また
「ちょ、ちょっとレオン。さっきのディスクを使うんじゃないの?」
「その前に寄る所がある」
振り向きもせずにそう応え、レオンは角にある宿屋に入った。
「いらっしゃい。泊って行くかい?」
入り口のカウンターにいた老人がそう声を掛けて来たが、レオンはそれを無視して二階に上がる。
そこでは先程の酔っ払い客が完全に出来上がり、グラスを片手にタウンターの上に突っ伏して時折ニヤニヤと笑みを浮かべている。憧れのヴィーナスとデートしている夢でも見ているのかもしれない。
カウンター内では年老いたバーテンダーが、飽きもせずブラックアウトしたままの壁のスクリーンを眺め、アンダータイムの時間を今か今かと待ちわびている。
そして、狭い店内の通路脇のテーブルでは、二人の男が額を寄せ合い、相変わらずスパイを捕まえる相談をしていた。
レオンはそんな連中には目もくれず、その店の隅に置いてあったポケモン専用のパソコンのスイッチを入れた。さっきここを通った時見掛けたのだ。何故酒場などにこのパソコンがあるのか謎だが、この際使えればそんなことはどうでもいい。
起動したパソコンに自分のⅠD番号を打ち込み、ポケモンの預かりシステムを呼び出す。それから手持ちのポケモンの回復とメンバーの入れ替えをする。
シャドー戦闘員が、唯一行けなかった建物に行けるディスクを持っていたのだ。あそこがシャドーの重要関連施設だと思っていいだろう。つまりあそこに行くのは、敵陣の中に乗り込むという事だ。
今回は敵情視察だけで済ますつもりだったが、シルバの所為で自分達の存在がシャドーにバレてしまった以上、もうそんな悠長な事は言っていられない。敵がこちらを迎え撃つ態勢を整える前に、殴り込んで叩き潰してしまった方がいい。
手持ちのポケモンを主力のそれと変え、全ての準備が済むとレオンは早速ルナと共に断層に向かった。
UFOの起動装置のボタンを押し、中に「R」ディスクをセットする。
『右方向ヘ準備完了。でぃすくヲ取ッテ、乗リ込ンデクダサイ』
装置から機械的な音声が次の指示を出す。
それに従い、二人は断層の上に突き出た乗り場からUFOに乗り込んだ。
UFOを起動させると、それはさっきと違いゆっくりと断層の上を右に向かって動き、その先にある断層に突き出ていたUFO乗り場に接舷して停まった。
UFOを降り、問題の建物の入り口に立つと、扉は意外なほどすんなりと開いた。
まださっき逃げた女戦闘員から連絡が入ってないのか、それとも誘っているのか。判断しかねるところだが、ここまで来た以上行くしかない。
二人は用心しながら建物の中に入る。
一本道の通路奥の扉前まで来た時、中から男の声が響いてきた。
「そろそろ本番いきま~す!」
——本番?
