レオン達は再びアンダーの町中に出、クロの言っていた断層に突き出た階段脇にある、上にUFOのホログラムが浮かぶ起動装置の所に行った。
すると、暇そうに傍をうろついていた男が寄って来た。
「おい、おまえらコロシアムに行くのかい?」
「ああ」
素っ気なくレオンが答えると、男はニヤリと口の端を上げる。
「じゃあ、UFOの起動ディスクは持ってんのか?」
「ああ」
「ちぇっ、持ってんのかよ」
舌打ちすると、男は面白くさなそうに立ち去って行く。どうやら小遣いを稼ぎ損ねたらしい。
レオンが起動装置のボタンを押すと、装置から金属的な響きのする声が聞こえてきた。
『UFOでぃすくヲ選ンデ、装置ニせっとシテクダサイ』
指示に従い、F―ディスクを装置にセットする。
『前方向ヘ準備完了。でぃすくヲ取ッテ、乗リ込ンデクダサイ』
装置からF―ディスクを取り外すとその脇にある階段を上がり、断層の上に突き出た乗り場に停止しているお釜型のUFOに向かう。
それは下には何の支えも無く宙に浮かんでいた。
レオンは平然と乗り込んだが、ルナは初めて乗るへんてこな乗り物が今一信用できず、恐る恐る乗り込むと思わずレオンの腕にしがみついた。
レオンがUFO本体の手すり脇にある起動ボタンを押す。
UFOの周りに付いている羽根が勢いよく回転し始め、ゆっくりと断層の上を動いて向かいのUFO乗り場に接舷して止まった。
半円を描く様に空洞の岩壁から突き出ているコロシアムの左右には、それぞれ別の建物があり、右側の方は高く積み上げられたコンテナが通路を塞いでいて、その先には行けなかった。
一方左側は何処となくエキゾチックな造りの店が一軒あり、看板には「漢方薬」の文字がでかでかと書かれていた。
「ねぇ、あの店は何かしら?」
「ポケモンの漢方薬屋だろう。普通の薬より安くて良く効く」
「へえ、ちょっと買ってみる?」
ルナの住んでいた地方には、こういう漢方薬を扱う店がなかったらしい。かなり興味津々だ。
買いたそうなルナに、レオンはぼそっと説明を付け加えた。
「同時に、死ぬほど
前に使った事でもあったのか。その口調はかなり実感が籠っている。
「なにそれ。そんな薬、使えないじゃない」
安くて良く効くって言うからいいと思ったのに、ポケモンに嫌われるほど不味いなんて。世の中そんなに良い事尽くめの事はないということだ。
「行くぞ」
むくれるルナを促し、レオンはコロシアムに入った。
崩れかけたパイラのそれとは違い、しっかりとした造りのアンダーのコロシアムの中にはロビーがあり、塗装など剥がれ赤錆が浮き上がって薄汚れた感じはするが、意外と広くて休憩用のソファやテーブルなどが設置されていた。
もう試合は終わってしまったのか、ロビーは閑散としていて人も殆どいない。
「今回のバトルは、強い奴があんまり出なかった所為か、今一だったな」
ロビーに残っていたマクノシタを連れた中年男が、青いトレーニングウェアの若者に試合の感想を言う。
「仕方ないさ、腕に自信のあるやつは皆エクロ峡谷に行ったって話だからね」
噂では行くだけで何か凄い賞品が貰えるらしいと、応えた若者が軽く肩を竦ませる。
あのスナッチ団の広告はゴロツキの間だけで出回っていた所為か、外の情報が制限されているここでは、普通の住民はエクロ渓谷に何があるのか詳しくは知らないらしい。
もっともアンダーの外に出るにはシャドーの許可がいる。その許可が出たなら、悪い事ではないと思っているのだ。
「それより、今回の優勝賞品は何だろうな。オレ試合には出ないんだけど毎回来てるんだ。どんなダークポケモンが見られるかと思うとワクワクしちゃうんだよな」
「呆れちゃうわね。この町じゃ、こんなに堂々とダークポケモンを配ってるんだ」
コロシアム内にポケモンセンターがあったので丁度いいと、手持ちのポケモンを預けたレオンと一緒に、回復したポケモンが戻って来るのを待つ間、さり気なく男達の会話を聞いていたルナは、声を潜めて呟いた。
完全にシャドーの支配下にあるのだ。パイラの様にこそこそする必要はないという事だろう。
