そこも、やはり下の階と同じだった。行きたい方向の通路が瓦礫で埋まり、通れなくなっている。
レオンは別の道を探して二階を歩き回った。
邪魔な木箱やドラム缶を避けて通り抜けられそうな通路を探す。
そこへいきなり通路脇の扉が開き、中から男が一人出て来た。
長めの前髪に片耳にピアスをし、チェックのシャツの上にインディゴブルーのジャケットを羽織った二十代の男である。おそらく例の広告を見てやって来たアンダーのゴロツキだろう。
「よお、おまえらもあの広告を見て来たのか?」
片耳ピアスの男は二人に気付くと、親しげに近寄って来た。
「だけど残念だったな。あんま一度に大勢詰め掛けたもんで、先着順だった例の広告にあったポケモン、貰うのに別の条件が付いちまったんだ。バトルして勝ち残ったやつにってな」
と、手にしていた二個のモンスターボールを放る。
パカッとボールの口が開き、中からポケモン達が姿を現した。
黒と灰色の体長五十センチ程の子犬のような体に比べ、大きな鋭い牙が口からはみ出ている悪タイプのポチエナと、細長いしなやかな体に鋭い爪を持つノーマルタイプのジグザグマの進化形のマッスグマだ。
どちらも格闘技に弱いタイプであるが、今のレオンの手持ちには、その技を覚えているポケモンはいなかった。
取り敢えずレオンはポチエナと同じ悪タイプのブラッキーと、エンテイを出した。
バトル山でエンテイをスナッチしたものの、入院などしてなかなかリライブの為のバトルをしている暇がなかったのだ。
この男の話から、まだ誰もダークポケモンは貰っていないらしい。だったら一応持って来たエンテイのリライブに、このバトルを活用させてもらおう。
「なっ……、それ、ホントにポケモンかよっ!?」
体長二メートルを超える威風堂々としたエンテイの迫力ある姿に、男は度肝を抜かした。
それに比べると、自分のポケモンがやけに小さく、みすぼらしく見えてしまう。
「バトル、やめてもいいが」
相手がビビッてやめるのなら、別にそれでもレオンは構わなかった。多分ここには他にも大勢いる筈だ。一人くらい見逃してもエンテイのリライブに支障はない。
だが、片耳ピアスの男は、それを
「なっ、何ぬかすっ。強力無比の凄いポケモンを手に入れるのは、このオレ様だっ」
声を大にして言い放ち、インディゴブルーのジャケットの男は指示を出す。
「マッスグマ、デカいやつに『頭突き』をぶちかませっ。それでやつが怯んだら、ポチエナは思いっ切り『吠える』だ」
先手を取って、自分の有利な状態にするつもりだ。
「エンテイはポチエナに『ダークラッシュ』 ブラッキーはマッスグマに『あやしい光』だ」
そうはさせまいとレオンも指示を出す。
だが、わずかだが片耳ピアスの男が早かった。
マッスグマがひょろ長い体をたわめ、後ろ足で床を蹴って跳び掛かった。
技を出そうと、前屈みになっていたエンテイの顔面に思いっ切り頭突きを入れる。
まともにそれを喰らったエンテイは、仰け反って態勢を崩した。
そこへ、ポチエナが力の限り吠えたてる。
その小さな体でよくそんな声が出ると思うくらいの大音量だ。
あまりの
そこから
ベロンと出した舌の上には、やはり「先制のツメ」が乗っている。どうやっても手放そうとしないヌオーに根負けして、ローガンがプレゼントしたのだ。
晴れて自分の物になったお気に入りのアイテムを、ヌオーは舌の上に乗せてご満悦の様子である。
『吠える』で強制的にポケモンの入れ替えを成功させた片耳ピアスの男は、現れたぬぼーとした水色の短足胴長なポケモンを見てニヤリと笑った。さっきのヤツに比べれば遥かにとろくて弱っちそうな奴である。
「マッスグマ、そいつに『切り裂く』 ポチエナも思いっ切り『突進』だ」
だが、マッスグマはエンテイに『頭突き』を喰らわせた直後、ブラッキーの『あやしい光』を浴びて混乱していた。
わけが分からなくなり、自分自身を攻撃する。
その隙にレオンは新たに指示を出す。
「ブラッキー、ポチエナに『あやしい光』 ヌオーは『なみのり』だ」
漆黒の体の随所で明滅する黄色い輪が怪しく輝き、ポチエナを混乱に陥れる。
