【完結】桜の巫女は花と笑う   作:ワンダーS

10 / 31
10話

 

 「アタシの想いなんか何したって伝わらないんだ!もうやってらんないよ!」

 そう言って、話を終えた目の前の女性は、昼間にも関わらず自棄になって酒瓶を呷る。

 荒んでいる為だろうか、周りの人たちに比べ彼女の衣服は少し乱れていて、肩先で切りそろえられた髪も、梳かしが甘いように見える。間違えても、彼女の想いを寄せる相手の前には差し出すことが出来ない有様だった。

 けど、話を聞く限り、彼女がそうなるのも無理はないように思えて。

 「みこさん、どうしましょう」

 「…どうしよう」

 酒気を帯びた息を思い切り吐き出す彼女を横目に、ボクとみこさんは顔を見合わせて途方に暮れていた。

 時は遡って数刻前。一つ目のお仕事が終わってからお昼ご飯を食べて、ボクとみこさんは再び街へと繰り出した。

 ペットの捜索という事で、少し長丁場になるかと思っていたけど、金時さんが保護していた事もあって、思いのほか早く終わった。ならこのまま次に行こうと言う話になって、今はその依頼主の元へ向かっている。

 けれど、歩くボクの胸の内は、植物のツタが幾層にも絡まったように重たく、憂鬱としていた。

 「恋愛相談だなんて。本当に、ボク達で解決できるのかな…」

 ポロリと、思わずそんな本音が口を突いて出る。

 二つ目のお仕事は、今ボクが言葉にした通り。なんでも、依頼者にはずっと片思いの幼馴染がいて、その人に想いを伝えたいとのこと。けど、その相手が想像を絶するほどに鈍いみたいで、どうしようもなくなった所で、ボク達に白羽の矢が立ったらしい。

 文面を見るだけでも、相当参ってしまっているのが透けて見える程で、そんな行き詰まった状況を、ボク達で如何にかできるとは思えなかった。なにせ、ペットの捜索とは訳が違う。人間関係の、更に複雑な部分を前に、ボクは完全に尻込みをしてしまっていた。

 けれど、憂鬱な僕とは裏腹に、みこさんの表情は快活そのもので。

 「大丈夫だよ、光たん。今回はみこにどんと任せてよ!」

 どんと、の部分で自分の胸を叩きながら、みこさんが自信満々にふふんと鼻を鳴らす。

 ボクが知らないだけで恋愛方面の知識も豊富なのかな、なんて思いながら、みこさんがここまで言うのだから、ボクも頑張ろうと腹を決めて、今に至る。

 依頼者の女性から文面にはない、詳細な部分を含めて改めて話を聞いてみたけど、事実は予想をさらに上回っていた。

 正直恋愛には疎いボクから見ても、それは異常だと評さざるを得ない。

 聞くところによると、まず多少匂わせて想いを伝えても気付かない。なら、直接好きだと伝えてみても、これも気付かない。周囲の人に協力してもらって、意識させようとするけど、どれも冗談だと思われて、完全に恋愛方面には捉えられることがないらしい。

