数こそ多いが、練度はカタカタヘルメット団と大差ないどころか劣っているチンピラ。響の指揮すら必要ないほどの力量差があるアビドス一同の相手が務まるはずもなく、戦いというよりは処理といったところだった。
「ちくしょお……! こいつらつえぇ……!! 逃げるぞ!」
「逃がさない。地の果てまで追いかける」
どうあがいても勝てなさそうなことに気付いたのか迷いなく逃走を選んだチンピラたちを、澄ました表情の下に隠した戦意をさらけ出しながらノータイムで追撃を始めようとするシロコ。それを見たヒフミは慌てて制止する。
「ま、待ってください! このまま戦い続けるのは危険です!」
「……どうして? こいつら、大したことないよ」
「ブラックマーケットには独自の治安機関が存在しています。ここで騒ぎを起こすとすぐに彼らが駆けつけてくるんです」
『そういうことでしたか。目を付けられるとしばらくここを出歩けなくなりそうですね。……皆さん、ここは一旦安全な場所まで撤退しましょう!』
「はい。案内は私がします。ついてきてください!」
ヒフミの先導により、ブラックマーケットの複雑な道を行く一同。その足取りには迷いがなく、相当ここの地理に明るいことを伺わせる。
出店の立ち並ぶ場所に着いたところで、ヒフミはようやく足を止めた。
「ふぅ……。ここまで来たら大丈夫でしょう」
「案内ご苦労様です、ヒフミちゃん! ……ところで、随分ここに詳しいんだね?」
「あはは……。ま、まあここは連邦生徒会の手も及ばないような危険な場所なので、事前調査をしっかりしましたから……」
それほどの労力を厭わないヒフミのペロロ愛に内心恐れおののきながらも、響は一つお願いをすることにした。自分たちの力になってほしいのはもちろんだが、トリニティの制服は先ほどのように無用なトラブルを招きかねない。一緒に行動した方が危険を遠ざけられるだろうという親切心からの提案であった。
「そんなブラックマーケットマスターのヒフミちゃんに一つお願いがあるんだ。私たちの探し物、一緒に手伝ってもらえないかなあ?」
「あ、いえ、マスターといわれるほど詳しくはありませんよ? 先ほどはお世話になりましたし構いませんが、お役に立てるかは……」
生来の人の好さからだろう、迷う素振りすら見せずに快諾するヒフミ。アビドス一同はそんなヒフミに感謝を伝え、探し物の詳細を語った。アビドスに襲撃をかけたヘルメット団。彼女らが使用していた戦車の出どころを追ってここに来たと。
「──なるほど。ここで違法に流通している戦車の情報を追いたいんですね。ひとまずその手の店を当たってみましょうか」
「うへぇ、世話をかけるねぇヒフミちゃん」
そうして始まった捜索劇。本当にペロロ様を探し求めるだけでここまで詳しくなるのか、といったレベルで優秀なガイドと化したヒフミの案内により、一行は脅威的な速度でブラックマーケットを攻略していく。
結構な時間を掛け、情報のありそうな場所は粗方探し終えたのだが──。
「はぁ、ぜ~~んっぜん見つかんないねぇ。まるで誰かが隠してるみたいだ」
響は思わず嘆息した。これだけくまなく探し回ったにも関わらず、手がかりの欠片も見つからないのだ。まるで何者かが意図して情報を遮っているのではないか、そう思わせられるほどに。
「そうですね。ここまで情報が集まらないのはおかしいです」
その言葉に同意を示すヒフミ。彼女も響と同じ違和感を覚えていたようで、自分の意見を語りはじめる。
「そもそもなんですけど、情報を隠すこと自体がおかしいといいますか。その、ここの皆さんは堂々と、ある意味開き直って悪いことをしているといった感じで……」
「なるほど。つまり『表立って悪さをできない何者か』が絡んでいる可能性が高いってことだね?」
「はい。皆さんの事情を詳しくは存じ上げませんが、もしかしたらそこから心当たりを辿れるかもしれません」
響の脳裏によぎったのはアビドスにお金を貸し付けている企業。つまりカイザーローンであった。
しかし仮にそうだとしても、アビドスは現実的な視点で見ると砂漠に飲み込まれつつある吹けば飛ぶような弱小学校。そこまでする理由など存在するのか? 考えても、ここキヴォトスに来てから日の浅い響には見当がつくはずもなかった。
当てがすべて外れ、とりあえず足を動かしているといった状態の一行。
響は自身の身体に蓄積している疲労を自覚した。そういえばかれこれ数時間は歩き通している。鍛えている自分でもこれなのだ、生徒たちもかなり疲労が溜まっているだろうと思い、響はちょうど目に入ったたい焼き屋を指さして小休止の提案をすることにした。
「よしッ。考えてもわからないものはわからない! 一旦甘いものを食べて休憩としますか! 今ならなんとぉ、先生の奢りでございます!」
「「わ~~!!」」
ノリの良いアビドス一行と、それに少し遅れて追従したヒフミが空気を読んで歓声を上げてたい焼き屋へと駆けていく。一番後ろを走るノノミは気を遣ってだろう、黄金に輝くカードを先生だけに見えるよう掲げたが、響はそれを手で制した。いくらお金持ちといえど、生徒に支払いをさせるなど教師としてあってはならないことだ。
そうして響のただでさえ寂しい懐を犠牲に始まった小休止。和やかな雰囲気でみなたい焼きに舌鼓を打っている。
