未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―ダークポケモン研究所―(7)

 そこは狭く、四隅の床にさっきのホールにもあった何かの液体を満たした六角柱が立っていた。薄暗い部屋の中で根元からライトの光で照らし出され、幻想的というか怪しげな雰囲気を醸し出していたが、それ以外は何もなく、ただ下に降りる階段があるだけだった。

 その階段下からは、地響きにも似た低く唸るような音が聞こえてくる。

 今までとは明らかに違う様子に二人は息を潜め、足音を忍ばせてゆっくりと用心しながら階段を降りた。

 そこは上よりは明るいもののやはり薄暗く、今まで見て来た研究室とも実験室とも違い、低い震動音を響かせて稼働する巨大なプラントが、壁の様に部屋の大部分を占めて置かれている。そのプラントの側面で点灯するランプの光が、薄闇の中に不気味に浮かび上がっていた。

 まるで何か巨大な機械の内部に迷い込んでしまったような錯覚さえ覚え、ルナは怖くなって思わずレオンの背中にしがみついた。

 迷路のようなプラントの壁に沿って奥に進むと、誰かいるらしく、男の呟く声が機械の稼働音に混じって二人の耳に届く。

「よし、このディスクのデータも消した。これで完璧だな」

 その声に二人は顔を見合わせ、壁のプラントの角に身を寄せてそっと奥を覗き込む。

 部屋の奥、ここを占拠しているプラントを統括するコンソールデスクの前に、白地に青いラインの入った裾の長いコートを着た黒髪の男が立っていた。

 外の警報が部屋の壁を成すプラントの稼働音に消されて聞こえないのか、慌てることなく淡々と作業を進めている。

「メインコンピューターのデータバンクの中身も既に新しい研究所に移したし、後はこのコンピュータールームの電源を全て落として機能を停止させれば、もうここには用はない」

 そう満足そうに独り言ち、男がコンソールに手を伸ばした時、レオンの後ろから身を乗り出して見ていたルナがバランスを崩し、思わずたたらを踏んでプラントの陰から出てしまった。

 その足音は規則的な低い稼働音の中で、思いの外はっきりと男の耳に届いた。

 ハッとして男が振り返る。

「うわっ、おまえ達、何時の間に!?」

 明らかに所員ではない少年少女が研究所のこんな最深部の、しかも自分以外入れない筈のメインコンピュータールームに居るのを見て、男は驚きの声を上げた。

 が、少女を後ろに押しやって前に出た少年を、細めの黒い遮光グラスの奥からじっと観察した黒髪の男は、その正体に思い当たって苦々しげに呟く。

「そうか、おまえ達が噂のレオンとルナというわけか。まさか、ここまで来るとはな」

 コンソールデスクから離れ、アッシュブロンドの少年と対峙して男は傲然と言い放つ。

「オレの名はボルグ。ここダークポケモン研究所の所長を務める者だ」

 ——こいつが、ボルグ……

 レオン達もまじまじと目の前の男を見やった。

 細身の長身で、前髪の一房が長く横になびいているが、細めの黒い遮光グラスを掛けている顔はすっきりと整っている。着ている服も立ったコートの襟幅が少々広すぎるきらいはあるが、それ以外は至ってシンプルな普通の服装と言っていい。外見だけ見れば、今まで相手をしてきたシャドーの幹部達より遥かにまともそうに見える。

 とはいえ、こいつがダークポケモンを造り出したこの研究所の最高責任者なのだ。あんな事が出来る奴が、まともであるわけがない。

「何故、ポケモン達にあんな酷いコトをするの?」

「酷い事だと?」

 少年の後ろから糾弾するように疑問をぶつけてきた少女の声に、ボルグは思わず眉根を寄せた。

「そうよ。無理矢理ポケモン達の心を閉ざして、戦うだけの戦闘マシンみたいにしちゃうなんて、可哀想じゃない」

「何故だ? オレはトレーナーの手間を(はぶ)いてやっているだけだ」

 と、少女の非難を意に介さず、ボルグは言葉を継ぐ。

「考えてみたまえ。トレーナーなら誰でも強いポケモンが欲しい。だが、一匹のポケモンを満足のいくような強さに育てるのに、どれだけの手間と時間が掛かるか。おまえ達もトレーナーなら分かるだろう?