二人は思わず顔を見合わせ、そっと扉を開けて中を覗き込む。
そこはあまり大きくない部屋だった。中央奥の壁には両脇に円筒のライトがある大きなスクリーンが嵌め込まれ、その前に緩やかなカーブを描いたデスクが置いてある。
その左右には、それがよく映る様なアングルに一台ずつテレビカメラが設置され、床にはライトやカメラのコードが縦横無尽に何本も走っていた。
どうやらここはスタジオのようである。
「あー、あー、アンダーは晴天なり、アンダーは晴天なり」
カメラマンの男の本番の声に、アンダータイムに出ていたショートヘアの黒髪のアナウンサーが、マイクに向かって声の調子をチェックする。
その女の向こうに、淡いピンクの紗のベールで顔の下半分を隠した例のド派手美女がいた。
着ている白いドレスの丸く膨らんだ肩口からは扇形に袖が広がり、ドレスのスカートの裾にはピンクのフリルがあしらわれていた。腰辺りには菱形をした水色の宝石などがちりばめられて、きゅっと細い腰のくびれを彩っている。
そして、横にした金色の三日月のような装飾品に紗のマントを付けたモノを背負い、独特の怪しげなセンスを更に強調していた。
言わずと知れたこのアンダーの支配者にして、シャドーの幹部の一人であるヴィーナスだ。
もしやと思っていたのだが、やはりここに普段人前には出ない筈の彼女がいた。
ヴィーナスは自分が美しく映るアングルを気にし、カメラの角度を入念にチェックしていた。
どうやら本当にまだ連絡は入ってないらしい。実に好都合だった。
こっそりと身を潜めるのを止め、レオンは堂々とスタジオの中に入った。その後にプラスルを抱えたルナが続く。
「こらこら、勝手に動き回るんじゃない」
カメラマンが覗き込んでいたカメラの端に映った二人を
だが、レオンは構わずに真っ直ぐヴィーナスを目指す。
それに気付いたヴィーナスが、二人を追っ払うように手を振った。
「ほらほら、おジャマよ。もう直ぐ本番なんだから……って、あんた達、誰?」
ここには関係者以外入って来れない筈なのに、何処から来たのか……
細い形の良い眉を
レオンがゴーグルを取って素顔を
「あーっ、その顔知ってるゥ~。本部から送られて来たブラックリストに載ってたヤツよっ!」
大きく目を見開き、ヴィーナスが叫ぶ。
「どうやってここに!? でも、そんな事はどうでもいいわっ。わたくしがぶち倒してジャキラ様からご褒美頂いちゃうんだからっ!」
スチャっと何処から取り出したのか、手にしたモンスターボールを放り投げる。
現れたのは、尖った耳と尻尾の先、そして首回りの襟巻きのようなパープルの毛並みが美しいノーマルタイプのエネコロロと、金剛石よりも硬い鋼の体を持つと言われる、鋼と地面タイプを併せ持つハガネールだ。
前者は体長一メートル程で、ペットとして人気が高いピンクの体としぐさが愛くるしいエネコが、滅多に手に入らない超レアな「月の石」によって進化したもので、後者は体長九メートルにも及ぶ、岩の塊を長く繋ぎ合わせたような体をした地面と岩タイプを併せ持つイワークに、鋼タイプ技の威力を上げるアイテムである「メタルコート」を持たせて人と通信交換することによって進化させたものだ。
どちらも進化させるアイテムの入手が難しいレア度の高いポケモンだ。
対するレオンが出して来たポケモンは、飛行と草タイプを併せ持つ青い体のワタッコに、地面と水タイプを持つずんぐりとした体のヌオーだった。
ボールから出ると同時に、ワタッコはピョンっと飛び跳ねてレオンの頭に着地すると、すぐに湿りけがあって居心地良さそうなヌオーの頭に跳び移る。
それに気付かず、ぽやんとした顔で舌を出したヌオーがぼーっと立っている。
「いやん、なんてお間抜けな顔。短足胴長だし、全然美しくないわ」
ヴィーナスはヌオーを見るなり顔を
そして、美しくないモノはさっさと片付けるに限ると、自分のポケモン達に指示を出す。
「エネコロロ、あのずんぐりさんに『メロメロ』、ハガネールは『穴を掘る』よ」
