未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―ダークポケモン研究所―(4)

 一通りこの階の研究室(ラボ)を見て回ったが、どこも引き上げ準備が済んでしまったのか、簡単に持ち出しできない大きなプラント以外何も残っていなかった。

 何の収穫もないまま、一番奥にあったエレベーターに乗ろうとした途端、また上からシャドーの戦闘員が降ってきてバトルを仕掛けて来る。

 もう引き上げるといっても、流石にシャドーの重要拠点の一つである。まだ要所要所に警備の者は残っているようだ。しかもダークポケモンの研究所だけあって、必ず一匹はダークポケモンを持っている。

 それをスナッチしながら敵を叩き潰した上で眠らせ、簡単に見付からない様に縛り上げて近くのラボのプラントの陰に転がし、二人はエレベーターに乗り込んで地下二階へと降りた。

 近くにあった研究室の中を調べてみる。

 ここも基本的には今までのラボと殆ど変わらない造りだった。既に引き上げは完了しているらしく、どのプラントも電源は切られ、資料棚は空っぽで何一つ残っていない。

 が、机の上に放置されていた光学顕微鏡の脇に、天井の電灯の光を浴びてキラリと光るモノがあった。

 最初の研究室で見つけたモノと同じDNAサンプルである。

 それをポケットにしまって他に何かないか探してみるが、それ以外は特に何もなかった。

 一通り調べ終わって二人が通路に出た丁度その時、奥の通路の角を曲がって白衣を着た男が姿を現わした。

 白衣の研究員は二人に気付くと同時に、顔色を変えて身を翻す。

 慌ただしい足音が通路に響き渡って遠ざかって行く。

 ——しまったっ!

 慌ててレオン達は男の後を追った。

 白衣の男は長い通路を必死の形相で駆け抜け、突き当りの研究室の入り口にある円筒の二重になった扉を続けて潜り抜ける。

 殆ど間を置かず、レオンもその開いた二枚の扉を潜り抜けて中に入った。

 そこは今まで見たラボの中では一番広く、正面にはランプがカチカチと明滅してまだ稼働しているプラントがずらりと並び、そこから伸びている様々な太さのチューブが、入ってすぐ横にある幾つもの大きな六角形のカラの培養槽に直結していた。その他にも壁際にはコンソールなどが置かれてあり、研究室というより実験室といった方がいい造りである。

 だが、ここに逃げ込んだ筈の研究員の姿が無い。

 多分あちこちに置かれたプラントの陰にでも隠れているのだろう。

 レオンは用心してそれ以上中には進まず、周囲を窺っていると、漸くルナが追いついた。

 軽く息を整え、二枚の扉が開きっぱなしの円筒の中に入る。

 そして、研究室の中にいるレオンの許に行こうと更に足を踏み出した瞬間、ルナの鼻先で正面の扉がいきなり閉まった。

「え?」

 びっくりして立ち止まったルナの背後で、再び扉の閉まる音がする。

「ど、どうして!?」

 慌てて閉まった扉を叩いてみるが、ピッタリと閉じたままだ。

 レオンも外側から扉を開けようとするがビクともしない。

 ルナは完全に円筒の中に閉じ込められてしまったのである。

「無駄だ。その扉はこれじゃないと開かないんだ」

 何処に隠れていたのか、ひょいとプラントの奥から出て来た白衣の男は、二人に手にしたリモコンを見せてニンマリと口の端を吊り上げた。

「貴様……」

 ギッとレオンが男を()め付ける。

「おっと、ベルトに回した手を上に挙げるんだ。妙な動きはするなよ。その二重扉の円筒の中は色々な仕掛けがあって、全てこのリモコンでコントロールできるんだからな」

 研究員の男はベルトのモンスターボールを取ろうとした少年を制し、得意気に言葉を継ぐ。

「元々それは外部からラボに雑菌が入るのを防ぐ為、その中で全身を消毒する為のものなんだがね。言う事を聞かずに逃げ出すポケモンを捕獲する時にも使うんだ。その中に誘い込んで閉じ込め、草タイプのポケモンから抽出した痺れ粉や眠り粉を浴びせて動きを封じるんだよ。ちなみに、このスイッチを押すと、その中にドガースの体内から採ったガスが噴出するんだ」

「っ!?」

 白衣の研究員の説明に、二人は顔色を変えた。

 ドガースの体内に詰まっているガスは猛毒なのだ。

 そんなものを密閉されたこの円筒の中に充満させられたら、ルナはひとたまりもない。ガスの毒素にやられて呼吸困難を起こして死んでしまうだろう。

 ルナは顔面蒼白になり、レオンは男の卑劣さに怒りを(あら)わにする。

 そんな二人を白衣の男は愉快そうに見やった。

「おまえ達はレオンとルナだろう? あちこちで我々の計画の邪魔をしてると噂のある」

「………」

「だが、それもここまでだ。この私に見つかったのが運のツキだったな。

 さあ、小僧。その()を殺されたくなかったら、おまえのポケモンを全部こっちに渡してもらおうか。幹部達まで倒したおまえのポケモンなら、さぞかし強いダークポケモンが出来るだろうからな」

