【完結】桜の巫女は花と笑う   作:ワンダーS

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13話

 

 不安というものは大抵杞憂に終わるのが常、その不安をもとに頑張って原因を解決するなんてこともよくあると思う。けど、今回も大丈夫、だなんて思うのは楽観的と言えるし、不安が的中するなんてことも同じくらいある。

 だから、今目の前に直面している現実は、その不安が的中した結果で。

 「光たん、ここ何処か分かる?」

 直前まで自信満々に前を歩いていたみこさんが、くるりと振り返る。

 その顔は正に叱られるのを待つ子供のそれで、現実逃避気味に頭上に広がる深い緑をチラリと見上げて、ボクは苦々しく笑みを浮かべた。

 

 

 

 お婆さんの願いを快諾して、ボクとみこさんは早速秘境に向かい出発することにした。

 街を出て教えて貰った方角には、広大な森が広がっている。お婆さんの言う花の秘境は、その森を抜けた先にあるらしい。

 この時点で嫌な予感はしていたのだけど、手を引くみこさんの自信満々な顔とお婆さんの切実なお願いを前に、ボクも断る事はせず、一抹の不安を拭えないまま手を引かれるがままに森に向かった。

 けれど案の定と言うべきか、その不安は的中してしまって、森に入って程なく、ボク達は広大な森の中で道を見失ってしまっていた。いわゆる迷子、遭難である。

 「だからボク言ったじゃないですか。そんなにどんどん進んでも大丈夫ですかって」

 360度と同じ景色の広がる周囲を見渡して、事の発端を作り出した目の前の巫女さんにジトリとした視線を向ける。すると、みこさんも流石にマズイと思っているみたいで、慌てて弁明を始めた。

 「だ、だってみこ真っ直ぐ歩いて来たのに、いきなり道が無くなったんだもん。だからこの先にあるのかなって思ったら崖が出て来て、それで後ろに戻ったらその道も無くなって…。光たん、怒ってる?」

 こちらの様子を伺う様に上目遣いなみこさんの瞳に、つい小さく息を吐く。

 「怒っては無いですけど…、何と言うか、ミイラ取りがミイラになったみたいな。ボク達が迷子になってたら、探し物も何もないじゃないですかって、思ってるだけです」

 「やっぱり、光たん怒ってるよにぇ。さっきから雰囲気が怖いんですけど」

 「気のせいです。それより、早く道を探さないとですよ、みこさん」

 何を想像しているのか、青い顔でカタカタと震えだしたみこさんにそう声を掛けて、ここで立ち止まっていても仕方ないと、みこさんの背を押して先を急ぐ。

 さっきはああいったけど、本当の所みこさんの所為だとは思っていない。勿論、みこさんがボクの手を引いてあてもなく歩き出したのも確かだけど、ボクがもっと強く止めていたら道に迷うことも無かったかもしれない。

 急に道を失って、ちょっと焦っていた。落ち着くように大きく深呼吸をするボクを見て、みこさんは怪訝そうに首を傾げていた。

 それから暫く、ボクとみこさんは秘境に続く道を探して周囲を探索していた。

 木々が所狭しと生い茂った森は、頭上の緑が日光を遮っていて薄暗い。木の根が地表に出て凸凹とした地面の歩きづらさ、すぐに方角を見失ってしまう同じような周囲の景色。いくら歩いても変化の無い環境に、怖がってもおかしくない筈なのに、みこさんはそんな様子を微塵も感じさせず、鼻歌交じりに森を歩いている。

