未来(あす)への扉   作:飛鳥 螢

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―町外れのスタンド―(6)

 陽が昇ると、一気に気温が上昇する砂漠の環境は過酷の一言に尽きる。

 特にオーレ地方の砂漠は、乾燥した西風の所為で水分が殆どなく、余程地中深く掘らない限り、さらさらとした砂しかない不毛の地だ。これでは地表に生命の息吹など望むべきもない。

 その砂漠と荒れ地が交わる場所に、今日も変わらずに黒いずんぐりとした胴体を陽に(さら)した機関車のスタンドがひっそりと佇んでいる。

「俺は、はっきりと見たんだよ」

 外の暑さに対抗するように、閑古鳥の鳴く町外れのスタンドの中で熱く語る男の声が響く。

「砂煙の巻き上がる夕闇時、突然それが晴れて真昼のような暑さが戻ったかと思ったら、遠くに見える砂山の上で砂漠の色と同化したでかいサンドが両手を広げ、地平線より空に昇りかけた三日月に()えていたのを」

 その雄姿を脳裡に思い浮かべ、ライダーの若者はぐっと拳を握り締める。

 ——幾ら小僧が大量にサンドを捕まえていたとしても、あのでかいサンド一匹には(かな)うまい。あれをゲットすれば、俺は小僧に勝てるっ。

「ふはっ、ふはははっ」

 自分とあのでかいサンドを前に、たくさんのサンドを引き連れた青いロングコートの少年が膝を地に付いて項垂(うなだ)れる姿を思い浮かべ、ライダーの若者は上機嫌に高笑いする。

 どうやらこの男、中々レオンとバトルできないので、思い付きで始めたサンドの捕獲勝負に本気になっているらしい。

「………」

「………」

「………」

 そんな事は知らない何時もの常連客の三人は、久しぶりにやって来たライダーの若者が大口開けて馬鹿笑いする姿に、とうとう暑さで頭がやられたのかと同情の目を向ける。

「ほらよ、いつもの目玉焼き乗せナポリタン大盛とサイコソーダ」

「ありがとよ、マスター」

 厳つい顔のマスターからそれを受け取ると、ライダーの若者は嬉しそうに食べ始める。

 それを横目で窺いながら、他のヒマ人の常連客達はこそっと囁き合う。

『サンドって吼えましたかね? 普通鳴くって言うんじゃないでしょうか』

『いや、それよりそんなでかいサンドって、ホントにいるのか?』

 遠目で見たらしいが、それでもでかいと判る程の大きさとなると、ちょっと想像できない。大方大岩の形が偶然サンドに似ていただけだろう。

『この間の風の強い日の事だろ。遭難しそうになって幻覚でも見たんじゃないのかね』

 ツッコミどころ満載である。

 そんな常連客の疑惑に満ちた声に構わず、何時もの最奥の席に座るライダーの若者は毎度お馴染みの料理を食べて腹を満たす。

「はぁ~、やっぱここの目玉焼き乗せナポリタンはサイコーだせ」

 最後にサイコソーダを飲み干し、満足そうに膨れた腹を撫でる。

 そして、席を立つと商品棚に向かった。

「マスター、またモンスターボール貰っていくぜ」

 幾つか手に取り、カウンター内にいる厳つい顔のマスターに声を掛ける。

 そこで、カウンター席の男がライダーの若者に疑問をぶつけた。

「モンスターボールなんか買ってどうするんだ?」

「決まってるだろ。でかいサンドをゲットするんだよ」

 当然の事のようにライダーの若者が言う。

「そのでかいサンドって、どのくらいの大きさなんだ?」

「そうだな……とにかくでっかいんだよ」

 顎に手を添え、暫し考え込んでからライダーの若者は、大きく手を振り回して力説した。

 全然答えになっていない。

「いや、だからほら、サンドって普通六十センチくらいの大きさだろ。それに比べてどうなんだ?」

「ふっ、そんなの比べもんにならないくらいでかいぜ。なんたって俺よりもず~っと、見上げる位でかいんだからな」

 この喩えに、常連客の三人だけでなく、マスターも目を丸めた。

「はぁ? 何言ってんだい。サンドがそんなにデカいわけないだろ」

 呆れたようにこの店唯一の女性客が言う。

 測った事は無いが、ライダーの若者の身長は百八十センチくらいはあるだろう。それより見上げるくらいデカいとなると軽く三メートルは超える事になる。そんなサンドなどいるわけがない。

