激重感情ベクトルホルダー(無自覚)   作:しっとりパーチー

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スカーフェイス with スーパースター

 病院ってのは、いろんな人がいる。

 顔見知りになった爺ちゃんや婆ちゃん。入院してるちびっ子たち。酒浸りを治したいアル中とか。妊婦さんとか。

 デッカイ総合病院だからだな。先生も色々いるし、看護師さんも同じく。

 絶対に治る訳じゃない。その点で言えば、左目以外は健康優良児な俺は恵まれてる方だと思う

 でも、別に塞ぎ込んでるのは患者だけじゃない。その家族だって、いつも押し潰されそうな不安と戦ってるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――うん、経過も順調。傷が残ってしまうけど……うん、このままいけば大丈夫だよ」

 

「うっす、ありがとうございまーす」

 

「それはそうと、義眼は本当に入れないのかい?見た目も、整うよ?」

 

「えっと、結局前髪の左側も伸ばしてますし、傷もあるんで眼帯の方が良いかなって。先生が顔歪まないように、支え入れてくれましたし」

 

「そっか……まあ、一応は君の意思を尊重するよ。義眼も、ね。管理が大変だったり、使用可能年数もあったりするから。場合によっては割れる事もあるし」

 

 包帯を看護師に巻き直してもらいながら、木原徹は目の前の眼科医を測りかねていた。

 義眼を入れさせたいのか、入れさせたくないのか。入れた方が良いメリットも大きいが、徹の場合は大きな傷が額から左頬へと向けて目の上を縦断するように走っている。

 一応、痕がなるべく残らない様な処置をしてもらったが、如何せん深い切り傷だった。完全に消す事は出来ない。

 そこで、徹は見た目を完全に繕う事を止めた。ありのままの自分を前面に押し出す事にしたのだ。

 義眼を入れず、眼帯をつけるのもその一環。勿論、気が変わって義眼を入れる手術を受ける事も可能だ。それだけの金銭を慰謝料として被疑者からぶんどったので。

 

 経過観察と包帯のまき直しが終われば、待合室へと戻る事になる。

 鼻歌でも歌いそうな気楽な足取り。それが、はたと止まったのは中庭の傍を通った時の事だ。

 

「………ん?」

 

 左目が潰れて、より広がった右目の視野。

 その端の方に、派手な金色が過った。

 そちらを見れば、ベンチに腰掛け、深刻そうな表情をした自分と同年代であろう少年が座っているではないか。

 入院着やパジャマではない事から、見舞客か。

 そう判断して、徹は待合室へと向かう足を中庭へと進路変更。

 そのまま、ドカリ、と件の少年の隣に腰掛けた。

 

「よう。お見舞いか?」

 

「え……あ、ああ」

 

「そっか」

 

 自分の右隣に座った左目周囲に包帯を巻いた徹に、金髪の彼は何処か困ったような雰囲気。

 しかし、徹は気にしない。

 

「親御さんでも、入院しているのか?」

 

「え?……いや、その…………」

 

「一人で来てるのか」

 

「あ、ああ」

 

「あ、俺は木原徹な。今、中一」

 

「あ、っ……て、天馬司だ。同じく中一。よろしく、頼む」

 

「おう」

 

 どっかりと己の隣に座った隻眼の少年に、天馬司は尻の座りの悪さを覚えてソワソワと視線を彷徨わせる。

 そんな相手の事など知った事ではない、と徹はマイペース。

 

「それで?天馬さんちの司君は、何をそんなにしょぼくれてるんだ?」

 

「ッ……しょぼくれてなどいない!」

 

「そうかぁ?……まあ、天馬は病人でも怪我人でもなさそうだな」

 

「…………なぜ、そう思う?」

 

「勘…………冗談だって。そんな目で見んなよ。単に、入院着でもないし何処かしらを庇ってる様子も無かったからな」

 

 ひらひらと手を振る徹。その姿に、何となく司も肩の力が抜けるのを感じた。

 

「…………妹が、少しな」

 

「体が弱いのか?」

 

「うむ。入退院を繰り返していたんだが………本格的に入院をする事になりそうでな」

 

「………」

 