 「みこさん、なんだかご機嫌ですけど、もしかして今の状況を楽しんでるんですか?」

 叱られるのは怖がってたのに、と疑問を浮かべながら問いかけると、みこさんは当然とばかりに大きく頷いた。

 「うん!こういうの冒険みたいで、わくわくするよね。それに、光たんと一緒に未知の場所を冒険する…。ここから光たんルートが始まると、みこは踏んでるにぇ」

 「始まりませんからね?まったくもう、みこさんらしいと言えばらしいですけど…」

 広げた親指と人差し指の間に顎を挟んで突拍子もない事を口にするみこさんに、その気楽さが心底羨ましいと思っていると、不意に風が吹いて木々の騒めきが周囲を満たした。

 「…」

 薄暗さの中、ざわざわとしたその音は、まるで自分を閉じ込める檻みたいに感じる。ぞくりと、背筋に冷たさが這いあがって、咄嗟に隣を歩くみこさんの手を取った。

 「光たん…?いきなり手を繋いで…、はっ、まさか光たんが遂にデレて」

 「デレてはないですから、変な事考えないで下さ…ひっ」

 訂正しようとするけど、また吹き抜けた風と共にざわめきが押し寄せてきて、言葉の途中で思わずみこさんに抱き着く。「お、おぉ…」とみこさんが困惑している声が傍から聞こえる。でも、それに構うだけの余裕は今のボクには無かった。

 逃げ場のない空間に閉じ込められている感覚、足元から這い上がって来るかのような寂寥感が、心を端から侵食していく。

 「震えてる…光ちゃん、もしかして怖がってるの?大丈夫だよ、みこが一緒に居るからね」

 そんな声が聞こえて来て、ポンポンと頭を撫でられる。その優し気な声と暖かな感触に、幾分か気持ちが和らいだ気がした。

 「すみません…ちょっと、森に居た時の事を思い出しちゃって」

 「あー、最初会った時、光ちゃんボロボロだったもんね。心配しないで、みこがちゃんと帰り道を見つけるから。見つからなくても、みんなにちゃんと探させるからにぇ」

 少し体を離してチラリと横に向けられたみこさんの視線を追っていくと、キョトンとした顔で立ちすくんでいるシキガミさんが居た。ボクとみこさん、二人分の視線を受けたシキガミさんは、暫くおろおろと周囲を見渡した後、任せろと言わんばかりに腕を組んで頷いた。

 明らかに虚勢を張っているシキガミさんを少し不憫に思いながら、何処でも変わらないみこさんとシキガミさんの関係性に、つい小さく笑みが漏れる。

 「もう、すっかり安心しちゃいました。ありがとうございます、みこさん。シキガミさんも」

 軽くなった心でみこさんとシキガミさんにお礼を言うと、暖かい笑みが返ってくる。両方共に言葉は無かったけど、「どういたしまして」、言外にそんな感情がありありと伝わってきた。

 「怖がってる光たんも可愛いけど、やっぱりいつもの光たんが一番可愛いにぇ」

 「可愛いって…。それより、早く道を探さないとですよ」

 そこまでいつも通りじゃなくても良い。

 感慨深そうにしながらもブレないみこさんに、ボクは熱くなった頬に意識を向けないようにしてそんな事を考えながら、どちらに進むべきかと辺りを見渡す。

 「って、あれ…?」

 相変わらず変わり映えのない周囲に辟易としかけた所、ふと視線を向けた先に小さな光が見えて、思わず声を上げる。それと同時に、今の今まで気づかなかったことに驚く。

 「光たん、何か見つけた?」

 「はい、あっちなんですけど、光が差し込んでて。もしかしたら、森の出口なのかも」

 指で指し示すと、みこさんもそれに気づいたみたいで、瞳を輝かせた。入ってきた側か、それとも秘境に繋がる方向か。どちらか分からないけど、少なくとも一度森を出て現在地を確認できる。

 二人で顔を見合わせて頷き合って、ボク達は光の見える方向へと急ぐ。

 近づくにつれて、仄かに風に花の香りが混ざりだした。これはと確信にも似た感情を抱きつつ、小走りになりながら進んで行き、ボク達は遂に森を抜けた。

 そうして、視界に飛び込んできたのは辺り一面に広がる花畑だった。隣街への道中にみた草原とは異なり、鮮やかな緑に加えて赤に青にと色とりどりの花が所狭しと咲き誇っている。

 「綺麗…」

 隣でみこさんが呟いたのが聞こえた。ボクも同じ感想だ。なんて綺麗で、幻想的な場所なんだろう。

 ここがお婆さんの言っていた、花の秘境なのだろう。話には聞いていたけど、実際に目で見てみると、想像を一回りも二回りも越えていた。

 「あっ、ここにも桜の木があるんですね。ちょっと花の形が違いますけど…あれは、桜と言うより桃でしょうか」

 少し離れた場所にある小高い丘、その頂上では一本の桃の木が悠然と座していた。はらはらと舞い落ちるその花弁は、さくら神社で見れる桜のそれを想起させて、けれど場所も相まってか何処か儚い印象を抱かせる。

