「逃がすかっ!」
ミラーボとダキムの時は怪我の所為で後が追えずに逃がしてしまったが、今度こそ捕まえて、ダークポケモン計画の全貌と研究所の場所を白状させてやる。
レオン達はヴィーナスの後を追って階段を駆け下りた。
薄暗い通路に出る。
柱ごとに申し訳程度の
その通路の一番奥に、
裾の長いドレスにハイヒールだというのに、中々足が速い。
ヴィーナスは目の前の扉が開くと同時に、また駆け出して先に行く。
二人もそれを追って、開きっぱなしの扉を潜り抜けた。
そこはちょっとしたホールのようになっていて、その先の通路は二つに分かれている。
ヴィーナスはどっちに行ったのか、一瞬ルナは迷ったが、レオンは真っ直ぐに右の通路に向かった。そっちから足音が聞こえたのだ。
狭い通路を抜けると一気に視界が開け、ついでに足下も開けて目も
地下の町であるアンダーの更に地下に、こんな施設があるとは驚きである。
そして、目指すヴィーナスはエレベーターの前にいた。
「待てっ!」
二人はシャドーの女幹部の許に急いだ。
が、今一歩間に合わなかった。
二人がそこに着いた途端、目と鼻の先でエレベーターの扉が閉まり、ニンマリ笑うヴィーナスを乗せて一気に下へと降りて行ったのだ。
「くっ」
柱に拳を打ち付け、降って行くエレベーターを悔しげに見送ったレオンは、すぐさま先程のホールに取って返し、左の通路を抜けた。
そこはさっき見たエレベーターの周りにある階段に出るのだ。
降りて行ったエレベーターが戻って来るのを待つより、階段を降りた方が早い。
二人は一気に階段を駆け降りた。
——と、
降りた階段の先にある踊り場に、そこを塞ぐように一人の女が立っていた。
青い髪にサングラスを乗せ、縦縞模様のオレンジのTシャツの上に紺のベストを羽織り、同色の長ズボンを履いたワイルドな格好の女だ。
「おっと。見掛けない顔だね。誰だい、あんた達?」
「そこを退けっ」
女の質問に答えず、苛立たしげにレオンが言い返す。
「このヘシティ様に向かって、大層な口のきき方だね」
目を細めて女は鼻を鳴らした。
「スパイは捕まったって聞いたんだけど、その様子じゃ、あんた達もそうってことかい。ここは通さないよっ!」
啖呵を切って、ヘシティが手持ちのポケモンを繰り出す。
出て来たのは、額に一房の巻き毛がある、体長五十センチ程のまん丸なピンクの体に小さな耳と手足がついた、つぶらな瞳が愛くるしいノーマルタイプのププリンの進化形であるプリンと、薄暗い森の落ち葉を好む、四十センチ程の緑色の体に緑の斑点を付けたベージュの茸の笠を被ったような姿の草タイプのキノココである。
対してレオンは、炎タイプのバクフーンと飛行とドラゴンタイプを兼ね備えたチルタリスを出した。
どちらもさっきのバトルで出してないので、気力も体力も十分ある。
レオンとバトルできるのが嬉しいチルタリスは、バサリと広げたふんわりとした白い翼を畳んで生真面目に構える。
その横で不安そうにビクビクしていたバクフーンが後ろを振り返る。目が合いレオンが力強く頷いてそれ応えてやると、安心したように前を見据えて身構えた。
どうやらレオンの存在が、自信なさげなバクフーンに勇気を与えているようだ。
「プリン、水色の鳥ポケモンに『往復ビンタ』 キノココは『頭突き』だよ」
『チルタリス、躱してキノココに『空を飛ぶ』 バクフーンはプリンに『瓦割り』だ』
「なっ!?」
炎タイプなのに『瓦割り』だって!?
