未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―アゲトビレッジ Ⅲ―(2)

 妻が淹れてくれた緑茶を一口飲み、ローガンは斜め向かいに座る少年に訊いた。

「ダークポケモン達のリライブは大分進んだのかね?」

「ああ」

 コーヒーを飲みながら、ローガンには目もくれずにレオンは素っ気なく応える。

 一応答えはするものの、相変わらず不愛想で人と距離を取る態度を崩さない。これ以上の(かかわ)りを一切拒むように。手に届く場所にいながら、なんと遠く感じる事か。

 ——ルナが自信を無くすのも仕方ないのかもしれんのぉ……

 ふぅむと、ローガンは自分の長い顎鬚を撫でて暫し考え込み、そして、(おもむろ)に口を開いた。

「君は、ルナの事をどう思っているかね?」

「………?」

 問われた意味が分からず、レオンは微かに眉を(ひそ)めてテーブルの斜め向かいに座る老人に目をやった。

「あの()は人に見えぬダークポケモンの黒いオーラが見えると言うが、それ以外は普通の女の子となんら変わらん。

 ただ、昔からイジメられていたり困っている人やポケモンを見ると、ほっとけない()でな。自分に関係ない事でも、つい首を突っ込んでしまうんじゃよ。損得とか危険など考えず、まるで自分の事のように一生懸命にな」

「ああ……」

 今更言われなくとも分かっている。だからこそ、何時も不思議に思っていた。何故見ず知らずの他人やポケモンの為に、そこまで一生懸命になれるのか。

 その極めつけとも言えるのが、ただ可哀想だからという理由だけで、自分に付き合って縁も所縁(ゆかり)もないダークポケモン達の為に危険も顧みず、それを使って世界征服を企む悪の組織であるシャドーに歯向かっている事だ。

「まあ、ちと一生懸命になり過ぎて、空回りしてしまう事もあるがのう」

 ローガンは苦笑して緑茶を一口飲むと、思い出したように脇机の引き出しを開けて中から何かを取り出した。

 それは、ポケモントレーナーの必需品ともいうべきP★DAとその説明書だった。

「ルナに君もこれを持っていると聞いてのう、一つ取り寄せてみたんじゃ」

 と、それの電源を入れて言葉を継ぐ。

「ところが、昔わしが持っていた物と違って、今のヤツは色々な機能が付いておって、いやはや便利になったものじゃのう」

 そう言いながら、説明書片手にローガンは色々と機能画面を切り替え、そして、漸く目当ての画面を呼び出して少年に見せた。

「ほれ、これじゃ。これを使うと、手紙の代わりにメールとかいう物が出せるのじゃろ?」

「ああ」

「試しに一つ、わしもメールを出してみたいのじゃが、ルナはどうも家に置いてきてしまったらしくてな。孫とのメール交換はお預けになってしまったのじゃ」

 とても残念そうにローガンは溜息をつき、そして、期待の籠った眼差しをレオンに向ける。

「どうかね、君のピーデー……と、何というんじゃったかな、まぁとにかく、これのメールアドレスとかいうのを教えて貰えんかね?」

 伝説のトレーナーと言われていても、こうなるとただの新し物好きの老人にしか見えない。

「……ああ」

 暫し悩んだが、もうあちこちに教えてしまっている。一応宿を提供して貰っているし、ここを離れている間に聖なる祠に何かあった時、連絡できるようにしておいた方がいいだろう。

 レオンはポケットから自分のP★DAを取り出し、画面を開いて表示されているアドレスを読み上げようとしたが、それをローガンが止めた。

「わしはまだ説明書を見ながらでないと、満足に操作できなくてのぉ。自分で見てアドレスを打ち込むから、すまんがそれをちょっと貸してもらえんかな? そうすれば練習にもなるからのう」

