未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―ダークポケモン研究所―(1)

 オーレ地方のほぼ中央に位置する砂漠は東西に長く伸び、その周りを囲むように荒れ地が広がっている。

 その砂漠の中央よりやや西寄り、バトル山を真南に下った先の荒れ地の向こう、長い年月風によって砂漠の砂が流れ、吹き溜まってあちこち山の様に盛りあがった複雑な地形の間に隠れるようにそれはひっそりと建っていた。

 そんな人目につかず野生ポケモンさえも寄り付かない所に、一体誰が来るというのか,何者もの侵入を拒むかの如く高圧電流の流れた(フェンス)が敷地全体を取り囲み、その中は然程大きくもない建物と大型コンテナが無造作に外に置かれてあるが、人の姿は全く見えなかった。

 確かに怪しすぎる建物である。

 しかし、この全く動くものの気配のないこの砂だらけの地で、迫り来る闇に紛れてその建物に近づく二つの黒い人影があった。

 レオンとルナである。

 二人がこの建物を発見したのは、まだ陽が傾きかける前だった。

 だが、今までは廃鉱や廃ビル、町中といった身を隠せる場所がふんだんにあり、人もそれなりに居たのでそれに紛れて怪しまれずに近づけたが、今回は周りに何一つ障害物のない砂漠のど真ん中だった。

 地図を頼りにやっとの事でそこを見つけたものの、一番近い身を隠せるような砂山からでも、あの建物まで優に数十メートルはあるのだ。しかもあの様子では、高圧電流の他に外部の監視カメラも備えてあるだろう。

 ダグがここを見付けた時の様に、砂を巻き上げるような風でも吹いていたら良かったのだが、生憎と今は晴れ渡って何処までもよく見渡せるくらいだ。だからこそレオン達もここを見つけられたのだが。

 とはいえ、こんな状況で陽のある内に中の人間に気付かれずに近づくのはまず不可能だ。そこで二人は陽が沈むのを待ち、闇に紛れて建物に近づく事にしたのである。

 その間隠れている砂山の陰で、二人はポケモン達と一緒に食事を取ることにした。中に入ったら食べている暇などないだろうから。

 既にレオンのポケモン達は食事を終え、ボールの中に戻って出番まで休息に入り、今はルナの連れているプラスルとピカチュウと共に、二人はこの前パイラで非常食用にと買っておいた携帯用のジャーキーを齧っているところだ。

 ルナがピカチュウを出した時軽く目を(みは)ったレオンだったが、お祖父ちゃんから貰ったのとルナに聞いた後は特に気にする事も無かった。

 ジャーキーを齧る二人の横で、ボールに戻らずに仲良く(じゃ)れていたプラスルとピカチュウは、レオンに静かにしろと注意されてからは、こちらの方をチラチラと窺いながら、声を潜めて何やら二匹で話をしている。どうもピカチュウがプラスルに二人の事を色々と聞いているようだ。

 そしてルナは砂山のなだらかな斜面に身を隠し、携帯用の双眼鏡を覗いて研究所を監視しながら、ジャーキーを噛み千切るレオンの横顔をぼんやりと見やり、小さく溜息をつきながら食事をしていた。

 あの時、レオンが何処からあの話を聞いていたかは分からない。でも最後の方は絶対に聞いている筈なのに何も言ってくれないのは、レオンもそうだと思っているからだろう。ダークポケモンを見分ける以外は役立たずの足手まとい。一緒にいながらただ見ているだけで何もせず、自分を利用するだけの昔の仲間と同じだと。

 ルナはレオンにそう思われても仕方ない自分が情けなかった。

「そろそろ日が暮れる。準備しておけ」

 振り向きもせずにレオンが言う。

「分かったわ」

 残ったジャーキーを全部口の中に放り込むと、ルナはよく噛んで自分のペットボトルのサイコソーダと一緒に呑み込んだ。

 半分ほど中身が残ったペットボトルのフタをしようとする。

 そのルナの手から、レオンはペットボトルを取った。

 ——えっ?

 呆気に取られるルナの前で、レオンは研究所の監視を続けながら、それを一気に飲み干す。

 ——えぇーっ!?

