立花響(27)、キヴォトスに赴任する   作:ましましだ

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第五話

 ――アビドス自治区。かつてキヴォトス最大の学園が存在した巨大なそこはしかし、今現在ゴーストタウンと化していた。

 数十年前に突如発生した大災害とも言える砂嵐によって自治区は徐々に砂漠化が進み、それを止めるために膨大な借金を含む資金を投入するも解決の糸口は見えず。

自治区の経営は火の車になり、土地は砂漠に飲まれ続けて居住可能区域も大幅に減少した。そんなところに好き好んで住み続ける人間は居ない。生徒数だけで数千にも上った自治区の人口は数えるほどになってしまった。

 皮肉にも砂が原因で流砂のごとくゴーストタウンになったアビドス自治区は、さながら人類が絶滅し、世界が終わったあとのような景色が広がっている。

 

「へいき、へっちゃらぁ……」

 

 そんなポストアポカリプスでしか見ないような街だったものをトボトボと歩いている人間が一人。スーツ姿に連邦生徒会のジャケットを羽織り、それにそぐわぬスニーカーを履いた、立花響である。

 

 響は今、考えうる中で一番情けない理由――迷子を脱するためにギアを纏うか否か、葛藤していた。

 

 もう一度説明するが、アビドス自治区は広い。砂漠化している影響で地図は機能しないので迷いやすいし、人は居ないので水や食料品を確保できる場所が存在しない。

 つまり、ここに向かう際はそれ相応の物資を準備していなければならない。

それを怠り着の身着のまま飛び出した響は見事に遭難し、数時間程度ではあるがこの廃墟だらけのアビドス自治区を彷徨っていた。

頼みの綱、『シッテムの箱』はバッテリーが切れたのか早くから沈黙してしまっており、アロナに助けを求めることもできない。

 端的に言って詰んでいる響は、この数時間ひとりきりの歩き通しで精神的にも身体的にも疲労したのか休憩を取ろうとしていた。

 

(この砂、倒れこんだらフカフカの布団みたいで気持ちよさそうだぁ)

 

 砂が一段と積もっている箇所に顔から倒れ込み、全身を預けた響は声にならないうめき声を上げる。

しばらくそのまま何も考えずぼーっとしていた響の耳に、キキーッと甲高いブレーキの音が聞こえてくる。

どうやら奇跡的に人が通りがかったらしい。

 

「あの……。

生きるの、諦めないで」

 

「……ッ!?」

 

 響は自分が脳に刻んでいた大切な言葉と同じものを耳にし、驚きで身体を起こして声の主を確認する。

 そこに居たのはその言葉を知る知人ではなく、一人の生徒のようだった。

セミロングの銀髪の上にはいわゆるケモミミがついているが、人間の耳もついている。キヴォトスの神秘だ。

そして一段と目を引くのが瞳。虹彩ではなく、瞳孔が左右で白と黒のオッドアイになっている。

 

「……あ、生きてた」

 

「生きてますともッ!? この通り元気ピンピンだよ!」

 

 うさぎ跳びの要領でひと息に立ち上がった響は、元気なことをアピールするようにシャドーボクシングを始める。シュッシュッなどと可愛らしい音ではなく、ブォンブォンと風を切る重い音が鳴っているのはご愛嬌なのだろうか。

 

「……それで、こんな所でどうして倒れてたの?」

 

「それがね――」

 

 響は自分の名前から始まる、語るも涙の感動ストーリーを通りがかりの生徒に話した。

ここらで遭難する人間はそんなに珍しくないらしく、『ただの遭難者か』の一言で納得されてしまった。

事情を一通り聞き終えたシロコは、後回しにしていた自己紹介を始める。

 

「……そういえば自己紹介を忘れてた。

私は砂狼シロコ。先生が用事のある『アビドス』の生徒」

 

「シロコちゃん、よろしくね! それで早速お願いがあるんだけど……」

 

「ん、『アビドス』への案内は任せて。

……それとこれは、お近づきの印。

喉が渇いてるだろうから、これで水分の足しにはなると思う」

 

 〝お願い〟の内容を先ほど語った事情から察したシロコは、快く案内を申し出る。

数時間歩いて喉も渇いているだろう、と飲み物も差し出すシロコを見て、響は女神だッ、と手を合わせて思わず拝んだ。

 