 こちらがローガンのメールアドレスを聞いて、自分から送信することでローガンのP★DAに登録させることも出来たが、そう言われれば仕方ない。

 レオンは画面を開いたまま、自分のP★DAをローガンに渡す。

 その画面と自分のP★DAのそれと説明書を交互に見ながら、ローガンは四苦八苦してレオンのメールアドレスを自分のそれに打ち込んで登録する。

 やっとの事でそれを済ませると、ローガンはたどたどしい手つきでそれの画面を切り替え、閉じてからレオンに返した。

「これでわし等も文通仲間じゃな。ほっほっほ」

 軽快に笑ってローガンはそう言ったが、レオンは何の反応も示さず、自分のP★DAをポケットにしまい込んだ。

 笑いを収めると、ローガンはそんなレオンを見据え、静かに口を開いた。

「君のⅠD番号は、協会に登録を済ませた正規のポケモントレーナーのモノじゃな」

 ⅠD番号は、他人のポケモンと自分のそれとの区別をつける為の所有者証明番号だ。

 大体の人はこのP★DAの製造番号をⅠD番号代わりに使っているが、本格的にポケモントレーナーを目指すトレーナーは、各地域にあるポケモンリーグの本部を束ねる全国ポケモントレーナー協会に申請してトレーナー登録し、そこから発行されたⅠD番号を使っている。

 それは自分自身の身分証明書としても使えるので、協会が支援している各地のポケモンセンターなどの公共施設にそれを提示すると、無料で利用することが出来るのだ。

 だが、協会に登録するには色々と面倒な手続きがあり、特に未成年者が登録する場合、身元を保証してくれる大人が、本人に代わって手続きしなければならなかった。

 誰も身元保証してくれない未成年のゴロツキでは、他人のモノを奪わない限り、協会の発行したⅠD番号を所有する事は出来ないのだ。

 しかし、レオンのⅠD番号は一緒に載っている写真からも分かるように、これは間違いなく彼本人に発行された協会のものだった。

「君のそれは、何時、何処のシティで、誰が登録したのじゃね?」

「っ!?」

 ——俺のP★DAを見たがった本当の目的は、それを確かめる為か!?

 思わずソファから腰を浮かし、ポケットにしまったP★DAをコートの上から押さえたレオンは、自分をハメた目の前の老人を射殺さんばかりに()め付けた。

 それをローガンは泰然と受け止め、少年の怒りに燃える琥珀色の双眸を静かに見返す。

 そこへ、ガラスの大皿を持ったルナが入って来た。その上には皮を剥いて切り分け、綺麗に盛った様々な木の実が乗っている。

「見て、お祖父ちゃん、レオン。美味しそうでしょ」

 二人の間に流れる険悪な雰囲気に気付かず、ルナはそれをテーブルの上に置いて、弾んだ声で言葉を継ぐ。

「今、お祖母ちゃんが貰った木の実を使ったタルトを作ってるから、先にこれを食べて待っていてだって。レオンは何が好き?」

「いや、俺はいい。少し休む」

 ぶっきらぼうに応え、レオンは居間を出て行った。

「レオン……」

「どうやら怒らせてしまったようじゃのう」

 ルナから彼は以前スナッチ団に手を貸していたと聞いていたが、根っからのゴロツキのようには見えないし、第一無料でポケモンセンターを利用している。

 それを不思議に思ったローガンは彼のⅠD番号を女医に問い合わせてみたのだが、プライバシーに関わる個人情報は、許可なく他人には教えらえないと断られてしまったのである。