 なんだその恋する乙女の敵は、というのが話を聞いた後のボクの感想だった。

 「もういっそのこと押し倒して体に直接伝えてやろうか。そうでもしないと、あの朴念仁には一生掛けても想いが届かない気がする、そうだ、最初からそうしておけば…」

 「押し…!?は、早まらないで下さい!」

 酔いのせいか、座った目つきで過激な発言をする目の前の女性を慌てて諌める。この追い詰められ具合からして、本当にやりかねないから何としてでも止めないと。

 使命感にもにた感情に突き動かされながら、協力を求める様にみこさんへと視線を向ける。

 先ほどから目を閉じて何事か考え込んでいたみこさんは、不意にカッとその目を開くと、女性に向けて、一言。

 「一理あるにぇ」

 「ないですよ、何言ってるんですかみこさん!」

 この人もまたいきなり何を言い出すんだ、と思わぬ裏切りを見せたみこさんに、ボクは思わず目を真ん丸と見開いた。

 自暴自棄になった相手の提案を相談役が肯定してしまったら、果たして誰が彼女を止められると言うのだ。 

 「でも、みこは結構王道だと思う訳ですよ。言葉で伝わらないから、既成事実を作る。うんうん、それも立派な愛だよ」

 「そうだよね、流石巫女様。やっぱり、アタシに残された手はそれしかないんだ」

 妙な所で意気投合したみこさんと女性を見ていると、ボクの方がおかしいのかななんて思えてくる。けど、駄目だ、ここはボクがしっかりしないと、本当に実行しかねない。

 「選択肢は他にも…、そう、話し合いです!もう一回、ちゃんと話し合ってみたらどうですか?ちゃんと冗談とかじゃなく、本気なんだって、しっかりと…」

 それが出来たら苦労しない、今更それに意味があるのか、自分でも言いながら思うけれど、最終手段に踏み切るくらいならと、苦し紛れに搾り出す。

 ボク自身が苦し紛れと言うくらいだから、傍から見たらもっと苦しく見えるのは必然で、みこさんは何処か生温かく見守るような表情で、ぽんぽんとボクの肩を叩く。

 「光たんは初心だにぇー。最近はませた子が多いから、最早希少価値だよ。大事にしていこうにぇー」

 「う、うるさいですよ、そういうみこさんは何か経験が有るんですか!」

 先ほどから顔が熱いのは自覚してたけど、努めて気にしないようにしていた。けれど、指摘されたら意識せざるを得ず、動揺のままにみこさんへと売り言葉に買い言葉で問い詰める。

 すると、みこさんは待ってましたと言わんばかりに、渾身のドヤ顔を決める。

 「それはもう、みこが今まで何人の女の子を攻略して来たと思ってるの?みこはエリート巫女ですから、恋愛相談なんてちょちょいのちょいだよ」

 そう言って、また胸を張ってふふんと鼻を鳴らすみこさんだったけど、そんなみこさんを見て、ボクは自分が急速に冷静になっていくのを感じていた。

 さっき、ここに来る道中で見せたみこさんの自信の源。それを理解して、力が抜けたと言うか、みこさんらしいと何処か納得する。

 「…因みに聞きますけど、それってゲームの話ですよね」

 「うん、そうだよ?」

 一応とばかりに聞くと、みこさんはこれまた自信満々に頷いて即答する。それもそうだった、ボクが来る前はあの厳粛なツミキさんがお世話係で傍に居たのだから、実際にそんなとっかえひっかえなんて出来るはずが無かった。

 「もう…、今回の相手は男の人で、しかも実際の恋愛なんですからね。真剣にやって下さい」

 「えー、みこ真剣だもん!」

 「真剣に押し…すとか言わないで下さいよ!」

 ワーワーと二人で言い合う中、ふと渦中の女性をすっかり置いてけぼりにしてしまっていた事に気付く。少し話し込み過ぎてしまった。それにしても、先ほどからやけに静かな正面に、お酒を飲んで寝てしまったのだろうか、と内心首を傾げながら視線を向ける。

 「すみません、お話の最中に…」

 そんな謝罪の言葉は、飛び込んできた目の前の光景に途切れた。

 解放的になっておおらかな振る舞いをしていた女性は、嘘だったかのように小さくなって、俯いた彼女の髪の隙間からは、ボクなんて目じゃない程真っ赤に染まった頬が覗いている。

 「…ない」

 ぽかんと目を丸くするボクとみこさんの耳に、消え入りそうな女性の声が届く。

 「恥ずかしくて…、ちゃんと話し合った事ない」

 顔を上げた女性の瞳は今にも泣きだしてしまいそうに潤んでいて、ボクはまさかの事実に驚愕するよりも先に、『なんで押し倒すより話し合う事の方が恥ずかしいんですか』と口を突いて出そうになった言葉を、必死になって飲み込んだ。