少年の指示にヘシティは
炎タイプのバクフーンは、自力で格闘タイプ技の『瓦割り』は覚えない。これは進化した事で足腰がしっかりして、後ろ足で立ち上がっても安定して立っていられるようになったバクフーンが、技マシンによって覚える事が可能になった技の一つである。
レオンは前々から自分の主力にしているポケモンに、ノーマルタイプに効果的な技が無い事を気にしていたのだが、バクフーンが比較的威力の高い格闘タイプ技のこれを覚えるのが分かると、すぐさまローガンから譲り受けた技マシンの中にあった『瓦割り』を覚えさせたのだ。
大きな白い翼を羽ばたかせてチルタリスが宙高く飛び上がり、プリンとキノココの攻撃を躱す。
そこへバクフーンが闘気を宿した前足を、ビンタが空振りしてたたらを踏むプリンのまん丸なピンクの体に叩き込む。
効果抜群の技に吹っ飛ばされ、プリンは脇にあるエレベーターの柱にビタンっとぶつかり、跳ね返って戻って来た。
「バクフーン、もう一度プリンに『瓦割り』」
「躱しな、プリンっ。キノココは『頭突き』で止めるんだっ」
しかし、素早さで劣るキノココが頭突く前に、バクフーンはフラフラになったプリンに技を決め、その直後に宙高くから急降下して来たチルタリスの苛烈な一撃がキノココに浴びせられる。
共に効果抜群の攻撃にプリンもキノココも堪える事ができなかった。
が、チルタリスも攻撃の時にキノココの胞子を吸って眠ってしまう。
「ちっ」
一匹眠らせはしたものの、自分は二匹ともあっさり倒されたヘシティは、舌打ちして次のポケモンを出して来た。
体長一メートル程の体に大きなカギ爪の前足と後ろ足の間に皮膜があり、それで空を飛ぶことが出来る地面と飛行を兼ね備えた珍しいタイプのグライガーと、それより小柄な茶色い体に、額に三日月の印がある愛らしい顔をしている反面、両手足の爪は鋭く尖り、攻撃力の高いノーマルタイプのヒメグマだ。
「レオンっ、あの大きなカギ爪のポケモンは、ダークポケモンよ」
ルナのその声に、レオンは相手が新しいポケモンを出すや否や、二匹に指示を飛ばす。
ヒメグマをバクフーンの『瓦割り』で叩きのめし、呼び掛けに応えてすぐ目を覚ましてくれたチルタリスの『龍の息吹』でグライガーを麻痺させてスナッチする。
「う…そ……」
あっさり勝負がついて、ヘシティは呆然となった。
「負けた……、コロシアムで優勝したこのあたしが……」
「そこを退けっ」
強い口調でレオンが迫る。
ビクっと肩を震わせ、さっきの強気はどこへやら、ヘシティは目に一杯涙を溜めてアッシュブロンドの少年を見返した。
「びえぇ~~」
いきなり泣き出す。
付き合い切れない。
レオンは泣き出した青髪の女を押し退けて先に進んだ。
背後で盛大に泣く女の声がする。
「なんかあの
あの青い髪の女はコロシアムで優勝したと言っていた。多分今まで一度もこんな風にボロ負けした事が無いんだろう。
何となく泣きたい気持ちが解らなくもないルナは後ろ髪を引かれ、チラリと女の方を顧みてぽつりと漏らす。
だが、ルナに泣かれるとどうしていいか分からず
泣く女などもはや眼中になく、ルナの呟きを平然と無視して先を急ぐ。
ぐるりとエレベーターの周りを回った階段を降りて次の踊り場に出た二人は、そこでまた、赤い線の入ったバンダナを被り、肩に掛かる長さの茶髪の女と対峙した。
「上が
仲間を
それに応え、レオンもボールを手に取る。
が、やはりこの女も彼の敵ではなかった。
「こ、この強さは何っ!?」
愕然とする茶髪女を
そうして踊り場ごとに現れる敵のダークポケモンをスナッチしながら、レオン達はやっと階段を降り切った。
とはいえ、バトルしながらだったので思った以上に時間を喰い、そこで止まっていたエレベーターにヴィーナスの姿は無かった。
これならエレベーターを待っていた方が良かったかもしれない。とはいえ階段を降りる途中で、新たに何匹かダークポケモンを手に入れられたのだから、全く無意味だったわけではないだろう。
それにヴィーナスが下に降りたままなのは間違いないのだ。
ここから彼女が何処に逃げたのか、二人が辺りを見回すと、エレベーターの左奥の岩壁にぽっかりと大きな穴が開いていた。その上に白いネオンで「STATION」と書かれた文字が見える。