 しかし、聞いたところで本人が素直に答えるとは思えなかった。それで少々騙し討ちのようではあったが、P★DAのメールアドレスを教えてもらうついでに確認したのだ。

 とはいえ、まさかあれ程怒るとは。あの怒気の籠った琥珀色の鋭い眼光に、内心かなり焦って冷や汗を流していたローガンだった。

「お祖父ちゃん、レオンに一体何をしたの?」

 祖父の漏らした呟きを聞き(とが)め、ルナが詰め寄る。

 ただでさえ役立たずと思われ、あんまり打ち解けてもらえていないのに、怒らせてしまったらますます心証を悪くして、また心を閉ざしてしまうではないか。

「いや、まあ、ちょっとじゃな……」

 ジト目で孫に詰め寄られたローガンは、困ったように言葉を濁したが、ルナは追及の手を休めずに更に詰め寄った。

「お祖父ちゃんっ」

「いや、だからじゃの……」

「いやぁ、ルナちゃん、帰ってたのかァ」

 ギスギスした雰囲気の中、妙に明るい声が響き渡る。

 一瞬虚を衝かれた二人が振り返ると、お気楽そうな顔をしたサーモント眼鏡の男が立っていた。

「どうしたの? ダグ小父(おじ)さん。その恰好」

 何時もと違う男の姿に、ルナは目を丸めた。

 何処かに行って来たのだろうか、背には大きなリュックを背負い、砂と埃に(まみ)れて何時になく薄汚れた格好をしている。

「ちょっと荒れ地と砂漠に調査をしに行ってただけだよ」

 よっこらしょっとリュックを床に下ろし、ダグはさっきまでレオンが座っていたソファにどっかりと腰を下ろした。

「調査? 何の?」

「地質の調査だよ」

 行儀悪く、ガラス皿に切り分けられて盛られた木の実の一つを指で摘んで口の中に放り、もぐもぐと食べながらダグが答える。

「ボカァね、ポケモンの中には岩や地面タイプのように乾燥を好むやつも大勢いるのに、いくら殆どが砂漠や荒れ地とは言え、何故(なにゆえ)このオーレ地方には他の野生ポケモンはおろか、そんなポケモンの姿さえ見る事が出来ないのか。それを調べる為に日夜努力してるんだよ」

 地質調査はその一環で、岩や地面タイプが嫌うものがこのオーレの地には含まれているのではと考え、それが何だか調べる為だった。

「へえ、ダグ小父さんって、ただのヒマ人じゃなかったんだ」

「あ、あのねぇ……」

 あんまりな言種(いいぐさ)に、胸を張って力説していたダグはテーブルの上に突っ伏した。

「ルナちゃん、それはないだろ。こう見えてもボカァ、ポケモン生態学者なんだぞ。ちゃんと博士号だって持ってるんだ」

「だって、何時見ても村の中をぶらぶらしてるんだもの。てっきり仕事が無くてヒマを持て余しているプー太郎かと思ったんだもん」

「それは、研究で疲れた心身をリフレッシュさせ、更により深い黙考をする為の散歩だよ。ここは緑が豊かだから家に閉じこもっているより、外に出た方がより効果的だからね」

 今までそんな風に思われていたのかと、ガックリしながらダグは弁明する。

「それで、今回は何か成果でもあったのかね?」

「ええ、まあ……」

 ローガンの問いに言葉を濁し、ダグはポリポリと指で頬を掻いた。

 どうやら(かんば)しい成果はなかったようである。

「それが、風が強くて砂が舞い上がるもんだから、視界が悪くて途中道に迷っちゃいましてね。なんか怪しげな建物に辿り着いちゃって」

「怪しげな建物?」

「そうなんだ。砂漠の真ん中にぽつ~んと一つ。それ程大きくなくて人気(ひとけ)も無かったんだけど、厳重に高圧電流の(フェンス)で周りを囲っていてね。建物の感じからして何かの研究施設みたいなんだけど……」

 と、ダグは腕を組んで首を捻った。

「う~ん。だけど、ボクじゃあるまいし、あんな何もない所で何の研究をてるのかなぁ……」

「研究施設って、まさか……」

 ダグの言葉にルナはハッとした。

「ダグ小父さん、その建物何処にあったの?」

「え~と、確かあれは……」

「待って、今レオンを呼んで来るから」

 リュックから地図を引っ張り出して場所を示そうとするダグを制し、ルナは居間を飛び出して階段を駆け上がった。

 

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