二階の自分に
さっきルナの祖父に怒りをぶつけてしまったが、それは無断で自分のⅠD番号を見たからではなかった。あんな見え透いた
二度と騙されるものかと常に警戒していたのに、このオーレに来てルナと出会い、彼女を通じて様々な人と関わりを持つようになってから、知らず知らずの内に気が緩んで油断していたようだ。
とはいえ、この家で常に気を張っているのは難しい。ここは何処か懐かしいような
やっとここまで来たのだ。後もう少しで奴等の喉元に喰らい付ける処まで。なのにこんな事で何も成せずに終わるなんて御免だ。
ルナに誘われるまま、この家に厄介になってしまったが、スレッドからの連絡待ちは何もここでなくともできる。
——確か、ショップの裏手に大きな洞窟があった筈だ……
野宿には慣れている。今からでも遅くはない。そこに移り住んで連絡を待つことにしよう。
そう心に決め、レオンはベッドから身を起こした。
その時である。
軽やかな電子音が鳴り響いた。P★DAのメールの呼び出し音だ。
ポケットからそれを取り出し、レオンはメールの画面に切り替えた。
待ちに待ったスレッドからである。
『アンダーのスレッドです。ヴィーナスが残していったコンピューターのデータを洗って、漸くダークポケモン研究所の場所が判りました。そちらのパソコンに詳しいデータを送りますので、ここに繋いでください』
と、最後にスレッドのアドレスとパスワードが記されてあった。
グットタイミングだった。研究所の場所さえ判れば、ここにいる必要はない。
パソコンを借りるべく、レオンが勢いよく部屋のドアを開けたその先に、びっくりしたようにルナが立ち竦んでいた。ドアを開けようとした処、いきなり開いて驚いたのだ。
「どうした?」
「あ、うん。今ダグ小父さんが来てて、砂漠の真ん中に研究施設みたいな変な建物を見たって言うから、もしかしてダークポケモンの研究所じゃないかと思って。レオンにもその話、聞いて欲しくて……」
「そうか、こっちもスレッドからメールが入った。研究所の場所が判ったんだ」
「そうなの。じゃあ、ダグ小父さんの話は別に聞かなくてもいいのね」
「いや、情報は少しでも多い方がいい」
ちょっとガッカリ顔のルナにそう言うと、レオンは先に階段を降りようとしたが、それを慌ててルナが止めた。
「待って、レオン。あの……」
言いにくそうに口籠もり、そして、
「さっきお祖父ちゃんが貴方に何かしたみたいだけど、別に悪気があったわけじゃないの。だから、お祖父ちゃんを許してやって」
「別に俺は怒っちゃいない」
「本当に?」
「ああ」
睨み付けはしたが、腹を立てたのはあくまで自分自身に対してだ。
本当に怒ってないと、まだ不安顔のルナにもう一度繰り返して言い、レオンは階段を降りて居間へ入った。
「やあ、ルナちゃんの彼氏君。キミもこの家に居たとは知らなかったよ」
入って来た少年に、ダグは片手を挙げて馴れ馴れしげに陽気な声を掛けた。
それを完全に無視してレオンはローガンに頼む。
「パソコンを貸して欲しい。それと、プリンターもあればそれも」
「ああ、構わぬが、何に使うんだね?」
唐突な少年の申し出に、ローガンは思わず訊き返した。
「…——データを受け取るのに必要なんだ」
「あんたには関係ない」と言おうとしたレオンは、居間に入って来たルナの姿にぐっとその言葉を呑み込んで言い換えた。
彼女の前でそう言ってこの老人を突っ撥ね、やっぱり怒っているんだと勘違いされて、またさっきの様な表情をされては困る。悲しそうな不安顔は簡単に泣き顔に変わってしまう。
初めてルナの涙を見た時、
「データって、研究所の?」
「ああ、多すぎてP★DAのメールじゃ、送れないんだろう」
ルナに応え、レオンはローガンからパソコンを受け取ると、空いているソファに座って早速それを起動させた。
ローガンと違い、慣れた手つきでキーの上に指を走らせ、パソコンをインターネットに接続すると、スレッドの送ってきたアドレスを打ち込んでいく。
暫くしてアクセスできたのか、画面が切り替わった。
そこに十桁の数字とアルファベットを組み合わせたパスワードを打ち込むと、また画面が変わり、自動的に次々と何かのデータが送り込まれて来た。
それをプリンターに転送し、全てプリントアウトする。
ついで、送られて来たデータを念の為、自分が持っていたディスクに書き込む。
そして、パソコンの全てのデータを消すとインターネットの接続を切り、最初の画面に戻して電源を切った。
同時に、レオンのP★DAのメールの着信音が鳴る。
スレッドからである。
