奴隷商人の成り上がり!   作:Reppu

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今週分です。


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「奴隷商人が迫害されるのも無理はないな。こんなジョブ、権力者にしてみれば悪夢でしかない」

 

翌朝早速更新した俺のギルドカードを確認してクロエは小声でそう唸った。奇遇だね、俺もそう思うわ。

 

「ああ、スキルを共有出来るってのは知っていたけれど、まさかこう来るとは俺も思わなかった」

 

俺の手元にあるカードの欄には昨日まで存在しなかったスキルが大量に列挙されていた。共通点は二つ、全て初級であることと、どれもクロエが保有しているスキルだと言う事だ。…王政とか貴族なんて身分制度が残っているのに奴隷制度だけが優先して消される訳だよ、奴隷の従属度合いによるが、閾値以下のスキルは全て共有されるなんてぶっ壊れも良いところだ。しかもクロエのステータスを確認する限り、従属度合いは調教系ステータスの総合値が参照されている。つまり奴隷制度なんて残っていた日には突然凶悪なステータスを誇る奴隷商人が生まれかねず、そいつが権力欲を持っていない保証なんて何処にも無いのだ。しかも大抵の場合貴族や王族はステータスが高いから、捕まって奴隷にされれば雪だるま式に敵が強化されるというおまけ付きである。これ、時代が時代だったらジョブが判明した時点で最悪縛り首とかになっててもおかしくなかったな。

 

「基礎ステータスがお察しだから上昇幅は微々たるものだが、そこは今後鍛えれば良いだけだしな。ふふ、我がパーティーの未来は明るいな!…どうしたマルス?」

 

嬉しそうに語る彼女を見ていたら、不思議そうに首を傾げて聞いてくる。いや、うん。何というかな?

 

「いや、昨日の今日で元気だなと」

 

ワーカーは体力勝負な仕事なので割と俺も鍛えている方である。そしてクロエはイスルギ流の娘、肩書きこそご令嬢であるがその体力は軍人並だ。そんな若い二人が初めてとはいえ事を致せばそりゃあもう凄いのである。翌朝顔を合わせた宿屋の店主が視線で“夕べはお楽しみでしたね”と警告してくる位には。まあ空が白むまでやっていれば仕方の無い事だろう、次からは注意しよう。

 

「おまっ!」

 

次の言葉が出る前に、素早く伸びたクロエの手が俺の口を塞ぐ。中々良い音を立てたがクロエはそんな事を気にする余裕も無いらしく、真っ赤な顔を近づけて咎めてくる。

 

「そ、そう言う事は衆目の前で口に出すなっ」

 

「わふはっは」

 

うん、今のは俺が悪いな。親しき仲にも礼儀ありと言うのは異世界でも共通の常識である。淑女の性体験を観衆の前で語るなどデリカシーが無いにも程がある。…今ちょっと開発度が上がったような気もするが、これはまだクロエにも俺にも難易度が高過ぎる。

 

「約束の時間まではまだあるな」

 

かといって依頼を受けられるような時間も無い、何とも半端な時間だ。どうしようかと考えていると、クロエが真面目な表情で提案してくる。

 

「なら練習場へ行かないか?スキルの調子も試しておいた方が良いと思う」

 

スキルで上昇するステータスは微々たるものだが、それでもその差が違和感になる場合も少なくないそうだ。俺が剣術の初級スキルを習得したときはそんなのを感じなかったというと、クロエが気まずい表情で説明してくれる。

 

「…その、基本のステータスが低い者ほど違和感が出にくいんだ」

 

「あ、はい」

 

「ほ、ほら!今回は一気に複数だろう?そうなれば上昇量もそれなりになるから!」

 

確かに昨日の疲労が抜けた時点で随分体が軽く感じた。それに共有と言うのも少し引っかかる内容だ。

 

「そうだな、師匠の言う事は聞いておくべきか」

 

「うん、そうだぞ!」

 

