冷ややかにその後姿を見据えながら、レオンはリングマに毒消しの薬を与えてボールに戻した。
「レオンっ」
何時の間に降りて来たのか、上の通路から降ろして立てかけた梯子から手を放してルナが走り寄って来る。
「上で待っていろと言っただろ」
「あたしの代わりに貴方がバトルしてるのに、自分だけ安全な所で高みの見物なんてできるわけないでしょ」
そう返して、ルナは心配そうに彼が持つボールを見た。
「リングマは大丈夫なの」
「ああ、バトルが終わってすぐ毒消しを与えたからな。後はボールの中でゆっくり休ませればいい」
「そう、良かった……」
ホッと一息ついたルナは、体中にアザと泥塗れの少年に振り返った。
「貴方も大丈夫? 酷くやられていたみたいだけど」
「よけーなお世話だよ」
血の混じったツバを吐き捨て、よろよろと赤い帽子の少年は立ち上がった。
「
「貴方、もしかしてダークポケモン嫌いなの?」
折角助けたのに余計なお世話だと言われてムッとしたルナだったが、少年のぼやきに思わず耳を疑った。
シャドーの支配下にあるアンダーの子供だから、強いダークポケモンを欲しがるゴロツキ達と一緒だと思っていたのだ。
「あったり前だろ、あんな心の無い戦闘マシンみたいな薄気味悪いヤツ、誰がいいもんか」
「あたし達もそう思ってるのよ。だからダークポケモンを元に戻す為に、少しでも心を開かせようとこうやってバトルさせているの」
「え? ダークポケモンって、そんな事で元に戻るのかい?」
初耳だった少年は、驚いて訊き返した。
それにルナは得意そうに応える。
「ええ、そうよ。もう何匹もリライブ——ダークポケモンの心を取り戻させているわ」
「リライブ……」
年上の少女が口にしたこの言葉に、少年は聞き覚えがあった。
暫し考え込み、そしてハッとなる。
「それじゃぁ、ひょっとしてお兄ちゃん達、レオンさんとルナさんかい? ダークポケモンを救う為にシャドーと戦っている」
「ど、どうしてあたし達の——」
「おまえ、何を知っている」
バッと前に出て
そんな二人にパタパタと少年は手を振った。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」
愛嬌のある笑みを浮かべて言葉を継ぐ。
「オレはザックって言うんだ。お兄ちゃん達の事はコドモネットワークで——と、こんな所で話して誰かに聞かれちゃマズいよな。取り敢えずオレの家に来てよ。オレん
向こうの通りの角にある二階を指し、二人を誘ってザックは歩き出す。
思わず顔を見合わせたレオンとルナは、振り返った少年に
自分が示した建物の脇を通り過ぎ、通りを隔てた向かいにある宿屋の前に来ると、ザックはその中に入った。
何故こんな所に入るのか疑問に思った二人だが、さっきは泊まらないのに入っては怪しまれると思って調べなかった宿屋の中を調べるチャンスである。
何気なさを装って二人も少年の後に続いて入って行く。
中はというと、ロビーの右脇に宿泊客用の受付けカウンターがある以外何もなく、奥の方が宿泊用の部屋になっているようだった。
ザックは入ってすぐすぐ脇にある階段を二、三段上がった所で二人を待っていた。
「こっちだよ、兄ちゃん達」
そう声を掛けて二階に上がって行く。
一体何処に行くのかと二人が二階に上がると、そこは酒場になっていた。
その狭い店内を抜け、ザックは外のベランダに出る。
丁度宿屋の入り口の屋根部分らしく、そこは宿屋と通りを隔てた建物の二階ある店に通じる通路も兼ねていた。
一通り町中を調べた二人だが、怪しまれないように入った店は、商品を見るフリのできる所だけだったのだ。まさか宿屋が二階の雑居している色んな店の入り口にもなっているとは思わなかった。
驚きながらも酒場を抜けて通路に出ると、いきなり声が上がる。
「あっ、スパイだっ! スパイ、スパイーっ!!」
「何言ってんだ。オレの
ギクッとして身構えた二人を押し退け、ザックが喚いた少年を呆れたように見やる。
「あ、いや、見かけない顔だからつい……」
取り敢えずそう言ってみただけの少年は、頭を掻いて顔見知りの赤い帽子を被った少年に謝った。
「そうだよな、スパイならもっと強そうな筈だもん。間違えてごめんよ」
「
満足そうにザックはそう言ったが、ルナは思いっ切り不機嫌になった。できれば大声で言い返したかった。一番最初にバトったゴロツキもそうだけど、レオンの何処がひ弱そうなのよと。
確かに筋肉ムキムキのごつい体はしてないけど、それなりに鍛えられて結構引き締まった身体つきなんだからと思った処で、スナッチ団アジトでレオンを押し倒した時の事を想い出して思わず顔を赤らめさせる。
