「キヴォトスは数千の学園が集まってできている巨大な学園都市です。これから先生が働くところでもあります」
「数千ッ!? キヴォトスってすっごい大きいんだねぇ~」
数千と聞いた響は、自分がここに来るまで教職に就いていた私立リディアン音楽院が数千校あることを想像して、スケールの大きさに驚いた。まるでアニメみたいだと。
「はい。きっと立花先生がいらっしゃったところとは色々な事が違っていて、最初は慣れるのに苦労するかもしれませんが……」
「あの~リンちゃん。つかぬ事をお聞きしますが、先生が私ひとりだけ、な~んてことはないよね……?」
響はふと嫌な予感を覚えて質問を投げかける。そういえばここに至るまで大人を一人も見かけていないなと。
それに新任の先生を迎えるのがいくら生徒会を名乗っているとはいえ、一人の生徒だけというのも引っかかる。普通は大人がやることだからだ。
「……でも先生なら、それほど心配しなくてもいいでしょう」
「ねぇリンちゃんそれ答えになってないよッ!? 本当に私一人しか居ないのぉッ!? アニメじゃないんだよッ!?」
リンは響の悲痛なツッコミを聞こえないことにして、言葉を続けた。
「あの連邦生徒会長が、お選びになった方ですからね」
チンと、エレベーターが目的地へ到着したことを告げる音が鳴る。
扉が開くと同時に、待ち構えていたのだろう生徒達が一斉にリンへと言葉を投げかける。
「ちょっと待って! 代行! 見つけた、待ってたわよ! 連邦生徒会長を呼んできて!
……うん? 隣の大人の方は?」
最初に口火を切ったのは青い髪を長く伸ばした生徒。ミニスカートから覗く〝特盛〟とでも形容すべきボリュームの太ももがまぶしい。
「首席行政官。お待ちしておりました」
次に喋ったのは黒髪ロングの生徒。背には堕天使や悪魔を思わせる漆黒の翼が生えているが、そんなものよりも黒い制服を押し上げている胸の〝超特盛〟が全力で存在を主張している。
響はデッッッッ!?と声を出さなかった自分を褒めた。
「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が、今の状況について納得のいく回答を要求されています」
次の一人は明るい茶髪をおさげにした、眼鏡が可愛らしい生徒。デカデカと〝風紀〟の二文字が書かれた腕章をつけており、明らかに風紀委員なのだろうと見て取れる。
かなり良いスタイルの持ち主ではあるのだが、特盛と超特盛の後だとなんだか親しみを覚えるかもしれない。
(キヴォトスの人達は皆リンちゃんと似たような輪っかが浮いてるんだ。……っていうか皆銃も持ってないかな!? ここって学園都市なんだよね!?)
響はツッコミを入れたい気持ちを心の中に抑えて壁の花に徹する。こういう時は紹介されてから喋り始める方がいいと相場が決まっているのだ。
「あぁ……面倒な人たちにつかまってしまいましたね」
「こんにちは、各学園からわざわざここまで訪問してくださった生徒会、風紀委員会、その他時間を持て余している皆さん。
こんな暇そ……大事な方々がここを訪ねてきた理由は、よく分かっています」
リンは明らかに私、面倒です。といった声色で返事をし、そのまま棘のある笑顔を作って皮肉で言葉を続けた。
笑顔は本来攻撃的なものだかうんちゃらかんちゃら、といういつしか目にした文章を響は思い出した。
「今、学園都市に起きている混乱の責任を問うために……でしょう?」
「そこまで分かってるなら何とかしなさいよ! 連邦生徒会なんでしょ!
数千もの学園自治区が混乱に陥ってるのよ! この前なんか、うちの学校の風力発電所がシャットダウンしたんだから!」
「連邦矯正局で停学中の生徒たちについて、一部が脱出したという情報もありました」
「スケバンのような不良たちが、登校中のうちの生徒たちを襲う頻度も、最近急激に高くなりました。
治安の維持が難しくなっています」
「戦車やヘリコプターなど、出所の分からない武器の不法流通も2000%以上増加しました。
これでは正常な学園生活に支障が生じてしまいます」
「……」
各校の生徒達から伝えられる惨状に、重い沈黙で返すリン。響はと言うと、自分の常識の中にある学校生活では飛び交うはずのない単語の数々に脳内をハテナで埋め尽くしていた。
「こんな状況で連邦生徒会長は何をしているの? どうして何週間も姿を見せないの? 今すぐ会わせて!」
青髪の生徒の追求は続く。しかしこの質問は、今の状況がいかに最悪なのかを明らかにしてしまうものだった。
「……。連邦生徒会長は今、席におりません。正直に言いますと、行方不明になりました」
「……え!?」
「……!!」
「やはりあの噂は……」
(……うええぇぇッ!?!?!?)
