「いや、ハンパないな」
エルザ女史との騒動から早くも1月が経とうとしていた。そうして現在俺達はガーナット砂漠に赴き、討伐依頼をこなしているのだが。
『止めだ!』
ソウゲツが振り下ろした大剣が魔物を脳天から真っ二つに切り裂いた。因みに本日のお相手はガーナットデスシザース。体長10mに達する巨大なヤドカリの魔物で、ガーナット砂漠における食物連鎖の頂点の一角である。
「おっとっと」
砂から飛び出してきた幼体を槍で払って、転がしたところを一突きにする。こちらはサイズも2m程と小ぶりだし、サイズに合わせて殻も薄いから問題無く倒せるのだが。
『ふむ、終いだな』
そうクロエが口にしてソウゲツが構えを解く。このヤドカリは成体になると極めて堅い外殻に加え、餌にしているサンドスネイル――こちらもアホみたいに堅い殻で有名――の殻を利用する事から最硬とも言われる魔物だ。基本的に刃物は通じないため、討伐は弱点属性の魔術か物理攻撃の場合鈍器の使用が推奨されるのだが。
「それで大丈夫なのか?」
『大丈夫だ、問題無い』
出発前にそんな遣り取りをしたのだが本当に大丈夫だった。ソウゲツは遭遇して直ぐ、落ち着いた動作でヤツの鋏を切り飛ばし、以後一方的に切り刻み続け、最後はあのとおりである。バグキャラかな?
『流石天下のフォルクス・ワークスタット社だな、完璧な仕上がりだ』
フォルクス・ワークスタット社は王国最大の老舗シュラクトメーカーにしてエルザ女史のご実家である。実はソウゲツを製造したのも同社だったらしく、その仕上がりにはクロエもご満悦だ。
「しかしここまで一方的かあ」
『堅いと言ってもレアメタル程ではないからな、ソウゲツとこのドウジキリにかかれば無いも同然だ』
そう言って彼女は手にした大剣を掲げてみせる。シュラクトの背丈と同等の長さを持つそれは日の光を反射して刀身を緋色に輝かせている。柄まで一体になっているそれはつまりオリハルコンに次ぐ希少金属であるヒヒイロカネから削り出された一品である事を示していた。
「そりゃ頼もしいな」
クロエさんや、それ多分国宝級の武器です。なんでもうちょっと丁寧に扱ってくれない?小市民の俺としては使ってるだけでも胃が痛くなって来るんですよ。
『今日の依頼はこれで終わりか?』
「ああ、さっさとキャリアーに運んじまおう。正直熱くてかなわない」
シュラクトには空調設備もついているんだが、なんせ俺の機体は大分年期が入っているからそうした細かい部分にがたが来ているのだ。
『…うん、解った』
俺達はヤドカリ共の残骸を拾い集めると近くに隠してあったキャリアーへ運ぶ。討伐の証明もあるがコイツの肉は珍味として売れるし、殻も建材などに使われるからそこそこの値で買い取って貰えるのだ。せこいとか言うなかれ、稼ぎは多くて困る事は無いのだ。
「なあ、マルス」
「ん?どした?」
キャリアーを走らせ始めて暫く立った頃、外を眺めていたクロエがこちらを向いて口を開いた。その声音からあまり楽しそうな話でない事は想像出来たが、敢えて態度には示さず聞き返す。
「やはり報酬は等分にしないか?」
またその話か。
「駄目だ」
俺はクロエの提案をそう却下する。てかこの娘はどうにも自分を過小評価し過ぎているようだ。不満そうにする彼女へ向かって俺は却下した理由を説明する事にした。
「なあ、クロエさんや。俺とお前はパーティーだよな?なら対等な関係だと俺は思っている」
「無論だ。だから報酬に差があるのはおかしいと私は思う」
いやいや、違うだろ?
