未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―ダークポケモン研究所―(5)

 通路の先は行き止まりで、脇に二基の円筒型のエレベーターがあった。

 どちらに乗るか暫し迷い、レオンは奥のエレベーターに乗り込んだ。

 それは上に行くヤツで、大体一階分ほど上に上がって止まった。

 が、止まった先は通路ではなく、何かの研究室の中だった。

 正方形に近いその部屋はこぢんまりとして、壁際に小さめなプラントや資料を収めるキャスターの付いた小型キャビネットが置かれ、その中央には今までのラボでは見掛けたこともない大掛かりな装置が設置されていた。

 直結しているエレベーター以外に出口はなく、閉じ込められる可能性もなくはないが、通路沿いの部屋では何時人が来るか分からない。それにここは既に引き上げ準備が完了しているらしく、資料などは何も残っていなかった。これなら当分ここに人が来る心配はないだろう。

 レオンはルナが気付くまで、落ち着いて休めそうなここに居座る事にした。

 気を失ったままの彼女を傍にあったプラントに寄り掛からせると、レオンはエーフィをボールに戻し、カラのキャビネットをエレベーターの扉が閉まらない様に置いた。これでこれをどかさない限り、このエレベーターは使えない。

 そうやって人が入って来られない様にしてから、レオンは中を調べて回った。

 今まで調べて来たラボでも見た事のあるものもあれば、全く初めて見る装置もある。どちらにしろ、レオンにはどう扱うのか判らない代物だったが。

 特にこの中央に設置されているこの機械は何に使うのか、ちょっと見には巨大な顕微鏡のように見えなくもない。

 ぐるりとその周りを見て回ったレオンは、床にキラリと光るモノを見付けた。

 それは、DNAサンプルだった。

 ——すると、このラボも遺伝子に関するものを研究していたということか……

 だか、ダークポケモンは人工的に心を閉ざして攻撃性を高めただけの筈だ。遺伝子の研究など必要ないのに、何故どこの研究室でもそれをやっているのか。

 レオンは嫌な予感がしてきた。

 資料は何も残ってないし、このDNAサンプルだけで決めつけるのは早計だとは思うが、今まで見て来たモノを総合して考えれば考える程、一つの結論しか出て来なかった。

 もしかすると、シャドーが完成させようとしている最強のダークポケモンとは、遺伝子レベルまで人工的に手を加えたポケモンの事を言うのではないかと。

 その考えが当たっていれば、それはもうポケモンとは言えない。ポケモンの姿をしたバケモノだ。そんな奴を、自分は果たしてスナッチ出来るのだろうか……

 どんどん不吉な考えに陥っていくレオンの耳に、不意に少女の呻き声が届いた。

 ルナの意識が戻ったらしい。嬉しそうなピカチュウ達の鳴き声も聞こえる。

 ハッと我に返ったレオンは、手にしたDNAサンプルをポケットに入れて少女の許に急いだ。

 ルナはまだ固く(まぶた)を閉じたままだったが、長い(まつげ)が小刻みに揺れていた。

 その顔を期待に満ちた目でピカチュウ達が見上げている。

「う……ん」

 微かな呻き声を上げ、身じろぎする。

 その拍子に寄り掛かったプラントから体がずり落ちる。

 床に倒れそうになるルナを、レオンは咄嗟に受け止めた。

 一瞬息を呑んだプラスルとピカチュウが、ほーっと安堵する。

 まったく、気を失っていても危なっかしくてしょうがない。

 レオンは脇に座り、自分に寄り掛からせるようにしてルナの体を支えた。

「う、う……ん」

 眉根を寄せてもう一度声を上げたルナの(まぶた)がうっすらと開く。

 天井のライトの光に眩しそうに顔を(しか)めたルナは、それから顔を背けた視界の中一杯に広がったブルーの色に思わず(おもて)を上げた。

 そこに、不機嫌この上ない少年の顔があった。

「レオン……」

「やっと起きたか」

 ルナが目を醒ましてホッとした事などおくびにも出さず、ジロリとレオンは身を起こした彼女を睨み、思いっ切り怒鳴った。

