未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―アゲトビレッジ Ⅲ―(1)

「ただいまぁ~」

「お帰りなさい、ルナ」

 家の玄関口で、疲れ切ったような元気のない声を上げる孫に応える妻の声に、居間で眼鏡を掛けて説明書を片手にパソコンの画面と睨めっこしていたローガンは、たどたどしくパソコンのキーを指一本で押していた手を止めて(おもて)を上げた。

「今日は早かったのう」

 居間に入って来た孫に声を掛ける。

「うん、リングマ達の心が開き切る寸前までいったみたいだから、早めに切り上げて来たの」

 あの大爆発で、後一歩のところでダークポケモン研究所へ乗り込み損ねた挙げ句、研究所側の駅が完全に瓦礫に埋まり、そこからでは二度と行けなくなってしまったレオンとルナは、ダークライナーでアンダーに引き返すとすぐにパイラへと戻った。

 署長のヘッジ達が捕まえた筈のヴィーナス達から情報を引き出す為に。

 だが、廃ビルのエレベーターを見張っていた彼等は、彼女達を捕まえてはいなかった。それどころか、二人が上がって来るまで誰もここを利用した者はいなかったと言うのだ。

 まだ地上に逃げずにいるのかと、再びアンダーに戻った二人はそこで意外な盲点を見付けたのである。

 それは、コロシアムのポケモンセンターの先にある使用禁止になっていたエレベーターだった。使用禁止の張り紙がしてあったので動くとは思わなかったそれが、実は使用が禁止されているだけで、別に故障していたわけではなかったという事に。

 ヴィーナスがそれを使って逃げたと知った時、レオンは自分の迂闊さを酷く悔やんだが後の祭りだった。

 おまけに何処に逃げたのかアンダーの連中に探りを入れようにも、ヴィーナスがアンダーを逃げ出した事は既に町中の噂になっており、その元凶である二人は彼女の熱狂的ファンだった連中に酷く恨まれ、バレたら袋叩きにあいかねない状況になっていた。

 仕方なくパイラに戻った二人は、スレッドに聞いたアンダーの現状を署長に教え、長年騙されてシャドーの支配下にあった住民達の心のケアと、鉱山で働いているダークポケモン達の保護を頼んだ。

 それからレンに以前の情報を削除させ、レオンはこれ以上勝手に自分の情報をネットに流さないようにきつく釘を刺した。

 後は情報の収集をスレッドに任せ、自分は町外れのスタンドでモンスターボールの補充をして、アゲトビレッジにあるルナの祖父母の家で彼からの連絡を待つ事にしたのだ。

 そして、その間に村のある山の麓の荒野で、スナッチしたままでまだリライブさせていないダークポケモンのリハビリ——人工的に閉ざされたダークポケモンの心を開かせる——に精を出していた。

 ここ数日のレオンの努力により、今日やっとその内の一匹である、以前スナッチ団アジトでスナッチしたリングマを含めた数匹が、聖なる森にある祠の光を浴びられる程に心が開いたのだ。

「お祖父ちゃんの方はどうなの? パソコン、少しは上手く使えるようになった?」

 祖父の隣に座り、ルナはパソコンの画面を覗き込んだ。

 一応インターネットの様々なアイコンが一覧になって表示されているが、それ以上先には進めていないようだ。前見た時と同じである。

「うむ、さっき初めて『コドモネットワーク』とかいうネットに繋がったんじゃが、どうも変なキーを押してしまったらしくてのぉ、またこの画面に戻ってしまったんじゃよ」

 それでもう一度そのネットに繋げようと、説明書片手にローガンは四苦八苦していたのだが、未だその苦労は報われていないようだった。上手く使えるようになるまでは、まだまだ時間が掛かりそうである。

