激重感情ベクトルホルダー(無自覚) 作:しっとりパーチー
運が悪かった。俺はその時の事を思い返せば、いつだってそう言う。
偶々、その日その時間にその場に居合わせた。
偶々、二人だけで帰った。
偶々、俺だけが気が付いた。
小学生で、男女の体重差はそこまで大きくない。
偶々、連れと俺じゃあ、俺の方が少し小さくて。
偶々、引っ張った反動で場所が入れ替わった。
だから、
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「――――お前の気にする事じゃないさ、朝比奈」
そう言って、病院のベッドの上で上体を起こし、左目を中心に包帯を巻いた少年は微笑んだ。
しかし、そんな少年の笑みを向けられる少女の表情は暗い。
彼がこうして入院する事になったのは、自分のせいだ、と
だが、これを少年、
彼が入院する事になった経緯は以下の通り。
二人の通う小学校の近くで不審者情報が出回っていた。
六年生である二人は、偶々帰り道が近く一緒に帰っていた。
その折に、偶然にも徹はまふゆの背後へと迫る不審者へと気付いた。
咄嗟に彼女の腕を引いて避けさせようとした徹だったが、不幸にも場所を入れ替わるような形となってしまった。
引っ張った反動で前へとつんのめる様な格好で不審者と相対した徹。
そこに右手にサバイバルナイフを握っていた不審者が斬りかかる。
結果、額の中ほどから左頬へと向けて、左目を斜めに切り裂かれてしまったのだ。
大の大人でも悲鳴を上げるであろう激痛の中で、それでも徹はランドセルに付けていた防犯ブザーを引っ張って、騒音を掻き鳴らすソレを不審者の顔面へと投擲。
幾ら子供の膂力といえども、硬いものを顔に投げつけられれば痛い。それが歯の近くともなれば猶の事。
顔を抑えて仰け反る不審者。そこに、徹は遮二無二ランドセルから左腕を抜きつつ右手で背負う為のベルトを掴んで不審者へと叩きつけていた。
当たり所が良く、緩んでいた不審者の右手に衝突。ナイフを取り落す。
そこで防犯ブザーに気付いた大人たちがやって来て、不審者は取り押さえられた。ついでに、極限状態で気張っていた徹は出血と痛みで気絶してしまった
以上が、今回の騒動の流れ。
「……ごめんなさい、木原君」
「いや、だから――――」
「左目……見えないんでしょ………?」
まふゆが気にするのは、そこだ。
徹の不運は、不審者の振るったナイフの軌道に飛び込むように前のめりになってしまった事。結果、その切っ先を掠めるどころか、深々と顔に切り傷を残し、更に目を切られた。
失明。右目が見えるとはいえ、視界のほぼ半分を失ったのだ。それも、小学生というまだまだ人生の道は長い年齢で、だ。
朝比奈まふゆは頭がいい。それだけの研鑽を積んできているし、元々聡い部分もあった。だからこそ、これから徹が抱える日常の不便さを想像できてしまう。
今にも泣きそうな少女に対して、徹は左手で頭を掻く。
「朝比奈」
「っ……な、なに?」
「ちょっと近くに来てくれよ」
手招き。
肩をびくつかせたまふゆだったが、そろそろと椅子から立ち上がりベッドへと近づく。
顔を近づけ、そこで頬を両方からサンドするように挟まれた。
「良いか、朝比奈。これは、俺の怪我だ。これから
ムニムニと頬をこねながら、漆黒の隻眼が少女を捉えて離さない。
徹にしてみれば責められるべきは不審者であり、同時に迂闊な事をしてしまった自分だけ。断じて、朝比奈まふゆという少女ではないのだから。
「でも………」
「でももだっても、無い!あんまりウジウジ言ってると、餅みたいに頬っぺた捏ねるぞ」
ムニムニムニムニ、と効果音が出そうなほどにまふゆの頬をこねまくる徹。
落ち込んでいるからかされるがままのまふゆだが、長く続けば振り払いたくもなる。
程なくして解放されたほっぺは赤くなってしまっていた。
「これに懲りたら、何でもかんでも自分で背負い込むのは止めろよな?朝比奈は頭も良いし、何でもできるけど、嫌な事は嫌って言って良いんだから」
「でも……」
「どうしても無理なら、逃げちまえ。ソレか、学校なら俺に投げてくれればやってやるよ」
「……木原君も大変だよ?」
「何言ってんだ。一人でやるより、二人でやった方が速いに決まってんだろ。時間は半分、手間も半分。お得じゃねぇの」
どこかおどけてそんな事を言う徹に、まふゆもつられる様にほんの少しだけ肩に籠っていた力が抜けた。
「………それじゃあ、木原君が困ってたら助けてあげる」
「はっはー、俺の方が先に助けてやるよ」
まふゆの纏っていた雰囲気が穏やかになったのを察し、徹もまた内心で息を吐いていた。
何でもないような顔をしているが、彼とて左目を失ったのだ。小さくない精神的な動揺が確かにあった。
ソレをおくびにも出さなかったのは、偏に自分以上の絶望しきった表情の少女が居たからだろう。
木原徹は、鋼メンタルの持ち主ですので
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少女は、只管に頑張り続けていた。
最初はあった筈の理由。それはもう、ハッキリとは分からなくなってしまった。
それでも、頑張る。何故頑張るのかも分からないが、ただただ終わる事のないマラソンを走り続ける。
そんな少女に、転機が訪れた。
僅かにだが、足を止める瞬間が訪れたのだ。
そして、彼女の手を引いたのは一人の少年だった。
折れず曲がらず。頑固ではないが、砕かれる事のない一本の芯を持つ。
進学を機に学校は分かれてしまったが、スマホという便利なツールがある。
『無理すんなよ、朝比奈』
通話口から聞こえるその声が、少女にとって心の支えだった。
それは、彼女が自分の居場所を得てからも、変わる事は無い。