 と、何時でも押せるように、リモコンのスイッチボタンの上に軽く指を置きながら、勝ち誇って研究員の男は言い放つ。

「っ………」

 レオンはぐっと拳を握り締め、無言で男を睨み返した。

 冗談ではない。ルナを見殺しには出来ない。かといって、掛け替えのない相棒達を、ダークポケモンにされると判っていて差し出すなんて出来るわけが無い。

「さあ、早くしろ。私はあまり気が長い方じゃないんだ。グズグズしているとイラついて、つい指に力が入ってしまうかもしれないぞ」

 これ見よがしに、指に力を入れてゆっくりとボタンを押す。

「やめろっ」

「じゃあ、ベルトのモンスターボールを全部こっちに放るんだ」

「くっ……」

 ギリっと奥歯を噛み締め、レオンはベルトのモンスターボールに手を掛ける。

「ダメよ、レオンっ。そんなヤツの言う事なんか聞いちゃっ!」

 自分の為にポケモン達を渡そうとする少年を大声で止め、ルナはスカートのベルトから二個のモンスターボールを外して開閉スイッチを押した。

 ボールから(ほとばし)(まばゆ)い光と共に、ルナの足許に愛らしい二匹のポケモンが姿を現わす。

 どちらも四十センチ程の電気タイプのポケモンだ。一匹は長い耳と両手、そして頬のプラスの形をした電気袋と尻尾の十字に分かれた先っぽが真っ赤なプラスルで、もう一匹は黄色い体に長い耳の先が黒く、背中の二本の縞模様とギザギザの尻尾の付け根が焦げ茶色になっている。頬の赤く丸い電気袋がチャームポイントのピカチュウである。

 首には電気技の威力を増す自分専用のアイテムである「電気玉」を、落とさない様に紐でしっかりと縛って付けていた。

 ポケモンなど出して何をする気なのかと、呆気に取られる研究員の男とレオンを後目(しりめ)に、ルナはプラスルを抱きかかえて指示を出す。

「プラスルは『守る』 ピカチュウはガラスに向かって『十万ボルト』よっ」

 これに応え、すかさずプラスルがルナを含めた自分の周りに、どんな技でも撥ね返す障壁を張り巡らせ、ピカチュウは首に掛けた「電気玉」を掴むと、頬の電気袋に溜めた電気を一気にガラスに向かって放出する。

 密閉された円筒の中が一瞬目も(くら)むほどの(まばゆ)い光に包まれる。

 思わずレオンと白衣の男は、顔に手を(かざ)して鋭い閃光から目を守った。

 そして、光が消えた後には、ルナを閉じ込めているガラスの壁には傷一つ付いていなかった。

「そんな……」

 「電気玉」で威力の増したピカチュウの『十万ボルト』が効かないなんて……

「何をするかと思えば、それは特殊強化ガラスで出来ているんだ。その程度の電撃で壊れるものか」

 少女の思いがけない行動に一瞬焦った白衣の男だったが、ガラスが無事なのを見て、茫然とする少女を嘲笑う。

 その言葉に、ルナはキッと研究員の男を睨み付けた。

「まだ、これからよっ」

 ぎゅっとプラスルを抱き締めて、ルナは硬い声でレオンに頼む。

「レオン、危ないからもっと離れていて」

「何をする気だ?」

「いいから早くっ」

 問答無用で円筒からレオンを離れさせると、ルナは意を決して昂然と二匹に命じる。

「プラスル、ピカチュウに『手助け』してから『スパーク』 ピカチュウはプラスルの『スパーク』に合わせてもう一度『十万ボルト』よっ」

「っ!?」

 確かに「電気玉」だけでなく『手助け』で更に技の威力を上げた『十万ボルト』と『スパーク』が合わされば、あるいは特殊強化ガラスを割る事が出来るかもしれない。

 だが、こんな密閉された所で身を守らずに威力の増した電気技を使ったら、電気に耐性のあるポケモン達は大丈夫だろうが、人間であるルナは感電してショック死しかねない。まさに自殺行為である。