「へぇ、でもお祖父ちゃん、頑張ってるんだ」

「おまえやレオン君が頑張ってるのじゃからな。バトルはもう歳じゃから無理はきかんし、婆さんにも心配させるしのう」

 以前この村に押しかけて来たシャドーの連中相手にバトルして、妻に随分心配かけさせてしまったのを反省しているローガンだった。

「せめて情報集めでもして、おまえ達の役に立ちたいと思ってるんじゃが、どうも歳を取ると機械モノに弱くなってのぉ……」

「そんな事ないよ、お祖父ちゃん。あたしだって、全然レオンの役に立ってないもの」

 すまなそうに言う祖父を慰め、ルナはハーっと溜息をついてテーブルの上に突っ伏した。

「どうしたんじゃ、ルナ?」

 途端に疲れ切ったようにだらけた孫を訝しそうに見やり、心配してローガンが尋ねる。

「そう言えば、帰って来た時元気が無かったようじゃし、レオン君も一緒ではないようじゃが、何かあったのかね?」

「ううん。別に何もないわよ」

 慌てて身を起こし、ルナはパタパタと手を振った。

「一人で帰って来たのだって、レオンがリングマを完全にリライブさせるのは、独りでしたいって言ったからだし、ホント、何でもないのよ。ただ……」

 と、言葉を濁し、ルナはまた吐息を漏らした。

「ただ、なんじゃ?」

「う…ん。あたしって、ダークポケモンを見分ける以外は、ホント全然役に立たないって言うか、レオンの足引っ張りまくっているだけなんじゃないかって思えて……」

 自分に促され、躊躇(ためら)いがちに答えた孫の言葉に、ローガンは白くなった眉を(ひそ)めた。

「一体何があったんじゃ? おまえは荒野でダークポケモンのリハビリをするレオン君の手伝いをしておったのじゃろ」

「ええ、そうよ。ダークポケモンはバトルさせる事で、少しずつ心を開いていくってのは、お祖父ちゃんも知ってるでしょ」

 ダークポケモンは人工的に心を閉ざして攻撃性を高めた所為で、バトル中しばしばハイパー状態と呼ばれる興奮状態に陥る。それを宥める際に僅かだが閉じた心が開かれるのだ。

 レオンはそれを利用してダークポケモンを互いにバトルさせ、リライブ寸前まで心を開かせる事にしたのである。

 けれど何時スレッドから連絡が来るか分からない。そうそう時間を掛けるわけにはいかなかった。そこでレオンは効率よく多くのダークポケモンをリライブ完了直前まで心を開く為に、ダブルバトルを繰り返した。

 しかし、ハイパー状態のダークポケモンは敵味方関係なく、トレーナーや傍にいる人間にまで見境なく攻撃を仕掛ける危険性があり、たった一人でバトルさせている一匹一匹の状態変化に気を配り、細心の注意を払いながら四匹のダークポケモンに指示を出し続けるのは、思った以上に精神的負担が大きかったのである。たった二、三回のバトルを終えただけ疲労困憊になってしまう程に。

 それなのに少しでも早くダークポケモン達をリライブさせようと、レオンは殆ど休憩を取らずにバトルし続けたのだ。

 そんな無理をするレオンを見ていられず、リハビリのバトルで傷付いたダークポケモン達の手当ての手伝いをしていたルナは、少しでも彼の負担を減らそうと、一方のトレーナー役を買って出たのである。

「大丈夫じゃったのか? おまえは一度負けてから、満足にバトルできなくなってしまったのじゃろう」

「う、うん……」

 祖父の言う通り、初めて負けたバトルで、倒れた自分のポケモン達の無残な姿にショックを受けたルナは、それ以後自分の指示で自分や相手のポケモン達が傷つく姿を見たくなくてバトルできなくなっていた。

「でも、レオンばかりに苦労させて、自分は何もしないで見てるだけなんて出来ないもの」

 今でも相手を攻撃する指示を出すのが辛い事には変わりはない。だけどそれがダークポケモン達の、そして、レオンの為になるならと、あえてルナは自分の感情を押し殺したのだ。

「それで、上手くいったのかね?」

「ええ、最初のうちはね……」

 久しぶりのバトルだったが、トレーナーとしての感覚は鈍ってはいなかった。もっとも相手を倒す為ではなく、閉じた心を開かせるリハビリの為だからだろうか、攻撃指示を出すのもルナが思ったほど抵抗も苦痛も感じずに済んでいた。

