未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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― ア ン ダー ―(9)

「こいつは……」

 何処となく既視感(デジャビュ)を覚える姿に、思わずレオンは表情(かお)を強張らせた。

 初めてみるポケモンで姿形も全く違うが、受ける印象がエンテイに似ている。(りん)としていて他者を寄せ付けず、全てを圧倒する威厳に満ちたポケモンだ。

 チンクシャと言われ、ムカッとなって言い返そうとしたルナは、ヴィーナスの出して来たポケモンの美しい水色の毛並みをした全身から、どす黒いオーラが噴き出しているのを見て、ハッとなった。

「レオン、そのポケモンはダークポケモンよ」

「そうよ、よく分かったわね」

 ヴィーナスが得意満面の笑みを浮かべる。

「強くて美しいこのスイクンこそ、わたくしに最も相応しいポケモンなのよ」

「スイクンですって……!?」

 うっとりとした表情で、自分のポケモンを自慢するシャドーの女幹部の言葉に愕然としたルナが叫ぶ。

「レオン、気を付けてっ。そのポケモンはエンテイと同じ、伝説のポケモンよっ」

 以前、バトル山で彼がシャドーの幹部の一人であるダキムとバトルしている時、助けたエリアリーダーのセネティから聞いたのだ。ダキムの使っているエンテイは、ジョウトという地方で伝説のポケモンと言われている内の一匹だと。

 そして、エンテイと同等の力を持つポケモンは後二匹いて、その一匹が濁った水も一瞬で清める力を持つ、北風の化身とも()われる水タイプのポケモン——このスイクンだった。

 ——やっぱりそうか……

 受ける印象が似ているからもしやと思ったが、エンテイの他にまだ伝説のポケモンがいたとは。

 バトル山でエンテイとバトルした時の記憶が蘇り、レオンは顔を(しか)め、思わず胸を押さえた手を固く握りしめた。

 あの時、倒れて自分のボールに戻ろうとしたエンテイをスナッチできたのは、単に運が良かったというより、殆ど奇跡に近かった。本来なら倒れてしまったポケモンはスナッチできないのだ。もう一度同じ事をやれと言われても、二度とは出来ない。

 そのエンテイと同じ伝説のポケモンとして並び称されるこのスイクンを、果たして自分はスナッチできるのか、あの時の事を考えるとレオンには全く自信がなかった。

「うふふっ、この美しいスイクンの華麗な技で、すぐにギッタギタのプッチプチのしてあげてよ」

「何処が『美しい』よっ!」

 もう勝った気になっているシャドーの女幹部に憤然と言い放ったルナの言葉に、スイクンのスナッチを躊躇(ちゅうちょ)していたレオンはハッとなった。

「そんな体中から黒いオーラを噴き出させているスイクンなんて、全然美しくなんかないわっ。折角綺麗な毛並みしてるのに、こんなの可哀想じゃないっ!」

「お黙りっ、チンクシャ小娘っ!」

 黒いオーラなど全然見えないヴィーナスは、訳の分からない言いがかりで自慢のポケモンを(けな)され、(まなじり)を吊り上げた。

「スイクン『なみのり』よっ。おまえを侮辱する小娘を洗い流しておやりなさいっ」

「ヌオーっ、おまえの『なみのり』で相手の『なみのり』を相殺するんだっ」

 ほぼ同時に、スイクンとヌオーの眼前にそそり立った高波が、バトルフィールド中央で激しくぶつかり、飛沫(しぶき)を散らして押し返される。

 今度はプラスルが上手く出せた『守る』のお陰でルナは無事だったが、レオンとヴィーナスは反動を付けて戻って来た波を被ってずぶ濡れになった。

「んもうっ、このおジャマ虫っ!」

 全身びしょびしょにされ、ヴィーナスがヒステリックに金切り声を上げる。

 それに冷然とレオンは応えた。

「バトルの相手はこの俺だと言った筈だ」

 スナッチできるだろうかではなく、やらなければならないのだ。そう誓ったのは他ならぬ自分自身なのだから。ダークポケモンにされた全てのポケモンをスナッチすると。その為に、今自分はこうしてバトルしているのだ。

 ダキムの時と違い、あの女幹部はヌオーをブザイクだと侮り、ルナの挑発に乗って攻撃を全て彼女に集中してくれたお陰で、こちらは無傷も同然だ。手持ち全部で伝説のポケモンに挑む事が出来る。