少女の呟きが耳に届かなかったらしく、中年男は若者に同意するように話を続ける。
「確かにあの凄いポケモンは一見の価値はあるな。それに優勝した者は直接ヴィーナス様からダークポケモンを頂けるし、わたし達もスクリーンでしかその姿を見られないヴィーナス様を、直に拝める唯一のチャンスだからな」
「レオンっ」
「ああ」
中年男の言葉に、思わず自分の腕を引っ張ったルナにレオンが頷く。
コロシアムで優勝すれば、用心深く滅多に人前に姿を現わさないシャドーの幹部であるヴィーナスに簡単に近づく事が出来る。これは利用しないテはない。
ポケモンが回復して戻って来ると、早速二人はコロシアムの受付けカウンターに向かった。
「アンダーコロシアムへようこそ」
「次の試合の受付けは、もうしているのか?」
にこやかに挨拶する受付け嬢に、レオンが単刀直入に尋ねる。
それに受付け嬢は事務的に答えた。
「只今試合が終わったばかりですので、まだ受付けは致しておりません」
「じゃあ、優勝者にダークポケモンの受け渡しはもう済んだのか?」
「それなのですが……」
受付け嬢は不安そうに顔を曇らせて言葉を続けた。
「ご存じの事と思いますが、今このアンダーにスパイが侵入してまだ捕まっておりません。本来ならば勝ち抜きバトル終了後、その場で優勝者にヴィーナス様が直々に賞品のダークポケモンをお渡しになるのですが、今回はそういう事情で、ヴィーナス様の身の安全を考え、そのスパイが捕まるまで賞品の受け渡しが延期されてしまったのです」
「じゃあ、次の試合の受付けは何時頃になるの?」
ルナが尋ねると、受付け嬢はすまなそうに言葉を返した。
「今言いましたように、その件が一段落して今回の優勝者に賞品の受け渡しが終わらない限り、次の試合の受付けも出来ませんので、何時になるか判りません」
「そんなぁ~」
自分達が捕まらなければ、次の試合の受付けが出来ないなんて、これじゃあ、どっちにしろ試合に出れないって事になる。
「判った。そいつが捕まった頃にまた来る」
思わず受付けカウンターに身を乗り出し、抗議しようとするルナを引き戻し、レオンはそう言ってその場を後にした。
「どうするの?」
まさか捕まるわけにはいかない。
「もう少しこの中を調べてからパイラに戻る」
今回はあくまで敵情視察なのだ。無理にヴィーナスに会う必要はない。受付けで色々訊いたのは、男達の話の裏付けを取る為だ。ヴィーナスと事を構えるのは、スパイ騒ぎで警戒している今より、それがある程度収まって油断した頃がいい。
ロビーで立ち話をしている男達から離れるように、反対の方へ歩いて行った二人は地下に降りる階段を見付け、そっと下に降りた。
そこは試合の出場者の控室らしく、幾つか部屋があった。
通路の突き当たりの扉は鍵が掛かっていて、それ以上奥には行けなかったが、その脇の部屋には筋骨隆々のごつい体付きの男が一人、待ちくたびれたような顔をして立っていた。
「ん? なんだおまえら、ここは出場者以外立ち入り禁止なんだぞ」
と言った後に、男は何かピンっと来たのか、一人で納得して頷いた。
「ははん、さては優勝したオレ様のサインが欲しいんだな。だが悪いが、今はヴィーナス様を待っているんでな。サインはその後にしてやる」
どうやら、サインをねだりに来た自分のファンだと思ったらしい。
レオンとルナは怪しまれる前にそそくさとその場を後にした。
ロビーに戻ると、さっきのマクノシタを連れた中年男が、不意に二人に声を掛けて来た。
「なあ、キミ達。スパイがこのアンダーに入り込んだって、本当かね?」
「えっ、いえ、それはその……」
「ああ、そういう話らしいな」
「そうか、だが心配するな。私のこのマクノシタがやっつけてくれるわっ!」
少女の
「ああ、よろしく頼む」
平然と応え、レオンはルナを連れてコロシアムを出た。
さっき乗って来たUFOに乗り込み、断層を渡る。
そして、戻って来た広場のUFO乗り場の階段を降りようとした時だった。
「スパイだーっ! スパイがいたぞーっ!」
「っ!?」
——バレたっ!?
