エデン条約編までたどり着きたいなぁ
プロローグ
『……私のミスでした』
電車のような空間で、二人は向かい合っていた。
一人は、白い軍服のようなものを着用した少女。淡い水色のロングヘアーにインナーはピンク色。服からは血が滲んでおり、浅くない傷を負っていることが伺える。
一人は、スーツを着用した妙齢の女性。快活そうな印象を抱かせる茶色のショートヘアで、胸元には赤い宝石のようなペンダントが輝いている。
『幾度の選択を繰り返しても、結局は同じ結末を辿ってしまいました』
軍服の少女は語る。自らの選択を悔いるように。
それに返事をしようとしたスーツ姿の女性、立花響はあることに気付いた。
(声が出ない。……ここって、夢の中?)
また新手の秘密結社やらがお出ましか、と思った響だが、その考えはすぐに振り払った。
眼前の少女からは敵意を一切感じなかったから。更に言うと、助けを求めているような表情に見えたから。
『私には、あなたにすべてを託すことしかできません』
『これが最後の選択です』
『私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません』
『誰にでも手を差し伸べて、繋がり合えるあなたなら』
『神殺しの名を戴く、その拳を持つあなたなら』
『この捻じれて歪んだ先の終着点とは、また別の結果を……』
『神様も知らない、ヒカリで歴史を――』
少女の独白めいた語りが終わった途端、夢の中だと言うのに薄れていく意識に、響は夢の終わりを悟った。
(忘れてしまうと言われたからって、簡単に忘れるものかッ!)
響は決意を込めて、拳を握りしめる。眼前の少女を、絶対に助けると。
「……せい」
「……先生、起きてください!」
こうして立花響は、先生としてキヴォトスの地へと降り立つこととなる。
「立花先生!!」
「はいッ! 立花響ですッ!」
「……立花先生、ずいぶんお疲れのようですね。少し待っていてくださいと言っただけですのに、すっかり熟睡されている様子でしたよ」
(……夢でも見てたのかな)
立花響は自分が今まで会議室のような部屋で寝ていたことに気付いた。寝起きの状態だからか、前後の記憶も曖昧だ。
自分に喋りかけてきている、白い軍服のようなものを着用した少女に目を向ける。
――美しい少女だ。艶やかな黒い髪のロングに青のメッシュ。丸眼鏡越しに覗く青い瞳からは怜悧な印象を受ける。耳は尖っており、いわゆるエルフ耳と呼ばれるものをしている。
そして何よりも目を引くのが頭の上に浮かぶ円状の物体。まるで天使の輪っかみたいだぁ、と響は月並みな感想を抱いた。
「……夢でも見られていたようですね。眠気覚ましに、こちらのあったかいもの、どうぞ」
「あったかいもの、どうも」
ひどく既視感のあるやり取りに、どこか安堵を覚える響。受け取ったコーヒーを一気に飲み干すと、ホッとすると同時に、目も冴えてきた。
「それではもう一度、あらためて今の状況をお伝えします。私は七神リン、学園都市『キヴォトス』の連邦生徒会所属の幹部です」
「おっけー。リンちゃんね、よろしくッ! 知ってると思うけど私は立花響27歳ッ! 誕生日は9月の13日で血液型はO型ッ! 趣味は人助けで好きなものはごはん&ごはんッ! えーっとあとは、彼氏は居ないけど彼女は居ますッ!」
彼女は居ますの宣言で一瞬驚いた表情をしたリンだったが、突っ込まず流すことにしたのだろう、すぐに表情を冷静なものに戻して言葉を続ける。
「はい、こちらこそよろしくお願いします立花先生。……その、リンちゃん、と呼ぶのはやめてください」
「え~~、私はリンちゃんって呼びたいなぁ~」
「ですからそれは……いえ、それよりも話を戻しましょう。立花先生は私たち連邦生徒会がここに呼び出した先生で間違いはない。……ようですが」
「……ようですが?」
「……その、推測形でお話ししたのは、私も先生がここに来た経緯を詳しく知らないからです」
「……ほぇ?」
「……混乱されてますよね、分かります」
困惑の表情を浮かべながら要領を得ない説明をするリンに、響は同じく困惑の表情で返す。
では一体誰がここに呼んだのだろうか。記憶をさらってみる響だが、思い当たる人物は居ない。
「こんな状況になってしまったこと、遺憾に思います。でも今はとりあえず、私についてきてください。どうしても、立花先生にやっていただかなくてはいけない事があります」
リンは努めて深刻そうな表情を作って、響に告げた。
「学園都市の命運をかけた大事なこと……と、いうことにしておきましょう」
「な~んにもわっからないけどわっかりましたぁッ! 私に任せてッ!」
「……はい。お願いしますね、立花先生」
底抜けに元気な声色の響を見て、ふっと微笑をこぼすリン。そうして歩き出したリンが案内した先には、ガラス張りのエレベーターがあり、二人が乗り込むとまもなく下降を始めた。
今居た場所は相当に高い位置だったのだろう。ガラスの向こうにはキヴォトスを一望できる景色が広がっている。
ビルが立ち並ぶありふれた近代的な都市のように見えるが、ひと際異質なものがあった。
発信源までは見えないのだが、空を貫くように光の柱が立っており、それを囲うように謎の円形模様が空に浮かんでいる。
響はそれを見て、リンちゃんの頭に浮かぶ輪っかみたいだなぁと取り留めのないことを考えていた。
そんなキヴォトスの風景を背に、リンは現状を打破できるよう祈りを込めてアホ面で景色を眺めている響へ言葉を発する。
「――『キヴォトス』へようこそ。立花先生」