二人はゆっくりと水路沿いにヤシの並木道を抜け、街の奥にそびえ立つ大きなスタジアムドームへと足を向ける。
市長が勧めたスタジアムは、自慢するだけあってまさに水の都の象徴とも言える代物だった。
ドームの天辺からは地下から汲み上げられた水がドーム全体を水の膜で覆うように流れ落ち、それが町を囲む白壁の上や屋根、そして街に張り巡らされた水路に流れ込んで、白と水色との美しいコントラストを描いているのである。
スタジアムの階段を上って行くと、それがより一層綺麗に見える。
しかし、少女に促されるまま俯き加減に黙々と歩いているレオンには、そんな美しい景観も目に入っていないようだった。
連れの沈黙に堪え兼ね、ルナはさっきのニュースを話題に振ってみた。
「ねぇ、レオン。貴方スナッチ団の事、どう思う?」
「え?」
考え事をしていたレオンは、ハッとしてルナを見た。
「なんだ?」
「スナッチ団の事、どう思ってるか聞いたのよ」
人の話を全然聞いてないレオンにルナは呆れた。
「スナッチ団って、人のポケモンを平気で奪っちゃう酷い奴等じゃない。貴方だってトレーナーでしょ。もしブラッキーやエーフィがそんな奴等に奪われたとしたら、貴方平気でいられる?」
ルナのその言葉に、レオンは大きく目を見開いた。
——奪う……ブラッキー…エーフィ……イーブイっ!?
刹那、フラッシュバックした過去の記憶が、次々と走馬灯のように脳裡を駆け抜ける。
レオンは激しい
一体何が起こったのか。いきなり様子がおかしくなったレオンに、ルナは
「レオン。どうしたの?」
心配そうにレオンの顔を窺い見る。
そんな二人の横っ
「やいっ、レオン! やっと見つけたぜっ」
驚いて声のした方を見ると、お揃いの赤いベストを着た数人の男が、血相を変えて階段を駆け上がって来る。善良とは程遠い人相と恰好の男達である。
無理矢理息を整えて平静を取り戻し、何事も無かったようにレオンは男達に目を向ける。
男達はスタジアムに入る通路の中程で二人を取り囲むと、アッシュブロンドの少年に向かって鼻息も荒く口々に
「てめぇっ、よくも裏切ってくれたなっ!」
「アジトをぶっ壊しただけでなく、スナッチマシンまで盗んで行くとはいい度胸だぜっ!」
「なに、この人達。アジトとかスナッチマシンとかって……、もしかしてスナッチ団なの!?」
男達の剣幕に怯えてレオンの背に隠れたルナは、その言葉に愕然とした。
「それに裏切る…って、……レオン、まさか——」
「そうさ、お嬢ちゃん。お察しの通り、そいつはオレ達と同じスナッチ団員さ!」
思わず
「えぇっ!? それ本当なの、レオン?」
「違う」
きっぱりと否定し、レオンは冷ややかに琥珀色の瞳を男達に向けた。
「俺はスナッチ団員になった覚えはない」
「何言ってやがる。狙った獲物は逃がさない。スナッチ団一のスナッチャーの癖に」
「それはおまえらが、バトルが下手くそなだけだろう」
負けず知らずの凄腕と聞いて、ストリートバトル専門の自分にわざわざ仕事を依頼するくらいだ。それを数回請け負っただけで仲間扱いとは。なんとも目出度い連中だ。
そうレオンは嘲った。
——でも、こいつら何故俺がここにいるのが判ったんだ?
思っていた以上に嗅ぎ付けて来るのが早い。
「う、うるさいっ。とにかく、アジトから持ち出したそのスナッチマシン返しやがれっ!」
図星を指され、顔を真っ赤にして禿げ頭の男が、訝るレオンの左腕の肩当てと手甲を指差して喚く。
「返す? 冗談だろ」
レオンは鼻を鳴らした。
「これは俺のものだ。俺の方が返してもらったんだ」
「ふざけるなっ。そのスナッチマシンは、オレ達が長年研究してやっと完成したもんなんだぞ」
バトル下手な自分達では、一匹の
それを解消する為、持ち運びできるスナッチマシンを造るのに、どれだけの金をつぎ込み苦労したことか。
「それに、それを完成させる為、おまえだって手を貸しただろうがっ」
「ああ、だから俺の物だ。どうせおまえらにこれは扱えない」
完成品を使ってのデータ取りも、自分がする事になっていた。だから最終調整は自分に合わせたものになっているのだ。他の者では扱い辛くて使えない。
「ええいっ、面倒くせぇっ。こうなったら、力づくで返してもらうぜっ!!」
男達はいきり立ち、その内の一人髭面の男がベルトからモンスターボールを引き抜いて投げ付けた。
現れたのは共に体長六十センチ程の、ずんぐりした赤い体と鋭いハサミを持つヘイガニと、ふわふわと浮く紫の球体に開いた穴からガスを噴出するドガースである。
レオンも腰の後ろに手を回し、ベルトのモンスターボールを手に取った。
ふるりと首を振り、ブラッキーとエーフィはレオンの前に立って身構えた。
ルナと他のスナッチ団員達が見守る中、両者はお互いのポケモンと共に対峙する。
水タイプのヘイガニに効果的な技は持ってないが、毒タイプのドガースなら話は別だ。レオンは余裕を持って相棒達に指示を出す。
「ブラッキー、ヘイガニに『かみつく』 エーフィはドガースに『念力』だ」
「へ、ヘイガニ、ブラッキーに『バブル光線』 ドガースはエーフィに『ヘドロ攻撃』をぶち当てろ」
慌ててスナッチ団員の男も指示を飛ばす。
だが、指示が遅れた分、先手を取られてしまった。
ブラッキーより動きの早いエーフィが、先にドガースに攻撃を繰り出す。
首を大きく振り、額の紅玉に思念を集中させてドガースに向けて放出する。
見えない不可視の力が空を裂き、紫の球体に直撃した。
効果抜群である。
ドガースは一瞬力んで大きく体を膨らませると、力尽きたように体中のガスを噴き出し、へなへなと萎んだ体を石畳に落とした。
一方、ブラッキーもヘイガニに攻撃を仕掛けていた。
全身の筋肉をたわめ、力強く石畳を蹴ると一気にヘイガニとの距離を詰め、鋭い牙を硬そうな甲羅に突き立てる。
その攻撃に、ヘイガニは一瞬怯んだ。
すかさずレオンは二匹に次の指示を出す。
「エーフィ、ブラッキーに『手助け』 ブラッキーはもう一度ヘイガニに『かみつく』だ」
ドガースを一撃の許に撃破したエーフィは、すかさず相棒に力を送る。
それを受け、力を増したブラッキーの鋭い牙が、ヘイガニの硬い甲羅を噛み砕いた。
「やっぱりオレじゃ、ダメなのかーっ」
一撃も入れられずに、瞬く間にやられてしまったポケモンを前に、髭面の男は頭を抱えて絶叫した。
仲間の無残な負けっぷりに他のスナッチ団員は腰が引け、次に勝負を挑む者はいなかった。
ジロリとレオンが視線を向けると、目が合った途端に一人、また一人と
「ク、クソッ。レオン、このままで済むと思うなよっ! スナッチマシンは必ず取り返すからなっ!」
倒れたポケモンを回収して憎々しげに吐き捨てると、髭面の男は逃げて行った仲間の後を追って走り去る。
後には何か言いたそうなルナと、それに背を向け、無言で相棒達をボールに戻すレオンがいた。