「どうした?」
人に何を言われようとどうでもいいレオンは、ムッとしたかと思ったら急に顔を赤くしたりと、コロコロ忙しく表情を変えるルナを不思議そうに見ていた。
「な、何でもないわ」
慌てて
途端に店の中に籠る油の臭いが鼻を突き、中古の大小様々な機械のパーツが所狭しとぞんざいに積み上げられた店内は、いかにもジャンク屋といった感じだ。
「ただいま、祖父ちゃん」
「おお、ザックか。どうしたんじゃ、その怪我は」
「ああこれ、ちょっと派手にすっ転んじゃってさ。見た目ほど痛くはないんだ」
腫れた頬を祖父に見咎められ、ザックは慌てて頬に手を当てて弁解する。
「それならいいんじゃが」
孫の言葉に一応納得したジャンク屋の老人は、ふと思い出したように言葉を継いだ。
「ところで、おまえうちの売り物を持ち出しておらんか? 最近なんだか少しずつ減ってるような気がしてならんのじゃが……」
「気の所為だよ、気の所為」
「そうかのう……」
「そうだよ、祖父ちゃん。ボケるのはまだ早いよ」
今一納得いかずに首を捻る祖父にそう言うと、ザックは二人を店の奥にある階段を降りた一階の部屋に案内する。
「あっぶなかったあァ。今度からはもっと判らないように気を付けなくちゃ」
二階を気にする素振りを見せながら、ザックは額の汗を拭うような仕種をして息を吐く。
「って事は、やっぱり店の物を勝手に持ち出してるワケ?」
「ど、どうしても必要だったんだよ。スレッドが——」
ジト目でルナが睨むと、ザックが焦って言い訳を口にする。
そこから飛び出して来た名に、ルナは思わず目を瞬かせた。
「スレッド? 貴方、スレッドと友達なの?」
「う、うん。兄ちゃん達の事もスレッドから聞いたんだ。あいつパソコンの腕は天才的でさ、コドモネットワークだってヴィーナスの通信規制……あーっ、忘れてたっ」
二人に説明していたザックは何か思い出したのか、いきなり声を上げて慌てて隣の部屋に駆け込んで行く。
中を覗いて見ると、そこはいらなくなった機械をバラして取り出した使えそうなパーツが、未仕分けのまま山の様に積み上げてあった。店に入り切らない物が置いてあるらしい。
「え~と、確かここら辺に置いてあった筈なんだけどなァ」
ぶつぶつ言いながらザックはその山を掻き分け、何やらごそごそと必死に探している。
「何を探しているの?」
「強化パーツだよ。今までヴィーナスの目を盗んでコドモネットワークに参加してたんだけど、それがバレちゃったみたいでさ。アンテナが壊れていないのに、ネットにアクセスできなくなっちゃったんだ。それで、もっとパソコンをパワーアップさせる為のパーツが必要なんだよ」
それを取りに家に帰る途中、ザックはさっきのゴロツキ達に因縁を付けられ、レオンに助けられたというわけだ。
「あのゴロツキどもは何者なんだ?」
「何処にでもいる町のゴロツキだよ。パイラのレンだっけ。兄ちゃんが例のスナッチ団のチラシのばら撒かれた時期を知りたがってるって言ってきたから、仲間と一緒にそれを調べて結構あちこち嗅ぎ回ったからね」
それが気に入らなかったらしいが、単に絡む口実に使っただけとも考えられる。どちらにしろ、絡まれる隙があったという事だ。
「あ、あったァっ」
手を止めずにレオンに説明していたザックは、半ば油まみれになりながらも、目的の強化パーツを山の中から掘り出した。
「じゃあ、ちょっとこれ、スレッドの所に持って行って来るよ」
「待って、あたし達も一緒に行くわ」
「え?」
「実はわたし達、レンに頼まれてスレッドの様子を見に来たのよ。急に通信が切れたから」
「そっか……」
そんな事の為に、わざわざ危険を冒してこんな所まで来てくれるなんて……
「ありがとう。それから、さっきはゴメン。助けてくれたのに、お礼も言わずに余計なお世話だなんて言って」
「いいのよ、もう気にしてないわ。ね、レオン」
「ああ」
「じゃあ、スレッドの所に案内するよ」
二人が気にしないと言ってくれて、ホッとしたザックは元気に階段を駆け上がった。
「お祖父ちゃん、オレちょっと出かけて来るから」
「待つんじゃ、ザック。物置の掃除は終わったのか? 帰って来たら今度こそすると言っておったじゃろう」
カウンター前を通り過ぎようとした孫の襟首をむんずと掴み、白髪の老人は問い
「あ、いや、それはちょっと。急用ができちゃってさ。物置の掃除はそれを済ませてからでもいいだろ」
「ダメじゃ。昨日も、一昨日も、そう言って全然やらんじゃないか。今日という今日は、やるまで外出禁止じゃ」
「そんなァ~っ、ほんのちょっとだけだから。ね、いいだろ」
「ダメと言ったらダメじゃ」
