未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―町外れのスタンド―(5)

 星の瞬く夜の帳が大地と接する地平線から白み始めると、氷点下まで下がった気温が顔を出し始めた陽の光に(さら)されて一気に上昇し始める。

 そんな何時もの様に代わり映えのしない砂漠の風景の中に、これまた代わり映えのしないくすんだ黒塗り機関車が一両佇んでいた。

 スタンドに改造されたその内部、店の最奥にあるトイレの個室より更に奥に造られた寝室から出て来た厳つい顔のマスターは、欠伸を一つかみ殺すと早速開店の準備をし出す。

 軽く店の中を掃除し、まとめた埃などを扉を開けた入口の外に掃き出していく。

 宙を舞ったホコリは、さっと乾いた風にさらわれ、一瞬後には遥か彼方に散って行った。

「ふむ、今日は風が強いようだな」

 外の階段の上に積もった砂を掃き落とすと、マスターはしっかりと入口の扉を閉めた。

 店内の掃除が粗方終わったところで壁のテレビを付けてカウンターに入り、簡単に朝食を済ませる。そして常連客の顔を思い浮かべながら、今日注文されると思われる料理の下準備をする。

 後は何時もの連中が来るまで適当に時間を潰す。それが町外れのスタンドのマスターの何時もの日課だった。

 陽が完全に天空に昇り、上昇した気温の熱にじりじりと機関車の外板が熱せられる頃、まず一人目がやって来る。

「マスター。何時ものヤツを頼みますね」

 軽く片手を挙げて挨拶をすると、そのままカウンターの脇を通り抜け、壁のテレビの真ん前の席に陣取った。

 そして、マスターが持って来てくれたローストポークと野菜のサンドイッチと冷たいポタージュを食べながら、朝のテレビのニュースを見る。

 テレビ前の優男が二つ目のサンドイッチを食べ終わる頃、二人目がやって来た。

「やあ、マスター。何時ものヤツ」

 そう言いながら、テレビ前の優男に軽く目で挨拶を交わし、カウンターの何時もの席に男は座る。

 マスターは無言で、そろそろ来る事だと用意していたストレートのアイスコーヒーとつまみのクラッカーとミックスナッツを出す。

 男はまずアイスコーヒーで道中乾いた喉を潤し、カウンターに頬杖を突きながらナッツとクラッカーを頬張ってテレビを眺めた。

 それから一時間程経った頃、三人目が文句を口にしながら入って来る。

「ったく、なんて日だい。服が皆砂だらけだよ」

 被っていたツバ広の帽子を取って叩き、肩から体全体を覆うように掛けた大きめのストールの砂を払い落とす。

「今日は風が強いようだからな」

「そうですね。砂嵐とまではいきませんが、うっかり口を開けていると、口の中がじゃりじゃりですよ。わっはっは」

 と、カウンターとテレビ前からすかさず声が上がる。

「マスター、何時ものヤツを持って来ておくれ」

 ふんっと鼻を鳴らして男達の声に応え、壮年の女性客は払った砂をその場に残して二人の常連客の脇を通り抜け、何時もの自分の席に座った。

 そこへマスターが持って来たのは、熱々のコーヒーだ。

 どんなに外が暑かろうと、彼女の頼むコーヒーは舌が火傷するくらい熱いヤツだ。

 そこへたっぷりとミルクと砂糖を入れ、スプーンで十分かき回した後で、ずずっと音を立てて少しずつ飲んでいく。熱いので一気に飲めないからだ。

 何時ものことながら、男達には理解できない好みである。

 そうしてテレビの音を耳にしながら、まったりとした時間が過ぎていく。

 そろそろ最後の一人が来る頃だと誰もが思い出した頃、外から爆音が轟き渡った。

 やっと来たかと待っていると、カンカンと軽快な音を響かせて階段を上がって店の扉を開けたのは、最近お馴染みになってきた少女と少年だった。

「マスター、ミックスオレ二つ頂だい。うんと冷たいヤツ」

 弾んだ声で注文しながら、少女は自分の明るい栗色の髪や服に付いた砂を払い落とす。

 アッシュブロンドの少年の方は、そのまま無言でカウンター席に座る男の横を通り過ぎ、商品棚に並ぶモンスターボールを見て厳つい顔のマスターに振り返る。

「ボールはこれで全部か?」

「ああ、待ってな。昨日の夕方に届いた荷をまだ開けてなかったな」

 マスターはミックスオレを出す準備を中断し、カウンターの奥に置いてあった荷をほどいて中を(あらた)める。

 そして、目的の物を見付けると、カウンターの上に出した。

「欲しい分だけ取りな。後は悪いが商品棚に並べておいてくれ」

 そう言って少年の返事を待たず、また少女の注文に応えるべく手を動かす。

「………」

 一瞬何か言いそうになった少年だが、チラリと連れの少女の方を見ると、小さく息をついてカウンターに置かれたそれを手に取った。