「あっりがとーシロコちゃん! 『えっとコップは……。……あっ』それじゃあいっただきまーすッ!」

 

 そう言ってシロコが差し出したエナジードリンクを一瞬で飲み干す響。

シロコはコップを用意する間もなく飲み干されたそれを見て間接キスだと頬を赤らめるが、同性だし気にしないでいいか、と気を取り直す。

 

「……それじゃあ、『アビドス』に向かおう。すぐそこだから」

 

 そう言ってロードバイクを押して道案内を始めようとするシロコに、響は提案をする。

 

「シロコちゃん、ロードバイクは押さずに乗っちゃっていいよ! 私は走って着いていくからッ!」

 

「……ええと、本当に大丈夫?」

 

「まあまあまあまあ、とりあえずレッツゴー!」

 

「……ん、わかった」

 

 響の提案を受けてロードバイクを漕ぎ出すシロコ。しかし響を思いやってかその速度はゆっくりで、しかも後ろをチラチラと確認しながらだ。

しかし問題なく着いてきている響を見て、徐々に速度を上げていく。

 速度が乗ってきてシロコの気分も乗ってきたタイミングで、どうやら目的地についたらしい。少し残念そうな表情をしながら、校門の前でシロコがロードバイクを停車する。

 

「……本当に最後まで着いてきた。

先生、なかなかやる」

 

「でしょ! 鍛えてますからッ!

……それで、ここが?」

 

「……ん、ここが私たちの学校。

ようこそ、『アビドス』へ」

 

 シロコがアビドスの校舎を背後にそう言った途端、コントのように爆発音が響き渡る。

 

「……これは。歓迎の爆発、とかじゃないよね……?」

 

「……カタカタヘルメット団! あいつら、また性懲りもなく……!」

 

 どうやらこれが手紙に書いてあった『地域の暴力組織』の襲撃らしい。

カタカタヘルメット団などと妙にコミカルな名前であろうと弾薬などの物資が尽きかけているアビドスでは撃退も厳しいだろうと、響は早期の鎮圧を判断する。

 

「よし、シロコちゃん、今度は私に着いてきてッ! 制圧しますッ!」

 

「……分かった、先生の援護をする。

でも危なくなったらすぐに退いてほしい」

 

「了解ッ!」

 

 先ほど見せた身体能力で信用されたのか、あっさりと前衛を任せる判断をしたシロコ。

返事を聞くや否や、爆発音の聞こえた校庭へと高速で移動を始める響に驚きつつも冷静に追い始める。

 

「ヒャッハー! 攻撃、攻撃ー!」

 

「奴らはもう物資がない、好機だ! 学校を占領するのだ!!」

 

「うへ~、これはきっついかもぉ……」

 

「先輩しっかりして! 諦めないで学校を守らないと!」

 

「これはまずいですね~☆」

 

 校庭に到着した二人が目にしたのは、暴れまわるカタカタヘルメット団と明らかに劣勢なアビドスとの戦闘の光景だった。

迎撃にあたっているアビドスの生徒は三名。それに対するカタカタヘルメット団は数十名で、弾薬も足りていないのかアビドス側の銃撃は散発的だ。

 

「このまま押し込めー! ってうわぁ! 後ろ後ろ!」

 

「後ろってなんだ……ってうわー!!」

 

「ほッ! せいッ! はァッ!」

 

 軽やかに、踊るように背後から隙を突いた響は、カタカタヘルメット団たちの持つ武器だけを流れるように弾き飛ばして無力化していく。

勝ちを確信して気が緩んだタイミングで謎の人物からの強襲に遭い、一瞬でパニックになったカタカタヘルメット団。

 お世辞にも練度が高いとは言えない集団だ。パニックに陥れば一瞬で瓦解する。

散り散りに逃げ出した部下達を見て、ヘルメット団の隊長格らしき生徒は撤退を判断した。

 

「ぐぅ……くそ! 撤退! 一時撤退だー! 逃げろー!!」

 

 カタカタヘルメット団たちがあっさりと逃走し、間もなく静寂の訪れる校庭。

なにがあったのか理解が追い付かず、ポカンとしている校庭の三人に向かって、シロコはドヤ顔で言い放った。

 

「……ただいま。

――助っ人を連れてきた」

 

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