「ワタッコ、エネコロロに『眠り粉』 ヌオーは『地震』だ」
すかさずレオンも指示を出す。
ワタッコが両手の綿毛を擦り合わせて眠りを誘う粉を飛ばすが、それをひらりと躱し、エネコロロは色っぽいしぐさで無数のピンクのハートをヌオーに飛ばす。
それを浴びたヌオーは、ぽおっと頬を赤らめさせる。
これでもうヌオーはエネコロロに夢中でバトルどころではなくなり、技も出せなくなる。
余裕を持ってハガネールが、輝く鋼の巨躯を回転させて床の下に潜る。
——と、
うっとりと、舌の上のお気に入りのアイテムである「先制のツメ」に
次の瞬間、
勢いをつけて全体重を乗せた『地震』をおみまいする。
床を鳴動させて激震がエネコロロに襲い掛かる。
足下から避けようもない激烈な一撃を受け、エネコロロはフラフラになった。
そして、地に潜ったハガネールの方はもっと酷かった。
『地震』は地面に与えた衝撃で、敵味方関係なく自分以外のバトルフィールド内にいる全ポケモンを攻撃する技だ。その中に潜っていたのだから、同時に四方八方から攻撃を受けたと同じになる。受けたダメージは地上にいる時の数倍にもなるだろう。加えて地面タイプではあるが、鋼タイプも併せ持っているハガネールにこの技は効果抜群だった。
全身に大ダメージを
一方、地面タイプの技を全く受け付けない飛行タイプでもあるワタッコは、ヌオーの攻撃など何処吹く風で、技を出した後はヌオーの頭の上でまったりとしている。
「ヌオー、もう一度『地震』だ」
間髪を
今度はすぐさまそれに反応し、ヌオーは特大の『地震』をぶちかます。
その凄まじさにハガネールは勿論の事、普通にしかダメージを受けない筈のエネコロロも堪える事は出来なかった。
「うっそォ!? エネコロロにメロメロなのに、どぉしてェ!?」
オスであれば、どんなポケモンだろうと
「バカね。ヌオーがそんな色香に惑わされるもんですか」
そう、さっきヌオーが頬を赤らめせたのはエネコロロにではなく、「先制のツメ」にだった。どうもお気に入りのアイテムの形状に新たな魅力を発見したらしい。
そうでなくとも既にヌオーは「先制のツメ」に夢中も夢中。それの為ならトレーナーの制止すらあっさり無視して、大暴走の一つや二つ軽くやってのける程の入れ込みようなのだ。それを、たかが『メロメロ』程度の技でヌオーの気が引けるなどと、
「んまっ、なんですってェっ」
呆れて思わず漏らしたルナの独り言を耳ざとく捉えたヴィーナスは、キッと生意気な小娘を睨み付けた。
「よくもわたくしの可愛いエネコロロを侮辱したわねぇ。見てらっしゃいっ」
と、次のポケモンを繰り出す。
一方は頭に角があるテルテル坊主のような形をしたカゲボウズの進化形で、赤い瞳に固くチャックを閉めた口を持つ、体長一メートル程の全身が黒い人形のような姿をしたゴーストタイプのジュペッタで、もう一方は頭に赤い大きなつぼみを乗せた草と毒タイプを兼ね備えたクサイハナに「リーフの石」を与えて進化させ、頭のつぼみが開き体長も倍近くの大きさになったラフレシアだ。
「ラフレシア、あの小娘にたっぷりと『毒の粉』をプレゼントしちゃいなさいっ」
頭の赤い花の黄色い花芯から出る毒花粉は人間にも良く効く。酷いアレルギー症状を引き起こし、そのまま放っておくと呼吸困難に陥って死んでしまう事だってあるのだ。
「プラスル、『守る』よ」
すかさずルナも、抱えている小柄なポケモンに指示を出す。
体を揺すってラフレシアが撒き散らした毒の粉は、一緒にいるルナと共にプラスルを中心に張り巡らされた守りの障壁に阻まれて四散した。
「ジュペッタ『シャドーボール』っ」
「プラスル、もう一度『守る』よ」
ムキになってヴィーナスが指示したジュペッタの『シャドーボール』だが、やはり完璧な防御を誇る『守る』の前には歯が立たなかった。
「きぃーっ、くやしーっ!」
思い通りにいかず、ヴィーナスは地団駄踏んで金切り声を上げる。
「ラフレシアっ、あの小娘に『毒の粉』でも『痺れ粉』でもいいから、今度こそ絶対浴びせちゃいなさいっ」
