未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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― ア ン ダー ―(3)

 男達が去って行くと、ルナは不思議そうにレオンを見た。

「ねぇ、レオン。どうして今のバトルでエーフィを——」

 と、言い掛けた処でいきなりレオンに腕を引っ張られ、思わずルナは息を呑む。

「おまえは喋るなと言っただろ」

 引き寄せたルナをレオンが睨み付ける。

 その言種(いいぐさ)にムッとして、ルナは拗ねたように文句を言った。

「だって、気になるんだもの。聞いたっていいでしょ」

 それなのに問答無用で黙れなんて横暴すぎる。大体思った事はすぐ口に出してしまうルナに、何も言うなと言うのがそもそも無理な注文なのだ。

 不満たらたらのむくれ(づら)で恨めしそうに睨み返され、レオンは溜息をついた。

「……判った。教えてやるからついて来い」

 ルナにそう言うと腕を放し、レオンは(きびす)を返して町外れに向かった。

 人気のない場所を探してあの降りて来たエレベーターの所まで引き返し、更にその前にある物資置き場の周りを囲んでいる金網の横を通り過ぎて、町に沿って空洞の壁際に造られた足場の通路の奥へと歩いて行く。

 そして、右に折れた突き当りに自動販売機が置いてあるのを見つけると、レオンはルナをそこに残し、サイコソーダを二本買って来てその一つを彼女に放った。

「おまえが聞きたいのは、何故エーフィをバトルに出さなかったか、だろ?」

 缶を開けて一口飲み、レオンはルナに確認する。

「ええ、そうよ」

 リリーラはともかく、後の二匹は格闘タイプだったのだ。それなら片方はエスパータイプであるエーフィを出してもよさそうなのに、どちらも使い慣れていないマンタインやチルタリスだった。

 さっき町に入ってすぐのバトルの時もそうだった。エーフィやブラッキーを出せばもっと楽にバトルできた筈なのに、何故そうしないのかルナはずっと不思議に思っていたのである。

「町中を歩いている時、宿屋脇でごつい女が噂していた話を憶えているか?」

 レオンはルナの疑問に答える前に、そう訊き返した。

「え、ええ……」

 周りを(はばか)る様な小声だったが、確かバトル山でレオンが倒したダキムの話をしていた。ミラーボに続いてシャドーの幹部がまた倒されるとは、敵もかなり強い奴らしいと。そして、一体何処の誰が組織に逆らうような真似をしているのかと、不安そうに。

 それ以外にもスパイを捜して近くの者に探りを入れてくる者など、町のあちこちにそんな者達が普通にいたのだ。

 道端で組織の者でもない住民達がシャドーの幹部の噂をし、組織を心配してスパイを捜しだそうと躍起になっているアンダーは、完全にシャドーの支配下にあるのだと、それを聞いた時二人は確信したのである。

「エーフィやブラッキーは、イーブイの進化形の中でも特に珍しいからな。こんな敵地の只中で使ったら、顔を隠していても一発でバレてしまう」

 イーブイは、条件によって「炎」「電気」「水」「悪」「エスパー」の五つのタイプに進化する珍しいポケモンだ。特に「進化の石」を使って自分の好きな時に簡単に進化させられる前の三タイプと違い、後の二タイプは(なつ)き具合によって何時進化するか判らないので、進化させるタイミングを測るのが難しく、レオンのように上手く育てて進化させないと、本来覚える筈の進化したタイプの技を全く覚えなかったりするのだ。

 そういう理由から運よくイーブイを手に入れても、育てにくいこの二タイプに進化させようとするトレーナーは滅多にいなかった。それ故に、その二匹から自分の正体を突き止められる可能性があった。

 そこでレオンは、シャドーの支配下にあるかもしれないここに来る前に、ずっと一緒だった二匹をパソコンに預け、代わりに今まであまり使っていなかったポケモンを持ってきたのだ。

「そっか、そうよね」

 漸く納得すると、ルナはレオンの用心深さに感心した。自分ならとてもそこまで気が回らない。

 だが、レオンにとってこれは感心されるようなものではなかった。力が全てのスラムでは、油断して少しでも隙を作ればすぐに足許をすくわれ、今まで築き上げてきたモノを全て失ってしまう。それをレオンは身を持って体験しているだけに、常に用心を怠らないのは当たり前の事だった。

 ——さて、これからどうするか……

 サイコソーダを飲みながら、通路の上からアンダーの町を眺め、レオンは思案した。

 一応一通り町の中を歩き回ってみたが、ここの住民の様子からしてアンダーがシャドーの支配下にある事はほぼ間違いないと確信した以外、これと言った収穫はなかった。レンの話していたスレッドらしい少年も今の処見当たらない。