 迷いを吹っ切り、再び強い意志を宿した琥珀色の双眸で対峙するスイクンを見据え、レオンは濡れた前髪を片手でかき上げて指示を飛ばす。

「ワタッコは『眠り粉』 ヌオーはもう一度『なみのり』だ」

「躱して、あのブザイクに『ダークラッシュ』よ」

 慌ててヴィーナスも指示を出す。

 ヒラリと横に跳んでワタッコの『眠り粉』を避けると、スイクンは迫り来る高波を見据えて身を低くし、タイミングを測ってジャンプした。

 一気に高波を跳び越え、そのまま勢いを殺さずにヌオーに『ダークラッシュ』をおみまいする。

 すかさず頭から跳び降りたワタッコに気付かず、モロにそれを受けたヌオーは大きく仰け反りながらも、太い尻尾に力を入れて支えにし、何とか倒れずに済んだ。

 流石に伝説のポケモンだけあって、一筋縄にはいかない。

「ワタッコは『綿胞子』 ヌオーは『あくび』だ」

 真綿のような胞子をスイクンの体に纏わりつかせる事で、少しでも動きを鈍くし、『あくび』によって眠りを誘う。

「あのお間抜け顔に、もう一度『ダークラッシュ』よ」

 それに応え、スイクンが一足飛びでヌオーに迫り、攻撃をぶち当てる。

 仰け反ってぐらりと体を泳がせながらも、何とかそれに堪えたヌオーは大きく口を開けて、まだ目の前にいるスイクンに『あくび』をする。

「ワタッコ、もう一度『綿胞子』 ヌオーは『叩き付ける』だ」

「スイクン、あの鈍感ブザイクに『ダークラッシュ』よ。今度こそぶち倒すのよっ」

 発破を掛けられ、スイクンは真綿の胞子で更に動きを鈍らされながらも、ヌオーが叩き付けて来る太い尻尾を紙一重で避けて『ダークラッシュ』を決める。

 立て続けに三回も『ダークラッシュ』を喰らい、その一つがモロに急所に入ったヌオーは、今の一撃で限界だった。

 踏ん張ろうにも支えにしていた太い尻尾に力が入らず、「先制のツメ」をしっかりと口の中に入れたままコテリと横倒しになって力尽きる。

 中々ヌオーの頭の上に戻れなかったワタッコが、未練がましそうな表情(かお)をしてレオンを見返し、次に出てくる相棒に期待を寄せる。

 一方、スイクンも技を決めた直後、先程の『あくび』が漸く効いたのか、急激に睡魔が襲ってきて眠ってしまった。

「いや~んっ、ぶち倒したの、まだブザイク一匹なのにィ」

 眠ってしまうなんて信じられない。

「ワタッコ『メガドレイン』だ」

 倒れたヌオーをボールに戻し、レオンはワタッコに指示を出しながら長年の相棒の片割れを呼び出した。

 ブラッキーでは小さくて乗れないと、ガッカリしながらワタッコは、それでも両手の綿毛を擦り合わせて飛ばした胞子で、立ったまま眠るスイクンから体力を奪い取る。

 効果抜群の技で一気に体力を奪われ、一瞬ガクっと前足を折って前のめりになったスイクンだが、すぐに元の姿勢に戻る。

 かなり効いているようだが、まだ体力に余裕があるようだ。

 だが、眠っている今がチャンスである。

 一か八か、レオンは最もポケモンをゲットしやすいハイパーボールを左手に取り、左肩と手甲に装着したマシンでそれをスナッチ可能なボールへと変貌させ、眠るスイクンに投げつける。