確かシルバは、シャドーの連中はこのアンダーの何処かにある鉄道を利用して、ここにダークポケモンを運び込んでいたと言っていた。その鉄道の駅がここだとしたら、この先にあの女幹部がいるに違いない。
用心しながら二人はその穴に足を踏み入れた。
穴の中は石が敷き詰められた通路になっていた。壁に小さな電灯が
そこを通り抜けた先はかなり広い空洞だった。あちこち設置された明るいライトが空洞の中にあるプラットホームを照らし、線路にはリニア式の三両編成になった電車が停まっていた。
そして、その電車の脇のプラットホームで、ヴィーナスが二人の女戦闘員に向かって話をしている。
「とにかく、ジャマが入らない内にダークポケモン研究所に行って、ボルグと合流するわ!」
「待ちなさいっ!」
「きゃ~っ、きゃ~っ、こんな所まで来ちゃいや~んっ!」
自分を見付けてプラットホームに駆け込んで来た二人に、ヴィーナスは
二人の女戦闘員も、やって来た二人が自分達を負かしたあの連中と気付いて
「ヴィ、ヴィーナス様っ」
「ダメだわ。あいつらに見られたからには研究所には行けないわ」
きゅっと、ヴィーナスは形の良い親指を噛み締める。
「ではどうすれば……」
「さあ、観念しなさい。もう逃げられないわよっ」
やっと追い付いたルナが、レオンと共に三人の前に立ち塞がる。
「誰が、あんたらなんかに捕まるもんですか」
さっとヴィーナスは身を翻して電車の中に飛び込み、部下の二人もそれに続く。
逃がすまいとレオン達も電車に乗り込んだ。
運転席から扉を開けて次の車両に出ると、そこは両脇に鎖で繋がれた大小様々な空の檻が山積みになっていた。どうやらこの車両でダークポケモンを運んでいたらしい。
だが、そこにはシャドーの女幹部達の姿は無かった。
そこを通り抜け、二人は次の車両——反対方向の運転席に出たが、やはり三人の姿はなかった。
「おーほほほっ! まんまと騙されたわね。ほ~ら、そのダークライナーを動かす為のカギはここよ」
不意に高らかに
見ると外のプラットホームで、ヴィーナスが二人に見せびらかすように鍵を持った手を挙げている。
しかし、電車から出ようにも、扉はロックされているらしく、どうやっても開かない。
「あんたらに使わせるもんですか。べえ~だ」
と、ヴィーナスは思いっ切り舌を出し、
「今度こそ、本当にバイバイするわ。覚えていらっしゃいっ!!」
そう捨て
「くそっ」
開かない扉に見切りをつけ、レオンは身を翻して最初に乗り込んだ車両まで引き返したが、やはりそこも鍵が掛かっていた。
このままではまた取り逃がしてしまう。
レオンはベルトからモンスターボールを取り、バクフーンを呼び出した。
姿を現わしたバクフーンは回りを見回し、扉の向こうに見える隣の車両の鎖で繋がれた檻を見るなり、ビクリと体を震わせてレオンにしがみついてきた。
もしかしたら、ダークポケモンにされるポケモンもこれで運んでいたのかもしれない。無理矢理ここの檻に入れられた時の恐怖を、バクフーンは思い出したのだろう。
「バクフーン、大丈夫だ。おまえを二度とあんな目に合わせはしない。だから、そこの扉の鍵穴に向かって『瓦割り』だ」
優しく声を掛けてバクフーンを宥めると、レオンは鋭く命じた。
その声に勇気付けられたバクフーンは、勢いよく前足を振り上げると、レオンの示した扉の鍵穴に向かって叩き込む。
ボコっと
上手い具合に鍵が壊れてくれたらしい。
バクフーンをボールに戻すと、レオンは体を開いた扉の隙間に押し込んで外に出、三人の後を追って駅の外に向かった。
だが、既にヴィーナス達の姿は何処にもない。またエレベーターに乗って上に行ったらしい。
ボタンを押してみるが、追って来られないように止めていったらしく、エレベーターが動く気配は全くなかった。
また階段を使うしかない。
エレベーターを諦め、レオンが階段に向かった時だった。
「待って、レオン」
少し遅れてやってきたルナが彼を呼び止める。
振り返って見ると、彼女は駅の入り口付近で何か光る物を拾い、レオンに見えるように頭上に
