さっき町中を一通り回ったので、何処にザックの言っていたアンテナがあるか、レオンは判っていた。
迷わず宿屋の脇の通りを抜け、断層の前にある広場に出ると、そこを横切って左側にある階段を上がる。
その上に大きなパラボラアンテナがゆっくりと首を振って動いていた。
レオンはその近くにある家に足を向ける。
家の入り口付近に立つ白いTシャツの少年が、二人を見て目を
「なんだよ、あんたらまた来たのかい。ここには何も無いって言ってるだろ」
「待って、あたし達ザックって子から頼まれて、パーツを持って来たのよ」
さっき来た時と同じに、また自分達を追っ払おうとする少年に、ルナは説明してザックから渡された強化パーツを見せる。
「ザックからこのパーツを?」
白いTシャツの少年は、
「ええ、あたし達レンに頼まれて、パイラからスレッドに会いに来たのよ」
ルナがここに来た理由を言うと、目の前の少年は驚いたように二人を見返した。
「えっ!? レンって……もしかして、あんた達レオンさんとルナさんなの?」
「ええ」
「こいつは凄いやっ! さあ、中に入ってよ。早く、早くっ!」
一転して白いTシャツの少年は、扉を開けて二人を中に招き入れる。
中に入ると、奥には稼働中のプラントが並び、その横に実験器具が無造作に置かれた机があった。プラントは恐らく外のアンテナを動かす為のものだろう。
他には下に降りる階段が中央にあるくらいで、それ以外何もない部屋である。人の住む家というより、何かの施設のような感じだ。
少年はそれらに見向きもせず、階段を駆け下りた。
そして、下で興奮したまま声を上げる。
「シホっ、スレッドっ、凄いお客様だぞっ!」
「凄いお客様って、だあれ?」
と、愛らしい声がそれに応えるのが聞こえる。
どうやら下は、スレッドとシホという名の少女がいるらしい。
降りて見ると、そこは上と違って意外と広かった。
階段正面の床には格子模様のカーペットが敷かれ、四人掛けのテーブルや観葉植物の鉢などが置かれてあった。そしてその広い部屋の両脇には二つずつ扉があり、他に四つの小部屋があるらしい。
その小部屋の一つからキノココを連れて出て来た、十歳くらいの黒髪のおさげの少女が、コテリと小首を傾げて興奮する白いTシャツの少年を見ている。
「聞いて驚くなよ」
勿体ぶってザックは咳払いし、降りて来た二人の前からさっとどいて、少女に得意げに紹介する。
「あの有名なレオンさんとルナさんだぞっ!」
「ええっ、うっそっ! ホントーっ!?」
その言葉に少女は仰天して声を張り上げ、まじまじとザックが紹介した二人を凝視する。
同時に階段脇の部屋の扉が開き、中から薄茶色の髪の少年が飛び出して来た。
「本当かい、クロっ。レオンさんがここにっ!?」
「へへ、ご覧の通りさ」
クロは得意気に二人を示す。
「わあ、夢みたい。レオンさんルナさん、わたしシホです。よろしくね」
「え、ええ……」
異様な盛り上がりに二人は面食らい、ちょっと引き気味に目の前の三人を見る。
「レオンさん達はコドモネットワークでは、ちょー有名人なのさ」
驚く二人にクロは胸を張って説明する。
「シャドーと戦うヒーロー、ヒロインだって、このアンダーの子供なら皆知ってるぜ」
「アンダーの子供だけじゃないわ。コドモネットワークのお陰で、今では各地の子供たちが繋がってるから、誰でもお兄ちゃん達の事は知ってるのよ」
「え~、そうなの? なんだかちょっと照れちゃうな。ね、レオン」
おさげの少女にまでそう言われ、ルナは満更でもない
ダークポケモンの情報を集めてくれるらしいから好きにさせていたのだが、一体レンはネットにどんな風に情報を流したのか。
ルナの王子様発言もそうだが、買い被りもいいところだ。全ては自分自身の為にやっているに過ぎないのに、変な風に誤解されて正義の味方に祭り上げられた挙げ句、こんな風に尊敬と憧れに満ちた
「僕はスレッドです。パイラタウンのレン君から、今までの話は聞いています」
盛り上がる仲間二人とは対照的に、この中で一番年長に見える薄茶色の髪の少年が、礼儀正しくレオン達に挨拶する。
「そう、貴方がスレッドなの。元気そうでよかった」
ルナはホッとして微笑んだ。