 自分が口を付けたペットボトルなのに、それを平気でラッパ飲みされてルナは大きく目を見開いた。

 だが、研究所に意識を向けるレオンはそれに全く気付いていない。

 ペットボトルも、口の中に残ったジャーキーの油分と塩気を洗い流すのに、丁度目の端に見えたから取って飲んだにすぎない。

 全て飲み終わると、またも特に意識せずに動揺して固まるルナの手からフタを取って空のペットボトルに付け、そのまま砂山の下に隠すように停めた防砂シートを掛けたサイドカーの上に放る。

「行くぞ」

 点灯した外灯に照らされた研究所の様子を窺いながら、レオンは砂山を乗り越えて滑り降り、闇に沈みかける砂の上をそろりと身を屈めながら進んでいく。

 狼狽(うろた)え焦るルナの事などお構いなしである。

 ——やっぱりレオンにとってあたしは……

 ダークポケモンを見分ける便利アイテムでしかないから、あたしがどう思おうが何の関心もない。本当にその能力以外はどうでもいいんだ。

 スナッチ団のアジト跡で少し団との関係(むかしのはなし)をしてくれたものの、未だに出会った時と変わらないレオンの態度に内心で落ち込みながらも、ルナはこれ以上彼に役立たずの足手まといと思われないよう、急いでプラスル達をボールに戻すとレオンの後を追った。

 身を低くし、様子を窺いながら少しずつ移動して漸く建物のメインゲートまで辿り着いた時には、周囲はすっかり真の闇に支配されていた。

 その中で、フェンスに走る高圧電流の青白いちらつきと、その四隅に備えられたライトが、砂漠を覆い尽くす闇を追い払うかのように建物を照らしている。

 閉まったメインゲートの陰に隠れて暫く待ってみたが、中から人が飛び出して来る気配はなかった。

 どうやら見つからなかったらしい。闇に紛れての接近は一先ず成功のようである。

 フェンスは高圧電流が等間隔に流れている。その隙間の幅は狭く潜り抜けるのは危険すぎる。やはり潜入するとなると、この目の前にあるメインゲートを通るしかないだろう。

 問題はこのメインゲートの分厚い扉をどうやって開けるかだ。ゲート脇にこれを開閉する為の操作パネルがあるが、どうもキーがないと使えないらしい。だが、そんなものは持っていない。乗り越えるにしてもかなりの高さだ。何かここをよじ登る道具が無ければとても無理である。

 ——ヨルノズクを取りに戻るか……

 キーや道具がなくとも、飛行タイプで夜目が利くヨルノズクがいれば、足に掴まってこの扉を飛び越えられる。

 しかし、一旦戻った場合、再び見つからずにここまで辿り着けるかどうか疑問だ。もし見つかって多勢無勢で来られたら、とてもじゃないが自分一人では太刀打ちできない。できるなら戻らずにこのまま侵入し、何時もの様に相手に気付かれる前に各個撃破していきたい。

 ——キーさえあれば……

 レオンは忌々しそうにパネルのキーの差し込み口を睨み付ける。

 が、ふと何か思い立ってコートのポケットの中をまさぐり、五センチ程の摘みの付いた平べったい棒のような物を取り出した。

 それはダークポケモン研究所側の駅が爆破された時、プラットホームに落ちていたのを、咄嗟に拾ってしまったものだ。

 摘みの下の平べったい棒の表面には、幾何学模様の様に並んだ窪みが付いていて、キーに見えなくもない。差し込み口の大きさも、大体それに合っていそうだった。

 レオンは試しにそれを操作パネルのキー穴に差し込んでみた。

 ——と、カチリと小さな音がし、低い唸りを上げてゆっくりとゲートの分厚い扉が地面に沈み込んで行く。

「開いたわっ」

 ルナが感嘆の声を上げる。

「行くぞ」

 扉が完全に地面に収納されるのが待っていられず、レオンはある程度沈んで低くなった扉を飛び越えて敷地内に侵入した。

 中に入るとすぐの所に入り口が二つある。シャッターと扉だ。

 レオンは手近にあるシャッターに手を掛けてみたが、ロックされているらしくビクともしなかった。が、もう一方の扉の方はあっさりと開いた。

 そっと中の様子を窺い、人が居ないことを確認してから中に足を踏み入れる。

 そこはかなり小さめの部屋で、正面とその脇に扉があり、左手の方にはこの建物の案内図だろうか、現在位置が赤い星印で示されてあった。

 各フロアの見取り図が記されてあるそれによると、主要部分は全て地下に造られ、地上のこの部分はただの出入り口でしかない。そして、その地下施設に行くには、正面の扉の向こうにあるエレベーターを使うほかないようだ。