 ポケモンの種類によって育ち方はまちまちだが、短期間で簡単に強くなる事はまずない。しかし、オレの研究成果を試せば、ひと月と掛からないでどんなに弱いポケモンも強くなれる。しかもどんな命令でも決して逆らわないのだから、トレーナーにとってはまさに理想のポケモンと言えるだろう」

「何が理想のポケモンよっ」

 ルナは力一杯吐き捨て、キッと黒髪の研究所所長を睨み付ける。

「ポケモンは自分の大切なパートナーなのよ。初めは馴れなくて上手くいかない事も一杯あるけれど、一緒に暮らしてバトルしていく内に、お互いの心が通い合って段々息も合うようになるのよ。

 そうやって相手を理解して認め合う事で、トレーナーもポケモンも成長して強くなっていくんじゃない。

 本当に強いポケモンってのは、トレーナーとの強い絆で結ばれたポケモンの事を言うのよ。それを省いてしまったら、いくら強そうに見えても本当の意味で強いポケモンとは言えないわっ」

「所詮は子供、話にならんな……」

 いや、この少女だけではない。昔いた研究所で一緒に研究していた同僚やポケモン研究家なども似たような事を言っていた。ポケモンに人工的に手を加えて強化するなど邪道だと。そんな事をしたらポケモン愛護団体も黙っていないだろうと。

 全く馬鹿げた話である。ポケモンの能力を上げる為にタウリンやブロムヘキシンなどの薬を与えるのと、人工的に手を加えて強化するのとどう違うというのか。一緒ではないか。

 それなのに連中は自分の研究を否定し、誰一人取り合おうとしなかったのだ。自分の研究に賛同し、この研究所を与えてくれたシャドーのボス以外は。

 自分の考えを理解するどころか、愚にもつかぬ感情論で盛大に自分を(けな)す少女にボルグは蔑みの目を向けた。

「だからこそ、我らに楯突くなどと愚かな真似をするのだろうが。まあ、どちらにせよ、ダークポケモン計画を、このオレの研究の邪魔だてするヤツは、誰であろうが許しはせぬ。

 オレのダークポケモンのパワーを、じっくりと思い知るがいいっ!」

 そう言いながらモンスターボールを取り出し、それの開閉ボタンを押した。

 薄暗闇に慣れた瞳を焼いて(まばゆ)い光が闇を引き裂き、ボルグのポケモンが姿を現わす。

 どちらも体長一メートル強のポケモンだ。片方はレオンも持っている綿毛のような白い翼を持つ水色の体をしたドラゴンと飛行を併せ持つチルタリス。

 そして、もう一方は水タイプのチョンチーの進化形で、目の周りと尾ヒレの一部が黄色い、ぽってりとした青い体をしている。頭から伸びて二股に分かれた蔓の先にそれぞれ黄色い発光球を持つ、水タイプには珍しく電気タイプも兼ね備えたランターンである。

 但し、二匹ともダークポケモンではない。それを出すのは、まず少年のポケモンのデータを取ってからだ。

 すぐさまレオンもベルトのボールを取り、水と地面タイプを兼ね備えたヌオーとゴーストタイプのムウマを繰り出した。

 出てきた途端、ヌオーはベロンと舌を出し、その上に乗る宝物をうっとりと見詰め、ムウマはチカチカと点滅する壁に興味をそそられながら、レオンやヌオーの周りをふよふよと漂う。

「ほう、スナッチしたダークポケモンか。しかも、完全にリライブしているようだな」

 研究所所長は、軽く目を細めて対峙した二匹のポケモンの様子を観察し、淡々と自分のポケモン達に命じた。

「チルタリス『神秘の守り』 ランターン、ヌオーに『あやしい光』」

「ヌオーは『地震』 ムウマはチルタリスに『あやしい光』だ」

 両者同時の指示に、ポケモン達は一斉に技を繰り出す。

 ムウマの『あやしい光』を浴びる直前、チルタリスは技を受けても状態異常にならない『神秘の守り』を決め、味方のランターンと共に神秘のベールに包まれ、混乱せずに済んだ。

 一方守りのないヌオーは技を繰り出そうと、お気に入りのアイテムを口の中にしまい込んで伸び上がった処へ、ランターンの頭の発光球から放たれた光に惑わされ、混乱してバランスを崩してひっくり返る。

 ちょっと痛い。

 ドラゴン、飛行両タイプに最も効果のある氷タイプの技を持つポケモンがいないレオンは、『あやしい光』でチルタリスを混乱に陥れ、あわよくば自分自身に攻撃させるように仕向け、その間に電気タイプを併せ持つ事で地面タイプ技に弱くなったランターンを『地震』の一撃で倒そうと思っていたのだが、流石にダークポケモン研究所の所長だけあって、今まで相手してきたシャドー戦闘員とはわけが違う。