 ——後調べるとしたら、あそこか……

 アンダーの町並みの建物の間にある通りの先に見える大きく口を開けた断層の向こう、この地下空洞の岩盤に半分めり込むように建つ巨大なドーム型の建造物にレオンは目を向けた。

 多分あそこがゴロツキ達が言っていたアンダーのコロシアムなのだろう。しかし、問題はパイラと違って橋らしきものが架かっていないあの断層を、どうやって渡ればいいかだ。

 人に訊くのが一番手っ取り早いが、それでは自分達が余所者(よそもの)だと知れてしまう。

 ——面倒だが、あそこを渡るやつが来るのを待つしかないか……

 そう考えながらレオンがサイコソーダを飲み干した時だった。

 足下の方で「何すんだよっ」と少年の喚く声がした。

 足場の端から下を見ると、その下の通りの隅でレンより少し年上の十二、三歳くらいの赤い帽子を被った少年が、四、五人のゴロツキに囲まれ、その内の一人に胸倉を掴まれてつるし上げにあっていた。

「へっ、そりゃこっちのセリフだぜ」

「この間から、ちょろちょろとオレ達の周りをうろつきやがって」

「目障りなんだよ」

 ゴロツキ達は口々に、赤い帽子を被った少年に凄んでみせる。

 それを少年は鼻で笑った。

「何言ってんだよ。こんな狭い町じゃ、会いたくなくたって、嫌でも会っちまうぜ。あんた達、ちょっと自意識過剰なんとちゃう?」

「てめぇっ、このっ、ふざけやがってっ」

 いきり立って少年の胸倉を掴んでいた男は、その手を放して思いっ切り少年の顔を殴り飛ばした。

 頬を真っ赤に腫らして少年が地に倒れ込む。

 そこにゴロツキ達は追い打ちをかけ、倒れている少年の体を容赦なく蹴る。

 何があったのかは知らないが、スラムではよく見る光景だ。

 自分には関係ないと、レオンがそこを立ち去ろうと体を返す。

 ——と、

「てぇっ、誰だっ! 缶なんか投げやがったのはっ!?」

 下から怒声が上がり、すぐ横でそれに憤然と応える声がする。

「あたしよっ。貴方達、卑怯じゃないっ。自分より小さい子一人に寄ってたかってっ」

 ルナである。少年を袋叩きにするゴロツキ達に腹を立て、手に持っていたサイコソーダの缶を投げ付けたのだ。

「なんだとっ。てめぇ、そんなトコにいねぇで降りて来いっ」

「いいわよっ、今行くから待ってなさいっ!」

 そう下のゴロツキ達に怒鳴り返し、

「レオン、手伝って」

 と、ルナはきょろきょろと下に降りるのに使えそうな物を探して辺りを見回し、通路の隅に置いてあった梯子(はしご)を見つけて取りに行く。

「よせ。ここで余計な真似をして、シャドーに俺達の事が知れたらどうする」

 今回は様子を探りに来ただけで、本格的に事を構える気は無かった。だから敢えて主力である相棒達を置いて来たのだ。向こうから絡んできたのならまだしも、人のトラブルに首を突っ込んで騒ぎが大きくなり、もしシャドーに目を付けられでもしたら、その配慮が全くの無意味になってしまう。

「でもっ、あんな酷い事してるのよ」

「俺達には関係ない」

「レオン……」

 冷たく言い放たれ、ルナは絶句した。

 レオンは人に対して完全に心を閉じているわけじゃないと、スナッチ団アジトであの団員(デジタス)に会って、そうルナは感じていた。それについでとはいえレンの頼みもすぐに引き受けたりして、少しは人に心を開いてきているのかと思っていたのに、あんな酷い場面(ところ)を見ても関係ないと言うなんて。

 まるで自分が見放されたように思えて、ルナはショックだった。

「おらっ、何やってんだっ。さっさと降りて来いよっ」

 苛立ったゴロツキ達の怒声が鳴り響く。

 ルナはきゅっと唇を噛み締めると、決然とレオンを見返した。

「判ったわ。だったら、あたしだけでも行くわ」

「おまえが行っても、やつらの餌食(えじき)が一人増えるだけだ」

「そうかもしれないけど……。だけど、見て見ぬフリなんてできないわっ」

 的を突いた指摘に一瞬弱気になったルナだったが、考えは変わらなかった。

 らしいと言えばらしいが、向こう見ずにも程がある。とてもじゃないが、レオンには付き合い切れなかった。とはいえ、まだ次々とダークポケモンが生み出されているこの状況で、それを判別する能力を持つ彼女を今失うわけにもいかない。