懇願する孫を冷然と突っ撥ね、老人は掃除用具を押し付ける。物置に片付けたい物が溜まる一方なのだ。これ以上待ってはいられないと。
「まいっちゃったなぁ……、急いで届けなくちゃいけないのに」
「だったら、あたし達がそれを届けてもいいわよ」
弱り切って呟く少年にルナがこっそりと助け船を出す。
「いいのかい?」
「ええ」
「じゃあ、頼むよ。スレッドの家は大きなアンテナが回っているからすぐ判るよ。ザックからだと言えば、オーケーさ」
「判ったわ。行きましょ、レオン」
老人に見つからないように少年から強化パーツを受け取ると、二人はジャンク屋を後にした。
通路を渡って宿屋の二階にある酒場に戻る。
——と、
店の奥のカウンターの壁に付いているスクリーンに、パッとここに着いた早々見た黒髪のショートヘアのニュースキャスターの姿が映った。
『皆様、こんにちはっ。再びアンダータイムです。ヴィーナス様どうぞ~っ!』
相変わらずのハイテンションで早口に捲くし立てると、さっと片手を挙げて画面から出て行く。
そして、その後ろから、また例のド派手な美女が姿を現わした。
『はーい、皆様~っ、皆様のヴィーナス、そして貴方のヴィーナスよォ!』
そうお色気を振り撒くと、形の良い眉を微かに
『な~んて事かしら。あれからまだスパイが捕まらないのォ~。皆様の更なる協力を期待していますわっ!』
と、ウインクと投げキスのおまけ付きで画面から姿を消す。
『はーい、ヴィーナス様でしたっ! それでは皆様、またお会い致しましょうっ!』
再び画面に現れた黒髪のニュースキャスターが締めの言葉を言うと、スクリーンはまた沈黙した。どうもアンダーでテレビと言えば、このアンダータイムしかやってないようだ。
「ヴィーナス様はアンダーの…、いやっ、このオレの女神様だっ!」
カウンター前で今の放送を見ていた男が、酒に酔っているのか、いきなり大声を張り上げる。
「ヴィーナス様の為なら、オレは何だってできるぜっ。だけどこんなに近くにいるのになかなかお目にかかれねぇ。くうっ、辛いぜっ! ヴィーナス様~っ。もう一杯っ!」
手に持つグラスの酒を一気にあおり、だんっと叩き付けるようにカウンターに置くと、中にいる年老いたバーテンダーにおかわりを要求する。
それを隣で見ていたつなぎ服の男が、しみじみと呟く。
「ホントになぁ、ヴィーナス様は用心深いお方だから、テレビ放送以外じゃ、滅多に姿をお見せにならないからな」
「ふんっ、な~にが『貴方のヴィーナスよ』じゃっ!」
がっくりと肩を落とす男のグラスに酒を
「わしは、ヴィーナスみたいにフニャフニャした女は大キライじゃよ。まったく気持ちの悪い」
などと言い捨ててくるりと壁のスクリーンに向き直ると、老人はフニャリと相好を崩した。
「わしのヴィーナスしゃま~。早くアンダータイムが始まらんかいのお」
ボケているのか、言っている事が支離滅裂である。まあ、酔っ払い相手だから、これくらいで丁度いいのかもしれない。
一方、そのカウンターから少し離れたテーブルに着いている男達は、額をすり合わせてヒソヒソと相談していた。
「いいか、スパイを見付けたら、まずオレが遠くから大声を出してビックリさせる。そのビックリしている間に、おまえがスパイを押さえ付けるという作戦でどうだ」
「ああ、おまえの立てた作戦は何時も上手くいくからな。だが、毎回オレばっかり痛い思いをしているような気がするぞ」
細身の相棒の提案に筋肉隆々の大男は同意したものの、何処となく釈然としないものを感じていた。
「何言ってんだよ。一番の見せ場をおまえに譲ってやってるんだ。痛い思いどころか、おまえがスパイを捕まえたとなれば一躍ヒーローだぞ。女どもが寄って来て好きなだけいい思いできるってもんだ」
「そ、そうか?」
「勿論だとも」
単純な相棒を上手く丸め込んだ男は、ふと脇に人の気配を感じて振り返る。
「ん? なんだおまえら、今大事な話をしているんだ。大体ここはガキの来る所じゃないぞ。さっさとどっかに行けっ」
しっしと手を振って少年少女を追い払う。この二人こそ、今自分達が捕まえようと相談している問題の人物だとは知らずに。
そしてまた、相棒と作戦の段取りの確認に熱中する。
こんな会話が今アンダーの住民達の間では普通にされているのだ。
ルナはそこを通り抜けながら思わず顔を
「あんな作戦で、ホントに捕まえられると思ってるのかしら」
外へ出る通り道のすぐ脇だったので、聞くともなしに聞いてしまったのだが、あれではどんな鈍そうな野生ポケモンでも捕まえられそうもない。
「さあな」
興味の無いレオンは気のない返事を返し、階段を降りて宿屋の外に出た。