「馬鹿っ、やめろっ!」

 血相を変え、止めようとレオンがガラス張りの円筒に駆け寄ろうとしたが遅かった。

 逆らい難いルナの絶対なる命に従い、プラスルとピカチュウがそれぞれ技を繰り出す。

 『手助け』を受けたピカチュウの、「電気玉」で威力が増した『十万ボルト』とプラスルの『スパーク』が、同時に円筒の内部に炸裂した。

 膨大な電気エネルギーが円筒の内部で出口を求めて荒れ狂い、その力に耐え兼ねて特殊強化ガラスが粉々に砕け散る。

 咄嗟に両腕で顔を庇い、爆風と共に四散するガラス片から身を守ると、レオンはあちこちショートして黒煙が吹き上がるガラスの壊れた円筒の中央で倒れる少女に駆け寄った。

 髪がちょっとチリチリになり、体のあちこちが煤けてはいたが、酷い怪我らしきものは一応見当たらない。そして、抱き起こしたルナの胸はゆっくりと上下していた。

 ——生きていた……

 ホゥッとレオンは安堵の息を漏らす。

 一方、こんな小娘に自分の完璧な罠が破られるとは思っていなかった白衣の男は、怒りに顔を歪ませて(うな)った。

「くっそぉ~っ」

 もう使い物にならなくなったリモコンを床に叩き付け、白衣のポケットからモンスターボールを取り出す。

「行けっ、マルマインっ!」

 放ったボールの中から、直径一メートル強の巨大モンスターボールのような白と赤に色付いた球体のポケモンが二匹姿を現わした。

 男の声に振り返ったレオンは、現れたポケモンが電気タイプと見て取ると、気を失っているルナを片手に抱きとめたまま、もう一方の手でベルトのモンスターボールを掴んで放り投げた。

 中から閃光が(ほとばし)り、地面と水タイプを併せ持つヌオーと、草と飛行タイプを兼ね備えたワタッコが姿を現わす。

 ヌオーは自分の舌の上でコロンと転がるお宝を(つぶ)らな瞳でうっとりと見詰め、ワタッコはまずレオンの頭に跳び乗ろうとして、何時もと違う片膝を付いてルナを抱えるレオンに一瞬途惑(とまど)ったように動きを止める。

 まともにバトルする気のない白衣の男は、レオンの準備が整わない内に指示を出す。

「マルマイン、『大爆発』だ。そいつら全員吹き飛ばせっ!」

 それを受けた二匹のマルマインは全身に力を込め、体内に溜め込んでいた膨大な電気エネルギーを自ら刺激して爆発を促す。

 が、爆発しない。

「な、なんで『大爆発』しないんだっ!?」

 理由(わけ)が分らず、研究員の男は頭を抱えてパニクった。

「ヌオーの特性の『しめりけ』が『大爆発』を防いでるんだ」

 そう教えてやると、すかさずレオンは指示を出す。

「ヌオー、『地震』だ」

 不安定な舌の上で「先制のツメ」の先端を下に、危なげなく綺麗に立たせる事に成功したヌオーは、ニンマリと笑みを浮かべてそれを口の中にしまい込むと、舞い上がるように体を伸び上がらせ、新技が出来た嬉しさのあまり、思いっ切り特大の『地震』をおみまいした。

 ただでさえ電気タイプのマルマイン達には効果絶大の技なのに、喜びに任せてぶちかまされたそれは見事に急所を貫き、二匹はあっさりと力尽きる。

「そいつの特性忘れてた~」

 それに気付いていれば、他に戦いようがあったものを。

 白衣の男は自分の迂闊さを呪ったが、既に後の祭りである。

 やっぱり一人で捕まえて手柄を独り占めしようなどと考えずに、警備員に任せればよかった。こうなったら、何とかこの場を切り抜け、所内の皆にこいつらの侵入を知らせねば。

「だ、だが、おまえらが幾らあがこうとも、ダークポケモン計画を止める事は出来やしないぞ。全ては無駄な悪あがきでしかないんだ」

 と、自分の思惑を悟らせないようにベラベラと喋りつつ、男はここから逃げる算段を巡らせる。

 それをうっとうしそうに見やり、レオンはボソッと自分のポケモンに指示を出す。

「ワタッコ、この男に『眠り粉』だ」

 レオンの頭に乗らずにヌオーの頭に乗ってご満悦のワタッコは、機嫌よく軽快に跳ねながらそれに応える。

 白衣の男は逃げる間もなく、あっさりと眠らされてしまった。

 レオンはルナをガラス片の散らばっていない所に横たえてプラスルとピカチュウに任せ、自分はぐーすかと眠りこける研究員の男を千切れたチューブで縛る。

 そして、それをヌオーに運ばせようとして諦めた。またお気に入りのアイテムを使って新技を開発中で、全く耳をかさないのだ。どうも最近それがヌオーのブームになっているらしい。バトル以外は暇さえあれば色々とやっている。

 仕方なくヌオーとワタッコをモンスターボールに戻し、エーフィを出して『サイコキネシス』で運んでもらい、プラントの奥にあったカラのキャビネットの中に押し込んで隠した。

 それからざっと研究室の中を調べると、急いでそこから離れる。

 できればルナが気付くまで、あまり動かさずに様子を見ていたかったが、あれだけ派手に壊しては、すぐに見つかってしまう恐れがある。それなら多少無理してでも、何処かゆっくり休める所へ連れて行った方がいい。

「遅れるなよ」

 エーフィに『サイコキネシス』でルナを運ばせ、先頭に立ってさっき駆け抜けた通路を戻るレオンは、ルナが心配でどうしても自分のボールに戻るのを嫌がったプラスルとピカチュウに声を掛け、往きは気付かなかった左に折れる通路の角を曲がった。

 

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