今日も今日とて響を含めた対策メンバー一同は、アビドスの名物であり、セリカのバイト先でもある『紫関ラーメン』に訪れて食事をしていた。
先日のセリカ誘拐未遂事件以降、すっかりアビドスの生徒たちと打ち解けた響。一部は〝生徒と先生〟の関係とは逸脱した距離感であったりもするがそれはさておき。
「先生、前回も前々回もノノミの隣に座ってた。これはもう埋め合わせで未来永劫ずっと私の隣に座るべき」
「いやぁ~あっはは~。私はほら、みんなの響先生だから……!」
「うへぇ~、先生はそんな八方美人なことを言ってるのにおじさんの隣には一度も来てくれないんだぁ……よよよ……」
「ちょっと! みんななんでそう毎度毎度席に座るだけで時間が掛かるのよ! ……埒が明かないから先生は私の隣でいいじゃない!」
女三人寄れば姦しいとは言うが、その二倍の六人である。賑やかなソレを見て、紫関ラーメンの大将は腕を組んで頷くばかりだ。どうやら大将は相当大きい器の持ち主であるらしい。
遠慮なく炙りチャーシューやらをトッピングする一行を見て、響は笑顔を引きつらせる。それもそのはず、紫関での食事は大人である響の奢りによって行われている。
「先生、本当にまずいのでしたらこれで支払っていただいても……」
毎度ノノミが黄金色に輝くカードをコッソリと渡そうとするも、それは手で制する響。コレに甘えてしまっては大人失格だ、と必死に言い聞かせながら旅立っていくお金に脳内で合掌をしていた。
こうしていつものようにラーメンを食べ始めた一行。今日という一日も何事もなく過ぎ去るかのように思えたが、少しの波が訪れた。
いつも対策委員会のメンバーくらいしか生徒の居ないこの紫関ラーメンに、なんと他校の生徒が客として訪れたのだ。
「あ、あのう……。こ、ここで一番安いメニューって、お、おいくらですか?」
珍しい客――オドオドとした気の弱そうな生徒が口を開くなり一番安いメニューの値段を聞き、笑顔を浮かべたかと思いきや一度外に出て、今度は四人組で店に入り直してきた。
漏れ聞こえてくる会話から、どうやらこの四人で一杯のラーメンを分け合うようだ。なんともひもじい一行である。
もちろん人助けが趣味であり、生徒たちを導く存在である先生の響はそんな不憫を見過ごすわけもなく、大将にそっと四人分を作ってもらうことを耳打ちし、大将もそれを快諾した。
「今回の襲撃任務――」
「――アビドスは危険な連中なの?」
(……ッ!?)
ラーメンが到着するまでの間に雑談をしている愉快そうな四人組から、聞き捨てならない単語が出ているのを拾った響。どうやらホシノもそれに気付いたらしく、眠たげな瞳の奥をスッと細めて密かに警戒していた。
カタカタヘルメット団の元締めあたりだろうか、と適当な予想をした響はここがラーメン屋の中ということもあり、ホシノを目で制してとりあえず様子を見ることにした。
「お待たせしました。……この三杯はあちらのお客様から」
そうこうしている間に四人組のところへと運ばれてきたラーメン。山の如く野菜が盛られたそれは、二郎系ラーメンで言うところのヤサイマシマシの様相を呈していた。
「……なにこれ、超特盛が四つも」
「よくわかんないけどラッキー! そこの大人の人ありがと!」
「し、しかもこれ絶対ラーメン並じゃないですよう……。お、オーダーミスでは?」
「ちょっと手元が狂って量が増えちまったんだ、気にしないでくれ」
「そうそう、気にしないでお腹一杯食べちゃってッ!」
響と大将からの言葉に、四人は顔を見合わせた後、おそるおそるラーメンに口を付ける。
ひと口目を咀嚼し終えて顔を上げた四人は、みな一様に輝かんばかりの笑顔だった。
「……お、おいしいっ!」
「でしょう、でしょう? 美味しいでしょう? ここのラーメンは本当に最高なんです!」
感嘆している四人組を見て、なんだか無性に嬉しくなったノノミはススッと近寄り話しかけにいく。
それに対して、四人組のリーダー格らしき赤髪の生徒は朗らかな笑顔で言葉を返した。
「ええ、このレベルのラーメンはなかなかお目にかかれないもの。こんな素晴らしいものをご馳走してもらった貴女にも改めて感謝を」
「ううん気にしないで、美味しいご飯はみんなで食べるともっと美味しいからねッ! ……ところで、見た感じアビドスの生徒じゃなさそうだけど、どうしてここに?」
「ここには仕事で来たのよ。……私たちは便利屋68で、私は社長の陸八魔アル。こっちは室長のムツキと課長のカヨコに社員のハルカ。
私たちは金さえもらえればなんでもする、なんでも屋よ。――そう、なんでもね」
自己紹介とともに華麗なポーズを取り、名刺を響へと手渡すアル。
決まった。と、アルは思った。夜な夜な考えた〝アウトローですごくかっこいい自己紹介〟を遂に披露することが出来たのだ、その表情は渾身のドヤ顔である。