 となると、既にルナがこうと決めてしまった以上、彼に選択の余地はなかった。

 不本意この上ない憮然とした表情(かお)をして、レオンは重い梯子を一人で引きずる少女を制した。

「俺が行く。おまえはここで待っていろ」

「え? でも——」

 驚いてルナはレオンを見返した。

 それに構わず、レオンは一気に通路から飛び降りる。

 建物一階分の高さをものともせずに、危なげなく下の通りに着地すると、ゴロツキ達に対峙した。

「なんだァ、おめえはっ? あの生意気な(やつ)はどうした?」

 目の前に降り立ったのが、さっきの声の主ではなくゴーグルをした少年なのに眉を(ひそ)め、ゴロツキ達は胡散臭げにレオンを見やる。

「俺が相手だ。バトルで俺が勝ったら、そいつを置いてここから失せろ」

「へっ、ガキの分際で、このオレ様に勝てると思ってるのか」

 ゴロツキの一人、この連中のリーダーらしき男が鼻を鳴らす。

「このオレ様に楯突いた事、たっぷり後悔させてやるぜっ」

 そう豪語してモンスターボールを放り投げる。

 その中から閃光が(ほとばし)り、体長一メートル程の二匹のポケモンが姿を現わした。

 地面タイプのサンドの進化形で、背中が鋭く硬い毒のトゲで覆われ、手足に鋭い爪を持つサンドパンと、毒タイプのドガースが進化した、でこぼこした球体の体が二つ合体したような体を持つマタドガスだ。

 すかさずレオンもポケモンを繰り出す。

 水と飛行タイプを併せ持つマンタインに、この間スナッチしたばかりのノーマルタイプのリングマだ。

 マンタインはまた一緒にバトルが出来るとパタパタを大きな胸ヒレをはためかせ、リングマは表情を変えずに後ろ足で立ち、ただ相手を静かに睥睨している。

「マンタイン、サンドパンに『バブル光線』 リングマはマタドガスに『ダークラッシュ』だ」

「なにっ、『ダークラッシュ』だってぇ!?」

 ゴロツキ達は驚いて目を見開いた。

「サンドパン、平べったいヤツに『毒針』 マタドガスはダークポケモンに『煙幕』だっ」

 男も驚き焦って指示を出す。

 マンタインが頬を膨らませ、無数の泡を一気にサンドパンに向かって吐き出す。

 それを迎え撃とうとサンドパンが背中を丸め、毒の針を打ち出す。

 だが、泡の全てを破裂させられず、残ったそれを浴びたサンドパンが悶え苦しむ。

 一方リングマは体を(かが)め、前足を地に着くと同時に後ろ足でダンッと地を蹴り、その反動を利用して勢いよくマタドガスに突進した。

 二つの体を倍近く膨らませ、マタドガスはリングマに黒い煙を吹き付ける。

 構わずリングマはそのまま(わだかま)る煙幕の中を突っ切り、『ダークラッシュ』をぶちかました。

 勢いよく吹っ飛んだマタドガスが、ビタンッと大きな音を立てて岩壁に激突する。

 が、フラフラになりながらも、ぶつかって(しぼ)んだ体に空気を吸い込んで元の球形に戻り、地面に落ちそうになりながらも宙を飛んで何とか戻って来る。

 かなりこたえているみたいである。

「マンタイン、リングマ、もう一度同じ攻撃だ」

「ダークポケモンにサンドパンは『毒針』 マタドガスは『ヘドロ攻撃』をぶちかませっ」

 そう男が喚く中、マンタインは効果抜群の水タイプ技をサンドパンに浴びせ、それを喰らいながらも最後の力を振り絞り、サンドパンは背中の毒針をリングマに飛ばして力尽きる。

 毒針が体に突き刺さった痛みに激怒し、リングマが()えた。

 そこへ、マタドガスの『ヘドロ攻撃』が炸裂する。

 不快げに体を激しく()すって毛にへばり付いたヘドロを落としながら、喉を唸らせて仁王立ちになったリングマの剛毛は怒気で全て逆立ち、興奮したその双眸は血走って目に付くモノ全てを食い殺しかねない形相である。