『アンダーのスレッドです。今送ったのがやつらのコンピューターに残っていた、研究所の場所とダークポケモンに関する全てのデータです。恐らくその研究所にはダークポケモンの重要データが色々ある筈です。何でも構いませんから、もしデータを見付けたら、是非アンダーに持って来て下さい。待っています』
「随分あるわね。これは何かのリストみたいだけど……」
プリントアウトされたデータを見て、ルナが小首を傾げた。
「あそこでバラ撒いたダークポケモンのデータだろ」
誰にどのダークポケモンを渡したかを全てリストにし、追跡調査をして定期的に検査をしている。未完成のダークポケモンがバトルをしてどのくらい心を開いたかを調べ、もう一度心を閉じ直す為に。
そして、最後にプリントアウトされたこのオーレ地方の地図。その上には砂漠の一ヶ所に大きくバツ印が付けられていた。丁度バトル山とフェナスシティの近くに今建設されているタワーを線で結んだ砂漠の上である。砂漠の中心に近く、確かに人が寄り付きそうもない場所だ。
「そうそう、ここだよ、ここ。ボクが見た怪しげな建物のある場所ってのは」
テーブルの上に置かれたそれを覗き見て、ダグが声を上げる。
「でも、ここがどうかしたのかい?」
「ダークポケモンの研究所よ」
「ダークポケモンって、例の人を襲うポケモンの事だろ? それの研究所なのか、あれが。それにしては随分と小さかったみたいだけどなぁ」
そんな大それた研究をしているのなら、あれじゃ狭すぎて満足な研究はできないのではないかと、ダグは学者らしい感想を漏らして首を捻った。
「行けば判る」
男の疑問を一言で斬って捨て、レオンは地図を掴むと居間から出て行く。
「あっ、待って、レオン」
「待つんじゃ、ルナ」
自分には目もくれずに行ってしまった少年の後を慌てて追おうとしたルナを、ローガンが呼び止める。
サイドテーブルについている引き出しから、一つのモンスターボールを出し、孫に放る。
思わずキャッチしたルナは、訝しげに祖父を見返した。
「お祖父ちゃん、これは……?」
「前から欲しがっておったじゃろう。ピカチュウじゃよ」
ルナは、ずっとローガンの持っているようなピカチュウを欲しがっていたのだ。
それで一匹手に入れていたのだが、突然ルナがこっちに行くとの電話を貰った後、娘夫婦からの電話で彼女がバトルできなくなった事を知り、ローガンは今まで渡さずに様子を見ていたのである。
「わしのピカチュウの孫にあたるヤツじゃからな、まだまだ経験不足のひよっこじゃが、基礎能力は他のヤツとは比べものにならんくらい高いぞ」
と、自慢げに応え、ローガンは片手で長い顎鬚を撫でつけた。
「ダークポケモンの研究所と言うからには、シャドーとかいう組織にとっても
「ありがとう、お祖父ちゃん」
祖父の優しい心遣いに感謝し、ルナはそれをベルトに付けると慌ただしく家を飛び出した。
「いやァ、ルナちゃんも大変だな。あの彼氏君は愛想が無いと言うか、素っ気ないと言うか。まあ、
どうやらこの村では、サイラによるルナの彼氏説が定着してしまっているらしい。
実際は、それ以前の関係を築くのにルナが独りで四苦八苦している状態で、レオンに至ってはダークポケモン以外は眼中にないといった有り様なのだが。
そんな少女の苦労を知らないダグは、もぐもぐと皮を剥いた美味しい木の実を頬張り、実にお気楽である。
ローガンはそんなサーモント眼鏡の男を苦笑して見やると、自分のP★DAと少年が置いて行ったダークポケモンのデータをまとめて手に取り立ち上がった。
その気配に、ずっと飼い主の足許で丸まって寝ていたピカチュウが、ピクリと長い耳を動かして目を覚まし、その後について行く。
「あれ、何処か行かれるんですか?」
「うむ、ちょっと所用ができたのでな」
頷いて応え、ローガンは思い出したように男に尋ねる。
「ところで君はまだ家には帰っておらんのじゃろ? 先日アイクが、君の家から何やら腐ったような悪臭がすると言って騒いでおったようじゃぞ」
「あれ? そんな臭うようなもの出しっ放しにしてたっけなァ……」
と、暫しダグは考え、
「ま、いいか。どうせ家に帰れば判る事だし、折角美味しそうな匂いがしてきているのに、誰も居なくなったらセツマさんが気の毒だもんなァ」
台所から匂ってくる甘く香ばしい匂いに鼻をヒクヒクと動かし、ワクワクと心を弾ませて、匂いの元が運ばれてくるのを今か今かとダグは待っている。
一見まともそうな事を言っているが、実は単なる食い意地の張ったタダ飯喰らいなだけである。
——これだから、ルナがヒマ人のプー太郎と思うんじゃ……
そっとローガンは小さく溜息をつき、用事を済ませるべく自分の相棒と共に居間を後にした。