 ボルグは記憶にあった二匹のデータから、瞬時にリライブした二匹が覚えている技を割り出し、それぞれ喰らうと厄介な技を封じ込める最も効果的な技の指示を出したのだ。

「ヌオー、正気に戻れっ」

「無駄だ、このランターンの『あやしい光』は強力だ。ボールに戻さない限り、すぐに解けはせん」

 確かに、すぐに混乱を治すにはそれしか方法がない。だがそれは同時に相手に攻撃の隙を与える事になる。ボルグがわざわざ忠告したのは、その隙をレオンに作らせるためだ。そうと分かっていてヌオーを引っ込める事はできない。それに必ずしも混乱で攻撃できないわけではない。

「ムウマはチルタリスに『シャドーボール』 ヌオーは今度こそ『地震』を決めるんだ。でないと、おまえの大切な物が奪われるぞ」

 と、混乱したヌオーに言い聞かせる。

「愚かな」

 何の事か分からないボルグは、人の忠告を無視した少年を嘲り、余裕を持って次の指示を出す。

「チルタリス、ヌオーに『龍の息吹』 ランターンはムウマに『あやしい光』」

 どうやらレオンのポケモン達をとことん状態異常に陥れ、満足に戦えない状態にしてゆっくりと料理するつもりらしい。

 だが、混乱してわけが分らなくなり、ボーっとしていた筈のヌオーが、レオンの「大切な物が奪われる」の一言にギョッとなって伸び上がり、口を一文字に引き結んで思いっ切り『地震』をぶちかました。

 床を伝わる激しい震動は、飛行タイプのチルタリスと「浮遊」の特性を持つムウマには効かないが、電気タイプでもあるランターンは効果抜群のそれをモロに急所に喰らい、目を(つむ)って苦悶の表情を浮かべながら腹を上にして力尽きる。

「馬鹿な……」

 データではダークポケモンでないヌオーが、混乱した時の技を繰り出す確率は十五パーセント以下だった筈。しかも性格が「呑気」で鈍重なこいつが、こんなに素早く動けるわけがないのに、何故だ?

