立花響(27)、キヴォトスに赴任する   作:ましましだ

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第三話

 

 リンに指定された場所、シャーレの地下へと到着した響。

頼りない光量の電灯ひとつに照らされた薄暗い空間には石板のような謎の物体が浮いており、それを物色している一人の先客が居た。

 

「うーん……。これが一体何なのか、まったく分かりませんね。これでは壊そうにも……。

……あら?」

 

 先客、ワカモと響はお互いの存在に気付いた。

争いを避けたい響はワカモへと手を伸ばすべく、まずは自己紹介から始めることにする。

 

「君はワカモちゃん、だよね……? 私は立花響ッ! ここキヴォトスに先生として来ましたッ! まずは君の口から名前を聞かせてほしいな?」

 

 響は輝かんばかりの笑顔で握手を求め、手を差し出す。

それを受けてワカモは、出されたからにはとりあえずと言った形で、ほぼ無意識に握手を返す。

しばらく響の手をニギニギしていたワカモだが、突然ビクッとしたかと思うと、響の手を慌てて離し、自分の右手を凝視したまま動かなくなった。

着用している狐のお面で表情が窺えないが、どうやら呆然としている様子だ。

 

「あら、あららら……」

 

「……?」

 

「し、し……」

 

「し……?」

 

「失礼いたしましたー!!」

 

「えぇ……!? ワカモちゃんッ!?」

 

 ぴゅーんという擬音がふさわしい勢いで、狐なのに脱兎のごとく逃げ出したワカモ。その姿はまるで著名人との握手会で緊張しすぎたファンのようだった。

 

「お待たせしました。

……? 何かありましたか?」

 

 ワカモと入れ違いになるように到着したリンは、ワカモの奇行に首をかしげ続けていた響を見て同じく首をかしげる。

 

「ううん、気にしないで大丈夫!」

 

 説明するのも骨が折れそうだったので雑に誤魔化した響に、特に突っ込むこともなくリンは話を進める。

 

「……そうですか。ここに、連邦生徒会長の残したものが保管されています。

幸い、傷一つなく無事ですね」

 

「……受け取ってください」

 

 そう言ってリンが響に差し出したものは、見た限り何の変哲もないタブレットだった。キヴォトスにおける〝とっておきたいとっておき〟は凄まじい逸品なのだろうな、と警戒していた響は拍子を抜かれた。

 

「これがリンちゃんの言っていた〝とある物〟……?」

 

「はい。これが、連邦生徒会長が立花先生に残したもの。

――『シッテムの箱』です。

普通のタブレットに見えますが、実は正体の分からない物です。製造会社も。OSも、システム構造も、動く仕組みのすべてが不明」

 

「連邦生徒会長は、この『シッテムの箱』は立花先生の物で、立花先生がこれでタワーの制御権を回復させられるはずだと言っていました」

 

「私たちでは起動すらできなかったものですが、立花先生ならこれを起動させられるのでしょうか、それとも……」

 

「や~っぱりすごいアイテムなんじゃんかぁ……」

 

 響は緊張の面持ちで『シッテムの箱』を見つめる。これにキヴォトスの命運がかかっていると考えると、なんだか凄そうなオーラすら纏っているように見えてくる。

 

「……では、私はここまでです。ここから先は、全て立花先生にかかっています。

邪魔にならないよう、離れています」

 

 全てを響に託したリンが部屋から出ていくのを見て、とりあえず響はシッテムの箱に起動しろ~ッ! と念じた。

まぁ無理だよね~と思いながら画面を確認するとあら不思議、どうやら電源が入ったらしい。

 

『システム接続パスワードをご入力ください。』

 

 ――ふと、脳裏に文章が浮かぶ。識らないはずの、パスワードが。

 

『……我々は望む、七つの嘆きを。

……我々は覚えている。ジェリコの古則を。』

 

『接続パスワード承認。

現在の接続者情報は立花響、確認できました。』

 

『――シッテムの箱へようこそ、立花先生。

生体認証及び認証書生成のため、メインオペレートシステムA.R.O.N.Aに変換します。』

 

 ――ここはどこだろう。響は目を開けると、自分が見覚えのない教室に立っていることに気付いた。

なぜか半壊している教室で、外にはうず高く積まれた机や椅子と、見渡す限りの海と青空。

そんな奇怪な教室には、ひとりの女の子が机の上にうつ伏せで居眠りしている。

――この子に似ている子をどこかで見たことがある気がするな、と響はなぜかそう思った。

 

