未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―フェナスシティ―(5)

 ポケモンセンターを後にする。

 後に付いて来たルナは、外に出るとレオンに声を掛けた。

「ねぇ、レオン。ちょっとブラッキーとエーフィを出してくれない?」

「………」

「あたしを助ける為にバトルしてくれたんでしょ。ちゃんとブラッキーとエーフィにもお礼をいいたいの。ね、お願い!」

 決して彼女を助ける為にバトルをしたのではないが、今更訂正するのも面倒だし、断った処で簡単に諦めてくれるとは思えない。

 さっきの一件で、その事を嫌と言うほど思い知らされたレオンは、しょうがなく二匹をモンスターボールから出した。

 大きくしたボールが割れ、中から閃光が(ほとばし)る。

 次の瞬間、白い石畳の上に、体長一メートル程の躍動感にあふれる、すらりとした体つきのポケモンが二匹姿を現した。

 ブラッキーは、夜の闇で染め上げたような漆黒の体をしたポケモンで、額とふっくらとした長い耳の他に、尻尾の中央部分と四本の脚の根元に、明滅する黄色い輪があるのが特徴だった。

 一方エーフィは、太陽の光を受けてほんのりとピンクに色づいたような純白の体をした優美なポケモンで、額の中央にルビーの様に輝く紅玉と、先端が二股に分かれた細長い尻尾を持っている。

