未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―ダークポケモン研究所―(9)

 雷が弾かれたように軌道を変え、レオンから数メートル横の床に落ちる。

 ——何故だ……?

 理由(わけ)が分らずレオンは茫然と焦げた床を見た。

 そこへ、ルナの弾んだ声が上がる。

「偉いわっ、ピカチュウっ!」

 ハッとして振り返ると、電気玉を持ったピカチュウが得意そうに胸を張り、ルナの声に応えている。

 今のはピカチュウがやったのだ。ライコウの雷に自分の電撃をぶつけ、落ちる地点を変えたのである。

 とはいえ、今の技もライコウが技を繰り出してからルナの指示を受けたのでは間に合わない。これもピカチュウ自身の判断によるものだ。

「またもトレーナー無視で技を出すとは。おまえのポケモンは余程(しつけ)がなってないようだな」

「違うわっ、このコ達はあたしの望んでいる事を、自分の役目をしっかり解ってるから、一々指示を聞かなくたって技が出せるのよっ」

 研究所所長の皮肉りを一蹴し、ルナは言い返した。

「プラスルはあたしの身を守る為に、レオンがあたしに持たせてくれたんだし、ピカチュウはあたしがレオンを護る為にお祖父ちゃんから貰ったんだもの」

 そう、レオンの役に立ちたくて、祖父からこのピカチュウを貰った時から決めていた。自分の身ではなく、レオンを護らせるのだと。だからここに来るまでの間、ルナは彼がバトルしている後ろでずっとピカチュウに言い聞かせ続けていたのだ。

『バトル中もしレオンの身に危険が迫ったら、それを防ぐのはおまえの役目なのよ』——と。

 実はローガンは手に入れた直後から、ルナの立体映像(ホログラム)をピカチュウに見せてよく言い聞かせていたのだ。これがおまえのトレーナーなのじゃと。ちょっと無鉄砲なところがあるが、ポケモン想いの優しい娘じゃから、会えばきっと気に入るじゃろうと。

 そうやって会える日を待ちわび、実際会って一目で彼女の事が気に入ったピカチュウとルナの間には、たとえ出会って間もなくともしっかりと信頼関係が結ばれていたのだ。その証拠にピカチュウは今、それに見事に応えてみせたのである。

 ——オレの為に、あのピカチュウを……

 未だ満足にバトルできないルナが祖父からピカチュウを貰ったと聞いて、ずっと不思議に思っていたレオンだったが、まさか自分を護る為に手に入れていたとは。

 ルナの言葉に驚くレオンを前に、ボルグは小さく鼻を鳴らした。

「馬鹿馬鹿しい。たまたま気紛れに放った技が見事に的中したくらいで、ポケモンが自分で判断して的確に技を出しているとは。ポケモンはトレーナーの緻密な計算に基づいた命令があってこそ、初めてまともに技が出せるのだ。

 野生ポケモンを見てみろ。やつらはいくら強くとも状況を的確に判断する頭がないから、技の効果的な使い方も知らず、自分よりも弱いトレーナー持ちのポケモンにも負けるのだ。所詮ポケモンは頭脳であるトレーナーの手足にすぎん。あくまでトレーナーに従い、その命令を忠実に実行する事がポケモン本来の姿なのだ」