そこへ、口の中に「先制のツメ」をしまい込み、ゆったりとした動作から一転し、素早く身を伸び上がらせてヌオーが『なみのり』した。
ヌオーの目の前でバトルフィールド一杯に湧き上った高波が、激しい勢いで混乱した二匹に覆い被さるように押し寄せる。
モロにそれを浴びた二匹のダメージはかなりのものだ。
「くそっ、混乱程度であんなどんくさいヤツの技なんか喰らうんじゃないっ」
びっしょりとずぶ濡れになった相棒を叱咤し、男は次の指示を出す。
「マッスグマ『尻尾を振る』 ポチエナは『怖い顔』だ」
「ヌオー、もう一度『なみのり』 ブラッキーはマッスグマに『かみつく』だ」
両者からほぼ同時に出た指示に、最初に応えたのは一番とろそうなヌオーだった。「先制のツメ」の効果である。
二度も強烈な『なみのり』を受け、マッスグマとポチエナは濡れたボロ雑巾のようになり、目を回して床にへたり込んだ。
「なんであんなヤツが、マッスグマより素早いんだ~っ」
そんな事は有り得ない。絶対何か秘密がある筈だ。
片耳ピアスの男はヌオーを凝視しながら、新たにポケモンを繰り出した。
ポチエナの進化形のグラエナと、年中寝ているようなエスパータイプのケーシィの進化形であるユンゲラーだ。
前者は進化前より体が倍の大きさになって獰猛さが増し、後者は進化前と違って開いた双眸は鋭く、額に赤い星型のマークと鼻の先に立派な髭を生やしていた。そして、片手には常に念の力を高めるという自前の銀のスプーンを持っている。
ヌオーの攻撃で自分の相手を倒されてしまったブラッキーは、その後に出て来たユンゲラーを思いっ切り噛み付いた。
弱点である悪タイプの技を喰らったユンゲラーは、苦悶の表情を浮かべて大きく仰け反る。
出した途端の大ダメージである。グラエナならば大して効果はなかったものを。
片耳ピアスの男はギリっと奥歯を噛み締めてヌオーを睨み、そして、ハッとした。
あのポケモン、さっきから舌を出したり引っ込めたりしているが、単なる癖かと思ったら、その上に何か乗せている。
——あれは、確か「先制のツメ」……
そうかっ、あれが素早さの秘密かっ!
「グラエナっ、『泥棒』であのぬぼーっとしたヤツの舌の上にあるモノを奪い取れっ!」
——マズいっ
「ヌオー、避けろっ」
慌ててレオンが指示を飛ばすが、それよりグラエナの方が素早かった。
ヌオーが舌の上に乗った「先制のツメ」をボーっと見ている隙を
「へへっ、どーだ。これでもう素早くなんか動けないだろっ」
グラエナから「先制のツメ」を受け取り、男は勝ち誇ったように言う。
確かに、あれが無ければ、ただでさえ鈍いヌオーは更に輪をかけてとろくなる。それはバトル山で実証済みなだけに、レオンは相手の技を受ける覚悟でヌオーを戻して、もう一度エンテイを出そうと腰のベルトに手を回した。
——と、
漸くヌオーが自分の舌の上にお気に入りのアイテムが無いことに気付き、キョロキョロと辺りを見回し出した。
そして、対戦相手のトレーナーがこれ見よがしに持っている「先制のツメ」——自分の宝物に目を留める。
何故そこにあるのか
初めて聞くその声に、レオンもルナも、ブラッキーも呆気に取られた。
が、それはまだ序の口だった。
ヌオーは小さな双眸でギンっと片耳ピアスの男を睨み据えると、猛然と突っ込んで行ったのである。レオンの指示がないのにだ。
「待てっ、ヌオーっ!」
慌ててレオンが呼び止めるが、大切な宝物を盗られて頭に血が上ったヌオーには聞こえない。
トレーナーの制止を無視し、物凄い形相でドスドスと突っ込んでくるヌオーに、身の危険を感じて男は喚いた。
「グラエナっ、あいつを『かみ砕く』んだっ。ユンゲラーも『サイコキネシス』であいつの動きを止めろっ!」
ユンゲラーが銀のスプーンで高めたサイコパワーを一気に放出してヌオーの動きを封じ、そこへグラエナが胴長の体に鋭い牙を突き立てる。
だが、苦悶の表情を見せながらも、ヌオーは有り余る「先制のツメ」への愛の力で、自分の動きを押さえつけるユンゲラーの強大なサイコパワーを引き千切った。
同時に憤然と短く太い腕を振り回し、体に噛み付いて離れないグラエナにはたき付ける。
次いで、体を捻って丸太の様なぶっとい尻尾を、腕を避けて離れたグラエナに勢いよく叩き付けた。
