一階分降りて止まったエレベーターの中からそっと外の様子を窺い、通路に誰も居ない事を確認すると、二人は素早く隣のエレベーターに乗り込んで扉を閉めた。
そして、そのエレベーターが辿り着いた先は一階下の通路だった。
エレベーターを降り、その先に進もうとした二人の前に、いきなり人が降って来る。
シャドーの女戦闘員である。毎度のことながら、監視カメラがない上報告も受けてもいない筈なのに、天井裏に居て侵入者である自分達が来た事が何故判るのか。
「認識証も持たずに、よくまあこんな所まで来られたわね」
女の言葉に二人は成程と思った。それの所為で監視カメラが無くても、自分達は行く先々で警備の戦闘員に侵入者だと気付かれていたのか。そうと分かれば、今度研究員を見付けたらそれも貰う事にしよう。
そう考えるレオンを余所に、女戦闘員はモンスターボールを投げてバトルを仕掛けて来る。
出して来たのはノーマルタイプの二匹だった。
一方はジグザグマの進化形で、体長五十センチ程の薄茶色の中に茶色の筋が流れる真っ直ぐな体毛をしているマッスグマ。そしてもう一方は、ナマケロの進化形で体長は一・四メートル程で、鼻と額にある一房が赤い以外は全身真っ白な毛に覆われ、背には二本の茶色い横線が入っている。両手両足には太く鋭い二本の爪があるヤルキモノだ。
共に進化前に比べ速さが格段に上がり、特に後者は進化前と打って変わって張り切り過ぎてやたらと騒々しい。
対してレオンが出したのは、相変わらず出てきた時は弱腰だが、バトルとなるとレオンを信じて果敢に闘う炎タイプのバクフーンと、好奇心旺盛でフラフラとあちこち飛び回るものの、レオンの指示にはお遊び感覚で嬉々として従うムウマだった。
バクフーンはノーマルタイプに効果抜群の技を持っているし、ゴーストタイプのムウマにはノーマル技が効かない。
素早い動きで真っ直ぐに突っ込んで頭突きを仕掛けて来るマッスグマに合わせ、バクフーンがその頭目掛けて格闘技の一撃を叩き付ける。
少し遅れて畳みかけるように両手を振り回してバクフーンに迫るヤルキモノに、ムウマがサイコパワーを収斂させた力を浴びせる。
頭突きを手刀で返されたマッスグマは、床に突っ込むように頭を叩き付けた。
サイコパワーで動きを封じられ、後方の壁に吹き飛ばされたヤルキモノは、いきり立って再度バクフーンに両手を振り回して突っ込んで行く。
それを全身に炎を纏って回転するバクフーンが、頭を振って立ち上がったマッスグマ共々轢いて行く。
最初に効果抜群技を喰らったマッスグマが力尽き、ヤルキモノもかなりのダメージを負うものの、体に満ちるやる気に押されて立ち上がる。
倒れたマッスグマを引っ込めて、次に女戦闘員が出して来たポケモンは、一メートル程の全身が黄緑で口や目などの周りが黄色い線で縁取られ、腹には茶色いギザギザ模様がある、太く長い尻尾をくるくる丸めたノーマルタイプのカクレオンだった。
カクレオンは出て来ると同時に、全身の色を周りに同化させる。
一瞬にして溶け込むように姿を
悲鳴を上げるムウマを庇うように立ったバクフーンが、姿を消しても唯一消す事のできないカクレオンの茶色のギザギザ模様に向かって、効果抜群の格闘技を喰らわせる。
そして、攻撃されたショックで思わず姿を現わしてしまったカクレオンの急所を狙い、再度バクフーンが痛烈な一撃をみまう。
次のポケモンを出す間も無く、立て続けに自分のポケモンを倒されたシャドーの女戦闘員は、表情を歪ませ最後のポケモンを繰り出した。
愛玩用ポケモンとして人気の高い、ノーマルタイプのブルーの進化形であるグランブルだ。体長は一・五メートルまで大きくなり、手首と首回りが黒く、全身は薄紫色に変わり、牙が異常に太く長く発達して、もはや愛玩するには凶悪すぎるご面相な上、力も格段に強くなっている。
「レオン、その
「ああ」
ルナの呼び掛けに、レオンは気を引き締めた。
ムウマの『あやしい光』を浴びせ、バクフーンの『瓦割り』を決めるが、出て来ると同時にグランブルが放った威嚇で攻撃力が落ち、一撃で丁度良く体力を削ることはできなかった。
レオンはムウマを引っ込めてワタッコを出す。
そこへ、混乱したグランブルが大口を開けて噛み付こうとするが、その顔目掛けてバクフーンが黒煙の塊を投げ付けた。