 それから暫くして、落ち着いた女性に詳しく話を聞いてみる。

 「それで、話し合ったことが無いって、どういうことなんですか?」

 直接好きだと伝えたことはあると言っていたけど、話し合ったことは無いと言う。彼女との間の認識にずれがあるのは確かだった。

 女性は、何処か居心地が悪そうに身を揺らすと、観念したように口を開いた。

 「その、アタシ、あいつの事が本当に好きでさ。こんなちっちゃい頃から、ずっと意識してた。だけど、いざ実際に伝えようと思ったら、気恥ずかしいやら不安やらで、完全に上がって。直接伝えたって言ったのも、ただ一回だけ『好きだ!』って、伝えた後耐えきれなくて直ぐに逃げたんだ。だから冗談か悪戯に捉えられたんだと思う。共通の友達から何を言われても意識しないのも、多分その所為なんだ。全部アタシが羞恥心に勝てない所為だ…なら、いっその事同じ勢いで押し倒す方が上手く行くんじゃないかって」

 そこまで話終えると、女性はまるで逃げる様にまた酒瓶を一気に呷る。

 文面では誇張して書いた、という訳ではない様だけど、実際に聞いてみないとこの辺りは分からないもの。嘘はついていないけど、それが全てではなかった。てっきり、どれだけアタックしてもなびかない男性側の問題かと思っていたけど、女性の方にもきちんと問題はあったみたいだ。

 「…やっぱり、話し合うのは難しそうですか?」

 「それが出来たら、どれだけ良いんだろうね。臆病者なアタシは、きっとまた逃げ出すよ」

 目を伏せて自虐的に笑う彼女に、ボクはどう声を掛ければ良いのか分からない。かと言って、押し倒す、と言う手段を取らせるのも、何か違う気がして。

 勿論、彼女がそうしたくてするのだったら、個人的には目を逸らしたいけど、止めようとは思わない。けれど、後先を考えず自暴自棄になって錯綜した果てであるなら、止めないといけない。それは、最良とは言えない結果になってしまうから。

 「…あの、光様?」

 戸惑ったような女性の声が聞こえてふと顔を上げると、声から感じたとおりの感情が彼女の顔には現れていて、その視線を辿っていくと、いつの間にか彼女の手を握る自分の手が見えた。

 「あ、す、すみません、無意識で握ってて!」

 慌ててパッと手を離しながら謝罪すると、女性は気にしないでとばかりに首を振る。

 「謝らないで良いよ。でも、不思議だね、光様に手を握って貰うと安心する」

 「だよね!」

 反応を見せたのはみこさんで、テーブルに手をついて立ち上がると、キラキラと目を輝かせながら女性に向かい前のめりに詰め寄る。

 「光たんの手って、暖かくって柔らかくって、ずっと握ってたくなるんだよにぇ。みこも出来るならずっと触ってたいんだけど、光たんが恥ずかしがっちゃってね」

 「もう、やめて下さいよ、みこさん。今はそれよりも相談の方を…」 

 目の前で自分の手について熱弁されるのはあまりに居たたまれない。

 みこさんの肩を掴んで後ろに引き戻してると、ボクたちのやり取りを見ていた女性は、驚いたように目を丸くする。

 「巫女様は、怖くないの?本気で嫌がられたらとかさ、拒絶されたらどうしようって、不安になったりしないの?」

 何か感じ入るものがあったのか、探り探り、まるで暗闇の中を一歩先へと踏み込む様に、女性が問いかける。それに対して、みこさんは佇まいを直して応じた。

 「うん、みこは光ちゃんを信じてるから。光ちゃんは本当に嫌だったらそう言ってくれるって。それにね、不安になって楽しく無くなる方が、みこはいやだから」

 チラリとみこさんはこちらを見ると、そのままボクにもたれ掛かって来て、腕を取ってべったりと密着してくる。

 確かに、本気で嫌なわけじゃないから、ボクも跳ねのけたりはしない。あんまり引っ付かれ続けても、受け入れてしまうのは、その辺りが関係してるんだと思う。それはそれとして、少しは離そうとした方が良いのかな、なんて気もしてきた。