 絶対何かの見間違いだろうと、そう女性客は断じた。

 他の常連客もそれに大きく頷く。

「見間違いかどうか、実際見てみればわかるぜ」

 もうゲットした気になってライダーの若者が言い返す。

「でも、何日も前に見たそのでかいサンドが、何時までも同じ場所に居るとは限らないんじゃないですかね」

 以前と同じ指摘を、壁に掛かったテレビ前に陣取っている優男がする。

「大丈夫だ。やつが地中を移動すると地表に目立つ大きな土ボコ跡が残るからな」

 その跡を辿って行けば何処に移動したかすぐわかる。

「でも砂漠じゃ、そんなのすぐに崩れてしまうと思うけどね」

 なにしろサラサラの砂だ。ちょっと風が吹いただけでも簡単に舞い散ってしまう。

「うっ……」

 壮年の女性客の鋭いツッコミに、ライダーの若者がピキリと固まる。

「だ、大丈夫だ。やつが砂漠を突っ切って、バトル山の方に向かった事は分かってるんだ」

 一応出来たての土ボコならぬ砂ボコが向かった先を把握しておいたライダーの若者は、まるで自分を安心させるように断言する。

「じゃ、じゃあ、俺は行くぜ。皆、でかいサンドの土産を楽しみにしててくれ」

 と、これ以上心を折られる前に、そそくさとその場を後にした。

 何時もの食事とモンスターボールの代金を払いもせずに。

 使った食器を片付けたマスターが、ライダーの若者のツケとしてそれらを新たに帳簿に記入する。

「——そういえば、バトル山で思い出したんだが……」

 遠ざかるライダーの若者の爆音を耳にしながら、ふとカウンター席の男がぽつりと漏らす。

「あそこの火山のマグマの中には、何か巨大なモノが居るって話だ」

「なんだい、それ?」

「そんな話、初めて聞きましたよ」

 壮年の女性客が眉根を寄せ、優男が興味を引かれて身を乗り出す。

「噂話だよ。俺もバトル山で修行した事のあるトレーナーの仲間から、話を聞いたっていう知人の知り合いから聞いただけなんだからな」

 また聞きばかりの話で本当かどうかは判らないと前置きして、カウンター席の男はその内容を披露した。

 何でも流れるマグマの上にある最終エリアで修行をしていると、時たまマグマの中から何かが唸るような音がするのだという。それは明らかに流れるマグマの音とは別の、まるで生き物が発している声のように聞こえるらしい。

 また修行場である浮遊ブースとブースを結ぶ通路を通った時に、流れるマグマの中で(うごめ)く巨大なモノを見たというトレーナーも何人かいるようだ。それは赤黒いマグマの中で金色(こんじき)に輝いていたという事だが、はっきりと確認した者が誰もいないので、単なる見間違いではないかとも言われている。

「バトル山の火口付近のエリアは、喩え噴火してもその影響がないように、かなり上空に設置されていると聞いた事がありますが、そんな上から見ては確かにそれが何だかわかりませんね」

「どうせ見間違い、聞き違いに決まってるさ」

 流れるマグマの上で修行をするのだ。その過酷さに耐え兼ねて、有りもしないモノが見えたり聞こえたりしてしまう事だって十分有り得る。

「ま、何にせよ、俺達はクーラーの効いたここで、あいつがでかいサンドをゲットしてくるのを期待しないで待つとするか」

 そうカウンター席の男が締め括った後に、壮年の女性客がまた不吉な事を口にする。

「また、迷わなきゃいいけどね」

 だが、その声は聞こえて来たさっきとは別の、力強い爆音に掻き消された。

 その音に心当たりがある常連客は、新たな話のネタが舞い込んで来たと期待を寄せる。

 そして店の扉を開けて入って来たのは、思った通り最近ちょくちょく来るようになった少年少女の二人組だった。

 

 レオン達はあの後、もう一度地下研究施設に戻ったが、例の檻には捕えていたシャドーの女戦闘員と飼育員の男の姿は無かった。おそらく警報が鳴った時点で他の奴等に救出されたのだろう。眠らせておいた他の連中も似たようなものに違いない。となれば、そこにはもう用はない。

 一応パイラの署長にメールを打って研究所の場所を知らせた後、二人はサイドカーの停めてある砂山まで戻り、すっかりなくなってしまったモンスターボールを補充するべく、砂漠の中を突っ切ってここに来たのだ。