「馬鹿か、おまえはっ。本当なら死んでたトコだぞっ!」

「レオン……」

「あんな真似をして、一体どういうつもりだっ!?」

 怒鳴られてビクっと肩を竦ませたルナは、躊躇(ためら)いがちに口を開いた。

「…——もう、貴方の足手まといになりたくなかったの……」

「なに?」

「……あたしは、ダークポケモンを見分ける以外は、何の役にも立たないんだもの。これ以上レオンの足を引っ張りたくなかったのよ」

 自分の所為で、レオンと一緒に頑張って来たブラッキー達がダークポケモンにされてしまったら、今までの事がみんな無駄になってしまう。そんなの絶対に嫌だし、自分で自分が許せなくなる。だから危険を承知であの方法を取ったのだ。

 自分の答えに唖然とする少年の顔を窺いながら、ルナは言葉を続けた。

「それに、あれはちゃんと勝算があってやったのよ」

 ガラスの壁に『十万ボルト』をぶつけた余波を『スパーク』で押し返し、二つの技のエネルギーを全て特殊強化ガラスにぶつける事で自分が浴びる電気量を少なくして、更に抱えていたプラスルと足許のピカチュウにそれを吸収して貰ったのだ。

 電気タイプのポケモンは、大なり小なり空気中の静電気などの電気エネルギーを体に取り込んで、電気袋に溜め込む性質がある。避雷針代わりに重宝されている電気ポケモンもいるのだ。その事をルナは知っていたのである。

 とはいえ、計算通り上手くいったから良かったものの、下手をすれば本当に死んでいた。

「……——何故、俺なんかの為にそこまでするんだ?」

 自分の命を掛けるような真似までして、こんな自分に、そこまでする価値があるとでもいうのか。

 レオンには全く理解できなかった。

「おまえは、ダークポケモンを見分けるだけでいいと言っただろう」

 だから荒野でのダークポケモンのリハビリの手伝いを止めさせた。バトルのトラウマがまだ癒えていないのに、そんな辛い思いまでしてする事はない。自分が必要なのはあの能力だけなのだからと。

「それなら、あたしも言ったでしょ。なんでも一人でしないで、お互い協力し、助け合うって」

 それが本当の「仲間」なんだって(わか)ってもらいたい。そして、ただの便利アイテムじゃなく、そんな関係にレオンとなりたいのに——

「でも、あたしは役立たずで何も出来ないから——」

「違うっ、おまえはもう十分過ぎる程役に立っている」

 レオンは言い募るルナの言葉を、強い口調で遮った。

「おまえが思っている以上に」

「嘘よっ。そんなの、信じらんない……」

 あの時、お祖父ちゃんとの話を聞いていた筈なのに、ここの来るまでの間に幾らでもその話をする機会はあったのに、何も言ってくれないで、今になってそんな事を言うなんて——

 レオンの嘘偽りもない言葉も、ルナには自分を慰める為の方便にしか聞こえなかった。

 それが役立たずと言われる以上に惨めに思えて余計悲しさが募り、堪らず涙が込み上げて来る。

「本当だ。おまえが居なかったら、今頃俺はまだパイラ辺りをうろついているだけで、とても研究所(ここ)まで辿り着いていなかった」

 涙で瞳を潤ませ、今にも泣きそうなルナを見て、ギクリとしたレオンは慌てて言葉を継ぐ。

「おまえも憶えているだろ。パイラで鉱山夫が俺を見るなり、ミラーボの雇ったゴロツキだと決めつけた事を」

「ええ……」

 後でレオンはいい人だときっちり解らせてやったけど、彼の事を知りもしないで、あんな酷い決めつけ方をするなんて。

 あの時の事を思い出しただけでも、ムカついてくる。

「それが当たり前なんだ」

 フェナスのポケモンセンター前で会ったマリルを連れた青年もそうだった。自分と目を合わせた途端、顔を強張らせて視線を逸らした。関わり合いになりたくないと。

「あのパイラの署長やギンザル、シルバにしてもそうだ。皆おまえみたいなまともな(やつ)が、俺のようなゴロツキと一緒に居るのを怪訝に思っていた筈だ。おまえが俺に騙されていると思ったかもしれないな」