相変わらず感情豊かな尻尾の動きを見ながら俺達は練習場へと移動する。ギルドでは生身やシュラクトで訓練を行えるスペースを設けていて、そこでパーティーが装備の調整や連携の確認なんかをするのだ。シュラクト用の方は有料だが、生身の方は無料で開放されているから案外利用者も多い。因みにシュラクトで訓練をした方がスキルの習得には効率が良いのだとクロエが教えてくれた。普通に生身で訓練するよりもマナが活性化するのに加え、体力の消耗が少ないから長時間訓練を行えるからだとか。…どっちかと言えば後者が主な理由の気もするが。

 

「槍か?」

 

「ああ、共有についても確認しておきたいからな」

 

この世界におけるスキルの認識はちょっとした身体能力強化というものだ。別に剣術のスキルが無ければ剣が振るえないとか、逆にスキルで特殊な技を習得するなんて都合の良いものでもない。だが実は身体強化以外にも効果があると俺は考えていたりする。

 

「いくぞ!」

 

手にした槍を構えてクロエへ向かって走る。その瞬間俺は自分の仮説が正しい事を理解した。

 

「やっぱりな、コイツは厄介だぞ?」

 

突き出した槍をクロエが剣を巻き付ける様にしていなしたかと思った瞬間、強い衝撃と共に上へと跳ね上げられる。判断の遅れた俺は両手も上へと持ち上げられ、そうしてがら空きの胴に鈍い衝撃が走った。

 

「私を前に考え事とは良い度胸だな?」

 

「うぇっほ!か、確認したいことがあるって言ったろ!?」

 

1週間付き合ってみたけど、クロエって実は絶望的に指導とかそういうのに向いてないんじゃないか?

 

「ああ、そうだった、そうだった。なら隙にならない様に考えろ」

 

教官モードになったクロエさんに理屈は通じない、これマメな。一旦待ったをかけて構えを解くと、クロエも剣を鞘に収めてこちらに近付いてくる。

 

「で、その顔は何か解ったようだが」

 

「おう、思った通りこれ結構厄介だわ」

 

「厄介?寧ろ昨日までより動けている様に見えたぞ」

 

「ああ、多分それは間違いない。解ったからな」

 

スキルを覚えると身体能力が微増するのは周知の事実だが、実はもう一つ語られている効果がある。それがその技術に関しての理解度が高まるというものだ。尤もこっちはあくまで噂程度でしかなかった、何故ならスキルを習得するには相応の時間と訓練を必要とするので自然と理解度は高まるからである。だからそれが自分の努力によるものか、スキルによって得られたものなのかの判別が曖昧だったのだが、こうしてスキルを他人から与えられるとそれが事実だった事が良く解る。何せどの様に武器を扱えば良いかといった知識がスキルを得た瞬間に理解出来たのだ。それも全く訓練すらしていない他の武器に関してまで。

 

「凄いじゃないか、それの何処が厄介なんだ?」

 

俺の説明にクロエが首を傾げそう聞き返してくる。うん、つまりな?

 

「頭で理解しているけど、体が覚えてないんだよ。こうすれば良いって解ってもその通りに体が動かない」

 

この感覚は体がついてこないという状態によく似ている。理想の動作は思い描けているし頭はそう出来ると認識しているのだが、体が動いてくれないのだ。恐らく本来はスキルを習得するまでの訓練でそうした差が生まれなくなるのだろうが、俺はその訓練部分を完全にすっ飛ばしているからその差が大きいんだろう。

 

「幸い身体能力の強化は結構なもんだし、理解しているから慣らしの時間はそれ程掛からないと思う。でも普通に習得した奴と同等だと考えるのは危険だな」

 

「そうか。まあそう気にすることはないさ、練習相手なら私がいるからな!」

 

「お、そうだな!」

 

腰に手を当ててそう言ってくるクロエに俺も笑顔で応じる。若干手が震えている気がするが多分武者震いだ、そうだと思いたい。

 

「よし、ではこのまま軽く手合わせを続け――」

 

「最後の悪足掻き、と言う訳ではなさそうね」

 

そんな声と共に会話に割り込んできたのはなんとエルザ女史だった。思わず練習場に設置されている時計を見るが、まだ約束の時間まで1時間以上ある。

 

「貴方達がここに居ると聞いたものだから。約束の時間まではまだあるけれど、別に構わないでしょう?」

 

そう澄ました顔で言ってくる彼女に対し、俺達は顔を見合わせると悪い表情になる。

 