「プラスル、『守る』よ」
対してルナは、余裕を持ってプラスルに指示を出す。
それに応えてプラスルが技を出すが、今度は守りの壁が現れない。
「プラスル『守る』っ」
もう一度言うがやはり同じだ。
いくらプラスルが頑張って出そうとしても、周囲に障壁は現れない。
完璧に敵の攻撃を防いでくれる『守る』は、連続して使うと失敗する事があった。さっきから何度も使った所為で、守りの壁が上手く作れなくなったのだ。
「今よ、ラフレシアっ」
チャンスとばかり、ヴィーナスが声を上げる。
いきなりルナに攻撃し出した女幹部に驚いたレオンも、プラスルの『守る』が不発に終わったのを見るや指示を飛ばした。
「ワタッコ、ラフレシアに『眠り粉』だ」
その声に反応し、ピョンとヌオーの頭の上で跳ね飛びながら両手の綿毛を擦り合わせたワタッコが、体を揺すって毒の粉を撒き散らそうとするラフレシアに、眠りを誘う粉を浴びせようとする。
それをヴィーナスも黙って許しはしない。
「ジャマはさせなくてよ。ジュペッタ、綿ボンボンに『鬼火』をやっちゃいなさい」
ジュペッタの生み出した人魂のように浮かぶ火の玉が、すうっとヌオーの頭に乗るワタッコに迫る。
『鬼火』は相手に必ず火傷を負わせる炎タイプの技だ。あれを受けたら毒と同じ、時間が
「ヌオー『なみのり』だっ」
すかさずレオンも叫ぶ。
ジュペッタの放った火の玉とワタッコの間に、立ち塞がるように湧き上がった高波が、それごとラフレシアとジュペッタに覆い被さった。
火の玉を呑み込んだ高波を避ける事も出来ず、二匹は全身ずぶ濡れになる。
「んもうっ。ジャマばっかりしてェっ。なんて可愛くないのっ」
折角あの生意気な小娘に思い知らせてやれると思ったのに。
ヴィーナスは横槍を入れて台無しにしてくれたアッシュブロンドの少年を、キッと睨み据える。
レオンはそれを見返し、冷ややかに言い放った。
「バトルの相手は、この俺だ」
「そう。じゃあ、まずあんたからギッタギタのプッチプチにしてあげるわよっ」
自分に意見する小憎らしい少年にそう言い返し、ヴィーナスは傲然と指示を出す。
「ラフレシア『溶解液』 ジュペッタはあのブザイクに『シャドーボール』よっ」
「ワタッコは『綿ほうし』 ヌオーは『地震』だ」
ほぼ同時に出た指示に、断トツの素早さを誇るワタッコが最初に応えて技を出す。
両手の綿毛を擦り合わせてパッと綿の胞子を飛ばし、さっきの『なみのり』でびしょびしょになったヴィーナスのポケモン達の体に纏わり付かせて動きを鈍くさせる。
そこへ、漸く自分が「ずんぐり」とか「ブザイク」とか言われているのに気付いたヌオーが、ムッとした
バトルフィールド全体に激震が起こり、足下からラフレシアとジュペッタに襲い掛かる。
突き上げるような衝撃に吹き飛ばされ、二匹は激しく床に叩き付けられた。
技を出す事も出来ず、へたりと頭の花を残して体が潰れたラフレシアは、最後に花びらピクピクと揺らして力尽きた。そしてジュペッタもフラフラと体を揺らし、閉じていた口のチャックが全開になり、大口を開けて倒れ伏す。
「なんで、なんでェ!? お間抜け顔のくせして、どぉしてこんなに強いのよーっ」
「強さに顔は関係ないでしょ。それにヌオーの顔は間抜けてなんかいないわ。愛嬌があって可愛いわよ。貴女なんかよりずっと」
「わたくしより、このブサイクが可愛いですってェっ!?」
生意気な小娘にブザイク顔より劣ると言われ、自分の美しさに絶対の自信を持つヴィーナスはいきり立った。
「チンクシャのくせに、このわたくしを侮辱するなんて、もう絶対許さなくてよっ」
と、モンスターボールを放る。
割れたボールから
額には細長い六角形のブルークリスタルの額飾りのようなものがあり、その下から背中を覆うように紫の長い毛が波打っている。そして、尻から前の方へ、体の左右に分かれた長い二本の白い帯の様なものが、そよ風に吹かれている様にフワフワとたなびいていた。