 完全に我を失い、ハイパー状態になってしまっている。

「落ち着けっ、リングマっ!」

 レオンが怒鳴る。

 その声に、バトル相手のトレーナーに鋭い爪を振り上げたリングマは、ハッと我に返った。

 小さく喉を鳴らし、自分の立ち位置へと戻る。

「おまえのポケモンは、これで(しま)いか?」

 鬼気迫る形相のリングマに襲われかけ、腰が砕けて次のポケモンを出せないでいる男に、レオンは冷ややかに訊いた。

「ま、まだだっ」

 半ば恐怖でその場を逃げ出したくなるのを見栄で堪え、男は震える声を悟らせまいと怒鳴って次のポケモンを出した。

 それは胴の周りに黒い菱形模様のある紫色の体に、小さくすぼめた口の脇にひょろりと二本の黄色い髭を生やしたポケモンだった。体長二メートル弱のリングマと同程度の大きさの体の殆どが胃袋と言われ、どんな大きなものでも丸呑みにできる伸縮自在の口を持つ、毒タイプのゴクリンの進化形であるマルノームだ。

「マタドガスにマンタインは『翼で打つ』 リングマは『ダークラッシュ』だ」

「おまえら、ダークポケモンに『ヘドロ攻撃』だっ」

 淡々と指示を出すレオンの声に、男の喚き声が重なる。

 ヘドロを吐こうと体を膨らませたマタドガスに、マンタインは翼の様な大きなヒレを叩き付け、弱って体が萎みかけた処へリングマがとどめを刺す。

 体のあちこちにある穴から体内に残る全てのガスを吐き出し、マタドガスはヘロヘロになって地に落ちた。

 そこへ、ノーマークになっていたマルノームがすぼめた口を開け、胃袋に溜まった大量のヘドロを一気にリングマに向かって吐き出す。

 猛毒を持つマルノームのヘドロを全身に浴び、リングマはその毒に冒されて苦しげに唸った。

「へへっ、やったぜっ」

 これであのダークポケモンはお(しま)いだ。毒によって徐々に体力が減り、ほっといても勝手に力尽きてくれる。

 見ていた仲間達も、何時もの勝ちパターンになり喝采を上げる。

 調子に乗った男は更に指示を飛ばす。

「マルノーム、平べったいヤツにも『ヘドロ爆弾』で毒を喰らわせてやれっ」

「マンタインは『バブル光線』で応戦しろ。リングマは『ダークラッシュ』だ」

 毒に冒されたリングマを治そうともせず、レオンも冷静に指示を出す。

 マルノームが体の面積の半分を口にして吐き出すヘドロを、マンタインが『バブル光線』の泡で迎え撃つ。

 中空でヘドロと泡が激しくぶつかり合い、両者とも一歩も引かない。

 そこへ、持ち前の根性で毒に冒された体にムチ打ち、猛然とリングマがマルノームに突っ込んで『ダークラッシュ』をぶち当てた。

 今までのそれとは段違いの激烈な一撃だ。

 リングマは特性により、状態異常の時は通常より一・五割増しの力が出るのだ。しかもダークポケモンにされて攻撃力が極端に高くなっている上での割増しである。そこいらのポケモンなど一溜りもない。

 勢いよく吹っ飛び、マルノームはだらりと大きく口を開けてぐらりと体を傾けた。

 そこにヘドロを押し退けた無数の泡が襲い掛かる。

 倒れそうな処へダメ押しの一撃を受け、マルノームは体を一回転させてその場にコテリとひっくり返った。

「ウソだろ、おい……」

 毒を喰らって弱る処か技の威力が増すなんて、なんて非常識なポケモンなんだ。

「くそっ、今日の処はこれ位で勘弁してやるっ」

 負け惜しみの捨て科白(ぜりふ)を吐き、ゴロツキの男は仲間を連れて逃げて行った。

 




 イーブイの進化タイプは今ではかなり増えましたが、この時点では5タイプでした。
 随分前ですが、ネットで誰かが描いた全タイプの進化イーブイのイラストを見て、思わず全部欲しいっ! と思ってしまった事が。
 もしそれがゲームで実現したら、絶対全部ゲットする為に全力を尽くすと思います。執筆うっちゃって。
 そう、自分はイーブイが結構好きです。あの頃性別や能力値にも拘り、メスのエーフィやシャワーズを手に入れる為に育て屋に通い、ひたすらあちこちうろついて卵を孵すという日々。
 育て屋の近くの草むらには大量に放したイーブイ達が……
 この小説を書いたのも、ブラッキーとエーフィが主人公の最初の相棒だったのが要因の一つ。違うポケモンだったら書かなかったかもしれません。
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