 実際ルナの勘違いとポケモンを想う気持ちに付け込んで、関係ないのに巻き込み、危険な目に合わせているのだから、そう思われても否定はできないが。

「そんなの、レオンの思い過ごしよ。だって、皆すぐ解ってくれたじゃない。貴方の事を。だから皆貴方を頼りにして、協力してくれてるんじゃないの」

「違う」

 レオンは(かぶり)を振った。

「あいつらが信用したのは、俺じゃない。おまえだ。裏表なく、他人やポケモンの為に一生懸命になれるおまえが、俺を馬鹿みたいに信じ切っていたから信じてみる事にしたんだ。

 もし、俺一人だったら、あいつらの反応はあの鉱山夫と一緒だった筈だ。俺を警戒し、決して協力などしてくれなかっただろう」

 もっとも、それは自分も同じだ。利用できるなら利用するが、人の手を借りるつもりは毛頭なかった。代わりに何を要求されるか分からないし、これは自分自身の問題だから、独りで全て済ますつもりだった。

 そして、ルナがいなければ今のように誰の協力も得られず、多分一つの情報を得るだけでもかなりの時間を費やし、相棒達にも相当負担をかけた筈だ。少なくともこんな短期間にここまで掴む事は出来なかった。

「そんなこと——」

「そんなもんだ、人間なんてのは」

 ルナの言葉を遮り、レオンは自嘲気味に言う。

「嘘だと思うなら、あいつらや俺をヒーローに祭り上げているチビ共に、俺があの悪名高い極悪非道のスナッチ団に手を貸していたゴロツキだったと言ってみればいい。それも、狙った獲物は絶対に逃さない、スナッチ団一のスナッチャーだったとな。

 それを聞いて、そんな事関係ないなんて即座に言えるやつは、おまえくらいなもんだ」

 他の奴だったら、自分の素性を知った途端、今まで差し出していた手を引っ込め、嫌悪するに違いない。パイラのあの若い警官などはきっと、喜び勇んで自分を逮捕しようとするだろう。

「レオン……」

 自らを(あざけ)る少年に、ルナは「そんな事ない」と反論できなかった。

 彼女自身変な風に疑われたくなくて、未だに署長達にレオンとスナッチ団との関係を言えないでいるし、祖父達やレオンのスナッチ現場を見たアイクとバトル山のセネティしても、その事はこの件が全部済むまでは、誰にも言わないでと口止めしているくらいだから。

 でも、レオンにそんな風に思われていては、今まで協力してくれた署長達が可哀想だ。だけど、どう言えばそれをレオンに解ってもらえるのか。何を言っても気休めにしかならないみたいで、いい言葉が思い浮かばない。