 ボールから(まばゆ)い光が(ほとばし)り、スイクンの体を絡め取ってボールの中に引きずり込む。

 だが、すぐにボールが開き、出てきてしまう。

「ブラッキー『秘密の力』だ」

 更に体力を削り、もう一度ハイパーのスナッチボールを放る。

 しかし、結果は同じである。

「スイクンはわたくしが好きなのよ。いくら頑張ったって、スナッチなんて出来るものですか」

 口に手を添えて高笑いし、ヴィーナスは自信たっぷりに言い放つ。

「さあスイクン、いいコだから目を覚ますのよ」

 その色気たっぷりの呼び掛けに、スイクンがぱっちりと目を覚ます。

「いいわよォ、スイクン。寝起きの『なみのり』一発決めちゃってェっ」

「ワタッコは『眠り粉』 ブラッキーは『かみつく』だ。やつの動きを止めろ」

 すかさずレオンも指示を飛ばす。

 が、僅かにスイクンの方が早かった。

 頭上高く()り上がった青い波が、怒涛の勢いでレオンの頭に跳び乗り損ねたワタッコ共々ブラッキーを呑み込んでいく。

「ブラッキーっ、ワタッコっ」

 思わず叫んだレオンの声に、ブルブルっと濡れた全身を振って水気を払った二匹は、元気にそれに応えてすかさず攻撃に転じた。

 ワタッコが両手の綿毛を擦り合わせて広範囲に大量の眠りの粉を飛ばす。

 それを避けようと横に跳びかけたスイクンに、先回りしていたブラッキーが跳びつき、思いっ切り噛み付いた。

 その痛みに一瞬スイクンの動きが止まる。

 そこへ、大量の眠りを誘う粉が降り注いだ。

 噛み付くと同時に素早く跳び退いたブラッキーは無事だったが、噛み付かれて怯んだスイクンは、咄嗟に避けることが出来ずにそれをモロに浴びてしまう。

 そこへすぐさまレオンがスナッチボールを投げつける。

 スイクンを取り込んだボールは床の上で激しく揺れ、そして、再びボールから光が(ほとばし)った。

「んふふんっ、何度やってもムダよお。スイクンはわたくしにメロメロなんですもの」

「そんなワケないでしょ。スイクンはダークポケモンにされて、人工的に心を閉ざされているんだから、好き嫌いの感情なんて今のスイクンにはないわよ」

「んもうっ、一々五月蠅(うるさ)いチンクシャね」

「何よっ、さっきから人の事チンクシャ呼ばわりしてっ。気色悪い色気振り撒く貴女なんか、ファッションセンス最悪の化粧オバケじゃないっ」

「な、なんですってェっっ!」

 柳眉を逆立て、ヴィーナスは小生意気な少女を()め付けた。

「わたくしのこの抜群のファッションセンスの何処が最悪で、化粧オバケなのよっ」

「教えなきゃ分からないなんて、ちょー最悪ね。センス以前の問題だわ」

「くぅーっ、なんて口の減らないチンクシャ小娘なのっ」

「何よっ。貴女こそベールで顔隠しちゃって、素顔に自信がないんでしょっ」

 と、ルナも睨み返して負けじと言い返す。

 そんなバトルフィールド外での熾烈な女の戦いとは対照的に、レオンは眠るスイクンと対峙して、静かに厳しい闘いを繰り広げていた。

 次のボールを手に取って投げる。

 しかし、またも結果は同じだった。

 スイクンが目覚める度にブラッキーがその動きを押さえ、ワタッコの『眠り粉』を浴びせ眠らせてからスナッチボールを放っているが、さっきからこの繰り返しである。

 眠っている今がチャンスなのに、すぐにスイクンは出てきてしまう。

 体力も『ダークラッシュ』の反動や、こちらの攻撃でかなり落ちている筈だった。これ以上弱らせては倒れてしまう危険性が高い。また、ルナとの舌戦に飽きた女幹部が、放置していたスイクンに『ダークラッシュ』を命じても、それは同じだ。

 それに、ワタッコの『眠り粉』にも限りがある。何度も使ってそろそろ品切れの筈だ。

 なんとしても今すぐ決着を付けなければ、エンテイの二の舞になってしまう。そうなれば、今度は上手くスナッチできる可能性は殆どないと言っていい。奇跡などに頼るのは愚の骨頂だ。

 後がないレオンは、すぐさまポケットから次のボールを取り出した。

 が、使う為に大きくしたボールの模様がハイパーのそれと違う事に気付き、ふと手に持つボールに目を留める。

 ハイパーボールの模様は上半分が黒地に黄色い模様が入っているが、これは上半分がマリンブルーの地に黒い網目模様が付いていた。

 ——これは……

 確かネットボールというヤツだ。

 スナッチ団アジトに向かう途中、ボールの補充の為に寄った例の機関車の(さび)れたスタンドで、そこの趣味人のマスターに特殊な機能のモンスターボールを仕入れたから買わないかと持ち掛けられ、それの模様を気に入ったルナに押し切られる形で買ったものの一つだ。