それは、さっきヴィーナスがこれ見よがしに自分達に見せた、あのダークライナーの鍵だった。
逃げる途中で落としていったらしい。なんとも間抜けな奴である。
それを受け取ったレオンは、このままヴィーナスを追うべきか一瞬迷った。
が、すぐに駅の中に引き返す。
あのダークライナーの行先は多分ダークポケモン研究所だ。シャドーの陰謀の
それに、わざわざ自分達が捕まえに行かなくとも、今頃出口のあのエレベーターはシルバから話を聞いた署長が固め、虫ポケモン一匹逃がさないようにしているに違いない。どのみちヴィーナスは逃げられないだろう。
レオンは先頭車両に乗り込むと、壊した半開きの扉を何とか閉め、運転席の制御パネルに鍵を差し込んで回した。
身震いするような鈍い震動が車両全体に伝わると、パッとヘッドライトが
レオンが制御パネルに付いているレバーを前に倒すと、ダークライナーは線路の上を滑るように走り出した。
地下深くに造られたトンネルは、何処までも続いて先が全く見えなかった。終点であるダークポケモン研究所にはまだ当分着きそうにない。
その間に、レオンは着いた時の事を考え、ポケモン達の体調を手持ちの薬で全回復させる。ダークポケモンだった四匹は、やはりこの電車の記憶が残っているのか、一様に怯えた様子を見せていた。
レオンはバクフーンにしたように、他の三匹にも優しく声を掛けて安心させてから彼等をボールに戻した。
どれ位たっただろうか、不意に自動制御のブレーキがかかり、徐々にスピードが落ちて来た。
そして、いきなりライトに照らされた広い空間に出たかと思ったら、プラットホームのある場所に静かに停まる。
終点の駅に着いたのだ。ダークポケモン研究所の。
扉を開け、プラットホームに出ると。そこにはシャドーの戦闘員の男が二人出迎えに待っていた。
「よう、お疲れさんっ!」
片手を挙げ、気安げに声を掛けてくる。
が、二人の他に誰もダークライナーから降りてこないのを見て、怪訝そうな顔になる。
「あれ? 今日はヴィーナス様が来られるんじゃなかったか?」
「ちょっと待て、この顔何処かで見た事があるぞ……」
もう一人の男が、アッシュブロンドの少年の顔をじーっと見据え、そして、ハッとなった。
「判ったっ、ブラックリストだ!!」
「ってことは、おまえ達はレオンとルナだなっ!! なんでここにっ!?」
二人のシャドー戦闘員は
アンダーから、密かに憧れていたお色気美人の女幹部がやって来るとばかり思っていたのに、
「くっ、マズいぞ。今ここでダークポケモン研究所に入れるわけにはいかんっ!」
慌てて男達は身を返し、ダークライナーの反対側にあるプラットホームの研究所に通じる扉の中に逃げ込んだ。
「待ちなさいっ」
その後をルナが追う。
閉まった扉の隙間から、微かに閃光が走った。
「危ないっ」
咄嗟にレオンはルナの手を掴んで引き戻すと、彼女を抱いてダークライナーの陰に跳び込んだ。
同時に大音響と共に爆発が起こり、扉が吹っ飛ぶ。
シャドー戦闘員達が、二人が追って来られないように爆破したのだ。
だが、爆発はそれで終わらなかった。
今の爆風で扉近くに放置されていたコンテナも吹っ飛び、それが壁に激突して爆発したのだ。
どうやら衝撃を与えると爆発してしまう薬品でも入っていたらしい。それも一つや二つではないようだ。
立て続けに起こった爆発に駅全体が鳴動し、天井のコンクリートが次々に剥がれ落ちて来る。
ここに居ては危険だ。
「乗るんだっ」
ルナを電車の中に押し込んだレオンは、プラットホームの床に転がり伏せた時に、目の端を
落ちて来た瓦礫が電車の屋根にぶつかり、車内に激しい音を響かせる中、レオンは運転席の制御パネルから鍵を引き抜くと、一気に車両を駆け抜け、後方の運転席のそれに鍵を差し込んで回した。
鈍い音と共に最後尾のライトが点り、ふわっと車体が浮き上がる。
すかさずレオンは制御パネルのレバーを思いっ切り前に押し倒した。
滑るようにダークライナーが動き出し、崩れ落ちる駅の構内を走り抜ける。
崩落する駅が見る見るうちに後方へと遠ざかり、ダークライナーは二人の安堵と失望を乗せ、薄暗いトンネルの中をアンダーに向けて走り続けた。