唐突であるがこの世界の仕組みについて少しだけ語ろう。魔法だ精霊だとファンタジーな言葉が踊っている事から想像出来るかもしれないが、この世界には属性も存在している。この影響は非常に大きく、属性の偏りは地形や天候、更にはそこに生きる生物にまで及んでいる。当然これは魔法利用を前提とした戦闘においても無視出来ないもので、対立する属性か中庸か、はたまた親和するかによってそれこそ倍以上の能力差が出てしまう。故に周囲の属性を如何に上手く利用するか、有利な属性の装備を用意出来るかは戦力に直結する訳だが、その中で例外的に扱われる存在がある。それが所謂高位と位置付けられる一部の魔法生命体、即ち精霊や魔物だったりする。何故かと言えば連中は周囲のマナへ干渉しその属性自体を自身の属性へ書き換える事が出来るからだ。尤もそんなのは魔力を馬鹿食いする行為なので余程の事が無いかぎり使わない奥の手だったりするのだが。
…だからこそ、目の前で行われている戦闘が正にギリギリの攻防である事が俺みたいな奴にも良く解った。
『気合いを入れろっ!ソウゲツ!!』
クロエの叫びに応じてソウゲツが咆吼にも似た吸排気音を響かせる。機体の周囲は陽炎の様に景色が揺らぎ、ソウゲツが周囲の属性を書き換えようとしているのが解った。周囲には無残に破壊されたシュラクト、それが要救助対象だったのは想像に難くない。そしてクロエ達はと言えば、巨大な犬型の魔物と鍔競り合いをしているのだが。
「なんだよ…、あれ」
構造的には確かに犬系の魔物に見える。四つ足に比較的小さめの頭部はハスキーやシェパードを連想させるデザインだ。しかし体躯はシュラクトよりも大きく、その全身は黒い鱗で覆われている。更に薄紫色に発光している背びれは時折放電と共に周囲の景色を歪ませていて、こちらも書換えを行っているのが解った。
『うぁ、だ、たずげ…』
そんなギリギリの戦いをしている最中に通信へ声が紛れ込む。残骸のように見えたシュラクトだがどうやら生き残りが居たらしい。本来喜ぶべき事なのだが状況としては最悪だ。どの機体に生存者がいるのか解らない上に、彼等のシュラクトは一目で自走不能と解る壊れ方をしている。つまり俺達は今移動不能の要救助者を抱えてしまったのだ。
『…っ!』
要救助者の出現にクロエが息を呑む。見る限りクロエとあの魔物の実力は近そうだから、明確な不利が生まれたことに動揺したのかもしれない。そして俺はといえば、既に判断を下して行動に移していた。
「食らえよ!」
槍を手放して背負っていた杖を構える。セレクターを最高出力に変更し、奴の顔面目がけて即座に魔法を放った。トリガーを引いた瞬間杖の先に小さな火が灯り、そこから一直線に火線が伸びて奴の目へ直撃する瞬間、まるで線香花火の様に火線が散ってしまった。恐らく展開している障壁に阻まれたのだろう、だが俺は気にせずに射撃を続ける。そして4度目の射撃で待ちわびた変化が訪れた。執拗に顔を狙われた魔物が大きく跳び退り、腹立たしげに吠えた。
『逃がすか!』
そんな奴に向かってクロエが再び距離を詰める。俺も横へと広がるように動きつつ射撃を加え、奴の集中力を削ぐ事に注力する。アイツにとって最も警戒しなければならないのはクロエとソウゲツ、俺は目の前を飛ぶ羽虫程度の存在でしかない。だがギリギリの殺し合いの最中にそんなものに飛び回られてはたまったものではないだろう。かといってこちらを先に仕留めるにはクロエ達が危険過ぎる。
(ほら、だから解るだろ!?)
使い切ったスクロールを排出しつつ更に射撃を継続していると、遂に我慢の限界を迎えたのか魔物は大きく前足を振るい砂埃を掻き立てた。
『ちぃ!』
砂埃で一瞬視界を奪われたクロエが前足の攻撃を強引に避けた。その隙に奴は再び大きく後ろへと跳び、今度は反転して一気に逃げ出した。
『このっ!』
「待てクロエっ、こっちが先だ!」
追いかけようとする彼女をそう制止する。足手纏いの無い状況なら、クロエは奴に勝てるかもしれない。しかしそれは確実なものではなく賭けに近い話だ。加えて俺は奴を知らない。スカベンジャーを生業にしていたからギルドが出しているブラックリストにも一通り目を通しているにもかかわらずだ。つまり奴は未登録の個体であり、懸賞金もなにも掛かっていない強力な魔物という事になる。端的に言ってしまえば命を賭けるだけの報酬が存在しないのである。ならば今そんなリスクは背負うべきじゃない。
『くっ!…わかった』
奴の逃亡した方向を睨み続けながらもクロエはそう言ってこちらの言葉に従ってくれる。直ぐに俺達は周辺に散らばった残骸へと近付き救助を始める。
「こいつは、…酷いな」
最初に手を付けた残骸は最早原形を留めないほど装甲が溶けてしまっていて、一目で中身が助かっていないだろう事が理解出来た。それでもあの通信を聞いた以上、万一を考えて中を改めない訳にはいかない。
「うっ、…こっちは駄目だ!クロエ、そっちは!?」
『こっちもだ!』
溶着してしまった装甲を強引に引き剥がした先にあったのは想像通りの惨状だった。顔を顰めながらクロエに問いかけるが、どうやら向こうも外れだったらしい。
『う…』
その時再び通信に声が混じった。どこだ!?