「だから、ポケモンに手を加えて強制的に『心』を閉ざし、自我を失わせたのか?」

「そうだ。なまじ手足に『心』などあると、懐いてないなどとくだらない理由でトレーナーの命令を聞かないからな」

「貴様……」

 胸くそ悪くなる話だ。この男にとってポケモンは、ただの道具に過ぎないのだ。

 新たな怒りに、レオンは昂然と指示を出す。

「ワタッコ、広範囲に『眠り粉』だっ」

 こんな男とこれ以上付き合ってなどいられない。なんとしてもここでスナッチを成功させる。

 レオンの意を受け、ワタッコが素早い動きで辺り一面に眠りの粉を撒き散らす。

 それを()けて飛び退くものの、()け切る事が出来ずにライコウは眠ってしまう。

 それをボルグは落ち着き払って見ていた。絶対スナッチされないという自信があるからか、黒い遮光グラスの向こうから注意深く、まるで観察でもしてるかのように。

 レオンがスナッチボールを投げる。

 しかし、すぐに出てきてしまう。他の伝説のポケモン同様に実にしぶとい。

 これでもう何投目になるか、レオンも憶えてないくらいだ。

 ——もう少し、体力を削った方がいいか……

 再びボールから出て来たライコウを見据え、レオンはブラッキーに指示を出す。

「ブラッキー『秘密の力』だ。その体じゃ辛いだろうが、頑張ってくれ」

 気遣うレオンに大丈夫だと一鳴きし、ブラッキーはふらつく体をおして技を繰り出した。

 その直前、ライコウが目を覚ます。

 が、躱す間もなくそれを喰らい、技の追加効果で麻痺までしてしまう。

 ——しまったっ……

 麻痺してしまっては眠らせられない。眠っている時でさえスナッチが難しいのに、麻痺しているとはいえ起きていられては、ますます困難になってしまう。

 焦るレオンと対照的に、ボルグはその状況を冷静に分析して独り言ちる。

「ふむ、追加効果の発生率が高いな。さっきの『眠り粉』の有効範囲もこちらのデータ以上だ。他のポケモンにしても、こちらにあるデータ以上の動きを見せている。やはり育成の仕方の違いによるものなのか、それとも……」

 同じポケモンでありながらこうも違うとは。予想以上であり、予想外でもあった。その要因は何なのか、あれらを手に入れて実際に調べてみる必要があるだろう。

「——まあいい、ライコウの体力も三分の一以下に減った事だし、あらゆる条件下での『かみなり』の命中率の変化データも十分取れたしな」

 その呟きを耳にし、レオンは唖然となった。

 それでは今まで『日本晴れ』や『煙幕』で技が出しにくい上、命中率も下がったにも関わらず『かみなり』を指示し続けていたのは、大技で効率よく自分のポケモンを倒す為ではなく、データを取る為だったというのか。

「ライコウ、ブラッキーに『電光石火』」

「躱せ、ブラッキーっ」

 麻痺しながらも、ボルグの命に従い身を低くしたライコウを見て、慌ててレオンが叫ぶ。

 だが、ブラッキーが動くよりも先に、電光のような速度で繰り出されたライコウの全体重を乗せた一撃が襲い来る。

 悲鳴をあげ、ブラッキーは吹き飛ばされた。かなりのダメージだ。

「くっ……」

 技を出し終わって傲然と立つライコウに、レオンがスナッチボールを投げる。

 だが、ライコウはすぐに出てきてしまう。

 そしてまた、ボルグは同じ命令を出す。

 麻痺しているというのに、ライコウは痺れて動けないどころか平然と技を繰り出す。

 しかし、今度は外れた。

 まだ『煙幕』の効果が残っているらしい。

 ホッとしたものの、もうこちらから攻撃を仕掛けられず、眠らせる事もできない以上、早くライコウをスナッチしなければ、一方的にやられるだけだ。

 新しいハイパーボールを手に取ると、それを左肩のマシンでスナッチボールに造り変え、レオンはそれを投げ付ける。

 開いたボールから光が(ほとばし)り、ライコウの体を絡め取ってボールの中に取り込んだ。

 床の上で激しくボールが揺れる。

 今度は今までと違い、すぐに出てこない。

 期待を込めて見守る中、パカリと再びフタが開く。

「あんっ、もうちょっとだったのに」

 ルナが残念そうに声を上げる。

「ライコウ、ブラッキーに『電光石火』」

 淡々とボルグが命じる。

 残像を残し、ライコウが痛烈な一撃を浴びせてブラッキーを弾き飛ばす。

 モロに急所にそれを喰らったブラッキーは、声も無く力尽きる。

「くっ……」

 倒れたブラッキーをボールに戻し、レオンは最後の一匹を呼び出す。

 満身創痍のムウマである。

 ボルグはそれを『ダークラッシュ』の一撃で、余裕を持って始末した。

「これでお互いポケモンは一匹ずつになったわけだ。しかも、ライコウはもう殆ど体力は残っていない。ダメージの少ないお前の方が圧倒的に有利なわけだが」

 と、ボルグはニヤリと笑みを浮かべた。

「ライコウをスナッチしたいおまえは、これ以上攻撃できない。つまりはおまえがどう足掻いても、オレの勝ちは決まったようなものだ」

「何よっ、まだスナッチできないと決まったわけじゃないわっ」

「あれだけボールを投げてもスナッチ出来ないのにか」

 すかさず言い返す少女に、ボルグは事実を突き付ける。

「何度やろうと無駄だ。このライコウは三匹の中で一番捕まえるのに苦労したポケモンだ。ボールに入ったのも心を閉ざしてからだったが、それでも最後の最後まで抵抗した筋金入りのボール嫌いのポケモンだ」