 けれど、これだけは言わなければと、ルナはぐっとレオンの腕を引っ張って自分の方に顔を向けさせた。

「だったら、たとえ皆が信じているのがあたしでも、皆の気持ちは貴方を信じるあたしと変わらないって事だけは信じてあげて」

 ダークポケモンにされたポケモン達を救い、こんな非道な事をする連中の計画を何とかして阻止したいというその想いだけは。そしてその想いは、レオンも同じ筈だから。

「………」

 必死に訴えるルナに思わず息を呑んだレオンは、ふっと目を逸らして立ち上がった。

「——そろそろ行くぞ。立てるか?」

 一方的に話を打ちる。

 ルナの潤んだ青い瞳を見るとどうしても狼狽(うろた)えてしまい、つい言うつもりのなかった事まで喋ってしまった。だからルナが泣かないのなら、もう話す事はない。

「……え、ええ」

 解ってもらえたかどうか分からないまま、仕方なくルナもゆっくりと立ち上がる。

 だが、まだ足腰に上手く力が入らず、ヨロリとよろけた。

 その体を支え、レオンが眉を(ひそ)める。

「もう少し休むか?」

「ううん、大丈夫よ。ちょっと痺れが残ってるだけだから、その内取れるわ。だからいきましょ……て、あれ、何なの?」

 レオンにそう応えたルナは、彼の肩越しに初めて見る変わった装置を見付け、思わず目を見開いた。

 そう言えば、今気付いたけど、ここはどう見てもあの実験室のような研究室とは違う。

「ああ、あれは——」

 と言い掛け、あれはまだ調べている途中だった事を思い出し、レオンは支えるようにルナを連れてその装置の所へ行った。

「こいつのすぐ側にDNAサンプルが落ちてたから、遺伝子の研究に使っていた物なんだろうが……」

 そう呟きながら、レオンが装置のスクリーンの前に立つと、不意にパッとスクリーンと顕微鏡らしきレンズ下の台に光(とも)り、文字がそこに浮かび上った。

 ——DNAヲ解析シマス。解析台にDNAサンプルヲ置イテクダサイ——

「DNAを解析する……?」

 すると、この変な装置はDNAの解析マシンなのか。

 レオンはポケットから拾った三枚のDNAサンプルを取り出し、その一枚を指定された台の上に置いた。

 ——セット確認。DNA解析中——

 と、スクリーンの表示文字が変わり、サンプルを置いた真上にあるレンズから青白い光が照射される。

 そして、暫く待っていると、また文字が変わった。

 ——DNA解析完了——

 それと共に、スクリーンに化学式や化学構造図など様々なデータが表示されては消え、最後にその遺伝子を持つポケモンの立体映像と名前が映し出された。

 体長一メートル程の黄緑色の四足獣で、首が長く、頭には葉っぱのような飾りがあり、首の根元の周りを葉が巻かれたようなものが付いている。

 草タイプのチコリータの進化形であるベイリーフだ。スナッチ団アジト跡で、シャドーの戦闘員ベルデからスナッチした、あのダークポケモンの。

 という事は、このDNAサンプルは、ダークポケモンにされたポケモン達の遺伝子サンプルということか。

 レオンは残り二枚のDNAサンプルも、解析装置に掛けてみる。

 二つ目は悪タイプでポチエナの進化形であるグラエナで、これはまだスナッチしていない。そして、最後のDNAサンプルのポケモンは、スナッチどころか一度も見た事のない奴だった。

 体長は二メートル近くあるだろうか、顔に鋼鉄製のような額当てを付け、頬から頭に掛けては白く太い毛が覆い、頭の後ろから湧き上る紫雲のような長い毛が背中の上に乗っていた。それに稲妻の軌跡を思わせるような尻尾に、鋭い牙と爪を持ち、腹の白い部分を残して黄色い毛で覆われた足や背中に付いている、黒いギザギザ模様がそのポケモンの精悍さを際立たせていた。

 見れば見るほど他者を圧倒せずにはおかない、存在感のあるポケモンである。数多くいるポケモンの中で、これ程のポケモンは滅多にいない。

 けれどレオンもルナもつい最近、これとそっくりな印象を持つポケモンを何度も目にしていた。

 まさかと思い、ポケモンの立体映像の脇に記されている名前に目を留め、ルナは大きく目を見開いた。

 そこには「ライコウ」と明記されてあったのだ。ジョウト地方でエンテイやスイクンと共に伝説のポケモンと並び称されている最後の一匹の名が。

「そんな……、ライコウまでゲットされていたなんて……」

 エンテイの時もスイクンの時も、スナッチするのにレオンがどんなに苦労したことか。それなのに、まだもう一匹いるなんて……

 ルナは目の前が真っ暗になる想いだった。

 無言でスクリーンに浮かんで映るライコウの立体映像を凝視しているレオンの表情も硬い。

 だが、伝説のポケモンがもう一匹増えた処で変わりはない。さっきは余計な事まで考えて少し弱気になってしまったが、自分がやる事はただ一つ、ダークポケモンならスナッチするだけだ。

 解析台の上からサンプルを取ってポケットにしまうと、レオンは呆然とする少女を促した。

「行くぞ。ボルグを見付けるんだ」

「え、ええ」

 エレベーターの扉の所に置いたキャビネットをどけ、二人はエレベーターに乗り込んだ。

 

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