「急にアクセスできなくなって、レンがとっても心配していたの。自分の頼みごとの所為で貴方に何かあったんじゃないかって、それであたし達が来てみたの」
「そうですか、わざわざすみません。レオンさんなんて、まだバトル山で負った怪我が治ってないんでしょうに」
「何故それを知っている?」
アジト跡にいたシャドーやスナッチ団員の連中もそうだが、この地方で知り合った一部の人間しか知らない筈の情報を一体何処で手に入れたのか。
そのレオンの疑念に、スレッドは事も無げに答えた。
「僕はレン君から直接パソコン通信で教えて貰ったけど、そうじゃなくてもコドモネットワークにアクセスすれば、誰でも貴方達の最新情報を知る事が出来るんです」
レンは新しい情報が入ると、その度に情報を更新させていたのだ。
それを聞いたレオンは、無言で硬く拳を握り締めた。
シャドーやスナッチ団の連中が自分の怪我の事を知っていたのは、こっちで知り合った連中の中に味方する振りをして、あいつらに情報を流している奴がいると思っていたのだが、まさかネットで堂々と公開していたとは。
それなら誰でも簡単にその情報を見ることが出来る。あいつらはそれを見て自分の情報を手に入れていたのだ。
おそらくこのアンダーに来た途端、町に潜入した事がバレたのもその所為だろう。
レンには全く悪気はないのだろうが、それこそ冗談じゃない。これでは自ら敵に情報をくれてやっているようなものだ。パイラに戻ったら即刻止めさせる。
そう心に固く誓うレオンを余所に、スレッドは話を先に進めていた。
「アクセスが出来なくなったのは、レン君の所為じゃなく、僕の所為なんです。元々シャドーがここを支配するようになって、外と連絡が取れないように人の出入りや通信には厳しい規制がしかれていたんです」
「シャドーがここを支配するようになったのは、何時からだ?」
最近ではないだろう。住民達は既にそれを完全に受け入れているように見える。
「ええっと、何処から話せばいいかな……」
レオンの問いに、スレッドは少し考え込んだ。
「元々このアンダーは、鉱山の一部だったんです」
以前大人達に聞いた事を思い出しながらスレッドは話し始めた。
パイラに住み着き、金になる鉱石を取る為にどんどん下に掘り進んで行った鉱山夫達は、ある時地下のここに巨大な空洞がある事を発見したのだ。そろそろ一々地上に出るのが面倒になって来た頃である。
空洞は地上より涼しく、地下では悪くなりがちな空気も、地上まで伸びる断層によって新鮮な空気がここまで届いていた。
そこで鉱山夫達はこれ幸いと、地上には出ずにここで寝泊まりして仕事を続けるようになったのだ。より住み心地よくする為に、暮らすに必要な物資を色々と持ち込んで。
その内中々上にあがって来ない夫や父親に会いに家族が来るようになり、暑く乾いた地上よりも快適なここを気に入って一緒に住むようになったのである。
その結果ここに地上との中継地点として、新たな町が出来てしまったという訳だ。
だが、鉱石が取れなくなっていくにつれ、地上からの物資の輸送も滞りがちになり、それを一手に担っていた会社が倒産した事で、とうとうこの町は完全に行き詰ってしまった。
いくらまだ鉱石が取れても、生活に必要な物資、特にここでは作れない食料が無ければ生活できない。
仕方なくここでの快適な暮らしを捨て、地上に戻ることを住民達が考え始めた頃、「シャドーポケモン研究所」と名乗る一団が、何処からともなくこの地に現れ、援助を申し出て来たのだ。
なんでもその研究所の出資者は、元々この町と
そこで町に必要な物資を届けると共に、更にここでの暮らしを豊かにする為の発電施設の増設や、少なくなってきた鉱石をより効率よく多く採れる方法を、彼等は町の住人に提案したのだ。
それはこの鉱山の働き手であるポケモンの強化だった。
ここの鉱山は固い岩盤が多く、鉱石を掘り出すには骨が折れる。そこでその仕事はもっぱらポケモンにやらせていたのだが、すぐに疲れて頻繁に休憩を取らなければならなかった。
よく鉱石が採れていた時はそれでも採算が取れていたのだが、少なくなった今ではそれが一番の問題になっていたのである。