「マスターいつものヤツ二つ、うんと冷たくしてね」

「いや、俺はサイコソーダがいい」

 カウンターの向こうにいるマスターに頼むルナに、レオンが訂正を入れる。

 何時もは何も言わないのに、珍しいこともあるものだ。

「えっ、そうなの?」

「ああ、ミックスオレは甘すぎる」

 小首を傾げるルナに、レオンはきっぱりと言う。

 そんなに甘くはないのにと思いつつも、レオンが初めて自分の好みを口にしたのがルナには嬉しかった。

「分かったわ。じゃあマスター、ミックスオレとサイコソーダを一つずつ。うんと冷たくしてね」

 ——おぉっ……

 二人のやり取りを聞いていた店の常連客は、思わず心の中で感嘆の声を上げる。

 この少年がモンスターボール以外で、自分の意志を示したのは初めてだった。

「マスター——」

「ああ、ほら好きなだけ取りな」

 商品棚を見て声を上げた少年に最後まで言わせず、厳つい顔のマスターがカウンター下から各種のモンスターボールを出してくる。

 最近ライダーの若者が無駄にモンスターボールを買うようになったので、少年が何時来てもいいように取り分けておいたのだ。

「いらないヤツは棚に置いててくれ」

 何時もの事のようにそう言うと、厳つい顔のマスターは少女の注文に応えるべく食器棚のグラスを手に取る。

 レオンも特に何も言わず、出されたボールに目を向けた。

 通常のヤツに加え、ネットボールとタイマーボールもある。結局売り出す事にしたようだ。

「そうだ、マスター。あの新機能のモンスターボール。どちらもとっても役に立ったわ」

「ほう、そうかい。それは良かったな」

 少女に薦めたボールが役に立ったと聞いて、厳つい顔のマスターは頬を緩めた。

「じゃあ、また良さそうな新機能のモノを見付けたら取り寄せておくとするか」

「ええ、お願いね」

 ルナもにっこりと笑う。

「………」

 いらないボールを商品棚に置いてルナの隣に座ったレオンは、微妙な表情(かお)をして出されたサイコソーダに口を付ける。

 確かにあれで伝説のポケモン二匹をスナッチできはしたが、それが本当にその機能のお陰なのかどうか今一よく分からないでいたからだ。

 不意にレオンのコートのポケットから軽やかな電子音が聞こえた。

 P★DAのメールの着信音である。

 誰からだろうとポケットからそれを取り出し、メール画面を開いて見ると、差出人はアゲトビレッジのローガンになっていた。

「あれ? お祖父ちゃんにメールアドレスを教えたの?」

「あ、ああ……」

 あの爺さんがそれを訊いたのは、自分のⅠD番号を知る為の口実だったと思っていたのに、本当にメールしてくるとは驚きだ。

「なんだろ? 開けて読んでみましょ」

 ルナに促され、レオンはローガンのメールを開いた。

『拝啓、レオン様。メールでは初めまして。アゲトビレッジのローガンですじゃ。いやはやなにぶん機械に弱く、やっとの事でこうして文字が打てるようになりました。ところで、もし——』

 と前置きだけで画面が埋まり、肝心の所から切れてしまっている。

「何これ? 何が言いたいのか、全然分かんないじゃない」

 呆れて思わず呟いたルナはレオンを見る。

「メール、返してみる?」

「いや、どのみち戻らなきゃならないんだ。見た処急用でもなさそうだし、他の用事を済ませてからでもいいだろう」

 そう言ってレオンはP★DAを閉じてポケットにしまう。

「そうね、じゃあ、とっとと用事を済ませて、お祖父ちゃん()に戻りましょ」

 一気にミックスオレを飲み干し、ルナは勢いよく席から立ち上がった。

「マスター、ご馳走様。今日も美味しかったわ」

 元気にそう言うと、支払いを済ませて先に出て行ったレオンの後を追って慌ただしく出て行く。

 後に残されたヒマ人の常連客達は、外で爆音が轟く中一斉に口を開いた。

「聞いたか? あの少年、既に彼女の祖父とメールする仲らしいぞ」

「いいですねぇ、既に祖父公認の仲なんて」

 しかもメールではなく戻って訊くという事は、もしや既に一緒に住んでいるという事だろうか。

 カウンター席の男の驚きの声に、心底羨ましそうにテレビ前の優男が呟く。

「だからかねぇ、あの少女に強気に出れたのは」

 今まで少女が勝手に決めていた注文に、初めて自分の意見を言っていた。ずっと尻に敷かれていた少年が、変われば変わるものである。

 まるで長年二人を見守って来た近所のおばちゃんのように、壮年の女性客は感慨深げにしみじみと呟いた。

 既にライダーの若者の事など忘却の彼方である。

 閑古鳥の鳴く町外れのスタンドの常連客は、ヒマに飽かして祖父公認となった前途洋々の二人の話題で盛り上がり、今日も平和に一日が過ぎていった。

 




 ※「でかいサンド」とは言わずと知れたアレの事です。ただ、ライダーの若者はアレを巨大なだけのただのサンドだと思い込んでいるので、ゲットするのも簡単だと思っています。

 サンド続きで、ついでかいサンドを出したのだが……
 あれ、こいつが居れば、オーレ地方の過酷な環境や、野生ポケモンが殆ど姿を現わさない事の説明が全部付くのでは?
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