 そのマスターの説明では、このネットボールは虫と水タイプのポケモンに使うと、捕まえられる確率がアップするという。

 そして、うまい具合にスイクンは水タイプだった。これを使えばスナッチできるかも知れない。

 だが、今まで見た事も聞いた事も無い、胡散臭い機能のモンスターボールだ。果たして効果があるのだろうか。

 今一信用できない新機能のボールを使うのを、レオンは一瞬躊躇(ちゅうちょ)した。

 『眠り粉』の効果が切れたのか、スイクンが目を覚ます。

 もう躊躇(ためら)っているヒマはない。

「ワタッコっ、『眠り粉』っ!」

 だが、ワタッコが両手の綿毛を擦り合わせるが、粉が出て来ない。

 スイクンが避けられないよう何度も大量の眠り粉をばら撒いた所為か、まだ少し余裕がある筈の『眠り粉』がとうとう尽きてしまったのだ。

「ブラッキー、『あやしい光』だっ」

 眠らせられないのなら、混乱して訳が分らなくなっている内にスナッチする。

 一縷(いちる)の望みに賭け、レオンはそれを左肩のマシンでスナッチ可能なボールに造り変えると、ブラッキーの『あやしい光』を浴びて混乱するスイクンに投げ付ける。

 ボールから(ほとばし)る光が、ネット状に広がってスイクンの体を絡め取る。

 スイクンを取り込んだマリンブルーのボールは、床の上で何度も激しく左右に揺れる。

 今までの様にすぐに出ては来ないが、それでも中でスイクンが抵抗している所為で、揺れは一向に止まる気配がない。今にも飛び出て来そうな感じだ。

 ——やっぱりこれでもダメか……

 唇を噛み締め、レオンは次のボールを手にした。

 その時である。

 激しく揺れていたマリンブルーのボールが、勢いが余ってコロコロと転がり、レオンの足に当った。

 そして、跳ね返ってコロリと一回転すると、そのまま静かに停止する。

「やったわっ、レオン!」

 何時の間にか舌戦を止め、固唾を呑んで成り行きを見守っていたルナが、跳び上がって喜びの声を上げる。

「うっそ~っ!? わたくしのスイクンが、あんなジャリンチョにスナッチされるなんて~っ」

 信じ難い事を()の当たりにして、ヴィーナスは額に手の甲を当ててヨロリとよろけ、スタジオのデスクに寄り掛かった。

「あわわ……、ヴィーナス様がやられたっ!」

 一部始終を見ていたスタジオ内のアンダータイムの番組スタッフは、まさかの事態に愕然となった。

 そんな中、レオンはやや呆然としてスイクンの入ったネットボールを拾い上げた。

 まさかこれで本当にスナッチ出来るとは思わなかった。もっとも新機能の効果というより、単に何度もボールに取り込まれた所為で、捕まりやすくなっていた処たまたまこのボールでスナッチできただけかもしれない。

 ふと、何かの視線を感じて振り返る。

 そこに逃げ腰のスタップ達が、恐々と自分の様子を窺っていた。

 目と目が合う。

「うわーっ! 逃げろーっ!」

 恐怖に駆られて一人がそう喚いて身を翻すと、他の連中も我先にと一目散に出口に向かって逃げて行く。

 後に残ったのは、レオンとルナ、そして、置き去りにされたヴィーナスただ一人だけだった。

「きーっ、くやし~っ! なんでこんなジャリンチョにわたくしがやられるの!?」

 ショックから立ち直ったヴィーナスは、手にしたレースのハンカチの端を噛んで思いっ切り引っ張り、ぎっとアッシュブロンドの少年を()め付ける。

「いいことっ! この借りはきっと返すから、覚えていらっしゃいっ!」

 手に持っていた中身を奪われたモンスターボールを二人に投げ付けると、ヴィーナスは身を翻し、スタジオ奥の階段を脱兎の勢いで駆け下りて行った。

 




 ゲームのヴィーナス戦でヒロインとの舌戦はありません。気が付いたらいつの間にか主人公そっちのけで苛烈な女の戦いが繰り広げられていました。
 止めようにも自分は怖くて手出しできなかったので、主人公に頑張ってもらいました。
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