下の広場の向こうから湧き上った大声に、二人はぎょっとして立ち止まった。
「スパイっ!? どこだ、どこだ?」
UFO乗り場の足場の下から、スパイを捜す男の声が上がる。
見ると、さっき二人がUFOを使おうとした時に声を掛けてきた男だ。
それに応えたのは、「スパイ」という声が聞こえた方からやって来た、はすっぱな感じのオレンジ髪の女だった。
「町外れのエレベーター前だよ。とうとう見つかったんだよっ」
これで安心して町を歩けると、女は安堵の表情になる。
上でそれを聞いていた二人は、互いに顔を見合わせた。バレたわけではないのは良かったが、それなら一体誰がスパイとして捕まったのか気になる。
どうせパイラに戻るにはエレベーターに乗らなければならないのだ。そのついでにそれを確かめるのもいいだろう。
二人が急いでUFO乗り場から降りると、さっきの男が声を掛けて来る。
「おい、おまえ達聞いたか? スパイが捕まったんだってよ。実は俺、おまえ達かと思ってたんだが、違ったんだな。わははっ」
と、お気楽に笑い飛ばす。
それに構わず、二人は町外れのエレベーターの所に向かった。
漸くスパイが捕まった事に喜ぶ住民達の脇をさり気なくすり抜け、フレンドリィショップに用がある振りをして中に入る。そして、店の奥にある階段の所に行く。
この上は屋上になっていた。最初この店に入った時、買い物ついでに確認しておいたのだ。そこはエレベーター前の足場と高さが殆ど一緒で、少し遠いが足場に上がらなくても様子がよく見える。
二人は屋上に出て、そこにあった木箱の陰に隠れてそっと様子を窺うと、エレベーター前にスパイらしき縛られた一人の若者を囲んで、紫色のフルフェイスと同色の戦闘服を着た女が二人立っていた。シャドーの戦闘員である。
「ええいっ! 放せっ、放せよーっ!」
「お黙りっ、いい加減に観念するんだよっ!」
大声で喚く若者に、それを捕まえている女が苛立たしげに怒鳴る。
「さあ、暫くここで大人しくしているんだ」
若者をエレベーターの向かいにある金網で囲った物資置き場の中に押し込み、もう一人の女が扉を閉める。
「レオン、あのスパイの声って……」
遠目だし、女達の体の陰に隠れて姿がよく見えなかったのだが、あの声は気の所為か何処か聞き覚えのある声だった。
「………」
ルナだけでなく、レオンも聞き覚えがあった。
——どうしてあいつは、何時も人が潜入している時に捕まるんだ……
しかも、ワザとかと言いたくなる程の間の悪さだ。
頭が痛い。
捕まったのは自業自得で俺には関係ない。見なかった事にしてパイラに戻りたいが、きっとルナは助けると言うだろう。
チラリと自分に目を向ける連れの少女を見やって、レオンは小さく溜息をついた。
「ねぇ、レオン」
「ああ、どのみちあいつらがあそこにいる限り、エレベーターには乗れないからな」
スパイを物資置き場の中に放り込んだ後、逃げ出さないように見張っているのか、あのシャドーの女戦闘員はそこに留まって動く気配がない。
住民達の何人かが気になって様子を見に来たが、皆女達にすげなく追っ払われていた。
やはりあのシャドーの女戦闘員をどうにかしないと、エレベーターに近づくことすらできなさそうだ。助けるのはそのついでだ。
レオン達は暫くそこで様子を見、邪魔な住民達が誰も来なくなった頃を見計らって店を出た。