠を横断したら道に迷ってしまったのだ。
慌てて引き返そうとして更に迷った所で、ひょいっと砂の中から出て来たサンドと鉢合わせしたのである。それも一匹二匹ではなく、サンドの群れに。
そこで何時もモンスターボールばかり買って行く小僧に
それでモンスターボールを補充する為に、道に迷いながらも急いでここに来たのである。
レオンが何時もよりモンスターボールが少ないと感じたのは、ライダーの若者が彼に対抗意識を燃やして買った所為だったようだ。
「へぇ、凄いですね。この広い砂漠でサンドと遭遇するなんて」
「へへっ、そうだろう。俺だって小僧に負けちゃいないぜ」
目を丸めて驚くテレビ前の優男に、ライダーの若者は得意げに胸を張る。
「でも、モンスターボールを買って戻った処で、まだそこにサンド達がいるって保証はあるのかい?」
野生ポケモンである。自分達をゲットしようとした者がいた場所に、何時までもいるとは思えない。
「うっ……」
壮年の女性客の鋭い指摘に、ライダーの若者は言葉を詰まらせた。
グサリと女性客の言葉が胸に突き刺さる。
そこへ、更にカウンター席の男が追い打ちをかける。
「大体野生ポケモンをゲットする時は、バトルして多少弱らせてからでないと、うまくゲットできないんじゃなかったか」
「うぅっ……」
奇跡ともいえる野生ポケモンとの遭遇に舞い上がって、うっかりバトルするのも忘れてモンスターボールを投げてしまった事に、今初めて気づいたライダーの若者は、自分の迂闊さに更に言葉を無くす。
グサリグサリと男の言葉が、容赦なく胸を刺し貫く。
「それに、さっき例の少年が店のモンスターボールを、全部買って行ってしまいましたからね」
「なにっ? あの小僧が来たのか!?」
胸に酷い痛手を受けて一瞬ふらりと体を泳がせたライダーの若者は、優男の言葉に目を
「ええ、君と殆ど入れ違いでしょうか。タッチの差でしたね」
「くぅ……、最後のあそこで道に迷わなければっ」
十分間に合って、小僧と念願のバトルできたかもしれないのに。何とも間が悪い。
「ここまで来ると、もう運命なんじゃないか?」
「運命?」
「そ、あの少年とは一生バトルできないという」
「なっ」
カウンター席の男の言葉に、ライダーの若者は衝撃を受けて仰け反った。
「そんな……これが、俺の運命だなんて……」
よろりとよろけ、その場にガックリと
まるで人生唯一の楽しみを奪われたかのような落胆ぶりだ。
「馬鹿だねぇ。運命なんて自分で切り開くもんだろ」
情けなさそうに、壮年の女性客が発破を掛ける。
それにテレビ前に座る優男が、更に希望の火を
「そうですよ。それにあの少年。また後で来るような事を言ってましたし」
「そうなのか!?」
ガバッと顔を上げ、ライダーの若者はそれは本当かと、常連客の顔を見回す。
「ああ、そうだよな。マスター」
「夕方、頼んだ荷が届く頃にな」
確認するタウンター席の男に、厳つい顔のマスターが請け合う。
「よしっ」
俄然元気が出たライダーの若者は、身を翻して外に出て行く。
今度こそ逃すまいと、外で待ち構えるつもりらしい。
「しっかし、なんで彼はそんなにあの少年とバトルしたがるのかね」
シティのスタジアムや養成所などに行けば、幾らでもトレーナーはいるというのに、謎だ。
「多分こんな町外れのスタンドに来るようなトレーナーは、あの少年しかいないからではないでしょうか」
自分達はトレーナーではないので、ライダーの若者の相手はできない。それに暇を持て余しているというのも大きな要因だろう。その上多少オレ様気質だから、わざわざ自分からそういう所に出向くのは、プライドが許さないのかもしれなかった。
「ちゃんと、バトルできるといいけどねぇ」
ぽつりと、この店唯一の女性客が何気なしに零す。
だが、それはまたも叶わなかった。
長時間炎天下の中で待っていたライダーの若者は、再びレオン達が来る前に熱中症になり、ダウンしてフェナスシティに救急搬送されてしまったのだ。
——運命……
一同の脳裡をチラリと
久々の町外れのスタンドです。
果たしてライダーの若者の運命は如何に。
無事主人公とバトルできるのだろうか?
本筋とは全く関係ないところで話は進む。
次回でやっと主人公達がスナッチ団アジトに辿り着きます。