視界を潰され、更に苛立って自分を攻撃してフラフラになったブランブルに、すかさずワタッコが眠り粉を浴びせる。
避ける事も出来ずにそれを受けたグランブルがグーグー眠った処で、レオンはスナッチボールにそれを取り込んだ。
眠ったダーク・グランブルは、そのままレオンにゲットされてしまう。
「くっ、認識証が無くても、ここまで来れるわけだわ」
あっさりと勝負がつき、女戦闘員は悔しげに呻いた。
「けど、これ以上好き勝手に研究所内を歩き回らせるわけにはいかないわよっ!」
そう言うや否や、身を翻して壁に走り寄る。
そこは十五センチ四方の黒と黄色の縞模様で囲ったガラス張りになっていた。
ハッとして、慌ててレオンがワタッコに指示を出そうとするが遅かった。
女戦闘員はそのガラスを割り、中の赤いボタンに拳を叩き付ける。
途端に赤い警報ランプが点滅し、けたたましい警報が通路に鳴り響く。
「これでもう、研究所から逃げる事はできないわよっ」
「くっ」
ギリっとレオンは奥歯を噛み締める。
もう眠らせるなどと悠長な事はやってられない。
高笑いしながら逃げ去る女戦闘員を無視し、レオンはルナと共に通路の奥に向かった。
しかし、然程進まない内に警報を聞きつけたシャドーの戦闘員が姿を現わし、二人を見るなりバトルを仕掛けてくる。
そいつ等からダークポケモンをスナッチして倒しつつ、レオン達はこの研究所所長の姿を求め、赤い光が点滅する通路を駆け抜けた。
通路の角を曲がり、更に進むと、不意に広い広場に出る。
そこは六角形の小ホールになっていた。壁の角ごとにライトが青白く光り、床には液体を満たした四つの六角形の柱が左右に二ずつ立ち並び、その中をゆらゆらと気泡が立ち上っている。それは下にあるライトを浴び、ブルーからグリーンへと色を変えて幻想的な輝きを放っていた。
だがそれも、天井の赤く点滅するライトと警報の音で台無しである。
その柱の先に、今までとは違い重厚な造りの扉があった。
案内図に記されていたのはこの扉までで、その先は空白になっていた。だからこそレオンは見つかった今、逃げる前にここを目指したのだ。この研究所の最奥で案内図に記せない程重要な場所なら、何処にも姿がなかったボルグが居る可能性が高かった。
逃げるなら、せめて新しい研究所の場所だけでも突き止めなければ、ここへ来た意味がない。
二人は奥にある扉の許へ行こうと、幻想的な光を放つ六角柱の脇を抜ける。
その途端背後で何かが閉まる音がした。
振り返ると、壁に収納されていた金属製の扉が入り口を塞いでいた。
そして、奥の扉の前にもスタリと上から降って来たシャドーの戦闘員が立ち塞がる。
その男はここまで負かして来た戦闘員と違い、白銀のフルフェイスの額に角が付いていた。
「警報が鳴っているから来てみれば、また貴方達ですか」
二人を見るなり、白銀の戦闘服を着た男は心底嫌そうな声を上げる。
以前聖なる森でバトルした男だ。バトル山を襲ったシャドーの幹部の一人ダキムとかいう大男の部下の一人で、確かコワップと呼ばれていた。
「こうなれば、聖なる森のリベンジをさせてもらいましょうっ」
また出会ったのが不運とでも言う様に、バトルを仕掛けて来る。
それに応じ、レオンもポケモン達を繰り出した。
シャドー戦闘員のコワップが出したポケモンは、聖なる森で出して来たエスパータイプのソーナノが進化したソーナンスと、水タイプのパールルを「深海のウロコ」を持たせて通信交換し、進化させたサクラビスだった。
進化した事で前者は体長が一メートル以上に大きくなり、頭のコブは後ろに垂れて長い耳がなくなり、黒い尻尾の目のようなモノが二つに増えている。
一方特殊な進化を果たした後者は、姿に以前の面影はなく、体長も一・八メートルにもなった全身は桜色で、尖った口に頭の上に細くたなびくヒレの先端と腹と尾びれが薄紫色をし、尻尾の方に白い縦縞が二本ある優美な姿になっていた。
「ソーナンス『神秘の守り』 サクラビスは草ポケモンに『念力』」
「サクラビスにブラッキーは『かみつく』 ワタッコは『ギガドレイン』だ」
コワップが以前のバトルを教訓に出した指示に、ソーナンスはすかさず状態異常を防ぐ神秘のベールを味方共々張り巡らす。
だが、ここまでのバトルをこなして来た経験から『メガドレイン』がパワーアップして『ギガドレイン』に変化したワタッコの技を防ぐ事はできなかった。