(なんでも屋……。アビドス、襲撃。つまりこの便利屋を雇った存在が裏に居るのか)
「これはどうも、アルちゃん。なんでも屋かぁ、カッコイイねぇ~! 私は立花響。シャーレで先生をやってますッ! 名刺は生憎持ってないんだ。ごめんねぇ」
この便利屋はおそらく何者かの依頼でアビドスへと襲撃を仕掛けにきた。そうあたりをつけた響は、あえてアビドスの名前を出さずに自己紹介を済ませた。生徒たちが仲良くなれば、戦いが起こる前に止められるかもしれないと期待を込めて。
もっとも、便利屋のメンバーである白髪の生徒二人、カヨコとムツキはこちらがアビドスであることに気付いている様子で、シャーレの先生まで居ることに警戒心を強めている様子だった。
響がそんなことに思考を巡らせていることなど露知らず、アルは憧れていたスーツ姿の大人との名刺交換の実績を解除できずに少しショックを受けていた。
「そんなぁ。……こほん、それでは立花先生と呼ばせていただくわね。……まったく、大人なら名刺くらいキチンと用意するべきよ」
「うへぇ~、ゲヘナの生徒って大人みたいにしっかりしてるんだねぇ。おじさんにゃ真似できないよ~」
アルからあふれ出るポンコツオーラから御しやすい、と判断したのか情報を抜くためにホシノが距離を詰めて行く。当のアルはと言うと〝大人みたいにしっかりしている〟と言われて大喜びの様子だ。
(ねえ、アルちゃん気付いてないよねコレ)
(……言うべき?)
(……面白いから放っておこ!)
会話の相手がアビドスだと気付いているカヨコとムツキは、静観するようだ。
対策委員会の面々と会話をするうちにみるみる笑顔になっていくアル。これから襲撃を仕掛ける対象であることには微塵も気付かずに友情を築いていた。
「――それじゃあ、気を付けてね!」
「お仕事、頑張ってください!」
「あははっ! あなたたちも学校の復興、頑張ってね! 応援してるから! じゃあね!」
そろそろお開きかと言うことで、すっかり仲良くなった対策委員会に別れを告げて去っていく便利屋の四人。ブンブンと見えなくなるまで手を振るノノミ達の姿が見えなくなったところで、ネタばらしとばかりにカヨコとムツキはアルへと声を掛けた。
「ねえ、社長。……あの子たち、気付いた?」
「……? なんのこと? いい人たちだったわね!」
「アビドスだよ、あいつら」
「……な」
「……な、な、何ですってーーーーーー!!!???」
「あっははは! アルちゃんその顔ウケる~!!」
白目を剥いて驚きを露わにするアルを見て、ムツキは大爆笑する。
これが見たかったんだこれが、と言わんばかりの表情だ。
「え、私……今から優しいあの子たちを……襲う……?」
「心優しいアルちゃんにはキッツいかなぁ~?」
「な、なんであろうとアル様の敵ってことですよね!? わ、私が始末してきます!」
「それはちょ~~っと待ってくれないかなぁッ!」
ハルカが勇み足で飛び出そうとするのを、隠れて後をつけていた響が慌てて静止する。
響による〝忍仕込み〟の尾行に全く気付いていなかった便利屋の生徒たちは、驚愕の表情を浮かべる。
「……シャーレの先生。全く気付かなかった」
「あら、立花先生。なにか用かしら? (びっくりしたぁ……)」
「ちょっと話がね。……アルちゃん、単刀直入に言うよ。アビドスへの襲撃、やめてもらうことはできないかな?」
「う……そ、それは……」
これは押せば行けそうだと響は判断した。先ほどまでの会話でもわかっていた。アルは心優しい少女だ、こんな状況絶対に望んではいない。
「ねえ、アルちゃん。さっきラーメン屋で、〝真のアウトロー〟になるって言ってたよね。
アルちゃんの思い描く〝真のアウトロー〟ってさ、やりたくないコトをやらなくちゃいけないほど窮屈なモノなのかな?」
「……!!!!」
衝撃だ、これは深い衝撃を受けたとばかりの表情を顔に貼り付けるアル。
そう、アウトローがアウトローたる所以、根底には〝自由〟があるのだ。やりたいことだけやる、それがアウトローではなかったのか。請け負った依頼を必ずこなすカッコ良さよりも、そこに目指すカッコ良さがあるのではないか。
「あらら、これはアルちゃんノックアウトかな~」
「……まあ私たちとしても、やらずに済むのならそっちの方がいい」
「――いいでしょう立花先生。大切なことを気付かせてくれたあなたのお願い、聞いてあげてもいいわ。
ただし、一つ条件があるの」
「条件? いいよ、何でも言ってッ!」
「立花先生。あなたには私たち便利屋68の――経営顧問になってもらうわ!」
「……もちろん。まっかせて!」
断る理由も無い。文字通りの快諾をした響は便利屋の経営顧問になることによって、アビドスの平和を再び守ったのであった。