 だが、主要施設の入り口だけあって、その中に入るにはキーが必要だった。しかもこの扉の脇にあるのは読み込み式のリーダーである。ここのキーはゲートのそれとは違い、紙のような薄っぺらな形状のものらしい。

「レオン、ちょっと来て」

 もう一つの扉を開けて中を覗き込んでいたルナが、扉を調べていた彼を呼んだ。

 調べるのを中断して彼女の許に行き、中を覗き込むと、そこは更に小さな部屋になっていた。

 入り口に背を向けて並べられた椅子のコンソールディスクの上の壁一面に幾つものスクリーンが並び、その一つ一つの画面に様々な角度から映されたこの建物の外部の風景が、次々と自動的に切り替わって映し出されている。

 どうやらここはこの建物の外部の監視カメラの制御室らしい。ゲート周辺もバッチリ映っている。もしここに誰か居たなら、ゲート前に立った時点で自分達は見つかっていただろう。

 誰も居なくて助かったが、ここは仮にもシャドーのダークポケモン計画の(かなめ)とも言うべき研究所の筈だ。それなのに監視する者が誰も居ないというのは、余りにも不用心過ぎる。

 嫌な予感が頭を掠め、レオンは内部の方も映せないかと、スクリーンの画像を見ながらコンソールのボタンやスイッチを色々といじってみた。

 すると、自動的に切り替わった映像の一つに見覚えのあるシャッターが映り、それがゆっくりと上にせり上がり出した。

 どうもここにはあのシャッターを開くスイッチがあったらしく、それを偶然レオンが押してしまったようだ。

 さっき見た案内図ではそっちは倉庫という事で、直接こっちの研究施設とは繋がっていないようだが、何かのデータか使えそうな物があるかもしれない。

 早速二人は監視室を出て、シャッターの開いた倉庫に向かった。

 中はガランとして、カラのコンテナが乱雑に置かれてある以外何もない。

 右の方に通路があり、その奥に地下に降りる階段がある。

 二人は用心しながらそれを降り、また上と似たような曲がりくねった通路を進むと、広い所に出た。

 そこには無造作に積み上げられた資料箱やキャビネットにロッカー、そして、何かの研究プラントが所狭しと置かれてあった。おそらく、研究施設の方に入り切らなくてここに置いたのだろう。

 そして、二人が来た通路のすぐ横辺りに、また地下に降りる階段があった。

 取り敢えず二人は、この階を調べるのは後回しにして下に降りてみる。

「ここは……」

 階段途中から下の階を覗き、二人は絶句した。

 そこは床や壁が爆発でもしたように深く(えぐ)れ、その奥に見える吹っ飛んだ扉の先は瓦礫によって完全に塞がれ、使い物にならなくなっていた。

「あの瓦礫の向こうって、もしかしてダークライナーの駅?」

「ああ……」

 あの時爆破された駅は、ここに繋がっていたのだ。警備が余りにもズサンなので、もしかしたらダミーかと疑ったのだが、やはりここは間違いなくシャドーのダークポケモン研究所なのである。となれば、上の階の物を調べる価値は十分ある。

 すぐさま二人は上に取って返そうとした。

 その時である。

「まったく、なんだってオレばっかりコキ使うんだよ」

 と、上の階からぶつくさ言う男の声が聞こえて来た。

 ——上に人が居るっ!?

 思わず二人は顔を見合わせた。

 そっと階段を上がり、手摺りの隙間から覗いて様子を窺うと、白衣の男が一番奥にあるプラントの前に立ち、ブツブツ愚痴りながら作業をしている。

 多分さっきはプラントの陰にいたのだろう。だから二人も、そしてこの研究員らしき男も、お互い気付かなかったのだ。

「オレだって、研究所を引き上げる準備もしなきゃいけないってのに……」

 ——この研究所を引き上げるだって!?