出て来ると同時にレオンの頭に乗ったワタッコが、両手の綿毛を大きく広げてサクラビスから殆どの体力を奪い取る。
そこへ、ブラッキーがトドメの一撃を加え、サクラビスは頭のヒレの根元に蓄えた思念の力を霧散させ、床にだらりと長い体を伸ばして力尽きる。
「くっ」
ギリっと奥歯を噛み締め、コワップは次のポケモンを繰り出す。
岩と地面タイプを併せ持ったイシツブテの進化形のゴローンである。進化前より体長が倍以上になり、がっしりと丸い体躯に腕も四本に増えている。
レオンはゴローンを見るなり、冷然と次の指示を出す。
「ゴローンにワタッコは『ギガドレイン』 ブラッキーは『かみつく』」
出て来たばかりで動きの遅いゴローンにそれを避ける手立てはなかった。
サクラビス同様、ワタッコが美味しそうに今度は全ての体力を吸い取ってしまう。
攻撃対象のゴローンが倒れた事で、ブラッキーはチラリと後ろを見た。
レオンが小さく頷くと、すぐさま標的を隣に変える。
幾ら岩、地面共に効果抜群の草タイプ技とはいえ、進化させてもたった一撃受けただけで倒れたゴローンに呆然とするコワップは、ハッと我に返って慌てて指示を出そうとするが間に合わない。
苦手な悪技を受けて怯んで反撃もままならず、ソーナンスは口を歪め苦悶の表情を見せる。
とはいえ、進化した事で体力も大幅に増えた為、その一撃だけでは倒れなかった。
「くぅっ。ならば、ソーナンス『道づれ』」
「ダークポケモンは出さないのか?」
次を出さずに指示をする白銀のツノ付きフルフェイスの男に、レオンは軽く眉根を寄せて疑問をぶつける。
ここまでのバトルでは流石にダークポケモン研究所だけあって、戦闘員は皆ダークポケモンを持っていた。それなのに、シャドーの戦闘員の中でも上位に位置する筈のこいつだけ持っていないのはおかしい。
「貴様が
嫌味としか聞こえない少年の問いに、コワップは今まで押さえていた怒気を破裂させた。
「任務に失敗した私が、まだ研究段階で量産できないダークポケモンを、新たに貰える訳がないだろう」
口調まで変わり、アッシュブロンドの少年を
そう、こいつが邪魔さえしなければ、輝かしい自分の経歴に傷が付く事もなかったのだ。今回もそうである。
「さあ、掛かって来こいっ」
恨みを込め、コワップは挑発する。
この少年相手では、反撃技しか持たないソーナンスで幾ら足掻いた処で結果は知れている。同じ負けるにしても、自分が倒された時にのみ通用する、相打ち技である『道連れ』で、一匹は確実に倒す。
それに対し、男の逆恨みなどどうでもいいように、レオンは自分の相棒達に淡々と指示を出した。
「ブラッキー『あやしい光』 ワタッコ『綿胞子』」
だが、ブラッキーが体の随所で明滅する光を使った技は神秘のベールに阻まれた。ただワタッコの胞子は状態異常技ではないので、それを透過してソーナンスの青い体に纏わり付く。
「ふっ、『あやしい光』など効きはせん。ソーナンス『道連れ』だ」
まだ状態異常技を無効化する『神秘の守り』の効果は切れていない。それに元々動かずに攻撃を受けて反撃に出るソーナンスが、多少動きが鈍くなった処で痛くも痒くもなかった。
自分の攻撃指示を嘲笑うツノ付きフルフェイスの男を無視し、レオンは同じ技を繰り返し命じる。
「ブラッキー『あやしい光』 ワタッコ『綿胞子』」
「ソーナンス『道連れ』 どうした。それでは何時まで経っても私は倒せんぞ」
「ブラッキー、ワタッコ、もう一度同じ技だ」
尚も挑発するコワップを相手にせずに、再度レオンは同じ技の指示を出す。
そして、神秘のベールの効果が切れた。
小さく舌打ちし、すかさずコワップがソーナンスに『神秘の守り』を指示する。
同時にレオンも素早く指示を飛ばした。
「ブラッキー、『かみつく』 ワタッコは『眠り粉』だ」
すぐさまそれに反応し、ワタッコが綿の胞子を飛ばす代わりにソーナンスを眠りに落とし込む。
ついでブラッキーが鋭く噛み付き、一気に体力を削る。
そして更に眠るソーナンスに、ブラッキーの効果抜群技とワタッコの『ギガドレイン』を立て続けに喰らわせる。
眠って無防備な上での一方的な猛攻に、流石にソーナンスでも堪え切れずに全ての体力が削り取られてしまう。一匹も道連れにすることなく。
「なっ!?」
呆気ない幕切れに、コワップは茫然となった。