 「こんな素敵な思い出の場所は、中々見られませんよね」

 同時に、この場所にもう来られなくなったと悟った時のお婆さんの心持は、筆舌に尽くしがたいものだっただろう。

 ここまで来る足を失って、思い出の品であるロケットも失って、ただ家の中で座り続けるお婆さんが一体どれ程の絶望を感じたのか、推し量る事すらままならない。

 「光たん、あっちに道があるけど、もしかして本当はあそこからくるのが正解なのかな」

 みこさんに言われて指さす方を見てみると、確かに森から丘までを繋ぐ一本の道が見えた。

 「本当ですね。このまま進むとお花を踏みそうですし、道まで遠回りしないとですね。もし通り道なら、途中で探し物が落ちてるかもしれませんし」

 「うん、じゃあ他のみんなは花の下とかを探してにぇ」

 サイズ的にお花を踏む心配も無さそうなシキガミさん達は、みこさんの指示に従って花畑へと散っていった。

 ボク達はぐるりと森沿いに外周を回って、丘まで続く道へと入ると、そこから丘に目掛けて進んで行く。反対側を向くと、道は森の奥の方まで続いていた。多分、この道を辿ればさくら神社に変えれるのだと思う。今度は見失わないように、一層注意しないといけない。

 と、帰りの心配は程々に、探し物のペンダントを見逃さないように、目を皿のようにして道の周辺を探し続ける。

 とはいえ、そもそもお婆さんの話からしてここにあるかどうかも定かではない代物。探しながら道を進んで行くけど、結局それらしいものは見当たらないまま丘の下までたどり着いてしまった。

 「中々見つかりませんね。みこさん、シキガミさん達の方はどうですか?」

 「みんなも同じみたい。本当にここにあるのかな…」

 ここまで探して無いとなると、後残すは丘の上だけ。もしここに無かったら、今度こそペンダントの手掛かりは無くなってしまう。

 実際に丘の上にあるかどうか分からない。けれど、ボクは少なくともあって欲しいと思っている。そう願っている。そして、それはきっとみこさんも一緒だと思う。

 ささやかだけど、確かな願いを胸に、みこさんと顏を見合わせて、意を決したボク達は丘の上へと昇った。

 

 

 

 「…まさか、本当にあの場所にあったなんてね。もう一度このペンダントが揃う所が見れるだなんて、思ってもみなかったわ」

 さくら神社の街、その端の端にある小さな家の中、ボク達の向かいに座るお婆さんは、その手に乗せた、組み合わされた二つのペンダントを軽く撫でながら、信じられないとばかりにそう呟いた。

 花の秘境にあった小高い丘の上。そこに鎮座していた桃の木の枝に引っかけるようにして、このペンダントが掛けられていた。開かれたペンダントからは、お婆さんともう一人の写真が覗いていて、それはまるで丘の上から花の秘境の全体を見渡しているかのようだった。

 お婆さんがそこに掛けたのか、それともペンダントを見つけた他の誰かが、見つけやすいようにと掛けたのか、真相は分からないけれど、何はともあれ、こうしてペンダントは無事にお婆さんの手元へと返って来た。

 まだ目の前の現実を受け入れきれてないのか、何処か呆然とした様子のお婆さんだったけど、徐々に実感が伴って来たみたいで、その目には涙が溢れ出していた。

 「もう二度と、見れないと思っていたのだけれど…。本当に…感謝しても、したりないくらい。あなた達はまるで、幸運を運ぶカミ様のようね」

 「あ、あはは、大袈裟ですよ」

 「うんうん、なんたってみこはエリート巫女だからにぇ」

 両極端な返答をするボクとみこさんを見たお婆さんは目を丸くして、何が可笑しかったのか、涙を拭いながらくすくすと笑い始めた。

 二人揃って首を傾げていると、お婆さんはジッと、特にみこさんを見つめながら懐かしむように口を開いた。

 「ごめんなさいね、少し昔の事を思い出したの。なんだか二人が昔の私たちに似ている気がして。姿かたちは違うのだけれど、気質、関係性とでも言うのかしらね、写し鏡でも見ているみたい」