「いやぁごめんねアヤネちゃん、おじさんたちだけで楽しんじゃって。そっちに帰ったらご馳走してあげるからね。もちろん先生が」
『いえいえ、私もお菓子をつまんでますので。先輩がたは気にせず楽しんでください』
「ねぇ先生知ってる? たい焼きを食べ始める場所で性格がわかるんだって! 私は背中からだから……」
「神経質で甘えん坊。感受性が強くて涙もろい、だって。確かに当たってるかも」
「ちょっと待ってシロコ先輩!? 私甘えん坊じゃないし涙もろくなんてないけど!?」
「セリカちゃん、最近みんなで観たモモフレンズの映画でもボロ泣きでしたもんね~」
「!! ノノミさん!! そのモモフレンズの映画って最近配信が始まった超ペロロ姫! ではありませんか!?!? もちろん私も20周はしました!」
違う惑星からキヴォトスに飛んできたペロロの話で熱く盛り上がりはじめる一行を優しい目つきで見守る響。
青春の一幕といえる絵面だがしかし、ここは治安の悪いブラックマーケット。穏やかではない集団の接近をアヤネは告げた。
『ご歓談中失礼します! そちらに武装した集団が接近中!』
報告を受けて響が振り返ると、武装した集団が道を進む姿が見える。どうやら目的は響たちではなさそうだが、このまま突っ立っていると間違いなくこちらを補足されてしまうだろう。どうするべきか悩んでいる響に、ヒフミは鋭い声で警告した。
「あ、あれは! ここの治安機関でも最上位の組織、マーケットガードです!」
「マーケットガード?」
「はい。見つかると面倒なことになるかもしれません。急いで隠れましょう!」
道路の端に身を隠した一行は、前を横切っていくマーケットガードの様子を見る。どうやらなにかを護送しているようだ。
『あれは現金輸送車、ですかね? それを護送しているようですが……。待ってください、あの輸送車、見覚えがありませんか!?』
「うん、おじさんも見覚えがある。ちょうど今朝見かけたばっかりだよ」
ホシノは鋭い目で見覚えのある現金輸送車を睨みつける。そう、あれは今朝アビドスに借金の利息を回収しにきたカイザーローンの車両だ。
何故こんなところに? と考えを巡らせるホシノたちに気付かず進む輸送車は、銀行のようなビルの前で止まった。
車両の中から降りてきたロボットは間違いない。今朝アビドスから借金の利息を受け取ったカイザーローンの
銀行員だった。
『あそこは……銀行ですよね?』
「そうです。あそこはブラックマーケットに悪名を馳せる闇銀行で──」
ヒフミ曰く。ブラックマーケットで最も大きな銀行のひとつであるそこは、キヴォトスで行われる犯罪で生まれる盗品、そのうちの15%が流されてくる場所らしい。盗品をカネに替え、そのカネでまた新たな犯罪が行われる。犯罪組織の重要拠点とすらいえるその闇銀行になぜ、アビドスの借金を運ぶ現金輸送車が?
響たちが息を飲んで動向を見つめているなか、カイザーローンの銀行員は書類にサインをしたのち、現金、つまりアビドスが今朝支払った利息を闇銀行へと運び込んで去っていった。
「私たちが支払った現金が、ブラックマーケットの闇銀行に流れていた……?」
「じゃあカイザーローンって悪いヤツだったってこと!?」
「カイザーローン? もしかして、皆さんが融資を受けている企業は……」
『はい、そうです。ヒフミさん、カイザーローンについてもなにかご存じなのですか?』
「カイザーローンを運営しているカイザーコーポレーションは犯罪こそ起こしてはいませんが悪い噂の絶えない企業なんです。私たちトリニティの区域にもかなり進出してきていて、ティーパーティー……トリニティの生徒会が警戒して目を光らせているんです」
「トリニティの生徒会が警戒しているグレーな企業。……これは黒確定と見てもいいんじゃないかな、アヤネちゃん」
『これを告発できれば私たちの借金事情も大きく変わりそうです! とはいえ、詰めるにしても言い逃れのできない証拠が必要になりますね……』
証拠。響はほんの少し前の記憶を辿る。そう、集金の際にサインしていた書類。あれは動かぬ証拠となるはずだ。
「証拠ならさっきサインしてた書類、あれを手に入れられれば万事解決じゃないかな! まあ、銀行から持ち出すのは難しそうだけど……」
誰がどう考えてもセキュリティが強固であろう闇銀行。その中から素直に譲ってくれるわけもない書類を持ち出すのは至難の業であることは明らかだが、それを聞いたシロコは目を爛々と輝かせて同意した。まるで極上の餌を前にした狼のようだ。
「ん、名案。それしか方法はなさそうだし……。ホシノ先輩、“アレ”、やろう」
シロコの発言を聞いたホシノとノノミは表情を変えた。とうとうこの時が来てしまったか。とでも言いたげな諦め混じりの笑顔へと。
「なるほど、“アレ”か。“アレ”なのかあー」
「とうとう“アレ”をやる日が来ちゃいましたね~」
「ちょっと待ってシロコ先輩!? “アレ”って、本当に“アレ”のこと!?」
「……あ、あのう。全然話が見えないんですけど……。“アレ”ってなんですか?」
歯切れの悪い会話を繰り広げるシロコたちに、思わずヒフミはツッコミを入れてしまう。
シロコはよくぞ聞いてくれましたとばかりに懐から取り出した目出し帽を被り、誇らしげに宣言をした。
「ん、たったひとつの冴えたやりかた」
「──銀行を襲う」