リンから放たれた衝撃の言葉に一同は驚きを以て返す。一人、黒髪ロングの生徒は噂程度には耳に入れていた様子ではあった。
全員が事実を飲み込んだのを確認してから、リンは説明を続けた。
「結論から言うと『サンクトゥムタワー』の最終管理者がいなくなったため、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態です」
「認証を迂回できる方法を探していましたが……。先ほどまで、そのような方法は見つかっていませんでした」
「それでは、今は方法があるということですか、首席行政官?」
先ほどまで、という言葉を聞き逃さずに拾い上げる黒髪ロングの生徒。
響はそれを聞いて、自分がそれなんだろうなぁと諦めの気持ちで会話を見守っていた。
「はい。この先生こそが、フィクサーになってくれるはずです」
「!?」
「!」
「この方が?」
「やっぱり私か~ッ!」
驚きの視線が自分に集まるのを感じて、出番とばかりに声を出した響。
ようやく先生としての仕事が始まるのかと、気を引き締める。
「ちょっと待って。そういえばこの先生はいったいどなた? どうしてここにいるの?」
「キヴォトスではないところから来た方のようですが……。先生だったのですね」
「はい。こちらの立花先生はこれからキヴォトスの先生として働く方であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です」
(あっるぇ~、そんな指名受けたかなぁ?)
どうやら響は身に覚えのない指名でこのキヴォトスに赴任することになったらしい。しかも行方不明になった連邦生徒会長直々の指名だ、謎は深まる。
「行方不明になった連邦生徒会長が指名……? ますますこんがらがってきたじゃないの……」
青髪の生徒の呟きに、内心ブンブンと頷きまくって同意する響。
とりあえず自己紹介だけでもしておくか、と口を開く。
「え~、ご紹介にあずかりました立花響27歳ですッ! ここに来る前は私立リディアン音楽院高等科で教師をしていました。皆よろしくねッ!」
「こ、こんにちは、立花先生。私はミレニアムサイエンススクールの……。い、いや、挨拶なんて今はどうでもよくて……!」
「そのうるさい方は気にしなくていいです。続けますと……」
自己紹介をするのは先生の側だけでいいとばかりに青髪の生徒の言葉を遮って話すリン。しかし青髪の生徒も負けじと言葉を重ねる。
「誰がうるさいって!? わ、私は早瀬ユウカ! 覚えておいてください、立花先生!」
「オッケー、ユウカちゃんね。ちゃ~んと覚えました、よろしくねッ!」
自己紹介が滞りなく終わったことを確認したリンは、改めて説明を始めることにした。
「……立花先生は元々。連邦生徒会長が立ち上げた、ある部活の担当顧問としてこちらに来ることになりました」
「――連邦捜査部『シャーレ』。
単なる部活ではなく、一種の超法規的機関。
連邦組織のため、キヴォトスに存在するすべての学園の生徒たちを、制限なく加入させることすらも可能で、
各学園の自治区で、制約無しに戦闘活動を行うことも可能です。
なぜこれだけの権限を持つ機関を、連邦生徒会長が作ったのかは分かりませんが……」
「シャーレの部室はここから約30km離れた外郭地区にあります。
今はほとんど何もない建物ですが、連邦生徒会長の命令で、そこの地下に〝とある物〟を持ち込んでいます。
先生を、そこにお連れしなければなりません」
そこで言葉を切ったリンは、手にした端末で通信を始めた。
「モモカ、シャーレの部室に直行するヘリが必要なんだけど……」
モモカと呼ぶ相手との通信をはじめたリンの笑顔が、どんどんと怒りを帯びていく。漏れ聞こえてくる「戦場」やら「焼け野原」の単語を聞くに、ロクなことになっていなさそうだ。
「あの~リンちゃん……? 大丈夫? 深呼吸でもする?」
響のリンちゃん呼びに怒りを増幅しかけたリンだが、なんとか正気を保って返答した。
「……だ、大丈夫です。……少々問題が発生しましたが、大したことではありません」
そう言った後に、文句を言いに押しかけた生徒達をじーっとジト目で見つめるリン。
「……?」
「な、何? どうして私たちを見つめてるの……?」
不安そうな顔をするユウカに、リンはジト目を笑顔に変えて告げた。
「ちょうどここに各学園を代表する、立派で暇そうな方々がいるので、私は心強いです」
「……えっ!?」
「キヴォトスの正常化のために、暇を持て余した皆さんの力が今、切実に必要です。行きましょう」