だが、自分達の研究所で生まれ変わったポケモン達を使えば、その問題を解消できると。
確かに彼等が連れて来たポケモン達は人間の命令に忠実に従い、一度も不平や疲れた素振りも見せずに黙々と作業をこなしていた。これなら確実に仕事の効率が上がり、取れなくなってきた鉱石の量も増やす事が出来る。
実際働かせてみた処、作業効率も鉱石が採れる量も以前より二十パーセント以上も上がったのだ。
それを見た鉱山夫達はこぞってそのポケモンを使いたがった。
勿論そのつもりだったポケモン研究所の者達は、それに快く応じた。
但し、このポケモン達はまだ研究段階なので、それを完成させる為のデータ取りをするのに定期的にポケモン達を検査させてもらう事を条件に。
そして、更に今鉱山で働いているポケモン達も、希望すれば無償で同じ措置を施してもいいと。
これによりアンダーの鉱山は皆人間に忠実で勤勉に働くポケモンに取って代わり、暗い地中深くの鉱山で働く事から、それらはダークポケモンと呼ばれるようになった。
だが、鉱山に行く前は何時も一緒に遊んでくれたポケモン達が、全く遊んでくれなくなった事に子供達は不満を持つようになっていった。
しかし、元のポケモン達に戻してと言った処で、大人達は子供の我儘として全く取り合ってはくれなかった。このダークポケモンがいれば暮らしが豊かになるのに、何が悪いのかと。
ポケモンの処置が粗方終わって研究所の人達が引き上げると、今度は出資者直属の組織からやって来た人達が引き続きアンダーの援助をしてくれた。
電気設備のメンテナンスやダークポケモンの管理などの面倒事を一手に引き受けてくれると共に、ダークポケモンの研究成果を他に盗まれない為にと称して、他の町との交流や通信など外部との間に様々な規制を設けていった。
それに大人達は多少不便を感じはしても、アンダーの大恩人である彼等を信じ、それを受け入れたのだ。
こうしてアンダーは、それが悪の組織だとは気付かないまま、シャドーの支配する町になったのである。それに反抗しているのは、今やスレッド達の様なダークポケモンを嫌う子供だけだった。
そして今、その組織から新たにヴィーナスがやって来て、好き放題やっているという訳だ。
「そんな……」
その話を聞いて、ルナは愕然とした。
住民達が当たり前の様にシャドーの事を心配し、積極的にスパイ捜しに協力していたのはそういう事情があったからだとは。しかも住民達が進んでダークポケモンを受け入れていたなんて。
「そんな中、よく今までネットワークにアクセスできたな」
「やろうと思えば、抜け道は幾らでもありますからね」
スレッドが何でもない事のように応え、言葉を継ぐ。
「それで、この間ちょっとシャドーのコンピューターに探りを入れてみたんです。その時手に入れた情報の中に、今ここを支配しているヴィーナスに関するものがあって——」
「ああ、あの変な格好したド派手女ね」
「知ってるんですか?」
「ええ、知ってるというか見たのよ。ここに来た早々街頭スクリーンでね」
その姿を思い出したのか、嫌そうに顔を
「なんかこう、ちょっとついてけない感じだったわ」
「まあ、そうなんですけど……」
ルナの辛辣な感想に苦笑しながら言い淀んだスレッドは、意を決して手に入れた情報を打ち明けた。
「その、ちょっと信じられないかも知れないんですが、あのヴィーナスってシャドーの幹部の一人だったんです」
「成程な……」
「それで、あんな恰好なわけね」
スレッドとしては、これ以上ない重大ニュースを言ったつもりだったのに、レオンもルナも驚く処か妙にすんなり納得していた。
「あ、あの、信じてくれるんですか?」
「信じるも何も、ねぇ、レオン」
「ああ」
今まで負かしてきたシャドーの幹部の姿を考えれば、それと同類の恰好をしているあの女がその一員なのは、二人にとって至極納得できる事だった。
「……良かった。これを知った時、自分でも信じられなかったから」
言っても誰も信じてくれないんじゃないかと、スレッドは思っていたのだ。
確かにあの格好にあの言動。そのどれを取ってもヴィーナスが悪の組織の幹部だと誰が信じるだろう。冗談だと笑い飛ばされるのがオチである。
「他に、何か引き出せた情報はないか?」