「むにゃ、お好み焼きにはぁ……マヨネーズより……ソースのほうが……」

 

「えへっ……うどんはおかずですよぉ……」

 

 幸せな夢を見ていそうなところを忍びないが、響は頬を突いて女の子を起こすことにした。

 

「……うぅぅぅんっ」

 

 くすぐったそうに身をよじる女の子の頬をツンツンと突き続ける響。

眠りが深いのか、なかなか起きる様子がない。

 

「お~~い起~きて~~」

 

「むにゃ……んもう……ありゃ?」

 

「ありゃ、ありゃりゃ……?」

 

「起きたかなッ? おはようございま~す」

 

「え? あれれ? せ、先生っ!?」

 

 意識が完全に浮上し、目の焦点が合った女の子は、響の姿を捉え慌てふためく。

 

「この空間に入ってきたっていうことは、ま、ま、まさか響先生……?!」

 

「そうですとも。君の名前はなんていうのかなッ?」

 

「うわ、わああ? 落ち着いて、落ち着いて……。

えっと……そうですね! まず自己紹介から!」

 

「私は『アロナ』!

この『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれから響先生をアシストする秘書です!」

 

 アロナは万感の思いを込めた笑みで言葉を続ける。

 

「やっと会うことができました! 私はここで響先生をずっと、ずーっと、待っていました!」

 

「……うん、アロナちゃん! よろしくねぇ」

 

 可愛らしい姿に母性でも刺激されたのか、響の頬はゆるみっぱなしだ。

まるで娘を見守る母のようである。

 

「はい! よろしくお願いします!

まだ身体のバージョンが低い状態でして、特に声帯周りの調整が必要なのですが……。

これから先、頑張って色々な面で先生のことをサポートしていきますね!」

 

 アロナ弁とでも言うべきか、聞いたことのないかなり独特なイントネーションで話す子だなぁと思っていた響だが、どうやら事情があるそうだ。

味があって可愛いからこのままでもいいのになぁ、という願望は言葉に出さないことにする。

 

「あ、そうだ! ではまず、形式的ではありますが、生体認証を行います!

うう……少し恥ずかしいですが、手続きだから仕方ないんです。こちらの方に来てください」

 

 手招くアロナの目の前まで近寄る響。もう少しこっち、とアロナがジェスチャーしたのでもう一歩近寄ると、アロナは右の人差し指を響に向けて差し出した。

 

「さあ、この私の指に響先生の指を当ててください。

うふふ。まるで指切りして約束するみたいでしょう?」

 

「アロナちゃんこれ、アレみたいだねっ?」

 

「宇宙人の映画のアレですねっ!

実は、これで生体情報の指紋を確認するんです!」

 

 実にEでTな方法で指紋の確認を行うらしい。アロナは自信満々に語った。

 

「画面に残った指紋を目視で確認するのですが……すぐ終わります!

こう見えて目は良いので」

 

「どれどれ……? う~ん……?」

 

(うーん……よく見えないかも……)

 

 自信満々に目の良さを誇ったアロナだが、どうやらちゃんと見えていないらしい。一生懸命目をこらして指紋と格闘している。

 

(……まあ、これでいいですかね?)

 

 しっかり確認することを諦めたようだ。キヴォトスの未来がかかっているデバイスのセキュリティがこんなにも適当で本当に大丈夫なのだろうか。

 

「……はい! 確認終わりました!」

 

 にへら、と人好きのする笑みを向けてごまかそうとするアロナ。

響はその可愛さに免じて、ツッコミはやめてあげることにした。

 

「うん、お疲れ様ッ! アロナちゃんは偉いねぇ~」

 

「……て、手抜きなんてしてないですからね!?」

 

「うんうん。……それでねアロナちゃん。私が『シッテムの箱』を起動した理由、聞いてもらってもいいかな?」

 

 脱線しかかった話を戻しにかかる響。随分とリンを待たせてしまっているはずだ、まずは目的を達しなければならない。

 

 響は『シッテムの箱』を起動することになった経緯をアロナに一から全て話した。

 

「――なるほど。響先生の事情は大体わかりました。

連邦生徒会長が行方不明になって、そのせいでキヴォトスのタワーを制御する手段がなくなった……」

 

「そうなんだよねぇ~。みんなすっっごいお困り! って感じみたいだから、早くなんとかしてあげたいんだ。

そういえばアロナちゃんは失踪しちゃった連邦生徒会長さんのことは知ってるの?」

 