レオンがしつこく同じ技を繰り返していたのは、この時の為だったのだ。
何度もブラッキーに状態異常技を出させて『神秘の守り』が必要だと思わせ、ワタッコの胞子で動きを鈍らせて素早く技を出せなくする。
そうすることでコワップが『道連れ』から『神秘の守り』に切り替える瞬間、一気に畳みかけたのだ。
「リベンジどころか、一匹も道連れに出来なかったとは……」
名誉挽回もできずに恥の上塗りをしてしまい、コワップはギリっと奥歯を噛み締めた。
ギッと自分を負かした少年を
割れた玉から白煙が噴き出し、ホールの中を白一色に塗り潰す。
「だが、残念だったな。どう足掻いたところで、おまえ等はそこから先には行けないぜっ」
頭上から男の負け惜しみの声が響き、空調が白煙をホールの外に排出した頃には、天井の一角がぽっかりと開いたままコワップの姿は何処にもなかった。
「んっもう、相変わらず逃げ足だけは速いわね」
天井の穴を睨み付け、ルナが文句を言うが、レオンはさっきの捨て
奥の扉に走り寄る。
やはりここもロックされていた。しかも他と違い、扉の脇の壁には丸型の赤いランプが三つ並び、その下にはボタンが縦横三列に九つ並んでいた。どうやらここは暗証番号方式になっているようだ。
ただ、ここのヤツは普通のそれと違い、番号の代わりにポケモンの姿がボタンに表示されている。左上から順にウソッキー、ムウマ、エンテイ、グラエナ、マグマラシ、ライコウ、ベイリーフ、スイクン、アリゲイツである。
「なんなの、コレ?」
それを前にして黙然と考え込むレオンの後ろからひょいと顔を出し、ルナは目を丸めた。
何をどうすればいいのか全然分らない。
おそらくここにあるポケモンのボタンを幾つか押すとロックが解除されるのだろう。
だが、タイプや形態がてんでバラバラで法則性がなく、どれを押せばいいのかまるで見当がつかない。
試しに三つほどボタンを押して見ると、上の赤いランプが一つ点灯した。だが、ロックが解除されたようには見えない。扉に手を掛けてみるが、やはり開かなかった。
「どういうこと?」
ルナが首を傾げる。
「多分間違って押すと上のランプが点灯するんだろう」
ランプが三つあるという事は、チャンスは後二回。全部のランプを点灯させる前に正しいボタンを押さなければ、この扉は二度と開かない可能性がある。
だからあのツノ付きフルフェイスの男は、あんな事を言ったのだ。
まんまと逃げられてしまった以上、なんとか自分達で暗証番号ならぬ暗証ポケモンを見付けなければならない。ランプが点灯したのがボタンを三個押した後だから、暗証ポケモンは三匹だということだろう。
「えっと、ウソッキーは草タイプみたいだけど岩タイプだから、ベイリーフとは一緒にできないでしょ。エンテイとマグマラシは炎タイプ、スイクンとアリゲイツは水タイプで同じグループになるけど、必要な暗証ボタンは三つだから後一匹足りないし。でも色で考えたらグラエナとマグマラシは黒で一緒だし……」
早速ルナはぶつぶつと呟きながら、何とかボタンの組み合わせを解き明かそうとするが、考えれば考える程わけが分らなくなってくる。
「…——あん、もうっ、全然分かんないわっ」
考えすぎて頭の中がぐちゃぐちゃになったルナは、ヒステリック気味に喚く。
そして、さっきから自分の横で黙ったまま九つのボタンを見詰める少年に目を向ける。
「レオン、何か判った?」
「………」
そのルナの問いに応える代わりに、レオンはすっとボタンに腕を伸ばした。
迷いなくポケモンが表示された三つのボタンを押していく。
レオンが最後のボタンを押すと同時にカチリと扉から音がし、重厚な音を立ててゆっくりと開いていく。
「すっごぉいっ。レオン、どうして分ったの?」
「いや、ただ単に拾ったDNAサンプルのやつを押してみただけなんだが」
本当に開くとは思わなかった。
「そ、そお……」
分かってたんじゃなく、当てずっぽだったなんて……
後一回チャンスがあるからいいものの、相変わらずの度胸のよさだ。
レオンの答えに一気に脱力したルナだったが、気を取り直して明るく言う。
「で、でも。開いて良かったじゃない」
「ああ」
この先に恐らくボルグがいるのだろう。その事を考えて、レオンは手持ちのポケモン達を持っていた薬などを使って万全に回復させてから、ルナと共に扉の中に足を踏み入れた。