未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―フェナスシティ―(7)

 二人はゆっくりと水路沿いにヤシの並木道を抜け、街の奥にそびえ立つ大きなスタジアムドームへと足を向ける。

 市長が勧めたスタジアムは、自慢するだけあってまさに水の都の象徴とも言える代物だった。

 ドームの天辺からは地下から汲み上げられた水がドーム全体を水の膜で覆うように流れ落ち、それが町を囲む白壁の上や屋根、そして街に張り巡らされた水路に流れ込んで、白と水色との美しいコントラストを描いているのである。

 スタジアムの階段を上って行くと、それがより一層綺麗に見える。

 しかし、少女に促されるまま俯き加減に黙々と歩いているレオンには、そんな美しい景観も目に入っていないようだった。

 連れの沈黙に堪え兼ね、ルナはさっきのニュースを話題に振ってみた。

「ねぇ、レオン。貴方スナッチ団の事、どう思う?」

「え?」

 考え事をしていたレオンは、ハッとしてルナを見た。

「なんだ?」

「スナッチ団の事、どう思ってるか聞いたのよ」

 人の話を全然聞いてないレオンにルナは呆れた。

「スナッチ団って、人のポケモンを平気で奪っちゃう酷い奴等じゃない。貴方だってトレーナーでしょ。もしブラッキーやエーフィがそんな奴等に奪われたとしたら、貴方平気でいられる?」

 ルナのその言葉に、レオンは大きく目を見開いた。

 ——奪う……ブラッキー…エーフィ……イーブイっ!?

 刹那、フラッシュバックした過去の記憶が、次々と走馬灯のように脳裡を駆け抜ける。

 レオンは激しい眩暈(めまい)と頭痛に片手で頭を押さえ、上手く息が出来ない苦しさにもう一方の手で胸倉を鷲掴んだ。

 一体何が起こったのか。いきなり様子がおかしくなったレオンに、ルナは狼狽(うろた)えた。

「レオン。どうしたの?」

 心配そうにレオンの顔を窺い見る。

 そんな二人の横っ(つら)を張り飛ばすように、突然段下からだみ声が飛んできた。

「やいっ、レオン! やっと見つけたぜっ」

 驚いて声のした方を見ると、お揃いの赤いベストを着た数人の男が、血相を変えて階段を駆け上がって来る。善良とは程遠い人相と恰好の男達である。

 無理矢理息を整えて平静を取り戻し、何事も無かったようにレオンは男達に目を向ける。

 男達はスタジアムに入る通路の中程で二人を取り囲むと、アッシュブロンドの少年に向かって鼻息も荒く口々に(ののし)った。

「てめぇっ、よくも裏切ってくれたなっ!」

「アジトをぶっ壊しただけでなく、スナッチマシンまで盗んで行くとはいい度胸だぜっ!」

「なに、この人達。アジトとかスナッチマシンとかって……、もしかしてスナッチ団なの!?」

 男達の剣幕に怯えてレオンの背に隠れたルナは、その言葉に愕然とした。

「それに裏切る…って、……レオン、まさか——」

「そうさ、お嬢ちゃん。お察しの通り、そいつはオレ達と同じスナッチ団員さ!」

 思わず後退(あとずさ)って連れの少年を凝視する少女に、男の一人が教えてやった。

「えぇっ!? それ本当なの、レオン?」

「違う」

 きっぱりと否定し、レオンは冷ややかに琥珀色の瞳を男達に向けた。

「俺はスナッチ団員になった覚えはない」

「何言ってやがる。狙った獲物は逃がさない。スナッチ団一のスナッチャーの癖に」

「それはおまえらが、バトルが下手くそなだけだろう」

 負けず知らずの凄腕と聞いて、ストリートバトル専門の自分にわざわざ仕事を依頼するくらいだ。それを数回請け負っただけで仲間扱いとは。なんとも目出度い連中だ。

 そうレオンは嘲った。

 ——でも、こいつら何故俺がここにいるのが判ったんだ? 