 実に対照的な二匹であるが、どちらも元はイーブイというノーマルタイプのポケモンが進化したものだ。

 二匹はふるりと軽く首を振って辺りを見回すと、エーフィが嬉しそうに甘えた声でレオンの足にすり寄り、ブラッキーが傍らに座ってそれを優しい目で見ている。

「かっわいい~!」

 感動の声を上げ、ルナは二匹に触ろうと手を伸ばした。

 その手を二匹はさっと躱し、エーフィが飛び退き、ブラッキーは前に出た。

 そして、レオンを背にそれぞれ威嚇の姿勢を取って低く唸る。

「よせ、ブラッキー、エーフィ。そいつは敵じゃない」

 その声にピクンと耳を震わせた二匹は、思わずトレーナーである少年を見上げ、それからいきなり自分達を触ろうとした見知らぬ人間を窺うように見やった。

「あたしはルナっていうの。暫く一緒にいる事になったんでよろしくね」

 にっこりと微笑んで、ルナは二匹に挨拶をする。

「貴方達、あたしの為にバトルしてくれたんでしょ。ありがとう。これはそのお礼よ」

 ジャケットのポケットから、ポケモンのお菓子であるポロックを取り出すと、しゃがみ込んで(てのひら)に乗せたそれを二匹の前に差し出した。

 ブラッキーとエーフィは途惑ったようにレオンを見上げたが、彼が頷いたのを見ると、そろりと少女に近寄った。

 まずブラッキーが彼女の掌にあるポロックの匂いを嗅いで確認し、それから後ろを振り返ってエーフィを呼ぶ。

 呼ばれてエーフィがブラッキーの隣にやって来ると、二匹は仲良くポロックを食べ始めた。

「とってもよく(しつけ)られているのね」

 ルナは感心し、美味しそうにポロックを食べる二匹を見ている。

 そこへ、青く丸い体をしたマリルを連れた青年がやって来た。

 逸早(いちはや)くその気配を察したブラッキーとエーフィが、ポロックを食べるのを止めてさっとレオンの足許に戻る。

 二匹を従えたレオンが近づく青年に目を向けると、その他者を寄せ付けない鋭い眼光に青年はビクリと足を止めた。

 立ち上がったルナが、不思議そうにそんな青年に声を掛ける。

「どうかしたんですか?」

「ああ、いや……」

 声を掛けて来た少女に目を向けた青年は、何処かホッとしたような顔になった。

「ただちょっと、さっき街の正門の方が騒がしかったみたいだから、また隣町のゴロツキどもがやって来たのかと思って……。君は何か知らないか?」

 と、少年の連れらしい少女に問い掛ける。

「えっとぉ……」

 その騒ぎの渦中にいたけど、麻袋の中にいたルナには訊かれても答えようがない。

 代わりにレオンが気になる事を尋ね返す。

「隣町ってパイラタウンの事か?」

「あ、ああ、最近こっちまでやって来るようになったんだ」

 少年に問われ、一瞬ビクっと肩を揺らしながらも応えた青年は、更に恐々と辺りを見回し、不安そうに表情を(かげ)らす。一緒にいるマリルも何処となく怯えているようだ。

「君達もトレーナーなら気を付けた方がいい。ポケモンを連れていると、トレーナーじゃなくてもバトルを吹っかけて来るからね」

 トレーナーなら尚更だ。問答無用でバトルを仕掛けて来る。

「中には凶暴なポケモンもいて、今ポケモンセンターはエネコの手も借りたいくらいに忙しいんだ」

「凶暴……」

 その言葉に、ルナはハッとなった。

「そうだわ、市長さんの家に行かなくちゃ」

 当初の目的を思い出し、ルナは慌てて立ち上がる。

「行きましょう、レオン」

「いや、フレンドリィショップに寄ってからだ」

 相棒達をモンスターボールに戻し、レオンはきっぱりと言った。

 その表情は何時の間にか険しいものになっている。

 市長の家に行った後でもよさそうに思えるが、レオンの口調はどうしても先に何か手に入れたい物があるように、ルナには感じられた。

「判ったわ。フレンドリィショップって確かこの裏手にあったわよね」

 さっき見たこの街の立体映像の建物を思い出し、ルナは視線を巡らせた。

 ポケモンセンターに重なるようにしてフレンドリィショップの建物が見える。

 マリルを連れた青年と別れ、二人はポケモンセンターの裏手に向かった。

 中に入ると、レオンは店内をぐるりと見て回り、そのまま何一つ商品を取らずにレジカウンターに直行する。

「いらっしゃいませ。フレンドリィショップにようこそ。どのような御用ですか?」

「モンスターボールが欲しいんだが」

「モンスターボールですか?」

 意表を突かれた店員は、申し訳なさそうに言葉を継いだ。

「確かに昔は取り扱っておりましたが、知っての通り、この辺りには野生ポケモンが殆どおりませんので。それで、今は誰も買わないモンスターボールは置いてないんです」

「そうか……」

 落胆したように呟く少年に、店員は本当にすまなそうに言う。

「本当に申し訳ございません。もしどうしてもポケモンが欲しいのでしたら、ネットで注文するなどしたらどうでしょうか?」

「いや、いい」

 親切にポケモンのネット注文の仕方を教えようとする店員に(かぶり)を振り、レオンはフレンドリィショップを後にした。

 

 噴水広場を抜けて石畳の階段を上り、市長の家に向かう。

「ねぇ、モンスターボールなんか買って、どうする気だったの?」

 階段を上がり切った所で、ルナはさっき疑問に思った事をレオンに投げかけた。

 この辺りに野生ポケモンが居ないのは誰もが知っている筈なのに、野生ポケモンをゲットする時にしか使わないモンスターボールを欲しがるなんて、どう考えても変だった。

 でも、それに対してレオンは答えなかった。

「ねぇ、レオン」

「おまえには関係ない」

「ちょっと。何よ、それっ」

 尚もしつこく訊いた途端、レオンに冷然と突っ撥ねられてルナは憤然となった。

 それを無視し、レオンはさっさと市長の家の脇にある水路を横切った。その先に市長宅がある。

 ここまで来れば、後はルナが市長を訪ねて中に入ればいいだけだ。

 自分はそれでお役御免である。もう二度と彼女と会う事も無いだろう。

 そう思い、市長宅の扉の前に立ったレオンは、その場をぶうたれながら付いて来るルナに譲ろうと脇に退いて振り返った。

 同時に、いきなり扉が開く。

 丁度誰か出て来るところだったらしい。

 ハッとして身を返したレオンは、思わず()()った。

 むくれて後を付いて来たルナは、咄嗟にそれを避けられず、モロに少年の背中に顔面からぶつかる。

「いったぁっ、んもうっ、急に立ち止まらないでよっ」

 すかさず抗議の声を上げたルナだったが、レオンの向こう、市長宅の扉の前に立ち塞がる男の姿を見て息を呑んだ。

 市長の家から出て来たのは、引き締まった体躯にピッタリとフィットした紫の服を着た、長い銀の蓬髪に赤眼の恐ろしく背の高い男だった。

 見上げるような長身の偉丈夫は、ふと足を止め、傍らに立つアッシュブロンドの少年に目を留めた。

「ん? 旅のトレーナーか……。ほぅ、中々いい面構えをしている」

 射抜くような双眸で少年を見下ろし、男はニヤリと笑った。

「君とは、また何処かで会うかもしれんな」

 そう言い残して去って行く。

 男の赤い瞳に射竦められた二人は、男が完全に行ってしまっても、その場から動けなかった。

 そんな二人の呪縛を解いたのは、丁度近くを散歩していた老婆の声だった。

「なんて男だい。あの鋭くて冷たい目、寒くもないのに鳥肌が立っちまったよ」

 老婆もあの男とすれ違ったらしく、そう独り言ちながらぶるっと身を震わせる。

 二人とも全くの同意見だった。

「今の人……、なんだかすごく怖かったわね」

 金縛りの解けたルナは、はっーと息をついて呟いた。

 本当に凄まじいまでの威圧感だった。あの血のような赤い双眸に見られただけで、まるで蛇に睨まれた蛙のように身動きできなかった。

 そんな男が市長の家から出て来たのだ。

 一瞬ルナは中に入るのを躊躇(ためら)った。でも、こうしていても埒が明かない。

 勢いよく(かぶり)を振り、拳を握ってガッツポーズすると、ルナはガシッとレオンの腕を掴む。

「さあ、行くわよっ」

「え? 俺もか?」

 意表を()かれ、レオンは呆気にとられた。

「当ったり前でしょっ」

 呆然とするレオンを引きずり、ルナは市長宅の扉の前に立つ。

 市長に用があるのは彼女だけで、レオンはここで別れるつもりだったのだが、一蓮托生とばかり、ルナは彼の腕を掴んだまま、勢いよく市長の家の扉を開け放した。

 

 

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