「私はキヴォトスの情報の多くを知ってはいますが……。連邦生徒会長についてはほとんど知りません。

彼女が何者なのか、どうしていなくなったのかも……。お役に立てず、すみません」

 

「……ですが、サンクトゥムタワーの問題は私が何とか解決できそうです」

 

「ホントッ!? さっすがぁ! じゃあ早速お願いしちゃっていいかな?」

 

 目下の問題を解決できそうな予感がした響は喜色を浮かべる。

アロナもそれに笑顔で応えた。

 

「はい! 分かりました。それでは、サンクトゥムタワーのアクセス権を修復します! 少々お待ちください!」

 

 目を閉じ集中し始めたアロナを見つめることしばし。

どうやら無事に作業は済んだようだった。

 

「――サンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了……」

 

「……響先生。サンクトゥムタワーの制御権を無事に回収できました。

今サンクトゥムタワーは、私アロナの統制下にあります」

 

 アロナは目をキラッキラさせながらドヤ顔でジョークを飛ばす。

 

「つまり今のキヴォトスは、響先生の支配下にあるも当然です!」

 

「ふっふっふ……。よくやってくれたアロナ君。これで私たちがキヴォトスの支配者だ……!」

 

「ふ~っふっふ……。あとは先生が承認さえしてくだされば、サンクトゥムタワーの制御権をそのまま連邦生徒会に移管できますが……。本当に大丈夫ですか?」

 

「うん、大丈夫。……それじゃあ、承認ッ! 短い天下だったねぇ」

 

 こうしてキヴォトスの支配権は、無事連邦生徒会の元へと渡ったのであった。

 

 

 ――とそこで、響は自分が現実世界に戻ってきたことに気付いた。

薄暗かったはずのシャーレの地下室は、制御権を取り戻して通電したのか明るい部屋へと様変わりしていた。

 

「――先生。これはサンクトゥムタワーの制御権を取り戻すことに成功したということですか?」

 

 通電したことで変化を察知したのか、リンが響の下へと駆け寄ってきた。

 

「なんと……! バッチリ成功だよッ!」

 

「……そうですか、ありがとうございます。確認しますので少しお待ちください」

 

 ピースサインを返した響に一言断ってからどこかへ連絡をするリン。

彼女たちの方でも確認できたのだろう、少し弾んだような声でリンは響に感謝の言葉を述べた。

 

「……はい。分かりました。

サンクトゥムタワーの制御権の確保が、確認できました。

これからは連邦生徒会長がいた頃と同じように、行政管理を進められます」

 

「お疲れさまでした、立花先生。

キヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします」

 

「深く感謝されました! 私でもリンちゃんたちの役に立てたなら、なによりも嬉しい!」

 

 ようやく険の取れた笑顔を見せたリン。そういえばと、暴れていた不良たちについての処遇も響に伝えた。

 

「……そういえば、ここを攻撃した不良たちと停学中の生徒たちについては、これから追跡して討伐いたしますので、ご心配なく」

 

「と、討伐ぅ!? ……あの子たちも理由があってあんなことをしてたのかもしれないし、まずはお話をして、その後にちょっとのお仕置き~、くらいでいいんだよ?」

 

「ふふ、そうですね。そのくらいで大人しくなってくれればいいのですが……」

 

「あっはは~……。本当に、優しくね?」

 

 意味深に言葉を切ったリンから圧を感じた響は、祈るようにお願いすることしかできなかった。

 

「『シッテムの箱』は渡しましたし、これで私の役目は終わりかと思いましたが、ひとつだけ忘れていることがありました。ここの案内がまだでしたね。

ついてきてください。連邦捜査部『シャーレ』をご紹介いたします」

 

 足取りも軽くリンはシャーレの案内を始める。メインロビーなどの紹介を終え、最後の一部屋にリンと響は足を踏み入れた。

 

「――そして、ここがシャーレの部室です。

ここで、先生のお仕事を始めるといいでしょう」

 

「はい! 案内ご苦労様ですリンちゃん!