「その話は本当か?」

 思わず飛び出したレオンが男に問い詰める。

「な、な、何だ、おまえはっ!?」

 驚いて振り返った研究員は、不意に湧いて出た少年にギョッとなった。

「あ、怪しいヤツめっ! 侵入者だなっ!?」

 そう喚くと、慌てふためいて白衣のポケットからモンスターボールを取り出して投げる。

 中から出て来たのは、体が赤と白のモンスターボールのような色合いの直径五十センチ程の球体で、発電所などの近辺によく現れる電気タイプのビリリダマが二匹だった。

 それに対しレオンは、水タイプではあるが地面タイプも併せ持っている為に、電気技が全く効かないヌオーと、艶やかな闇色の髪と(つぶ)らな赤い瞳をし、頭の下は漆黒のドレスのようなひらひらとした手足のない体のゴーストタイプのムウマを出した。

 ヌオーが舌をベロンと出して、その上に乗る「先制のツメ(たからもの)」をほんわりと見詰め、ムウマは宙を漂いながら興味津々に周りにある物を見ている。

 レオンは戦い慣れしていない白衣の男がビリリダマに指示を出す前に、電気タイプに効果抜群であるヌオーの『地震』の容赦ない一撃で、一瞬の内に二匹を叩き潰した。

「なんでオレがこんな目にーっ!?」

「答えろ、さっき貴様が言ってた事は本当なのか?」

 あっさりと負け、頭を抱えて喚く研究員に、レオンは再度問い(ただ)す。

「さ、さっき言ってた事って……?」

「この研究所を引き上げるという話だ」

 そう言う少年の口調(こえ)表情(かお)に、研究員の男は何か焦りの様なものを感じ取って、幾分余裕を取り戻した。

「ああ、本当さ。何が目的か知らないが、今頃来たってここには何もないぜ」

「何処だ? 新しい研究所は?」

「さあ、知らないね。オレは単なるしがない研究員だ。ただ与えられた研究をするだけのな。ここだって連れて来られるまでは、何処にあるか全く分からなかったくらいだ」

 知らない事を楯に取り、白衣の男は勝ち誇ったように言う。

 となれば、こいつにこれ以上聞いても無駄だ。

 レオンは質問を変えた。

「地下施設に通じる扉のキーは何処にある?」

「そ、それは……」

 途端に余裕を無くし、男は視線を宙に泳がせながらチラリと右胸辺りを見る。

 ——そこか。

 男の手を()じ上げ、レオンは白衣の左胸辺りを触った。

「や、やめろっ。いたっ、いたたたっ。う、腕が折れる~ぅっ。暴力反対っ。人権侵害で訴えてやるぞ~っ」

 男はけたたましく喚きながら、身を(よじ)らせて激しく抵抗する。

 (うるさ)い事この上ない。

 手を()じ上げたまま、レオンは研究員の男の体をボールに戻さずにいたヌオーに向かせた。

「な、何をする気だっ!?」

「ヌオー、この男に『あくび』だ」

 狼狽(うろ)えて喚く男を無視し、レオンは淡々と命じる。

 お気に入りのアイテムを舌の上に乗せて遊んでいたヌオーは、くるりと舌を丸めてそれを口の中にしまい込むと、ふわぁっと白衣の男に向かって眠気を誘う『あくび』を吹きかける。

 ヌオーが技を出す直前、さっとレオンは身を引いて無事だったが、いかにも運動神経が無さそうな研究員は、咄嗟に動く事が出来ずにモロにこれを浴び、目に涙を溜めて欠伸(あくび)をした。

 急速に睡魔に襲われ、男はその場に(くずお)れるように眠りこける。

 静かになった処で、レオンはだらしなく口を開けて眠る研究員の白衣の左胸の内側をまさぐり、見つけたポケットの中に手を突っ込んだ。

 中にあった物を引っ張り出す。

 名刺ほどの大きさのカードである。表にはこの研究員の男の写真と名前が書かれてあり、裏には磁気テープが貼ってあった。

「ねえ、それってもしかしてカードキーじゃない?」

 磁気テープに個人情報を記録した所謂身分証明書(ⅠDカード)というヤツだが、あらかじめその個人データを登録しておくと、キー代わりにも使える代物だ。

「これを使えば、きっと中に入れるわね」

「ああ」

 ここが引き上げの準備に入っているなら、この男の他にもその作業をしている者がいる筈だ。その中には新しい研究所の場所を知っている奴もいるかもしれない。作業が完全に終わる前にそいつを捜し出し、その場所を突き止めなければ。

 研究員をプラントのコードで縛り上げ、その陰に隠すと二人は急いでさっき開かなかった扉の所に戻った。

 

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