信じて貰えてホッとするスレッドに、レオンがもっと有益な情報を求める。
それにスレッドは、思い出すように応えた。
「後は、何処か別の場所にダークポケモンを造っている研究所があるらしいって事くらいで、それ以上の事は
と、残念そうに言葉を継ぐ。
「気付かれたと同時に
「それでこれが必要だったのね」
ルナが預かってきた強化パーツを取り出す。
「あっ、ザックからですね。これさえあればパソコンもパワーアップできて、ネットワークに繋げます。ありがとうっ」
「ネットが繋がったら、今度こそやつらのコンピューターからもっと重要な情報を引き出して見せます。何か判ったらすぐ連絡しますよ」
「ああ、だがその前に、レンに俺の情報を流すなと伝えろ」
「え?」
「やつらはあいつの作ったネットワークから俺の情報を得てたんだ」
「わ、分かりました」
苦り切った顔をするレオンの怒気の籠った声にこくこくと頷き、スレッドはゴクリと喉を鳴らして請け合った。
そして、大切な事を忘れていた事に気付いて声を上げる。
「あ、そうだ。あの、レオンさんのP★DAのメールアドレスを教えてくれますか? それがないと連絡しようが無いですから」
「ああ」
レオンはそれに応じてP★DAのメールアドレスをスレッドに教える。
それを聞き終えると、スレッドはパソコンをパワーアップする為に自分の部屋に戻って行った。
「スレッドは天才だからな。すぐに耳寄りな情報を手に入れるさ」
自慢げにクロが言う。
「期待しているわ。じゃあ、レオン。スレッドの様子も見れたし、あたし達は一旦パイラに戻る?」
「いや。まだ断層の向こうにあるコロシアムを調べてない」
だからスレッドにレンへの言付けを頼んだのだ。そこを調べ終わらなければ、上には戻れない。
「コロシアムかァ。あこそはUFOの起動ディスクがないと行けないもんなあ」
「UFO?」
「ほら、断層の所にある階段を上がった足場の先に、お釜みたいなやつの脇に羽根を付けた変な乗り物があっただろう。あれがそうさ」
怪訝な表情をする二人に、クロが物知り顔で言う。
「その乗り場脇にある起動装置に、レーベルに『F』って書かれた起動ディスクをセットすると、向こうに渡れるんだ」
と、更にその装置の使い方を詳しく説明する。
「レーベルに『F』って……」
それを聞きながら、何処かで見た事がある様なと思い、ルナはハッとした。
「レオン、もしかしてスナッチ団アジトで拾ったあれじゃあ」
「ああ」
頷き、レオンはあの時拾ったディスクケースを取り出す。
開くと、中に入っているディスクのレーベルには「F」の一文字が入っていた。
「それだよ、それっ。何処で手に入れたんだい? これ手に入れるのすっごく難しいって話なのに」
ディスクを持っている奴の中には、これを使って小遣い稼ぎをする奴もいるくらいなのだ。
「これでコロシアムに行けるわね」
弾んだ声で言うルナに頷き、レオンはそれをポケットにしまうと階段を駆け上がる。
クロに礼を言ってルナがその後に続こうとすると、くいっとシホが彼女の上着の裾を引っ張った。
「どうしたの?」
引き留められたルナは不思議そうに少女を見ると、シホは彼女に
「あのね、ダークポケモンにされちゃうと、皆お人形さんみたいになって、キノココみたいに遊んでくれないの」
自分の足に楽しそうに
このキノココの兄弟は、キノガッサに進化した事で、鉱山で働く為にダークポケモンにされたのだ。
戻って来たキノガッサは、あんなに懐いていたシホを忘れたように彼女の呼び掛けにも応えず、何の感情も窺えない虚ろな表情をして、大人の命令に大人しく従っていた。
「大丈夫よ、また一緒に遊べるようになるから」
そうよ、ポケモンは人間に都合のいい道具なんかじゃないわ。
「だから、それまで
シホの頭を撫でて優しくそう言うと、ルナは傍に居たクロに少女を任せてそこを後にした。
ゲームではアンダーは「シャドーに支配された町」としか紹介されていません。
ですが、ダークポケモンを嫌う子供がいる処から、この町が出来た当初からシャドーが関わっていた訳じゃないと思い、町の住人達の言動、そしてパイラとの関係や今後の事など色々な要素を考慮して、こういう