 だから絶対スナッチ出来る筈がない。

 と、根拠を上げて豪語する。

「そんな……」

 ボルグの言葉に不安になったルナは、思わずレオンに目をやった。

 彼も表情を硬くしていたが、無言でポケットから次のボールを取り出していた。

 マシンでスナッチボールへと造り変え、ライコウに投げ付ける。

「無駄な事を」

 少年を嘲り、ボルグは余裕の態度でボールからライコウが出て来るのを待った。

 そして、再び姿を現わしたライコウに淡々と命じる。

「ライコウ、『電光石火』」

「躱せっ、ワタッコっ」

 叫びながら、レオンは新たなボールを取り出そうとポケットの中をまさぐった。

 しかし、指に触る物からボールらしき感触が感じられない。

 ——まさか……

 さっきのヤツが最後だったのか!?

 血相をかえ、レオンは慌ててポケットの中を覗き込んだ。

 カードキーやDNAサンプルサンプルなど、ここで手に入れた物がごちゃごちゃと入っているのが見えるが、ボールらしき物は見当たらない。

 そのレオンのただならぬ様子に、ルナは不安そうに声を掛ける。

「レオン、どうしたの?」

「とうとうボールが尽きたか」

「そんな……!?」

 ボルグの指摘にルナは青褪(あおざ)めた。

 ボールが無ければ、本当にスタッチ出来なくなってしまう。

「さあ、どうする? これでおまえはライコウをスナッチ出来なくなったわけだ」

「いや、まだだっ」

 漸くポケットの隅にあったボールを見付けて手に取り、キッと黒髪の研究所所長を見返した。

 ボールを大きくし、スナッチマシンを使ってボールを造り変える。

「ほう、変わったモンスターボールだな」

 ボルグは遮光グラスの中央を指で軽く押し上げ、興味深そうに少年が手にしたボールを見た。

 それは今までレオンがスナッチボールに使っていた、ポケモンのゲット率が最高と言われているハイパーボールではなかった。色を塗る前のような光沢のない白地の上の一部が黒で丸く塗られ、その上に赤い針のような飾りが付いている。そしてその黒丸の横から赤い帯が伸び、丁度ボールに腕時計を巻き付けた感じに見える。

 これは以前町外れのスタンドで、ルナに押し切られる形で趣味人のマスターから、スイクンをスナッチしたネットボールと共に購入したものだ。

 その名もタイマーボールと言って、捕まえる時に時間が掛かれば掛かる程ゲットする確率が上がると言う、どうにも胡散臭い機能のモンスターボールである。

 レオンとしてもこんな怪しげなボールは使いたくないが、ポケットの中を調べてみたら、他はもう使い果たしてこれしか残っていなかったのだ。これでスナッチ出来なかったら万事休すだ。

 自分を睥睨するライコウを見据え、レオンは最後のボールを投げた。

 パカリと開いたボールから(まばゆ)い光が(ほとばし)り、ライコウを絡め取った光の中に一瞬時計の針が浮かび上がる。

 ライコウを取り込んだタイマーボールは、激しく揺れてその場で回転し始めた。

 ボルグは腕を組み、余裕の笑みを持ってそれを見守る。

 一方レオンは一向に回転の止まらないボールを凝視しながら心の中で念じた。

 ——頼む、出るな、出ないでくれっ!

 泰然と構えるボルグと、固唾を呑んで見守るレオンとルナの前で、独楽の様に回転し続けるタイマーボールはやがて速度を落とし始める。

 そして、よろける様に蛇行しながら表面についた赤い針の先端をレオンに向け、一際大きく揺れてボールはピタリと止まった。

 ゴクリとルナとピカチュウ達が喉を鳴らす。

 一同が見守る中、固く閉ざされたままのフタが開く気配は——ない。

「やったわっ、レオンっ!」

「ば、馬鹿な……、信じられん……」

 あのライコウがスナッチされただとっ!?