 予想外のヌオーの行動に、ボルグは目を(みは)った。

 混乱を免れたムウマは、頭の上に生み出した黒い塊を、くるりと体を一回転させて技を出そうと翼を広げて息を吸い込むチルタリスの顔面に叩き込む。

 それを受けながらも、チルタリスはヌオーに龍の力を宿した息吹を吹きかけるが上手く決まらず、技の追加効果の麻痺状態にさせる事ができなかった。

「チルタリス、ムウマに『龍に息吹』」

 軽く舌打ちし、ボルグはそう命じながら、倒れたランターンの代わりのポケモンを繰り出す。

 闇に溶け込む濃紺の体に、広げると体の倍以上の長さがある薄い皮膜のような羽を持つ、飛行と毒タイプを併せ持ったズバットの進化形であるゴルバットだ。

 進化した事で体長が一メートル半程になり。口の上下に二本ずつある鋭い牙は、ひとたび獲物に噛み付くと一度に大量の血を吸い取ってしまう恐ろしさを秘めている。

「ゴルバット、ムウマに『あやしい光』」

 あくまで状態異常を引き起こさせ、効率良く相手を倒す自分の戦法を貫く気だ。

「ムウマ、ゴルバットに『サイケ光線』 ヌオーは『なみのり』だ。自分の力でおまえの宝物を護り抜け」

 指示を出しながら、レオンはまだ混乱が解けないヌオーに発破を掛ける。

 素早い動きでムウマとゴルバットが中空で互いの技を繰り出す。

 苦手なエスパータイプの技を浴び、ゴルバットは苦しそうに頭上を羽ばたき回る。

 一方ムウマは、あやしい光に惑わされて混乱した処にチルタリスの息吹を喰らい、麻痺までしてしまう。

 そこへ、混乱してまともな判断ができなくなったヌオーが、レオンの言葉に宝物が奪われると思い込み、血走った目をして『なみのり』を仕掛ける。

 いつもより五割増しの威力の高波がバトルフィールド一杯に湧き起こり、怒涛の勢いで相手のポケモン達に襲い掛かる。

 それを喰らったチルタリスとゴルバットは、一気に体力を消耗してしまった。

「馬鹿な、ヌオーの特性は『しめりけ』の筈……」

 なのに、この技の威力はまるで「根性」の特性を持つポケモンのようだ。

 データにない行動ばかりするヌオーに、ボルグは当惑しながらも次の指示を出す。

「ヌオーにチルタリスは『龍の息吹』 ゴルバットは『かみつく』」

 混乱して麻痺し、戦闘力が落ちたムウマより、行動が予測できないヌオーを先に片付ける気だ。

「ヌオー、もう一度『なみのり』 戻れ、ムウマ」

 すかさずレオンは、相手の攻撃がヌオーに集中したことでノーマークになったムウマをボールに戻し、別のポケモンを出した。

 それは最も頼りにしている長年の相棒の片割れ、エスパータイプのエーフィだ。

「エーフィ、ゴルバットに『サイコキネシス』!」

 出て来ると同時に指示を飛ばす。

 それに応え、素早い身のこなしで額の紅玉に収斂したサイコパワーを、ヌオーの高波を受けて技を出すのが遅れたゴルバットに叩き込む。

 高波に押し戻されながらも、噛み付こうとヌオーに迫っていたゴルバットは、横合いから全身に効果抜群のそれを受け、苦しそうに羽根を二度、三度ばたつかせると力尽きて床にポテリと落ちた。

「出したばかりだというのに、先に技を繰りだしているゴルバットを凌駕する反応速度に技の威力。育てるのが難しいとされるエーフィを、よくぞここまで育てたものだ……」

 自分のゴルバットがやられてしまったというのに、ボルグは思わず感嘆の声を漏らす。

「成程、戦闘員どもが(かな)わぬわけだ。優れたトレーナーはポケモンを育てるのも上手いというからな。このバトルが終わった(あかつき)には、おまえを新しい研究所のポケモンの飼育員として使ってやろう」

「なんですってっ!?」

 もう勝った気でいる黒髪の研究所所長の傲慢な言種(いいぐさ)に、ルナは憤然となった。

「レオンが貴方なんかに負ける訳ないでしょっ」

「さて、それはどうかな?」

 チルタリスの技を浴び、口を引き結んで苦悶の表情を見せるヌオーを見やり、ボルグは余裕を持って次のポケモンを繰り出した。

 黄色く縁取りされた白い水玉が、一メートル半以上もある細長い水色の体の側面に並んでいる。鋭い牙を持ち、顎の下や背中、そして頭の上に扇形に広がるヒレはオレンジ色をし、尾ビレの先が魚の形になっている水タイプのハンテールである。

 サクラビスと同様二枚貝のパールルに「深海のキバ」を持たせて通信交換する事でこのポケモンに進化する。野生でもいるらしいが、真っ暗な深海の奥底に棲んでいるため、見つかることは殆どないというレアなポケモンだ。

「チルタリス『雨乞い』 ハンテール、エーフィに『あやしい光』」

 ——また『あやしい光』か……

 相変わらずの姑息ともいえる戦法に、レオンは苛立たしげに指示を飛ばす。

「エーフィ、ハンテールに『サイコキネシス』 ヌオーは『なみのり』だ」

 もう混乱になどさせない。一撃で仕留めてやる。

 だが、チルタリスが『雨乞い』して雨が降り出した途端、ゆっくりと体をくねらせていたハンテールの動きが一転した。

 素早さを誇るエーフィを上回る速さで技を繰り出したのだ。ハンテールの特性「すいすい」の所為で、雨を受けて素早さが倍になったのである。

 『あやしい光』をモロに浴び、折角額の紅玉に収斂させたサイコパワーを散らしたエーフィは、混乱した頭を何度も振って苦し紛れに前足で叩き付けた。

 一方、漸く混乱の解けたヌオーは、パカリと口を開いて舌の上にお気に入りのアイテムがちゃんと乗っかっているのを確認すると、ニンマリと笑みを浮かべて口の中にしまい込み、機嫌良さそうに『なみのり』した。

 『雨乞い』で威力を増した『なみのり』がボルグの二匹のポケモンに襲い掛かる。

 水タイプのハンテールにはあまり効果はないが、今まで何度も技を喰らっていたチルタリスはこれが限界だった。白い真綿の翼を広げ、大きく振り被った頭を振り下ろして前のめりに雨で濡れた床に倒れ込む。

 同時に今まで自分達を包んでいた神秘のベールも消え失せた。

 ——成程、ヌオーの「呑気」な性格を「先制のツメ」でカバーしていた訳か……

 さっきヌオーの舌の上にあったアイテムの正体に気付き、ヌオーの予測不能な行動の謎の一端が解けたボルグは頭の中でそのデータを修正した。

 

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