……というか、私ってシャーレでどんなお仕事をすればいいんだろ?」

 

 響は一番肝心な仕事の内容を聞いていなかったことを思い出した。

さすがにサンクトゥムタワーの制御権を取り戻すことだけではないだろう。

 

「……シャーレは、権限だけはありますが目標のない組織なので、

特に何かをやらなきゃいけない……という強制力は存在しません」

 

「……つまり?」

 

「つまり、なんでも立花先生がやりたいことをやって良い……ということですね」

 

 いやそれじゃなんもわからんやないかーい! と突っ込みたくなる響を予想していたのだろう、リンはあらかじめ〝やることリスト〟を用意してくれていた。

 

「今も連邦生徒会に寄せられてくるあらゆる苦情……。

それらは、この時間が有り余っている『シャーレ』なら解決できるかもしれませんね。

その辺りに関する書類は、先生の机の上に〝たくさん〟置いておきました。気が向いたらお読みください」

 

 響が努めて見ないようにしていたデスクの上にバカのように積まれた書類。それはやはり、自分が処理しなければいけないタスクだったらしい。

S.O.N.Gで後方の仕事についてもみっちり教育を受けていたはずの響はしかし、未だに書類仕事が天敵であった。

 

「これを、一人で……? 嘘だと言ってよリンちゃん……!」

 

 救いの手は、しかし存在した。

 

「『シャーレ』はキヴォトスのどんな学園や所属にも関係なく、先生が希望する生徒たちを部員として加入させることも可能です。

つまり、書類仕事が得意な生徒たちをシャーレに加入させて手伝ってもらう、ということも」

 

「そ、それじゃあ……! リンちゃん、シャーレ初めての部員になってくださいッ!」

 

「すみません、私は連邦生徒会の仕事で手一杯です」

 

「なんでぇ~~!」

 

 神からの福音にすがりつく響だったが、すげなく返されてしまう。

 

「私は無理ですが。例えば先ほど一緒に行動していた、ミレニアムの早瀬ユウカなどはどうでしょうか? 彼女は〝優秀〟なようですし」

 

「そっかその手があったか~。リンちゃん天才ッ!」

 

「いえ、それほどでも。

……それではごゆっくり。必要な時には、またご連絡いたします」

 

「うん、リンちゃんもお疲れ様でした。またね!」

 

 説明も終え、自らの仕事はもう残っていないと判断したリンはシャーレを去った。

リンが居なくなったあと、響は早速挨拶がてらユウカのスカウトをしようと彼女らが待機しているシャーレの建物前まで向かうことにした。

 

「みんな、お疲れさまでしたッ! 今日は本当にありがとうね!」

 

 建物の前で待機していたユウカたちに響が声をかけると、すぐさま笑顔で返事が返ってきた。

 

「――あ、立花先生! お疲れさまでした! 先生の活躍はキヴォトス全域に広がるでしょう。

すぐにSNSで話題になってしまうかもしれませんね?」

 

「立花先生、お疲れ様でした。これでお別れですが、近いうちにぜひトリニティ総合学園に立ち寄ってください」

 

「私も、風紀委員長に今日のことを報告しに戻ります。ゲヘナ学園にいらっしゃ時はぜひ訪ねてください」

 

 ハスミとスズミはトリニティへ、チナツはゲヘナへ。響と別れの挨拶を交わしたあと、それぞれは自分の学校へと帰っていった。最後に残ったユウカも挨拶をしてミレニアムへ帰ろうとするのだが。その背中を響は呼び止めた。

 

「ミレニアムサイエンススクールに来てくだされば、またお会いできるかも? 立花先生、ではまた!」

 

「あっ、ちょっと待ってユウカちゃんッ!」

 

「……はい? どうかしましたか、立花先生?」

 

 響は一世一代の告白かのように、深呼吸をしてからハッキリと告げた。

 

「私の――初めてになってくださいッ!!」

 

 

 

 シャーレの部室へと帰り着き一息ついた響に、『シッテムの箱』からアロナが話しかけてきた。

 

『なんだか慌ただしい感じでしたが、ある程度落ち着いたみたいですね。

響先生、お疲れさまでした』

 

「アロナちゃんこそお疲れ様! いやぁ、大変だったねぇ……」

 

『はい! でも本当に大変なのは、これからですよ?

これから響先生と一緒に、キヴォトスの生徒たちが直面している問題を解決していくのです……!』

 

「……そうだね。でもアロナちゃんがいればへいき、へっちゃら!

一緒に頑張ろうッ!!」

 

『……はい。キヴォトスを、シャーレを、よろしくお願いします、響先生!』

 





プロローグはこれで終了。ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

アロナとの崩壊教室での会話、タブレットごしなのか先生が空間に入って直接話しているのかが原作を読んでもイマイチ掴みきれなかったのですが、
『この空間に入ってきたっていうことは』というアロナのセリフを基にとりあえず先生が空間に入るタイプで通そうと思います。
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