 彼女の参加でレオンの負担も減り、その分ダークポケモンのリハビリもタイムロスが少なくなり、スムーズに進んでいった。

 だがそれは、やはり最初のうちだけだった。

 ハイパー状態はダークポケモンによってなりやすさが変わる。そこでまずその度合いを見る為に、互いに軽く攻撃を当てて様子を見ながら徐々に攻撃を強め、ある程度各ポケモンのハイパー状態のなりやすさの傾向が分ると、本格的にバトルをして心を開かせていくのだ。

 更にダークポケモンは攻撃を受けて一度ハイパー状態になると、落ち着いてもすぐにハイパー状態になりやすく、心の開き度合いも格段に上がる。

 だから効率を考えるなら、傷付いても止めずにバトルをやり続け、相手の攻撃も避けずに受けた方がいい。

 勿論ルナもそれは判っているし、様子見のバトルも十分やれたのだ。

 それなのに、いざ本格的にリハビリのバトルに移り、自分が指示を出す度にポケモン達傷だらけになっていくのを目の当たりにすると、あの時の恐怖が蘇って、ルナは声が震えて上手く指示が出せなくなり、相手の攻撃に対しても思わず「躱してっ」と声を上げてしまう。

 それをダークポケモン達は指示と受け止め、忠実にそれを実行する。そうなるとハイパー状態になりにくくなり、かえってレオン一人でバトルしていた時より効率が悪くなってしまったのだ。

 とうとうレオンに「もういい、後は俺一人でやる。おまえは休んでいろ」と言われた時、ルナは心底自分が情けなくて泣きたくなった。

「あの時、レオンは何も言わなかったけど、きっと口ばっかりで、全然役に立たないヤツだって軽蔑したに違いないわ」

「そんな事ないじゃろう」

「ううん、きっとそうよ」

 慰める祖父にルナは(かぶり)を振った。

「この間帰って来た時、話したでしょ。レオンが人に心を閉ざしてしまった理由(わけ)を」

 帰って来た次の日、ポケモンセンターの女医に、怪我の治療の為に呼び出しを受けたレオンが家を留守にしていた時、ルナはその事について祖父母に話したのだ。

「うむ、確かレオン君の昔の仲間が原因じゃないかという事じゃったな」

「ええ……」

 スナッチ団アジトで、レオンのかつての知り合いだったスナッチ団員達の中で、自分こそがスナッチ団一のスナッチャーだと豪語していた男がいた。同じ団の仲間でさえ見下し、自分の引き立て役位にしか思っていなかった傲慢な男。

 その男からリングマをスナッチした後レオンは言ったのだ。『所詮仲間なんてのは、利用するかされるかのどちらかなんだ』と。嫌悪も(あら)わに侮蔑に満ちた声で。

 そこで初めてルナは、自分とはまるで違う「仲間」に対するレオンの認識(おもい)を知ったのだ。

 そして、それこそが彼が人に心を閉ざした原因になったのではないかと考えたのである。スナッチ団に手を貸すようになる前からもう独りだったみたいだから、それ以前の「仲間」にレオンはきっと散々利用されるかして酷い事をされ、人が信じられなくなって心を閉ざしたんだと。

 それなのに知らなかったとはいえ、「仲間」に対して最低最悪の感情しか持っていない彼に、自分は少しでも打ち解けて欲しくて言ったのだ。『わたしはダークポケモンを助ける為に、一緒に戦っている貴方の「仲間」なんだから、もっと頼って欲しい』と。

 今考えると、なんて馬鹿な事を言ったのかと思う。レオンが絶対に心許せる筈のない「仲間」になりたいだなんて。その挙げ句何でも一人でやってしまって全然自分に頼ってくれない彼に、まだ「仲間」と認めてくれないと恨めしく思っていたのだ。

「だから、少しでもレオンの役に立って頼れる処を見せて、仲間っていうのはそんなものじゃないって。お互い協力して助け合うのが本当なんだって、分かってもらいたかったのに、役に立つどころか足引っ張って……

 ——結局あたしは何時も口ばっかり。何もしないでただ見ているだけで、嫌な事や辛い事は全部レオンにばかりやらせてるんだもの。これじゃあ、レオンの昔の仲間だった人達と同じよ。軽蔑されても仕方ないわ」

 ダークポケモンと同じに閉ざされたレオンの心を開くのはお前の役目だと、お祖父ちゃんに言われたのに、これでは何時まで経っても開いてくれるわけがない。

 自分の不甲斐なさに、ルナはきゅっと唇を噛み締めた。

 その彼女の耳に、不意にのんびりとした祖母の声が飛び込んで来た。

「あら、帰っていたの、レオン君」

 ——えっ、レオンっ!?