 有り得ない事を()の当たりにし、ボルグが呆然として呻き声を漏らす。

「おまえの負けだ」

 ライコウの入ったタイマーボールを拾い上げ、レオンは黒髪の研究所所長を冷然と見据える。

「ここで造られたダークポケモンを何処へ連れて行った? 新しいダークポケモン研究所も含めて、洗いざらい喋ってもらおう」

「ダークポケモンに新しい研究所だと?」

 即座に我に返って気を取り直し、少年を見返したボルグは鼻を鳴らして傲然と言い返した。

「ふんっ、成程、おまえ達の目当てはそれか。だが、折角ここまで来たのに残念だったな。ここで造られたダークポケモンどもが、既に別の場所へと運び出された後だったとは。ボスの為に造り上げた最強のダークポケモンもな」

「最強のダークポケモンだと!?」

 既に造り出されていたのか……

「そうだ、ライコウなど足許にも及ばん、最強のダークポケモンだ。いくらおまえでも、それをスナッチするのは不可能だ。わーっはっはっは!」

 ボルグは嘲るように哄笑(こうしょう)し、二人が今の話に愕然とした隙に身を翻してコンピュータールームの奥へと逃げ込む。

「ま、待てっ!」

 ハッと我に返り、慌ててレオンが後を追う。

 ここでこの男を逃がしたら、新しい研究所の事も、他のダークポケモンの行方も分からなくなる。

 自分を追って来る少年の足音を背に、ボルグはコンピュータールームに立ち並ぶプラントの脇をすり抜け、最奥を目指した。そこに万が一の時の為に用意していた物がある。

 それは脱出用のエレベーターだった。

 使う事もあるまいと思っていたが、まさかここを放棄する間際になってこれを使う事になろうとは。

 ボルグはそれに飛び乗ると、すかさず開閉ボタンを押した。

 扉を閉めさせまいとレオンが手を伸ばす。

 だが、後少し届かなかった。

 レオンの目と鼻の先で、無情にもエレベーターの扉が閉まり、上へと昇って行く。

 後を追おうにも、このエレベーターが何処に通じているか判らない。

「くそっ」

 レオンはエレベーターのボタンに拳を叩き付けた。

 そこへ遅れてプラスルとピカチュウを連れてルナがやって来る。

「ボルグは?」

「逃げられた」

 まさかこんな所に脱出用のエレベーターがあるとは。いかにも姑息な上用意周到なボルグらしい。

 折角ライコウをスナッチし、バトルに勝ったというのに、肝心の新しい研究所の場所を吐かせられずに逃がしてしまった。

 悔しがるレオンに、ルナは薄いディスクケースを差し出した。

「ねえ、レオン。これ何だと思う?」

「これは……」

 受け取って開いて中を見ると、ディスクが一枚入っている。データロムである。

「さっき、あの男が立っていたコントロールデスクの上に乗っていたの。中にデータが残ってるか判らないけど、一応スレッドに持って行った方がいいかなって」

「……そうだな」

 何もないよりはマシだろう。レオンはそれをコートのポケットの中にしまい込んだ。

 そこへ、誰も乗っていないエレベーターが降りて来る。

 ボルグが行った先でエレベーターを止める可能性もあったが、普通に戻って来たそれを見てレオンは一瞬躊躇した。

 何処へ行くか判らない上、あの男の事だ、何か罠が待ち構えている可能性もある。だが、他に追う手段がない以上行くしかない。

 意を決してレオンとルナはそれに乗り込んだ。

 エレベーターは二人を乗せると一気に上昇していき、すぐに止まった。

 降りると短い通路に出、その先にあの例の円筒型の扉があった。

 あの研究室の事があるので、まずレオンが用心してそこを通り抜け、二枚目の扉が閉まらない様にしてその先の様子を窺う。

「ここは……」

 見覚えのある通路に、思わずレオンは目を(みは)った。

 間違いない。この地下施設に降りた時、最初に調べた通路だ。確かこの円筒扉はそこからは開かずに使えなかったのだ。まさか、メインコンピュータールームからの脱出用のものだったとは。

 そうすると、今自分達がいるのは地下一階ということになる。地上に出るエレベーターのすぐ近くの。

「こっちだ」

 ルナに扉を通り抜けさせると、レオンは通路を走り抜け、三叉路に分かれた所にあるエレベーターに飛び乗った。

 地上に上がり、急いで建物の外に出る。

 地下の研究施設に潜ってからかなり時間が経っていたらしく、外はすっかり夜が明けていた。

 照り付ける陽射しの下、荒涼とした砂漠は遠くまでよく見渡せたが、やはり逃げたボルグの姿は何処にも見当たらない。

 伝説のポケモンであるライコウを始めとする新たなダークポケモンを手に入れたものの、あと一歩で肝心の新しい研究所の場所や他の情報を得る事が出来ず、またもシャドーの手掛かりが切れてしまったレオンとルナだった。

 

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