「対等だからこそ報酬は同じにすべきじゃないと俺は思う。例えば今回の仕事、俺一人じゃ討伐どころかカニ共のエサになるのが精々だ。けどクロエなら単独でもいけるだろ?」
「…それは、まあ」
あ、やっぱ出来るんすね。イスルギやべえな。
「対等な関係ってのは同じじゃなきゃ成り立たない、道理だな。じゃあ出来る奴と出来ない奴が同額を貰うのが本当に同じか?」
少なくとも俺はそうは思えない。たとえそれが相手にとって容易な内容であろうと、労働の価値は変わらないのだから。
「それに心配しなくても平気だ、ちゃんと俺の得意な依頼なら俺の方が多く貰うさ。だから気にせずとっとけよ」
「そう言って受ける依頼は討伐ばかりじゃないか…」
現状一番稼げる依頼だからね、仕方ないね。
「その辺は追々な」
むくれる彼女に向かってそう笑いながら答え、運転に集中しようとしたところで車載無線機が救難無線を拾った。
「マルス?」
無線を拾っても基本的に救助が間に合う事は少ない。ワーカーの出す救難要請は本当にギリギリまで粘るからだ。それに大抵の場合要請元は戦力として期待出来ないどころか要救助対象だったりするのだ。当然誰かを守りながら戦うというのは戦闘の難易度を跳ね上げる。だからスカベンジャーを行う連中の多くはわざと時間を掛けて現場へ到着するようにしている。通信内容からして対象は複数、ノイズが強くて聞きにくいが、何度か犬という単語が出て来た。
「オオスナギツネの群れにでもかち合ったのか?」
オオスナギツネもガーナット砂漠における頂点捕食者の一角だ。やる気の無い顔つきに反して大変賢く、様々な魔法を行使出来る上に身体能力もかなり高い。群れの規模は多くても10頭に届かないが、幼体から既に攻撃魔法を複数使用出来るから生身で出会ったら先ず助からない。にもかかわらずコイツは決まった縄張りを持たずに徘徊しているため運悪く出くわしてしまう事が結構あるのだ。
「キツネは厄介だな」
そう言いながらクロエは揺れる車内でシートベルトを外して器用に立ち上がる。予想通り彼女に見捨てるなんて選択肢は無いようだ。
「無茶はしたくないんだがなぁ」
ぼやきつつ俺はキャリアーの速度を落として地図を取り出す。そして無線に集中し目的地を割り出す頃には荷台からソウゲツの起動する音が響いてきた。
「キャリアーをやられる訳にはいかない。手前で降ろすぞ」
軍の中古と言っても所詮は輸送車両だ、魔物に直接狙われてはひとたまりもない。そしてコイツを失えば俺達も危険だ。
『了解した』
クロエの返事と共に俺はアクセルペダルを踏み込んで車体を再び加速させる。
「そう言えば、クロエと初めて会ったのも救難支援だったな」
何故かそんな事が脳裏を過り、そして得心する。ああそうか、確かあの時も犬系の魔物だったんだな。
『ん?どうしたんだ急に』
「丁度似た状況だと思って…さ」
そう笑おうとして俺は強烈な違和感を覚える。救援を求めている連中は確かに犬と言っていた。だがそれはおかしいのだ、何故ならガーナット砂漠にはオオスナギツネ以外に犬に類する魔物は住んでいないのだから。
新人がキツネと犬を見間違えた?それはあり得ない。事前に生息している魔物も調べないような馬鹿に救難要請を出す時間を与えるほどオオスナギツネは弱くないからだ。
『マルス』
違和感を拭えぬまま、しかし救助を諦めるとクロエに告げられずにずるずる現場へ近付いているとクロエが普段からは考えられないほど敵意に満ちた声音で話し掛けてきた。
「どうした?」
『奴がいる』
彼女の声と同時に荷台から甲高い吸気音が響いてきた。それは間違い無くソウゲツのものであり、俺は強い危機感を覚えた。ソウゲツはアンティーク級と呼ばれる高性能機であり、機体の制御システムに高位精霊を宿している。高位の精霊ほどマナの保有量や制御量が増える為、高出力のジェネレーターや魔術兵装を扱えるのだが、その反面一つ大きな制約を受けてしまう。それが高位精霊の意志が機体制御に介在してしまう事だ。つまりどういう事かといえば。
「おいっ!クロエ!?」
止めようと声を掛けるが既に時は遅く、荷台のハッチが開きソウゲツが外へと飛び出していく。クロエの声から察するにその奴とやらをソウゲツも完全に敵と認識しているのだろう。加えてソウゲツは随分と好戦的な性格らしい、淡い魔力光をブースターから放ちながら砂煙と共に一直線に目的地へ向かっていく。
「ああ、クソ!」
俺はキャリアーを慌てて止めると荷台へと走る。オンボロ呼ばわりされた俺の機体だが、それでも輸送車両よりは速度が出るし、何より防御力が段違いだ。ソウゲツという直掩のいない状況で戦闘領域ギリギリまでキャリアーで近づける程俺は勇敢ではないのだ。
「これで死んでやがったら恨むからな!」
荷台から飛び降りつつ、救難信号を出した見知らぬワーカーに恨み言をぶつけた。クロエを見捨てるなんて選択を思いつく事も無く、俺は戦場へ向けて機体を走らせるのだった。
まだ続きそうなので連載に変更しました。