 思っていた以上に嗅ぎ付けて来るのが早い。

「う、うるさいっ。とにかく、アジトから持ち出したそのスナッチマシン返しやがれっ!」

 図星を指され、顔を真っ赤にして禿げ頭の男が、訝るレオンの左腕の肩当てと手甲を指差して喚く。

「返す? 冗談だろ」

 レオンは鼻を鳴らした。

「これは俺のものだ。俺の方が返してもらったんだ」

「ふざけるなっ。そのスナッチマシンは、オレ達が長年研究してやっと完成したもんなんだぞ」

 バトル下手な自分達では、一匹のポケモン(えもの)をスナッチするのにも大量のボールが必要になる。その為すぐに手持ちのスナッチボールが無くなり、その度にあの峡谷のアジトまで取りに行かなくてはならず、とても不便だったのだ。

 それを解消する為、持ち運びできるスナッチマシンを造るのに、どれだけの金をつぎ込み苦労したことか。

「それに、それを完成させる為、おまえだって手を貸しただろうがっ」

「ああ、だから俺の物だ。どうせおまえらにこれは扱えない」

 完成品を使ってのデータ取りも、自分がする事になっていた。だから最終調整は自分に合わせたものになっているのだ。他の者では扱い辛くて使えない。

「ええいっ、面倒くせぇっ。こうなったら、力づくで返してもらうぜっ!!」

 男達はいきり立ち、その内の一人髭面の男がベルトからモンスターボールを引き抜いて投げ付けた。

 現れたのは共に体長六十センチ程の、ずんぐりした赤い体と鋭いハサミを持つヘイガニと、ふわふわと浮く紫の球体に開いた穴からガスを噴出するドガースである。

 レオンも腰の後ろに手を回し、ベルトのモンスターボールを手に取った。

 (まばゆ)い光が(ほとばし)り、二匹のポケモンが姿を現す。

 ふるりと首を振り、ブラッキーとエーフィはレオンの前に立って身構えた。

 ルナと他のスナッチ団員達が見守る中、両者はお互いのポケモンと共に対峙する。

 水タイプのヘイガニに効果的な技は持ってないが、毒タイプのドガースなら話は別だ。レオンは余裕を持って相棒達に指示を出す。

「ブラッキー、ヘイガニに『かみつく』 エーフィはドガースに『念力』だ」

「へ、ヘイガニ、ブラッキーに『バブル光線』 ドガースはエーフィに『ヘドロ攻撃』をぶち当てろ」

 慌ててスナッチ団員の男も指示を飛ばす。

 だが、指示が遅れた分、先手を取られてしまった。

 ブラッキーより動きの早いエーフィが、先にドガースに攻撃を繰り出す。

 首を大きく振り、額の紅玉に思念を集中させてドガースに向けて放出する。

 見えない不可視の力が空を裂き、紫の球体に直撃した。

 効果抜群である。

 ドガースは一瞬力んで大きく体を膨らませると、力尽きたように体中のガスを噴き出し、へなへなと萎んだ体を石畳に落とした。

 一方、ブラッキーもヘイガニに攻撃を仕掛けていた。

 全身の筋肉をたわめ、力強く石畳を蹴ると一気にヘイガニとの距離を詰め、鋭い牙を硬そうな甲羅に突き立てる。

 その攻撃に、ヘイガニは一瞬怯んだ。

 すかさずレオンは二匹に次の指示を出す。

「エーフィ、ブラッキーに『手助け』 ブラッキーはもう一度ヘイガニに『かみつく』だ」

 ドガースを一撃の許に撃破したエーフィは、すかさず相棒に力を送る。

 それを受け、力を増したブラッキーの鋭い牙が、ヘイガニの硬い甲羅を噛み砕いた。

「やっぱりオレじゃ、ダメなのかーっ」

 一撃も入れられずに、瞬く間にやられてしまったポケモンを前に、髭面の男は頭を抱えて絶叫した。

 仲間の無残な負けっぷりに他のスナッチ団員は腰が引け、次に勝負を挑む者はいなかった。

 ジロリとレオンが視線を向けると、目が合った途端に一人、また一人と後退(あとずさ)っては逃げていく。

「ク、クソッ。レオン、このままで済むと思うなよっ! スナッチマシンは必ず取り返すからなっ!」

 倒れたポケモンを回収して憎々しげに吐き捨てると、髭面の男は逃げて行った仲間の後を追って走り去る。

 後には何か言いたそうなルナと、それに背を向け、無言で相棒達をボールに戻すレオンがいた。

 

 

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