横っ面にそれを受け、グラエナは吹っ飛んだ。
壁に激突し、フラフラになった処に、今度は最大級の『地震』が襲い掛かる。
動作でヌオーが『地震』を繰り出すと判ったレオンが、咄嗟にボールに戻したお陰でブラッキーは無事だったが、グラエナとユンゲラーはまともにそれを受けて力尽きる。
邪魔する者はもう居ない。
ドスッと重量級の音を響かせ、ヌオーが片耳ピアスの男の前に立った。
「ヌオーっ、もう止めろっ!」
だが、やはり聞こえていない。
男をヒタと
「ひいっ」
片耳ピアスの男は「先制のツメ」を落としてその場にへたり込んだ。
ヌオーは身をかがめ、床に落ちたそれを舌で絡め取ると、嬉しそうに「先制のツメ」を舌の上で転がして遊び始める。
男を襲う前に戻そうとボールを手にしたレオンは、何とも言えない複雑な表情を浮かべて溜息をついた。
ルナも、さっきの大暴れが嘘みたいに無邪気に遊ぶヌオーを見て、しみじみと呟く。
「ヌオーって、ダークポケモンじゃなくなっても、ハイパー状態になれるのね」
「そうだな……」
まさか「先制のツメ」を無理矢理取り上げると、あんなになってしまうとは。
レオンは今更ながらに、ルナの祖父がこのアイテムを諦めてくれたことに安堵した。でなければヌオーが暴走して、今頃アゲトビレッジは大惨事になっていたかもしれない。
「まだバトルを続けるか?」
ヌオーをボールに戻し、レオンは腰を抜かして茫然とする片耳ピアスの男を見やる。
「もうポケモンは持ってねぇよ」
力なくボソリと応え、男はヨロヨロと立ち上がった。
「ったく、そんだけ強いポケモン持ってんなら、わざわざこんな所まで来る必要ねーじゃねーか」
ぶつぶつ文句を言い、負けて目当てのポケモンが手に入らなくなった片耳ピアスの男は、ここから出て行こうとした。
その背中に、レオンが声を掛ける。
「例の広告、何時知った?」
「あん?」
「あのスナッチ団の求人広告を、何時知ったんだ?」
「何時って、そりゃ……」
変なことを聞く小僧だと思いながら、片耳ピアスの男は暫し考え込む。
「——一週間…くらい前か……。確かバトル山で一悶着あったって噂の後、暫くしてからだったかな。
けど、ここに着いたのは今朝だぜ。ニュースで言ってたエクロ峡谷って以外手掛かりがねぇもんだから、見つけるのに結構手間取っちまってよ」
今日の明け方偶然目印を見つけ、運よくここへ辿り着けたのだ。
「他の連中も似たり寄ったりさ。中にはまだここを見つけられずに、峡谷ン中うろついてるドジなやつもいるんじゃねえか」
「そうか……」
「んじゃ、オレは行くぜ。ったく、とんだくたびれ儲けだぜ」
ぶつくさ言いながら、今度こそ男は去って行った。
「ねぇ、どうしてあんな事訊いたの?」
確かレンにも同じような事を訊いていた。でも何時広告が出たかなんて、そんな細かい事に何故レオンはこだわるのか、ルナには分からなかった。
「気に入らないからだ」
「気に入らない?」
「ああ、今の話が本当なら、広告が出たのは俺が目を醒ましてすぐって事になる。しかも、求人しておきながら、この場所の詳しい情報は一切無しだ」
「あ……」
それは確かに変だ。普通求人するなら、それくらい書いておくものである。特にここは地形が複雑に入り組んで、レオンみたいに道を知っているならともかく、知らない者ならまず間違いなく迷ってしまう。現に今の男もそう言っていたではないか。
「でも、それはあんまり大勢来られると困るから、ここに辿り着けるかどうかテストしたんじゃない?」
「テストなら、今みたいにバトルで潰し合わせればいい」
その方が腕の立つトレーナーも選別出来て一石二鳥である。
片耳ピアスの男はここへの目印を偶然見つけたと言っていたが、自分がここに来ようとした途端それが見つかるというのも気に入らない。まるで自分の行動に合わせたみたいで嫌な感じだ。
あのマサに自分の怪我の事を教えたダークポケモンのトレーナーといい、どうも今回の件は何か裏がある様に思えてならない。
大型スナッチマシンの確認とベルデという男の持つダークポケモン。この二つを手早く片付けて早々にここより立ち去った方がいいだろう。
そうレオンは結論付けた。