 ギクッとしてルナが振り返ると、何時からそこに居たのだろうか、居間の入り口に大きな紙袋を抱えたレオンが立っていた。

 ——もしかして、今の話聞かれちゃったっ!?

 かーっと、ルナは顔を真っ赤にして慌てふためいた。

「お、お帰り、レオン。あ、あの……」

 気まずい思いに、とにかく何でもいいから思い付いた事を口にする。

「そ、そうだわ。リングマは? ちゃんとリライブできたの?」

「ああ」

「そ、そう。それでリングマはどうするの? あの(ひと)は、確かいらないって言ってたでしょ」

「あの森に逃がして来た」

「え? 森って、聖なる森に?」

「ああ、あそこなら二度と人にゲットされる事もないだろ」

 リングマをスナッチした後、その本来の持ち主である知り合いのスナッチ団員に会ったレオンは、リライブしたら返すとその男に言ったのだが、元の弱っちくなったリングマなどいらないから、お前の好きにしろと言い返されてしまった。

 それでレオンは彼に代わって、ポケモンの聖地としてその奥への人の立ち入りを禁止しているあの森に、リライブしたばかりのリングマを放したのである。

 元に戻り、自分の本来の持ち主(トレーナー)だったあの男の姿を捜し、祠の周りを心細そうに鼻を鳴らしてうろうろするリングマに、レオンは奴の望みは二度とお前が人にゲットされて利用されない事だと告げたのだ。そして、この森の奥深くで暮らすようにと。

「そう……、そうね」

 それがあのリングマにとって一番良い事だろう。そして、あの(ひと)は言葉に出さなかったけど、それを願ってレオンに託したのだろうと思うから。

「さあ、さあ、皆揃った事だし、お爺さんも少し休んで、皆でお茶にしませんか」

「おお、そうじゃのう」

 ポットやカップの乗ったワゴンを押して来た妻に応え、ローガンは老眼鏡を取ってパソコンをソファの脇に置いてある小さな脇机の上に乗せ、立ったままの少年を手招きした。

「レオン君も、そんな所にたっておらんで座ったらどうじゃ」

「ああ」

 レオンは手に持っていた紙袋をテーブルの上に置くと、それを挟んでルナの向かいの空いている一人用のソファに腰かける。

「どうしたの、これ?」

 紙袋の中を覗き込んだルナは、驚いてレオンを見た。

 中には様々な美味しそうな木の実がたくさん入っていたのだ。それもここら辺では珍しい種類の木の実が。

「グラエナを連れた婆さんがくれたんだ」

「サイラお婆ちゃんが?」

「ああ」

 サイラはルナの祖母セツマの茶飲み友達だ。少々腰が曲がって杖をついているが、やたらと元気のいい老婆で、よくグラエナを連れて村の中を散歩していた。

 この木の実は彼女の息子夫婦が送ってくれたものだ。自分の農園で沢山取れたからと。それをおすそ分けに行く途中、ルナの彼氏と思い込んでいるレオンに会ったサイラは、丁度いいと彼にそれを無理矢理押し付けたのである。

「あらまあ、こんなに沢山?」

 それぞれの飲み物を()れていたセツマも、紙袋の中を覗き込んで驚いた声を上げる。

「後でサイラにお礼を言わなくちゃねぇ」

「あっ、モモンの実があるわ。これ甘くて美味しいのよね。それにマゴやナナなんかも」

「早速幾つか頂いてみましょうかね」

「そうね。あたし手伝うわ、お祖母ちゃん」

 重い紙袋を抱きかかえ、ルナは祖母と一緒にキッチンへ向かった。

 

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