 ボク達を見つめるお婆さんの瞳は、何処か遠くを捉えていた。どう反応してよいものかと、揃ってキョトンとしていると、お婆さんは「まぁ、こんなお婆さんと似ていると言われても、嬉しくないわよね」と続けて、また可笑しそうに笑った。

 「えっと、その人って、もしかしてみこさんみたいな人だったんですか?」

 「えぇ、少し方向性は違うけれど、喜怒哀楽がはっきりしている素直な人だったわ。私はいつも、あの人に振り回されてばかりで…。そう、最後の最後まで、振り回されてばかりだった」

 思い出を噛み締める様にお婆さんの指がペンダントを撫でる。きっと、ペンダントを切っ掛けに、お婆さんは遥かの記憶を辿っているのだ。

 「ねぇ、一つ聞いても良いかしら。あなた達から見て、こうして思い出に縋っているばかりの私は、滑稽に映っているかしら」

 なんでそんなことを聞くんですか、なんて聞ける雰囲気では無かった。それだけ、お婆さんの瞳は真っ直ぐにこちらに向けられていて、ジッとただ静かにボク達の答えを待っていた。

 答えなんて、考えるまでも無く決まっているのに。

 そうして、ボク達の答えを聞いたお婆さんは、そっと瞼を閉じて反芻すると、ふわりと何かから解放されたように微笑みを浮かべた。

 「そう、あなた達にそう言って貰えるなら救われるわ。本当に、見つけてくれて、ありがとう」

 

 

 

 「巫女様、こちらにいらして?」

 お婆さんとの話を終えて、ボク達が帰ろうと席と立った時、お婆さんは不意にみこさんを呼び止めたと思うと、何やら耳打ちをしていた。

 内容は聞き取れなかったけれど、話を聞いたみこさんは驚いたそぶりを見せて、その後から家を出てからもずっと、何やら思いつめたような顔をしていた。

 

 

 

 遠ざかっていく光とみこの背を見送りながら、彼女はふと先ほどみこに伝えた言葉を思い返していた。

 『もし聞きたいことがあるのなら、聞けるうちに聞いておかないと、きっと後悔するわよ』

 齢にして200を超える彼女にとっての、いつまでも残り続けている心のしこり。自分は駄目だったけれど、せめて構成の為の糧にせんと、彼女はみこへ伝えた。同じような境遇に当たる者たちへとバトンを繋ぐように。 

 「運命って、こんな風に巡っていくのかしらね。…あなたは、どう思うかしら」

 すっかりと茜色に染まった空を見上げて、今は居ない、けれどいつかの日に確かに存在し隣を歩いた、かつての桜の巫女へと彼女は問いかけた。

  

 

 

 さくら神社への道すがら、不意に足を止めたみこさんに釣られてボクも立ち止まる。

 お婆さんの家を出てからこの方、ずっと俯いて気難しい顔をしていたみこさんは、顔を上げるとまるで何かを確かめる様にボクの手を取った。

 「光ちゃん、みこと光ちゃんは仲良しだよね」

 「?はい、仲は良いと思いますけど、いきなりどうしたんですか?」

 唐突なみこさんの言葉の意図が読み取れずに問いかけるも、みこさんは首を振って答えない。とにかく聞いて欲しいというみこさんの気迫に、口を閉じて耳を傾ける。

 「みこは光ちゃんとこれからも仲良くしたい。だから、光ちゃんが本当に嫌がる様な事はしたくないから、もし光ちゃんが答えたくなかったらそう言ってね。聞かれたくなかったら、みこももう絶対に聞かないから」

 力の籠った瞳でみこさんは強く念押しすると、落ち着こうとしてか大きく深呼吸をした。

 人っ子一人いない周囲に静けさの帳が降りる。やがて、意を決したみこさんはボクの手を取ったまま視線を交差させて、言葉を紡いだ。

 「光ちゃんは、ここに来る前はどこに居たの?…光ちゃんは、どこからこの街に来たの?」

 

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