「マスター、これちょっと借りるわね」

 砂を払い終わった少女が、店の隅に立て掛けてあった箒を手に取り、自分が床に落とした砂をさっき壮年の女性客が落とした砂共々、まとめて塵取りに取って外に捨てる。

 綺麗になった床に満足した少女は、手にしたそれを元の場所に戻すと、カウンター席の一つに座った。

 マスターがミックスオレと氷の入ったグラスをその前に置く。

 少年はハイパーボールを中心に大量のボールを購入して、残りを律儀に商品棚に置くと少女の隣の席に腰掛けた。

「キミ達、いつも大量にモンスターボールを買って行くね」

「え、ええ……」

 話しかけられて、少女が少し顔を強張らせてそれに応える。

 少年の方は完全に無視だ。見向きもしない。

 これも何時もの事である。カウンター席の男はめげずに質問を続ける。

「ここいらではあまり見かけないけど、一体どんなポケモンを捕まえてるんだ?」

「そ、それは……色々と……」

 少女が言いにくそうに言葉を濁す。

 そこへ、テレビから軽やかな音が鳴り響き、画面が何時もの速報のそれに替わった。

『当局の発表によりますと、パイラタウンの地下にあるアンダーと言われる町は、今世間を騒がせている謎の組織、シャドーに支配されていたとの事です。

 住民達はそれが悪の組織だとは知らずに長い間従っていたらしく、当局の説明に住民達の間で動揺が広がっているとの事です。

 また、アンダーの鉱山ではその組織に提供されたポケモン——薄暗い鉱山で働くポケモンという事で名付けられたダークポケモンが多く存在し、当局はそれらを保護して人を襲うポケモンとの関連を調べているとの事です。

 それではまた、詳しい情報が入り次第お伝えしてまいります』

「へぇ、例の謎の組織って『シャドー』というんですね」

「今まで騙されてたのに気付かないなんて、アンダーって町の住民はなんておめでたいんだろうね」

「まあ、悪いヤツ程巧妙に人を騙すからな」

 常連客が今見た速報に関して口々に感想を口にする。

 そんな中、少年と少女は我関せずにミックスオレを一気に飲み干した。

「マスター、ご馳走様」

 少女の元気な声にハッとカウンター席の男が振り返ると、呼び止める間もなく二人は扉を開けて外に出て行ってしまった。

「また聞き損ねた……」

「もしかしたら企業秘密ってヤツじゃないですかね。人に知られちゃマズい、みたいな」

 がっくりと肩を落とすカウンター席の男に、優男が慰めの言葉を掛ける。

「いずれにせよ、この砂だらけの土地でも、まだまだ逞しいポケモンが居るってコトですよ。わっはっは」

「ああ、そう言えば、あの()に礼を言い損ねたねぇ」

 自分が落とした砂まで綺麗に掃除していってくれた。

「また来るだろう」

 ミックスオレのグラスを洗いながらマスターが言う。

 もはや常連の扱いである。

「ところで、あいつはどうしたんだ?」

 常連最後の一人を思い出し、カウンター席の男が誰ともなしに訊く。

 折角例の少年が来たというのに、肝心の彼が来ていない。

 それに厳つい顔のマスターは、少し考えるような素振りを見せて応えた。

「——昨日帰り際、また大量のモンスターボールを買っていったな」

「ひょっとして、サンドを捜しに行ったとか?」

 あの後、ライダーの若者はサンドを捕まえ損ねたことをかなり悔しがっていた。

 そう、未だレオンとバトル出来ずにいるライダーの若者は、何を思ったのか「小僧に出来るんなら、俺だって野生ポケモンの一匹や二匹ゲットできるぜ。いや、俺ならもっと大量にゲットできる筈」と、別の処で勝手に一人でレオンと勝負していた。

「この風の中をか?」

 テレビ前の優男の思い付きに、カウンター席の男が片眉を上げて返す。

「砂漠の中で、遭難してなきゃいいけどね」

 壮年の女性客が、ぽつりと不吉な事を口にした。

 そんな事を言うと、普通フラグが立ってしまうものである。

 思わず、砂漠の何処かで彷徨(さまよ)いながら「ここは、一体、何処なんだ~っ」と、絶叫するライダーの若者の姿が思い浮かぶ。

 実際、有り得そうで怖い。

 常連客達とマスターは、それ以上それに付いて考えるのを止めた。

 何時もより一人少ない機関車の店の中で、ヒマを持て余した常連客は、何時もの様に先程の速報について、ああだこうだと好き勝手に言い合い、何時もの平和な時を過ごしたのだった。

 




 今回はちょっと町外れのスタンドの何時もの日常(ふうけい)を、少しだけ深掘りしてみました。
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