 「…そっか、そうだよね…」

 みこさんの答えを聞いて、女性は呟きながらしきりに頷く。そうして、目を瞑って深呼吸をする事、数回。再び開かれたその瞳には、確かな決意が浮かんでいた。

 「決めた。今から、全部伝える。今度こそ、アタシが恋をしてるんだって、分かるまで何度だって説明してやる」

 そう言って立ち上がる女性に、みこさんは「おー」と感嘆の声を漏らしながら拍手を送ったけど、ボクはどちらかと言うと動揺していた。

 「今からって、あの、お酒が入って…」

 先ほどからしきりに酒瓶を傾けていた彼女に、それを指摘するも、女性は関係ないとばかりに頭を振って立ち上がる。

 「なんだか、ようやく勇気が湧いてきたんだよ。今なら伝えられる。今じゃなきゃ、伝えられないんだ。でも、やっぱり、不安なものは不安だからさ…」

 そして、女性の瞳がボクとみこさんへと向けられ、彼女は深々とこちらに懇願するよう頭を下げた。

 「どうか、アタシが成し遂げられるよう、巫女様と光様に見守っていて欲しい」

 思わぬお願いに、ボクとみこさんは目を見合わせる。そして…

 

 

 

 茂みの傍に隠れて、今正に想い人を待っている女性を、少し離れた位置から覗く。

 女性のお願いについては、相談に乗った以上見届けるのは当然で、答えるまでも無かった。そして、一大決心をした彼女は先ほどまでとは風貌が異なる。着崩していた着物はきっちりと着られて、肩先までの髪は櫛を通されてサラサラと風になびく、軽く化粧をしたその頬は、緊張の為か微かに桃色に染まっていた。

 お色直しについては、ボクが一役を買った。これぞ、執事としての面目躍如というものだ。

 「あ、光ちゃん、あれじゃない?」

 みこさんがそう声を上げるのと、女性の想い人らしい男性が彼女の前に立ったのは同時だった。

 思わず、息を殺して動向を見守る。

 『珍しいね、そんなに着飾って。巫女様のシキガミから連絡があったけど、大事な話って?』

 『その…前に似たような事があったの、覚えてる?』

 『うん、らしくない悪戯だったけど、あの日ってエイプリルフールだったっけ』

 微かに聞こえるその会話に、ボクとみこさんは耳を立てる。聞く限り、男性も少なからず鈍いと言うのも確かみたいで、気づく様子は見られない。

 見ているだけのこちらまで緊張してくる、女性が感じるそれはきっとこれ以上だ。

 『あれ、悪戯じゃないんだ。ずっと、伝えたかったんだけど、伝えられなかった。でも、それも今日までだから』

 心臓の鼓動が最高潮にまで早まる。

 女性は祈るように、震えを止める様に胸の前で手を組んだ。固く組まれたその手を抱え込んで、大きく息を吐きだして、意を決したように息を吸い込んだ。

 『あんたの事が、好き。ずっと、ずっと、小さい頃からずっと、好きだった。アタシを…あんたの、お嫁さんにして欲しい』

 言い切った、最後の一言一句まで伝えた。

 束の間、場を静寂が支配しる。その静寂は、まるで時が止まったかのようで、心なしか舞い散る桜の花びらの動きも緩やかに見えた。

 『僕も…』

 静寂を破ったのは、男性のその呟き。

 『僕も、好きだった。ずっと、蓋をしてた、勘違いしないように、君ともっと同じ時を過ごせるように。でも、これからは幼馴染じゃない、家族として、同じ時を歩んで欲しい』

 男性が言い切るより前に、女性は彼の元へと駆け出していた。勢いを緩めることなく、女性は男性に抱き着いて…。

 「わっ…!」

 「おぉー」

 唇を重ねた。

 ボク達が見ている事を忘れたのか、それともそれを上回る程に感情が高ぶったのか。積年の想いを伝えあう様に、長く長く、永劫にも思える程続いたその口づけは、どちらからともなく離れて終わりを告げた。

 そして、暫く余韻に浸っていた女性だけど、やっぱり忘れていたみたいで、やがてはっと何かに気付いた素振りを見せると、気まずそうにこちらを視線を向けた。

 目が合った彼女に、こくりと頷いて、ずっと見守っていた事を伝える。

 恥ずかしそうに頬を染める女性は、これ以上ないくらい幸せそうに笑いながら、ピースサインをした。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。