「その前に一度確認させて下さい。僕がスキルを習得していた場合、エルザさんはクロエに謝罪して借りを一つ、そして僕の言う事を何でも一つ聞く、それでよかったですよね?」

 

「ええ、そちらこそ出来なければ二人とも私のパーティーへ入ると言う事を忘れていないわね?」

 

絶対に無理だという確信からなのか、勝ち誇った笑みでそう確認してくるエルザ女史。しかし凄いな。俺達がここまで自信ありげにしていても態度を崩さないとか、やはり大物は違うと言う事だろうか?…まあ、その自信が今回は命取りになるんだがな。

 

「忘れないで下さいね?…ではどうぞ」

 

そう言って俺は懐からギルドカードを取り出しエルザ女史へと差し出す。黙って受け取った彼女は裏返してスキル欄を確認して目を見開いた。

 

「さて、ご満足頂けたかな?」

 

クロエがそう話掛けるとエルザ女史は一度彼女を睨み付け、その後小さく息を吐いて頭を下げる。看板ワーカーが新人に頭を下げているという異常事態に気付いた周囲がざわめき出す中、エルザ女史がはっきりと謝罪を口にする。

 

「貴方方を見誤っていました。侮辱したことを正式に謝罪させて頂きます」

 

「ああ、謝罪を受け入れる。…さてエルザ嬢、これで私は貴女に貸しが出来た訳だな?」

 

「…ええ」

 

緊張した声音で応じる彼女へクロエは近付くと、周囲に聞こえない程度に声を潜めて要求を口にする。

 

「なら早速使わせて貰おう。今日見た事を誰にも喋るな、忘れろ」

 

予想外の要求だったのか目を見開いてクロエを見つめるエルザ女史。ギルドカードのスキル欄には、個人が保有している全てのスキルが表示される。つまり俺ならレベル譲渡も記載されているのだ。これが広まった際のデメリットを考慮してくれたのだろう。

 

「ええ、約束します」

 

そう小声で応じるエルザ女史、更に彼女はこちらへ向き直ると口を開く。

 

「さて、貴方にも約束をしていたわね。何を私に願うのかしら?」

 

その問いかけに俺は少し困ってしまう。何故なら俺は自分の願いでスキルの事を口止めするつもりだったからだ。しかしエルザ女史も割と考え無しだよな。奴隷商人に向かって何でも言うことを聞くなんて、どうぞ私を好きにして下さいって言っている様なものだぞ?俺はそんな好機を見逃す様な間抜けではない。では早速、そう考えた瞬間視界の隅にクロエが入り、そして俺はとんでもない失敗をするところだった事に気が付いた。仮に今エルザ女史を奴隷にしたとしても、俺には何も彼女を縛る手段が無いのだ。

 

(あっぶねー!!)

 

クロエは命の恩人だからと現状を受け入れてくれているが、エルザ女史はどうだろう?こんな売り言葉に買い言葉的な状況だけで奴隷になる事を心から受け入れるなんて到底思えない。そして奴隷商人のスキルや特性には奴隷の反抗を抑制出来る様なものは存在しない。極端な話、その気になればクロエは俺を殺して奴隷の身分を脱する事だって出来るのだ。なにせ危害を加えても問題無い事は彼女との訓練が証明している。ふ、この土壇場で冷静にそこに気付くとか流石俺だな!

 

「では彼女のシュラクト、ソウゲツの修復をお願いします」

 

そして即座に思いついた要求をエルザ女史に伝える。正直このままだとソウゲツの修復には年単位で時間が掛かりそうだし、何よりクロエは貸しを俺のために使ったのだ。なら俺の分は彼女に使うのが筋というものだろう。

 

「…本当にその願いで宜しいんですの?」

 

「ええ、お願いします。それともこんなお願いは叶えられませんか?」

 

アンティーク級の修復となると下手しなくても一般的なシュラクトが余裕で買えるくらいの費用が掛かるからな。そう聞き返すとエルザ女史は何故か優雅な笑みを湛えて口を開く。

 

「いいえ、承りました。我が家の家名に懸けて完璧な状態に戻して見せましょう」

 

言い終えると彼女はこちらに一礼し悠然と去って行く。こうして俺達はパーティー解散の危機を乗り越えたのだった。


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