 背もたれに体を預けて、両腕を背凭れの上に置いて徹はその残った右目で滔々と語る司の表情を眺めていた。

 彼の表情を、徹は見た事がある。救いは、初めてその表情を認識した時と比べれば、まだまだ救いがある点だろうか。

 

「…………寂しい時には、寂しいって言うもんだぜ?」

 

「ッ!」

 

 比較的小さな、それでいて優しさのある言葉に、しかし司の肩が大きく跳ねた。同時に、焦った表情で隻眼の彼へと振り返る。

 

「なっ、何の話だ!?オレは、寂しいだなんて一言も言っていないぞ!?」

 

「その反応が答えだろぉ。何だよ、隠すなって。大人だって寂しい時があるんだぞ?俺達が寂しがっても」

 

「寂しくなどない!!オレよりも、咲希の方が……!」

 

「妹ちゃんが寂しいのと、お前が寂しいって言うのは別だぞ、天馬」

 

 強い言葉で否定しようとする司を、真正面から受け止めながら徹はその右目を細めた。

 

「痛いのも苦しいのも、辛いのも悲しいのも、人それぞれだ。限界値が違うだけで、比べるものじゃねぇ」

 

「だが、オレは兄として――――」

 

「妹ちゃんの兄貴の前に、お前は天馬司だろうが!」

 

 跳ねるようにベンチから立ち上がり、徹は真正面から司の胸ぐらをつかんで詰め寄る。

 

「甘えたって良いだろうが!それとも何か?お前の親は、その小さい願いも聞き遂げてくれない様な人たちなのか!?」

 

「そ、そんな事は無い!…………だが……」

 

「だがもだってもねぇんだよ!!」

 

 先程までの軽い雰囲気は何処へやら。中庭に響くほどの音量で、徹は咆えていた。

 彼は知っているのだ。只管に相手を思いやるが故に、結果として心と体を壊しかけた少女の姿を。いや、今も危うい状態ではあるのだが、その最後の一線をどうにかこうにか踏み越えない様に徹は苦心していた。

 そんな徹から見て、司も今まさにその状態へと足を踏み入れようとしているように見えた。

 だから、引き留める。そっちに行くな、と。

 初対面であるとか、他人であるとか、そんな事は関係ない。心の赴くままに、木原徹は誰かを救うために手を差し伸べる。

 

「自分の心を言葉にする事は、悪い事じゃない!!それが我儘だろうが何だろうが、お前の心を殺して良い理由になる筈ねぇだろうが!!!」

 

「っ………」

 

 仰け反りそうな程の大喝を受けて、天馬司は息を呑んだ。同時に、感じ取る。熱さすらも覚える、感情の発露というものを。

 同時に、その熱さが彼の心を揺らしていた。

 

「…………寂しい」

 

「おう」

 

「咲希が大変なことは、分かってる………オレだって、元気に笑ってる咲希が良い…………でも…………やっぱり、寂しい………」

 

 言葉にしてしまえば、もう駄目だった。

 最愛の妹だ。大切で、大好きで、だからこそ病床に臥せった時には目の前が真っ暗になる様な絶望感があった。

 だが同時に両親の目は、妹にだけ向けられた。意図的に、司が無理をし続けた事もあるが。

 言葉と一緒に、涙が零れる。

 

「良くない事は、分かってる………!父さんも母さんも大変なんだから………オレが我慢をすれば、咲希に時間を作れる………でも………寂しい……!」

 

 幾ら物分かりがよくとも、司もまた中学一年生。十代前半の子供でしかない。

 どこかで吐き出さねばならなかったのだ。膨らみ過ぎた風船の行く先は、破裂しかないのだから。

 

 この日を境に、一人の少年はほんの少しの我儘を言うようになり、両親は驚きながらも同時に息子の変化に喜ぶ事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「徹!是非とも感想を聞かせてくれ!」

 

「おう、良いぞ。今回は、人形劇か?」

 

「うむ!目で分かりやすく、且つ興味を惹きやすいだろうからな!咲希も大いに楽しめるだろう!」

 

「んじゃ、いつも通り見せてもらおうじゃねぇの」

 

 

 病院の中庭のベンチで二人の少年の声が響く。

 その小さな劇は、二人が揃えば行われ、密かに病院関係者の楽しみにされていたりする。

 そんな新たな日常の一幕だった。

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