『っ!こっちだマルス!』
こちらよりも高性能なセンサーを積んでいるクロエがそう叫び、俺も彼女の向かった先へと移動する。そこにあったのは半ば砂に埋もれたシュラクトだった。だがそれが幸いしたのだろう、損傷の程度は他のものよりも遙かに良い。
『開けるぞ』
「ああ」
俺は回復魔法の準備をしつつそう頷く、因みにこれもクロエと共有しているスキルだ。スキルの中ではかなり習得が困難なものなのだが、イスルギの家では必須らしい。ヤバイ。
「ごほっ」
「ヒール!」
どうやらこのワーカーは随分運が良いようだ。即座に回復魔法を唱えつつそんな事を考える。生き残っただけでも僥倖という状況で、素人の回復魔法程度で対処可能な怪我だけで済んだのだから。
「クロエ、信号魔法を」
『解った』
救助者の呼吸が落ち着いたのを確認してクロエにそう頼む。直ぐに彼女は機体を操作し空に向かって魔法を放った。昼間でも良く解る光の球が頭上で爆ぜて俺達の位置を報せる。それから暫くもしない内に救護部隊の通信がこちらに入ってきた。
「なんとか、なったな」
近付いてくる機影を確認した俺は、そう小さく呟いたのだった。
「……」
現場を救護隊に引き継いだ俺達はキャリアーへと戻り街への帰路についていた。スカベンジャーが許されているのは救護隊が辿り着くまでというのが暗黙の了解なので、はっきり言って今回の収穫はゼロである。いや、一つあったか。
「クロエ、あれは?」
周囲に散らばっていた魔物の死体。どれも酷く焼け焦げていて殆ど原形を留めていなかったが、あれには見覚えがあった。
「…以前、都市郊外で遭遇した魔物だ。間違い無い」
「信じられんが、そうなんだろうな」
クロエを救助したあの時周囲にあった死骸。そしてその時のソウゲツの負った損傷と状況があまりにも一致しているし、何よりソウゲツがアレを敵だと認識していた事だ。ソウゲツに宿っているのは水系の高位精霊だからはっきり言ってあまり好戦的ではない。そんなソウゲツが明確に敵意を示すという事はつまりそうなのだろう。
「郊外から200キロは離れてる。普通の魔物だったらあり得ない行動範囲だ。けど現実に遭遇した以上そう報告する必要がある。因みに考えたくないんだが、同種の別個体って事は無いよな?」
あんなのが複数彷徨いているなんてそれこそ冗談じゃねえのであるが。
「いや、明らかに奴もこちらを知っている動きだったし、ソウゲツが見間違えるとも思えない。同一の個体だと思う、尤も前回は奇襲されて姿をちゃんと確認出来ていないから、絶対にそうだと言い切れないのが口惜しいが」
マジか。
「ギルドで注意連絡も出てなかったのはそのせいか。なら今回は運が良いな」
幸いにして情報の重要性をギルドは理解しているから、未確認の魔物の情報は報酬も出るし評価にも繋がる。特に今回はかなり強力な個体だし、俺とクロエのシュラクトに映像が残っているのも大きい。
「にしても、ありゃ一体なんなんだ?」
少なくともギルドのデータベースには存在していなかったと思うが、そうだとしたらあまりにも異常だ。クロエが戦った郊外も、このガーナット砂漠もワーカーにとって非常に一般的な狩場だ。そんな所にあんな魔物が居て、今まで噂一つ無いなんて有り得るのだろうか?
「何処かから流れてきたはぐれ…とは思えない」
クロエも難しい顔でそう答える。全く以て俺も同意見だ、流れてくるにしてもそれなら何処かで目撃情報があってもおかしくないし、何よりあれだけ強力な魔物が簡単に縄張りを追われるとも思えない。
「何とも気持ちの悪い話だ」
「心配は要らないぞ、マルス」
不可解な状況に思わずそう漏らすと、クロエがそう返事をする。
「ほう、その心は?」
「次に会ったら私が確実に叩き切る。それで万事解決だ!」
そんなとっても蛮族な答えをクロエが嬉しそうに伝えてくるのを見て、俺は小さく溜息を吐いたのだった。